彼女達の汗疹対策と彼氏達の虫対策③
ジェレミーの言葉に驚くミグシスの気配を察し、ジェレミーは肩をすくめ、苦笑しながら女子寮を見ていた視線をミグシスに戻し、話を続けていく。
「ああ、勘違いしないで下さい。僕はピュアが憎いから殺そうと思っていたわけではないんです。ピュアを殺すのは、最終手段だと思っていたんです。僕はね、王弟殿下を……ナーヴを殺そうと決めたんです。僕は……王弟殿下が許せなかった。多くの女性を傷つけ、苦しめ、泣かせ……そして殺しているのだろう王弟殿下が、僕の大事なピュアを苦しめているのが許せなかった。……でも、それ以上にショックだったのは、王弟殿下が……あの男が僕の父親だったことです」
ジェレミーは手布の紋章が、ナーヴが王弟殿下だった頃に持っていた紋章だったことを知ったとき、強い衝撃を受けたのだという。まさかと思い、独自に調べていくうちにナーヴの女癖の悪さ、その性癖から信じたくはない真実へと、ジェレミーは辿り着いてしまったのだ。
「僕が捨てられる一週間前に身重の少女が一度、教会に訪れていたそうです。多分彼女が僕の母親だろうと司教様が教えてくれました。司教様は少女があまりにも美しかったから、一度見ただけの少女を覚えていたそうです。僕は髪色や瞳の色以外は、その少女そっくりに成長していると、司教様は言っていました。僕はずっと……親を探したかった。どうして僕を捨てたのか、ずっと、ずっと聞きたいと思っていたけど、探して聞くまでもなかった……。
王弟殿下の領地の美少女達は皆、王弟殿下が城へと連れて行ったまま戻ってこなかったし、国内でも平民や下級貴族の美少女だといわれていた者達が、次々と行方不明になった。国民は皆、王弟殿下の仕業だとわかっていたんですよ。だから僕の母も……きっと。でもどうしようもなかった。王は自分の弟である彼をかばうから、自国の者は泣き寝入りするしかなかったんです。
幸いな事に、ピュアは国王の次に身分の高い公爵令嬢だったことで、王弟殿下はおいそれとは直ぐに手を出せず、またピュアが”奇病”になったことで、ピュアは社交界からも王弟殿下からも離れて、生活を送るようになった。王弟殿下は奇病が顔に出たことで、美しくないとピュアを毛嫌いしたので、ピュアの貞操は無事でしたが、僕はピュアの侍女になり、王弟殿下の命を狙うことにした。でもピュアに”奇病”がある限り、王弟殿下はピュアに手を出さなかったから、そのまま、時が過ぎて……。
それでも王命ですから、ピュアが16才になったら奇病があってもなくてもピュアは、王弟殿下と結婚しなければなりませんでした。だから僕は彼の命が奪えないのなら、彼にピュアが穢される前に……、ピュアが16才で彼と結婚する前にピュアを殺して、僕もピュアの後を追おうと思っていたんです」
そう言った後、ジェレミーは紫陽花に目を移し、今年は紫陽花の色が鮮やかで美しいですね、と言った。
「僕は非道く身勝手な男なんです。ピュアの命はピュアのものなのに、ピュアがずっと王弟殿下に恐怖しながら一生を終えるのが……生きているのに死んだように一生を生きることになるピュアが、僕は堪らなく辛く、見ていられなかった。何度もね……、ピュアを逃がそうと試みたんですよ。息抜きだとピュアに言ってね、平民の服を着せて、市井に行ってみたけれど、尾行を撒くことは不可能で……、仕方なく、僕の育った教会に行って帰ってきましたね。
ピュアを逃がすことが出来なかった僕は、ピュアの16才の婚礼の日までに王弟殿下を殺せないときは、ピュアの命を奪い、一緒に死のうと決意し、そのことを毎日、神に懺悔し、祈っていました。『一日でも長く、ピュアの”奇病”が続きますように。一日でも早く、僕があの王弟殿下を殺せる機会が訪れますように……』と。神様というのは、本当にいるのかもしれませんね。ピュアの奇病は、その後の5年間の間、一度も治ることはなく、ピュアは王弟殿下の魔の手から守られて、あの運命の日を迎えたのです。
……今から3年前になりますか。ピュアが15才になったときです。王弟殿下は3つの国から沢山の女性を攫う国際的な誘拐集団、卑劣極まりない極悪非道の人身売買集団の首領として逮捕されたのです。弟をかばった王も同罪となり、民を救えずに犯罪者を見て見ぬふりをした貴族もまた、罪があると民が立ち上がり、三年前に我が国に革命が起こったのです」
ジェレミーは紫陽花からミグシスへと視線を移した。
「その3つの国を動かしたのは”全ての乙女を守り隊”と名乗る謎の武装集団でした。隊長以外の者が皆、あなたのような黒髪黒目だったらしいので、国民達は隣国のバッファー国に伝わる”銀色の妖精の守り手”が、我が国も救ってくれたのだと口々に言っていました」
ジェレミーは、真っ直ぐミグシスを見つめた。
「これにはね、後日、ある方に内密に教えてもらった裏事情がありましてね。……実はその時に王弟殿下は、3つの国の王家や重鎮達から”銀色の妖精”と呼ばれ、慈しまれていた父娘を狙ってたそうなんです。普段、女性にしか興味を示さない王弟殿下は、その少女と……何故か、その父親にも懸想し、父娘共々自分のモノにしようと企んだ。……それがナーヴを破滅させることになりました」
その父娘を狙うナーヴ達は知らなかったのだ。その頃には、すでに3つの国全体が銀色の妖精の守り手、すなわち”スクイレル”だったことを……。
3つの王家は元より、スクイレル商会の薬で命を救われた多くの民達は、スクイレルに好意を始めから持っていたのだが、さらに彼等の好意が加算される出来事が次々起こったのだ。バッファー国に渡った後、スクイレルの大人達がよってたかって、自分達が愛する少女への溺愛を暴走させたのが原因だった。その暴走が……、国全体の神様の子どもの死亡率を激減させ、その後の子ども達が交通事故で亡くなったり、犯罪に巻き込まれることも驚くほど激減し、しかも、どの子どもも皆、国政に参加できるほど、賢くなり、運動能力も人とは思えないほど高くなったのだ。
それとは別に食生活にも大きく変化を与え、食事で体が健康になったり、髪型や髪色や服装などの多様化を進めたことで差別や偏見が減少し、物語を見せる文化をもたらせたことで、人々の生活に潤いや楽しみをもたらし、お互いが労り合って、支え合って生きていくことを体現することで、思いやりの精神を知り、人と人の繋がりを大事にすることで争いが減少したことにより、国全体が大きく栄え、発展し、その恩恵を受けた多くの民達が幸せになったので、皆、それに感謝し、自ら進んで”銀色の妖精の守り手”になってしまっていた。
「ナーヴ達、人身売買の犯罪集団はバッファー国に入って、2時間もしないうちに全員捕まったそうです。ピュアは”銀色の妖精の守り手”にそっくりな、全ての乙女を守り隊によってナーヴの魔の手に落ちずにすみ、僕も彼等のおかげで、ピュアを殺さずにすみました」
「そうでしたか……」
ミグシスも3年前のことは、よく覚えていた。そのころイヴの体型が、あまりに魅力的に成長してしまい、変態に狙われると心配したアンジュが暴走して、同じく暴走した、グランとセデス以外のスクイレルの大人達を引き連れて、国中の性犯罪者を片っ端から捕縛していったことがあったのだ。あの時、イヴは12才、ロキとソニーは7才だったので、当時ミーナだったミグシスは頼れるお姉さんとして三姉弟達と仲良くお留守番をしていたから、詳しい事情は後から聞いたのだ。
(そう言えば、あの時、アンジュ様達は勢いが止まらなくて、つい隣国まで足を伸ばして、その国の性犯罪者達まで捕まえたけど、勝手に国境を越えたことをグラン様に叱られたくなくて、”全ての乙女を守り隊”だと言って誤魔化そうとして……結局すぐに全部バレて、アンジュ様はグラン様に、優しくお説教されていたっけ……)
ジェレミーはミグシスの物思いに気づかず、ナーヴが捕まった後の話を続けた。




