彼女達の汗疹対策と彼氏達の虫対策①
女の子の日で学院を休んでいたイヴが復帰して二日後の朝、寮の購買室の前でイヴがリーナの母親と話しているところに、ピュアが話しかけてきた。
「イヴさん、少し相談したいことがありますの」
「何でしょうか、ピュアさん?」
「あの、イヴさん……。汗疹の軟膏があるのなら、処方してもらえないでしょうか?」
赤面し、モジモジとしながらピュアが言った。イヴとリーナの母親はピュアの言葉に、そう言えば汗疹の季節だったと顔を見合わせた。
この国と、この国の隣にある国……バッファーや、あの国の夏は、北方の国であるバーケックとは違い、6月からの三ヶ月の夏の季節は、とても暑い。そして第二次性徴を迎えた女性達は、どの国でも身分を問わず、胸を保護するためのコルセットや、それに類似する下着をつけているため、彼女達はその三ヶ月は汗や蒸れによる汗疹や痒み、爛れに悩まされていた。だから女性達にとって、6月からの三ヶ月は、ある意味、魔の三ヶ月だったのだ。幸い、この国を中心とした周辺諸国と同じように、この国も上下水道がきちんと整備されていたため、人々には毎日風呂に入る習慣があり、あまりに暑いと川や海、湖などで水遊びをする者もいたが、汗疹の悩みは、大抵の女性達の共通の悩みだった。
下着で汗疹になったと男性のジェレミーの前で言うのは、恥ずかしくて言い辛くて言えなかった。でも今の時間なら、ジェレミーもミグシスもリーナの父親の手伝いのために中庭に出かけているので、今しかないと思って相談に来たと言うピュアに、イヴもリーナの母親も気持ちがわかると頷いた。3人は場所をイヴの私室に移した。リーナの母親が部屋の鍵やカーテンを閉め、イヴは診察用の道具を並べ、ピュアの診察を始めた。
「……はい、もう服を元に戻してもいいですよ。ピュアさんがおっしゃるように汗疹でしたから、軟膏をお出しします。確か季節柄、若先生が汗疹用にと専用の薬草の購入を済ませていましたから、保健室に行けば材料が揃っています。それらを調合すれば、直ぐに処方出来ますので、今日の夕方には、お渡しできますよ」
そう言ってイヴはピュアの診察を終えた日の夕方、ピュアに軟膏を渡そうと女子寮の談話室に向かうと、またピュアに相談があると話しかけられた。
「あの、イヴさんと皆さんに、相談したいことがありますの」
「何でしょうか?」
「「「何?ピュアちゃん?」」」
ピュアは女子達だけで話がしたいと言ったので、ミグシスとジェレミーは、食堂で話が終わるのを待つと言って、談話室から退室していった。
「あの……、イヴさんと皆さんも、この季節の汗疹対策は、毎年どうされているのでしょうか?」
ピュアは赤面しながら、話を続けた。
「実は先ほどイヴさんに軟膏をいただいたときに、ふと気づいたのです。私は今まで毎年汗疹が出来る度に、軟膏をジェレミーに塗ってもらっていたのです。今までは侍女であるからと、気にしてはいませんでしたが……」
女子学院生の一人がピュアの後の言葉を続けた。
「ああ!そう言えばピュアちゃんは5月に、男性に戻ったジェレミーさんと婚約をしたのでしたわよね!確かピュアちゃんの国では、王制を止めて民主制になったとかで……」
「ええ、そうですの。三年前に国を揺るがす大事件がありまして、その時に王制を止めようと民達が立ち上がり、二年前に民主制にしようと決まり、法律に詳しい、私の実家のホワイティ公爵家が民と共に先頭に立って、二年前から民主制に移行するための準備を着々と進めていたようなんですの。
実家は私が貴族嫌いになったので、全てが終わってから、それを私に知らせようと、今まで伏せていたようなのです。でも私が修道院に行って、修道女になるのを止めて、ジェレミーと添い遂げると文をしたためたことで気が変わり、6月始めに全ての事情を書いた手紙を寄越してくれたのです。
4月に準備も粗方終わり、12月から正式に民主制の国へと生まれ変わるそうなんですの。貴族制度も今年の9月に完全廃止が決まりましたので、私も9月からは皆様と同じ平民になりますのよ。実家の皆も、今は法律家として職を得ていますので、煩わしい貴族の社交をしなくても良くなると大喜びだそうです。だからジェレミーとの結婚も実家から許可が下りましたの。家族も私が幸せならと言ってくれたのです!」
ピュアの幸せそうな表情に、談話室にいた女子学院生達は皆、祝福の声をかけた。ピュアもお友達の心からの祝福って嬉しいですわ~!と皆を揺らしながら、一通り喜んだ後、汗疹の話にまた戻って話し始めた。
「イヴさんは今の凹凸のある体型を隠すために、ずっと補正下着を着ていたのでしょう?汗疹対策をどうされていたのかが気になってしまって。それと汗疹が出来た時は、軟膏をミグシスさんに頼んで、塗ってもらうのかも聞きたくて……」
イヴの今の体型はピュアと同じように女性らしい凹凸のハッキリした体型で、皆は休み明けに出てきたイヴを見て、とても驚いて、イヴの横で男達を牽制するのに忙しいミグシスを見比べて、ハァ~とため息をついて早く結婚しろとせっついていた。
「そっか、今までは侍女だと思い込んでいたから平気だったけど、恋人で婚約者になったから急に恥ずかしくなったんだね!ピュアちゃん、可愛い!」
「……そうなんですの。だから下着で汗疹が出来たから、軟膏を塗ってほしいとお願いするのが、少し言いにくくて……」
ピュアがモジモジしながら言うと女子学院生達は、気持ちがすごくわかると言い、イヴは軟膏ならば薬草医である自分が毎日塗布してあげると言い、その後、予防対策についての話を始めた。
「確かに、この時期の汗疹は困りますよね。汗疹は汗をかいた後に、そのままにしておくことで、肌が炎症を起こしてしまって出来るものですから、日中の汗疹対策は、汗をかいたら小まめに汗を拭く、もしくは汗をかいたら汗で濡れた服を着替える、シャワーで汗を流す……くらいでしょうか。ああ、汗疹になりたくないからと、水分を控えることは止めて下さいね。熱中症になってしまいますから。
私の実家では、夏場は汗疹予防に薬草浴をしたり、化粧水を塗ったり、……弟達は家の大人達に庭に作ってもらった大きすぎる盥で、行水をさせてもらっていましたし、川や海にも連れていってもらって、そこで泳ぎの練習をさせてもらっていました。私は川や海には入れませんでしたが、子どもの頃はお風呂場で家の女性達に見守られながら、行水をさせてもらっていました。
まだ今年は私は汗疹は出来ていませんが、今まで軟膏は家にいたマーサさんという女性に塗ってもらっていました。でも今年からは、汗疹が出来たならば、私はミグシスに頼むでしょうし、ミグシスに汗疹が出来た時は、私が塗ってあげるつもりでいます」
イヴの言葉に他の女子学院生達も、夏場は小まめに着替えたり、川や海や湖での水遊び用に男女共に、水遊び専用の水着もあるので、休日は家族や友人、恋人と水遊びに出かけたりしていると話し出し、薬草浴もよく入ると言うと、ピュアは首を傾げた。
「薬草浴とは何ですか?」
ピュアは聞き慣れない言葉だと言って、率直に質問をした。
「薬草浴はお風呂に薬草を入れて入浴することですよ。薬草浴は……ヨモギやショウブ、ゆずやミント等々を湯に浮かべて入浴することで疲労回復や肌荒れ予防、血行促進などを促すのです。汗疹でしたら、枇杷の葉、オナモミ……ああ、ドクダミなども薬草浴の材料に使われますよ」
「まぁ!そうなんですの!」
ピュアは薬草の入ったお風呂に入ったことがないと驚いたので、そこにいた女子学院生達が、それぞれのお勧めを話し出した。
「私は冬のゆず風呂が大好きなの!柑橘類の良い匂いがするし、よく暖まるのよ!」
「私は春のヨモギ風呂かな?ショウブも爽やかな草の匂いがして、お勧めよ、ピュアちゃん!」
「ああ、私は夏のミント風呂かな?汗疹が治まったら、一度試してみれば良いわよ、ピュアちゃん!ああ、でもね、一つだけミント風呂には注意が必要なのよ!」
「まぁ、何の注意ですか?」
「ミントの精油を入れすぎたら、夏場でも尋常じゃなく寒くなるから、決して入れすぎてはダメなのよ!」
「え?夏なのに、寒く感じるのですか?」
「ええ、それはもう……。何枚も毛布をかぶってもブルブルと震えるから、絶対に気をつけてね!」
「わかりましたわ!」
「ピュアさんは薬草浴が初めてですし、肌が敏感な体質のようですので、出来たら薬草浴をする前に、洗面器に薬草液を作って手を浸してみて、異常を感じないかを予め試してから使用した方がいいかもしれませんね。もしも薬草液が肌に合わなかったら、その時は使用を直ぐに止めて、私達、薬草医に相談して下さい。
それとピュアさんの国では、夏場はシャワーで、入浴を済ませてしまう方が多いと聞いたのですが、出来たら湯船にお湯を張って、ぬるめの温度で、お風呂に入ることも増やしてみてはいかがでしょうか?お湯に浸かって汗をかくことは新陳代謝を促しますし、汗疹対策の一つにもなります。それに夏場の寝苦しさから来る不眠予防にも良い効果がありますよ。冷え性の女性の体にも、良い作用があります。あまり長い時間では逆上せますので、体調を見ながら入浴することや、きちんと水分補給もすることを忘れないで下さいね」
「はい!ありがとう!さすがイヴさん!後、水遊び用の水着とは、どんな物なんですか?それと……」
好奇心旺盛なピュアの質問は沢山あったので、イヴ達はミグシスやジェレミーが、夕食の時間だと呼びに来るまで、皆で夏休みの旅行の計画や、水遊び用の水着の種類や、夏の日焼け対策、ムダ毛の処理など……、女子しかいない今しか出来ない話を沢山して、女子同士の親交を深めていた。
※この世界に水着が存在するのは僕イベという乙女ゲームが入っているからです。ちなみにミグシスが14才の頃に、カロン(ナィール)と一緒にカフェにいたとき、パンケーキやプリンが出てきたのも、その影響です。
※汗疹について……熱の出ない発疹である汗疹が”気のせい”ではなく”汗疹”と呼ばれているのは、バッファーの前王ライトと北方の国の女王が揃って前世が日本人だったからです。汗を沢山かいた場所に出来る発疹として、病気の原因と結果の因果関係がハッキリしているために、王達がそろって、これは”汗疹”であると薬草医と共に、”気のせい”ではなく”汗疹”だと国中に認知させたという過去があったからです。




