6月の女の子の日のイヴとミグシス③
リーナの母親がイヴの部屋に残ると、イヴは彼女に胸のことで相談したいことがあると言った。
「イヴちゃん、4月から胸が苦しかったの?」
「はい、そうなんです、おば様。最近とても胸が苦しくて。最初はミグシスが好き過ぎて、苦しくなるのかと思っていたのですが、とても補正下着がきつくなってしまって……。私、太ってしまったのかもしれません」
イヴの言葉にリーナの母親は、部屋に置いているイヴの裁縫道具から胸囲を測るための紐を取り出し、慣れた手つきで寝間着の上からイヴの胸を計測した。
「ああ!やはり!苦しいはずですよ、イヴ様!……じゃなかった、イヴちゃん!リン村で制服を準備するために私が計測したときよりも胸が大きくなっています!これじゃサリーの作った下着がきつくなっていて当然です!それにイヴちゃんは、4月からストレッチや鉄棒の練習をよく頑張っていたから、腹囲が細くなっていますので太ったわけではなく、奥様がよくおっしゃっている……羨まけしからん美味しすぎる体型……っていうものになってしまっただけなので、安心してください。
これをサリーが知ったら、『ああ!何だか、創作意欲が湧いてきた!今直ぐにイヴ様に似合うドレスや下着を作りたい!もっと着飾って、この美を際立たせて、もっともっとミグシス様をイヴ様にメロメロのデロデロにして、それからそれから、ウフフフフフ~!!』……って、言うに決まっています!後でこのことをサリーに伝えておきますので、二三日中には新しい下着や普段着が用意できますよ!」
「……あの、私はこれからも補正下着で、胸が平らに見えるように隠さないといけないのでしょうか?最近は胸がおしつぶされて、とても苦しいですし、出来たら止めたいのですが……」
イヴがそう言うと、リーナの母親は安心させるように頷いて同意の意を示して見せた。
「イヴちゃんはお顔の作りだけではなく、体型もお母様によく似ていらっしゃいますからね。胸を隠す補正下着を着るのにも限界が来るとわかっていましたから、夏服の制服は胸を潰さないままのイヴ様の体の大きさに合わせた制服も用意していますので、そちらを着用すればよろしいかと私は思い……思うのよ、イヴちゃん!」
リーナの母親の言葉に、イヴはホッと安堵のため息を漏らした。リーナの母親はイヴの喜びの表情を見て、微笑みを浮かべた。
(これ以上、イヴ様の体に負担をかけると、それで片頭痛を発症させてしまう怖れがあるから、そろそろ胸を隠すのは止めるべきだと思ってたのよ。ちょうどいいわ!私はいつでもイヴ様の味方よ!4月でミグシス様と婚約を済ませたのだもの。スクイレルの男達は心配するだろうけど、ミグシス様がずっと傍についているのだから、不審者や不埒な者からイヴ様を守ってくれるはずだわ)
イヴはベッドの中に戻り、リーナの母親にポツリと言った。
「ねぇ、おば様。私はいつまであなたを”おば様”と呼ばないといけないのでしょう?私とミグシスはいつまで皆を……違う名前で呼び続けないといけないのでしょう?」
「イヴちゃん、長の言葉を覚えていますか?」
「はい。『死して屍拾う者無し』です。アイも言っていました。任務中の忍者には、本名で話しかけてはいけない……と。知ってても知らない振りして、最初に自己紹介された名前や職業……設定通りの人物として、接しないといけないと言ってました。”壁に耳あり障子に目あり”だから、どうしてそんなことをしているのかを尋ねてもいけないとも言っていましたし、自分の部屋にいて、誰が見ていなくても、本当の事を言ってはいけないのだと教えてくれました。……だって人は見ていなくても、神様は見ているかも知れないでしょ?……って。
正体がバレたら忍者は、大事な人の傍にいられなくなるから、アイは絶対に、それを守りなさいと言っていました。……だから私、ミグシスがミーナとして9年間一緒にいたときも黙っていましたし、今も皆にいてほしいから黙っていました。でも……本名を呼べないのは、やはり寂しいです。それに……今はいない家族達がどこにいて、何をしているのかも聞けないなんて……心配でたまりません。やっぱり私は忍者に向いていないんでしょうね……」
リーナの母親は、イヴを真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
「大丈夫ですよ。今は何も話せませんが、今、ここにはいない者達は皆、元気でいます。後、少しの辛抱です。全ては長が話してくれるはずですから、それまでどうか、もうしばらくは、このままでお願いします、……イヴちゃん」
「……はい、わかりました。おば様」
(ああ……、何て寂しそうなイヴ様のお顔。すみません、イヴ様。この事だけは、あなたとミグシス様には、お話し出来ないのです。……でも、お約束します。マーサは命に代えてもイヴ様をお守りします!寮監親子に扮した私と夫のノーイエと、イヴ様の弟のソニー様、寮のコックに扮したリングルとアダム、平民クラスに潜入しているサリー、老先生に扮するセロトーニ先生やライト様、仮面の先生に扮することが出来る旦那様や長やミグシス様、ルナーベル先生に扮したアンジュ様が必ずや、あなたを助けます!絶対に守り切ってみせます!)
イヴに言えないもどかしさを、久しぶりに感じつつ、リーナの母親は、密かに固い決意をした。コンコンとノックの音がした後、ミグシスの声が扉越しに聞こえてきた。
「……あの、お話は終わりましたか?」
心配げなミグシスにリーナの母親は苦笑し、ミグシスにも入室をしてもらい、イヴの相談内容を伝えたところ、ミグシスは目を大きく見開いて、体を硬直させてしまった。
「え!?イヴ(昨日、俺のことを一日中抱きしめてたから?そ、それで大きく?確かに3月よりも胸がお、大きくなっているけど、お、お、俺のせい?俺のせいで、さらに)、胸が大きく?」
そう言って(勘違いした)ミグシスは一度、寝間着姿のイヴを見た後、また昨日の事を思いだし、鼻血を出して、蹲ってしまった。
「キャ!ミグシス?大丈夫ですか?」
イヴはベッドから飛び出して、慌てて寝間着のまま、ミグシスに駆け寄っていった。二人の様子を見て、リーナの母親はキョトンとした。
(え?あ、あんなに毎日毎日、いちゃラブしているのに、もしかして、まだ……だったの?なんて……なんて辛抱強い。さすがミグシス様!9年も待てしてただけあって、我慢強いです!そこまでイヴ様を大事にしてくれるなんて、このマーサ、心から感謝いたします!今後も誠意を込めて、お二人にお仕えしますので、一生、イヴ様を頼みましたよ!!)
リーナの母親は内心でミグシスを褒め称えた後、イヴに厚手のガウンを着せてから、ミグシスの処置をイヴを任せ、部屋を退室した。
(うふふ、お邪魔虫は退散ですわ!)
仮面の先生とリーナの母親は、一階へと向かっていた。お互いイヴとミグシスとの話を報告し合い、仮面の先生は恋人達の初々しさに微笑し、ミグシスはイヴの父親の若い頃によく似ていると話した。リーナの母親は、仮面の先生から聞かされた、ミグシスの身の上話に息を飲んだ。
「……どう言うことなんでしょう?」
「昨日捕獲に成功した神達から、もう一度このことについて、詳細を聞き出さねばなりませんね」
「そうですね、長。……昨夜、ノーイエから事情は聞きましたわ。あの神達の話では、イヴ様は”隠された物語”を4才の時からミグシス様と始めていたという話でしたね。そして、僕イベの乙女ゲームとやらの方も、イヴ様は幼少期に5人の攻略対象者に出会い、好感度を最大値にまで上げていた……と。さすがはイヴ様です!」
「ええ、イヴ様は、この4月にイヴ様の初恋の人である隠しキャラのミグシリアス……ミグシス様と無事に両想いとなり、婚約者となりました。あの時にイヴ様とミグシス様を交えて、中庭で皆で昼食を食べたでしょう?あれは二人の婚約披露ガーデンパーティーだったので、あの時に”隠された物語”は初恋エンドを終えたようです。そして私達スクイレルが、学院を元のシーノン公爵邸に似せて作らせていたことにより、イヴ様はミグシリアスルートのハッピーエンドも重ねて達成したことになったらしいのです。
私達はイヴ様の安全を考えて、いざというときのために、シーノン公爵邸と同じ建物にして、同じ隠し部屋を作ることで、暴漢が来ても運動があまり得意ではないイヴ様が、一人でも逃げられるようにと考えて作っていた学院が、違う意味で思わぬ効果を出し役立ったのです。
しかも、あの時にピュア様がいらっしゃって、イヴ様を祝福したことで、ヒロインと悪役令嬢の和解が成立したことになり、5月の中間テストで二人が鉄棒のテストを頑張ったことで、親友の絆が深まり、5月末にピュア様が王家の血を引く男性に告白し、見事両想いとなり、婚約をしたことにより、イヴ様は友情エンドも達成したことになったそうです。
さらに、一昨日に他の攻略対象者4人に打ち明け、4人から祝福の言葉をもらったイヴ様は、”隠された物語”の初恋エンドと”僕のイベリスをもう一度”のミグシリアスルートのハッピーエンドと、悪役令嬢との友情エンドと、逆ハーレムエンドの4つのハッピーエンドを達成したと金の神が、神の名において認めてくれました。
イヴ様とミグシス様は、もちろんのこと、ピュア様も他の4人の青年達も皆、その心根が優しく、善良な若者ばかりですので、このまま3月まで、彼ら6人は穏やかで楽しい学院生活を過ごすと私は思います」
「そうですね、長!私もそう思います!それに昨日、届いた書簡を見たノーイエの話によると、あちらではヒィー男爵令嬢が先月の5月に、ハプニングイベントなるものを自作自演したものの、自身の飲酒で自滅し爵位を失い、施設に送られたという話でしたね!」
「ええ、あれには皆が驚きました。どうして彼女が、あんなことをしたのか謎ですが、父神に早急に物語を終わらせるようにと命じられた金の神は、あの5月のお茶会イベントを、3月にあるはずの卒業パーティーと言う名の断罪イベントに置き換えて、彼女がバッドエンドになったと認めてくれました。
これにより”僕のイベリスをもう一度”に入っていた3つの全ての物語は、全ての終わりを迎えたことに、してくれるそうです。それに本来のヒロインがバッドエンドを迎えたので、これで悪役令嬢の死亡エンドは消失したと、神の名にかけて誓いを得ました」
「……ですが、ここは現実ですし、あちらの物語は本当の意味でのエンドは迎えておりません。あちらの物語では、ヒィー男爵令嬢が情報収集に多大な貢献をしてくれましたので、敵の仲間達の正体がわかりました。バーケックの女王に彼等の照会を頼むために、ノーイエが早馬を出しています。
それと”お姫様”が、彼等の戦力を無力化してくれ、ルナーベル様への疑惑を解消してくれたので、ルナーベル様への監視が解かれました。また、ヒィー男爵令嬢がバッドエンドを迎えられたので、あちらの物語での保健室の先生は必要がなくなり、ルナーベル様をあちらから救出することが可能となりました。
また、カロン王が喪中や合同法要を行うと言い出してくれたおかげで、救出活動が無理なく行われ、あちらの物語に潜ませていたセドリーとタイノーのコックの二名、アイビーとイレール姉弟とイヴ様の弟のロキ様が扮する寮監親子、若先生に扮したエチータンの6名が、ルナーベル様と共に、無事あちらの学院から撤収できましたと書簡には書かれていたそうです」
「順調すぎるほど順調なのは喜ばしいことですが、……まるでカロン王が、こちらの思惑を知っていて、自ら進んで協力をしてくれているような気がするのは、私の気のせいなんでしょうかね……?カロン王は以前から……学院時代から、不思議な方だったと、グラン様がおっしゃっていましたが、ナィールが言っていた話とミグシス様が先ほど話していた出自の話の相違を、この後、金の神にもう一度問いたださねばなりませんね」
「はい、そうですね。……後、イヴ様から事情を聞かれたのですが……」
「ふむ、それはグラン様達と相談して……」
二人は話を続けながら女子寮の一階にある、その部屋へと入っていった。




