イヴの女の子の日とミグシス(後編)
5月の女の子の日の二日前辺りからイヴは、いくら寝ても寝足りないとばかりに、一日中フラフラとしていて……その仕草や表情が、ものすごく可愛らしく、男心をそそるようなポヤヤンとした無防備状態となっていた。イヴは先月のミグシスの動揺を知っているので、今月は動揺させないようにと、その状態になったイヴはミグシスに、これも自分の女の子の日の前に起きる症状の一つだと、ポヤヤンとした顔で説明をした後に、こう言った。
「フゥ……眠いです。私、今回は眠たがりになっているみたいです。こうなると一日中、とっても眠いんです。すみません、少しだけ肩を借りても……いいですか?」
大きな青い瞳は少し蕩けるように潤み、動作もいつも以上にゆっくりとなっているイヴはそう言って、部屋で二人並んで座っているソファで、コテンとミグシスの肩に頭を寄せて、そのまま直ぐに眠ってしまった。
(なんて無防備で可愛い寝顔。キス……したいな。イヴの良い匂いがするし、イヴの柔らかい体の感触が伝わってくるし、それに加え、今日のイヴは何だか色っぽい感じがして、すごくそそられる。イヴは性格も最高に可愛いくて、俺はイヴが大好きだ。抱きしめたいし、キスしたい!……でも今はダメだ、イヴは体が辛いんだ。だから俺、イヴがすごく可愛いくて、色っぽくて、魅力的で、最高に愛しくて、キスをしたくて堪らないけど我慢する!!)
ミグシスは自分の肩にもたれて、眠ってしまったイヴの長い睫や、可愛いつむじを見て、萌え愛でた後、グッと奥歯を噛みしめて自分の激情を抑えこみ、イヴを横抱きし、彼女の自室のベッドに入れた。次の日の朝も、まだ蕩けたままの顔でイヴは学院に行くと言うので、ミグシスはイヴをこのまま一人っきりにしたら、誰かに攫われてしまうんじゃないかと心配になり、学院のクラスの中まで、イヴに付き添った。すると案の定、イヴのポヤッとした表情に、ポッと赤面する男達が続出し、ミグシスは学院にいる間、牽制するのが大変だった。
さらには眠気に襲われて注意力が限りなく低下していたイヴは、就寝前にまた転びかけてしまったので、ミグシスは先月とは違った意味で、慌てふためくことになってしまったのだ。
(明日からは痛みが無くっても、イヴを休ませよう!こんなフラフラとして、今日みたいに転びそうになったら危ないからな!今は自宅で俺がついていたから良かったものの、危ないこと極まりない!それに俺がいないところでイヴが誰かに助けられるのも嫌だし、今日みたいなことが他のヤツと……と、なんて困るし、絶対嫌だ!)
イヴを自室のベッドに寝かせた後、洗面所に向かったミグシスの顔はうっすら赤い。今回は転びかけたイヴを慌てて後ろから助けようとして……、一緒に倒れることはなかったものの、何故かミグシスは、イヴの補正下着無しの胸を鷲掴みしてしまったのだ。
自分の両手の平に感じる、あの大きさ、あの感触が最高すぎて、ミグシスは目眩がしそうだった。無意識に指が動いて、一度だけ軽く揉んでしまったことはイヴには言えないと思いつつも、その目は未だに、愛しいイヴの胸を揉んだ両手の平を見つめて、あの感動を何度も蘇らせてしまっている。
(心配する気持ちは沢山あるのに、同時にイヴへの劣情が収まらないなんて、俺の男の本能は、本当にイヴだけを求めすぎてる)
男の動物的本能に抗えない自分に落ち込みつつ、それでもそれを感じてしまうのは、イヴに対してのみなので、それを甘んじて受け入れているが、男の本能のままに襲うわけにはいけないからと、ミグシスはイヴを起こさないようにトイレに向かった。
その次の日、女の子の日になってからのイヴの二日間は眠り姫のようだった。イヴがひたすら眠るので、ミグシスは心配でベッドの横に、ずっとついていたのだが、あまりにもイヴの寝顔が可愛すぎるし、眠っている姿が色っぽくてミグシスは、また己の劣情と戦うのに必死だった。そして、その次の日、イヴは泣き虫になった。
「ううっ、わ、私、どうして、こんなに、体が弱いんでしょう?……うっ、うっ、いつもいつも片頭痛ばっかりで、誰かのお世話にならないと生きていけないなんて、自分が情けないです……。避けないといけないものや、苦手なものが多いのも辛いです。食べられない物もあるし……、お日様の日差しも、あんまり得意ではないなんて……。いっぱいミグシスとお昼もお外に出たいと思うのに、頭が痛くなるから、お部屋のデートばかりで、ミグシスに申し訳ないです。
それにそれに……女の子の日も辛いです。母様も同じだったと聞きましたが、お腹が痛いのも腰が痛いのも、それに片頭痛が重なるのも本当にしんどいです。それにそれに……それに好きな人の前で、おならが出るのも、お腹を壊していることを知られてしまうことも、恥ずかしくて恥ずかしくてたまりません。
先月はとても恥ずかしかったです。ミグシスに見られたくない姿を見せざるを得なかったのが……情けなかった。今月だって、ずっと私は眠たくてフラフラしてたし、女の子の日が来たら、ずっと眠りっぱなしになって、ミグシスに頼りっきりになってしまって、ごめんなさい。こんなにみっともない姿ばかり、好きな人に見せてしまう自分が情けないです。
でもね、仕方ないのも、わかっているんです。片頭痛は体質だって、母様もライトおじ様も教えてくれましたし、女の子の日の体の不調も、色々あるのはセロトーニ先生や父様に習ったから、よくわかっているんです。マーサさんも女の子の日は、ノーイエさんにヨシヨシと頭を撫でられていると聞きましたし、多くの女性が辛いんだって、わかっているんです。
なのになのに、何だか悲しくてたまりません。涙が止まらないの……。こんなに落ち込んでしまうなんてどうしてなのか、わかりません。でもね、ミグシス。一番悲しいのは、こんな私にいつかミグシスが愛想をつかしてしまうんじゃないかしらと不安で、それが辛くて悲しくて、どうしようもなく寂しくて仕方ないんです!!どうして、こんなに寂しいのでしょう?ごめんね、いきなり泣いてごめんなさい。突然こんなこと言い出して、困らせてしまって、本当にごめんね……。うっ、うっ……でも何だか悲しいんです」
イヴは就寝前にそう言って泣き始めた。ミグシスは泣いているイヴを自分の膝の上に乗せ、泣き終わるまで黙ってイヴの背中をポンポンと叩き、イヴの言いたいことを全部言ってもらってから、話し始めた。
「あのね、イヴ。大丈夫だよ。俺は君を離さない。君を愛しているんだ。それにね、イヴ。俺達は現実に生きているんだよ。生きているから、お腹も空くし食べたら排泄したくなるのも当たり前なんだ。体調が悪かったら、お腹も壊す。動いたら汗も出るし、鼻水だって出るし、おならだろうとゲップだろうと何だって出るのは、生き物なら当たり前の事なんだよ。
イヴは俺がゲップをして、幻滅したことがあったかい?君は俺がゲップをしていたら、優しく背中を摩ってくれるだろう。俺がおならをしてしまったときも、お腹が痛いの?と尋ねてきて、俺の体調を気遣ってくれただろう?俺だって、それと同じだよ。君が大事だから、君が体調が悪かったら心配はするけど、それで嫌いになることは、絶対に俺はないよ。」
ミグシスはそう言ってから一旦イヴを膝から降ろし、台所に行くと濡らした手布と水を入れたコップを持って戻って来た。イブの顔を手布で優しく拭い、泣きすぎたイヴに水分を取らせてから、また自分の膝にイヴを乗せる。
「イヴは生きているから、女の子の日の不調があるんだし、俺だって生きているから、君への抑えきれない欲望があるんだ。だからね、そういう体のことで情けないとか、みっともないって恥じたりなんか、しないでいいんだよ、イヴ。俺は生身の人間のイヴが好きなんだから。物語じゃあるまいし、生きていたら、そういう日常的なことは、当然のことなんだから」
ミグシスは見た目は10代だが、これでも25才の大人なので年長者らしく、イヴにそう言った。イヴはミグシスが自分への抑えきれない欲望があると言うと頬を染め、私、大人の女性として、ミグシスにそういう風に見てもらえるか心配だったから、そう言ってもらえて嬉しいですとミグシスに囁いた。ミグシスはイヴの囁きにゴクンと唾を飲みながらも、イヴの言葉に煽られる欲望を抑え込んだ。
「人間は生きている以上、必ず年を取る。俺はね、イヴ。君と俺がシワシワのお婆さんとお爺さんになっても君を愛せる自信があるし、そうなるように努力していくよ」
「わ、私も!私もずっとあなたをとても愛していますし、これからも努力していきます!ミグシス、愛してます!」
「うん、ありがとう。でね、今、君がそうやって落ち込んでいるのは女の子の日のせいだからだよ。ほら、マーサさん達にもいっぱい泣きついたことがあったんでしょ?先月、話を聞いたよ。今はアレと同じなんだよ。不安なのも寂しいのも、全部そのせい。
だからね、そういうのも全部、俺は受け止めるから安心してね、イヴ。不安にならないように、いっぱい抱っこしてあげる。寂しいなら今まで以上に、傍にいてあげるからね。悲しいなら、君が好きだよって、9年間、直接言えなかった分をいっぱい言うよ。
だって俺、今はイヴの恋人で、イヴの婚約者で、もうすぐイヴの夫になるんだものね。俺に出来ることで、して欲しいことは何でもしてあげるから言ってごらん、イヴ?」
ミグシスは頼れるイヴの恋人で婚約者として、そう言って胸を叩き、イヴのしてほしいことを聞いて、大きな喜びに包まれると同時に、その日は眠ることが出来なくなる自分を簡単に予想出来た。何故なら泣き虫になったイヴが願ったことは、恋人のミグシスの添い寝だったからだ……。
12年前の時とは違い、今のミグシスは大人の女性となった恋人で婚約者であるイヴに対してのみ欲情してしまうので、その激情と闘いつつ、愛しい恋人となったイヴとの初めての添い寝を堪能した。




