イヴの女の子の日とミグシス(前編)
この4月に学院に入る前まで、イヴの身の回りの世話をしていたのはマーサだった。ミグシスは護衛のミーナとして、イヴの傍にずっとついていたのだが、イヴが女の子の日を迎えて以来は、毎月、その期間はミーナはイヴの傍から離された。スクイレルの大人達は、その期間ミーナにはロキやソニーの子守兼護衛を頼んできたため、ミーナをしているミグシスは、イヴが家に籠もっている期間、家の外でロキやソニーの世話をしつつ、イヴ目的(実はミーナ目的)の少年達がイヴを外に連れ出さないようにと激しく威嚇したりしていた。ミグシスはイヴに会えない数日間を寂しく思いながら、毎日の日課の手紙交換でもらった手紙を読み返しては、イヴの回復を心の底で祈りながら、会えない日々を過ごしていた。
スクイレルの大人達がイヴの女の子の日の期間、ミーナをイヴから離したのには理由があった。この世界の神から姿を隠すことに成功しているミグシスが、イヴの女の子の日の状態を見て動揺し、ミーナの中にいるミグシスが表に出てくることを危惧したからである。……つまり、それほどイヴの女の子の日にまつわる症状は重く、辛いモノであったのだ。
4月、学院に来てから初めてイヴの女の子の日の世話をすることになったミーナは、イヴの女の子の日の状態を初めて目にした。入学式の日の頭痛が癒えないまま、女の子の日を迎えたイヴはとても辛そうでミーナをしているミグシスは狼狽え、気配を隠すことも心を隠すことも出来なくなった。
頭痛と腹痛を訴え、悶え苦しむイヴの姿に、慌てて保健室の先生のルナーベルを呼び、リーナの母親を呼び、平民クラスの女子学院生の一人を呼び、若先生を呼び、老先生を呼び……それでも心配でいてもたってもいられなくて学院を飛び出し、ゴレー医師まで担いできて、まだ心配だと他の医師を連れてこようとしたミーナは、仮面の先生の命を受けたコック二人とリーナの父親の3人がかりで取り押さえられ、羽交い締めにされて、押しとどめられるという騒ぎを起こした。
イヴの部屋に集められた大人達は、このミーナの行動に、リン村での自分達の対処は正しかったと痛感した。
「あのゴレー先生、お嬢様の女の子の日の症状が重すぎるような気がするんですが……」
「落ち着きなさい、ミーナさん。この症状は女の子の日の特有の症状なんですよ。スクイレルさんのお母様も出産するまでは、こういう症状だったと、入学前検診で問診時に話を聞いていますからね。スクイレルさんは母親似なのでしょう」
「でも、お腹の中がズン!と重く、鋭い痛みがするって!誰かが頭とお腹と腰をずっと殴ってくるみたいに痛いって!中から臓器が抓られているみたいに痛みが走るって!あまりに痛くて痛む度に蹲り、歩けなくなるとイヴが言っていて、とても辛そうなんです!!自分の体内が抓られるなんて、私には想像も出来ない痛みです。何か他の病気ではないんですか、老先生?」
「女の子の日には腹痛はよくあることですよ。私も男ですから想像は出来ませんが、そういうふうに痛みを例える女性は少なからずいますよ」
「でもでも女の子の日になる前から、便秘と下痢を繰り返しているし、胸もむかついて吐き気もあるって……。若先生、俺……じゃなかった私、心配なんです!ただでさえ片頭痛で苦しんでいるのに毎月、こんなに痛むなんて、イヴが……いや、お嬢様が可哀想です!なんでお嬢様だけが、こんな辛い目に遭わないといけないんですか!何とかならないんですか?俺、別の重い病気なのかも知れないって、不安なんです!」
「落ち着いて下さい、ミーナ。大丈夫だから。私の妻も出産する前は、同じ症状だったと言っていました。胃腸に優しい食べ物と体を温めること、そして安静にしていれば、大丈夫なのだと言っていましたから、そのように世話をしてあげればいいでしょう」
「で、ですが、お嬢様はベッドから出ると数歩も歩く間もなく、立ちくらみがするって言っていました。俺が一生イヴを横抱きして歩くから、一歩も歩かなくてもいいけど、立ちくらみは困ります!」
「落ち着いて下さいませ、ミグシス様……じゃなかった、ミーナさん。一生横抱きなんてしていたら、イヴ様の健康に良くないので、時々は歩かないといけません。イヴ様……いえ、イヴちゃんは、女の子の日の説明をリン村でキチンとあなたにしていたはずですよ?その立ちくらみは貧血症状によるものです。イヴちゃんはレバーやホウレン草などを普段から食していても、女の子の日は貧血になりやすい体質なんです」
「はい、お嬢様は自分は女の子の日の症状が重いから、倒れても気にしないで落ち着いて対処して、と言っていました。……でも俺、心配で心配で……、あの、こんなに辛そうなら俺が代わってあげたいんですが、何とか代わる方法はないのでしょうか?」
イヴの部屋に集められた大人達はミーナとの、この会話のやり取りを……すでに5回も繰り返していた。1回目は皆、イヴを心配するミーナを微笑ましく思い、2回目は皆、心配がつきないミーナに苦笑し、3回目ともなると皆、心配しすぎのミーナに呆れ、4回目ともなると皆、心配が収まらないミーナにうんざりし、5回目ともなると皆、段々うっとうしくなってきて……。
「でも俺、心配で心配で……、あの、こんなに辛そうなら俺が代わってあげたいんですが、何とか代わる方法は……」
「「「それ、代われないヤツだから、とにかく落ち着け!!」」」
ルナーベルとコック二人に、そうツッコまれているミーナを、やれやれと皆嘆息し、それぞれイヴのために動き出した。若先生とゴレー医師はいくつかの薬を処方してミーナに渡し、イヴが目覚めたら飲ませるようにと言い、老先生は女の子の日の諸症状を軽減する、いくつかのツボをミーナに教え、イヴが目覚めたらそこを摩ったり、指圧してあげるといいと慰め、ルナーベルとリーナの母親は、もう一度、これから女の子の日が来る度にイヴを襲うだろう諸症状の種類について、ミーナに説明をして、取り乱すことなく冷静に対処しろと諭し、仮面の先生はイヴが完全に回復するまでの学院を休む手続きを代わりに行うから、イヴの傍についていなさいと涙ぐむミーナを慰め、平民クラスの女子学院生は、イヴのクローゼットを漁り、この期間に着るための寝間着や部屋着、下着を確認し、足りない物は直ぐに仕立てて、届けに来ると告げ、コック二人は、この後、レバーペーストを作って持ってくると告げ、リーナの父親は、その届け物はイヴを心配していたリーナにお見舞いがてら、届けさせても良いかと尋ね、それぞれの用事が終わると、皆は部屋から出ていった。
部屋を出た後も気配を隠すことを忘れ、部屋の中でバタバタとあれやこれやを用意しているミーナの……ミグシスの様子に、大人達は微笑ましく思いながらも、こう思った。
(((((((今からこれじゃあ、もしイヴ(様)が妊娠でもして、つわりにでもなったら、彼は、どうなってしまうのだろう)))))))
集められた大人達は、先が思いやられると苦笑しながら帰って行った。皆が帰ってしまった後、ミーナになっているミグシスは、イヴの辛い症状に心を痛め、代われるなら代わってあげたいと思いながらイヴの額にハチマキを巻き、痛がる腰をさすったり、温石を用意して、お腹を温めたり、吐き気を起こしたイヴの背をさすったり、貧血で立ちくらみを起こしているイヴを抱きかかえてベッドとトイレを往復したりと、24時間つきっきりで看病していた。
イヴにもアンジュに似て女の子の日の症状が重いと聞かされていたから、ある程度の覚悟をミグシスはしていたのだが、実際に目の当たりにすると、とても可哀想で、いてもたってもいられず、先ほども何度も本当に代われないのかと若先生達に尋ねて、無理だと何度も諭されたが、ミグシスは愛しい女性の辛そうな姿に大変心を揺さぶられ、涙が出てきた。
(毎回これでは、イヴが可哀想すぎる)
そう思って、心を痛めていたミグシスだったが、イヴの毎月の女の子の日による症状は同じではなかった。イヴやルナーベルやリーナの母親からも説明をされていた通りに毎月、女の子の日が来る度にイヴを襲うだろう諸症状には、種類があったのだ。ミーナからミグシスに戻った彼は、冷静に対処しろと諭されたにも係わらず、イヴの5月の女の子の日も、ミグシスは別の意味で慌てふためくことになった。




