リーナと女の子の日の男達(後編)
リーナは今朝、朝ご飯を食べた後にいつものように、学院の校門前まで行き、郵便屋を待っていた。
(そういや先月は、こうやって待ってたら、父様が来たんだっけ……)
リーナは先月のルナーベルが女の子の日になった日を思いだした。
その日、こうやって校門の前で待っていると、膝掛けと花束と数種の野菜を入れた紙袋を持った若先生が現れ、今日、学院をお休みするだろう、保健室の先生をしている修道女に今すぐに渡してくれと、押しつけられたのだ。
「自分で直接、会いに行って渡してくればいいのに」
「……いや、それは出来ない。でも心配だから、それを渡してほしい。で、必ず無理をしないで、その……、あの……、元気になられるまで、私が代わりに保健室の先生をしているから、安心して体を休めてくださいと伝言願えるだろうか……」
(一緒に住んでいなくても、その女性の体の周期を知っていて、女の子の日が来ることを把握しているって、さすがだ!……でも、ちょっと怖すぎるような……)
「?ん?何だい?」
「っいえ!何でもありません!必ず、必ず渡すから眉間のシワを止めて下さい!!こ、怖いです!!」
リーナは「ピョワァ!!」と謎の奇声を上げて飛び上がると、慌てて若先生から荷物を受け取り、それを直ぐに、寮のルナーベルに伝言と共に届けた。するとルナーベルは若先生の予測通りに女の子に日になっていた。
「あら?たった今、私、それになったばかりですのに、どうしてわかったのかしら?でも助かるわ!後で、お礼の手紙を書きますので、リーナちゃん、夕方、手紙を出してきてもらえるかしら?」
「わ……わありました。夕方もう一度伺います。あ、あの、お大事にして下さい、母さ……いや、ルナーベル……先生」
リーナはよろめきながら、もう一度学院の正門前に行き、すでに待っていた郵便屋に遅れたことを詫びながら、郵便物を受け取ったのだ。先月のことを思い出した後、リーナは小さく、うげぇと声を発した。
(何だか、僕の回りの大人って皆、いちゃラブだよね。あまりの糖分過多にリングルさんとアダムさんが、よく泣いてるものね。僕もいつか、あんなふうに誰かを好きになるのかな?そしたら僕も好きな人を膝に乗せたり、キスしたいって思うのかな?う~ん、そんな人いるかなぁ……?
姉様位に可愛くって優しい人がいたら、そう思うかも知れないな。しばらく会っていないけど、ロキはどうなんだろう?ロキだって、僕と同じで姉様が大好きだもん。向こうには姉様と同じ位に素敵な女の子はいるのだろうか?あ~あ、早く夏休みが来ないかなぁ。夏休みになったら皆が集まるから、またロキに会えるのになぁ……)
郵便屋がやってきて、郵便物を渡されたリーナは、郵便物の仕分けのために一時自宅に戻り、父親が今日の洗濯物を洗濯屋に頼むための袋を取り出しているのを見て、一旦郵便物を机に置き、父親と一緒にその袋を届けた。父親の手伝いをした後に戻って来たら、郵便物が仕分けされた状態で置かれていた。母親が仕分けたのだと分かり、両親の寝室の前で、お礼を言うと、中から「今日は家の事が出来なくて、ごめんね」という声が聞こえてきたので、そんなことは謝らないでとリーナは言った。父親が自分宛の郵便物を見て、顔を綻ばせた。
「どうしたの?今日は何か良いことが書いてある?先月中旬は臭い女の人に頬を抓られたって書いてたけど、今回は大丈夫だったのかな、ロキは……。僕が傍にいられたなら、そんな女の人にロキを……ううん、私がリーナを抓らせたりはしなかったのに!」
「うん、かなり予想外のことが起きたらしい。リーナ、すごく嬉しいことが起きたんだよ!奥様もこれを知ったら大喜びされるだろう!何と、向こうの物語から、ルナーベル先生を上手く救出出来たらしいんだ!彼女を回収して、皆が撤収することも可能となり、皆は出立したと書いてある!
北の教会にはシュリマン様が手筈を整えているし、国境には10年前にもお世話になった役人が前回同様に、協力してくれるらしい。流石はナィール、手回しが早くて助かるな。予定よりも展開が早いから驚きだけど、嬉しい誤算だ。こちらも少しづつ用意をしていかないとね。4ヶ月ぶりに会えるね。今度はどちらのリーナが背が高くなっているかな?」
「3月の背比べは負けちゃったけど、次の背比べでは、絶対に私が勝つんだからね!また勝った順番に高い高いをしてくれる?」
「ハハハ、いいよ。夏休みは二人共をいっぱい高い高いしてあげよう。それじゃ、そろそろお仕事に行っておいで、リーナ」
「はーい!行ってきまーす!」
リーナは仕分けされた郵便物を持って、食堂に行き、そこで朝食を食べている平民クラスの女子3人組に
手紙を渡した後、特Aクラスの居住フロアへと向かい、まず、ピュアの部屋の呼び鈴を鳴らした。扉を開けたジェレミーは「おはようございます」と挨拶してくれたが、その固い表情にジェレミーの恋人であるピュアの体調が悪いのかとリーナは思った。ジェレミーがこういう固い表情の時は、いつもピュアに何かあったときだったと、ここ二ヶ月の交流でリーナは学んでいたからだ。
「これ、今日の郵便です」
「はい、いつもありがとうございます。すみませんが、リーナちゃん。今日の夕方、返事の手紙を書きますので、取りに来てもらえますか?」
「ええ、取りに来ますけど……、あのピュア様、また発疹が出てらっしゃるんですか?もしかして、先日武道館で見学に行ったから、なってしまったんですか?」
「いえ、あの日は大丈夫でした。遠くからの観戦でしたし、ピュアの周囲には平民クラスの女性達が常にいて、守って下さっていたので。今日のは……その、女の子の日の症状がいつもよりも重いようなんです。ピュアは心だけではなく、体も不調になると発疹……ニキビと呼ばれる吹き出物……が顔に出てくるので、わかりやすいのです」
ジェレミーがそう言っていると、部屋の奥からジェレミーを呼ぶ苦しそうなピュアの声がして、ジェレミーはリーナに断りを入れてから、部屋に急いで戻っていった。リーナはピュアを心配しつつ、隣室のイヴの部屋に向かい、呼び鈴を鳴らそうとしたら、扉が勝手に開いて、ミグシスがリーナに話しかけてきた。
「おはよ!リーナちゃん!悪いけど郵便物、直ぐくれる?それとイヴが女の子の日になったから、お休みの連絡を入れてくれるように、君のお父さんに頼んでくれる?うん、ありがと!じゃ、今日の夕方の郵便はないから、今日はこれで!!良い一日を!じゃ、また明日ね!」
バタン!と扉は直ぐ閉まり、リーナはポカンとしてしまった。イヴの様子を尋ねる言葉も言わせてもらえず、一方的に会話を強引に終わらせたミグシスの赤面していた表情にリーナは首をかしげた。
(?ん?なんかミグシス義兄様、喜んでない?もしかして、姉様が、また眠り姫にでもなってて、あの狼、いや駄犬化したミグシス義兄様が、またまた愛でているのかもしれないな……)
寮監の娘のリーナの仕事は女子寮に来た手紙を各部屋に配る事だが、女子寮は男子寮に比べて、寮に住む者がとても少ないので、リーナは、その仕事を、とても早く終わらせることが出来る。……何せ、新入生の平民クラスの15名中、女子はイヴを除けば3人だけだし、他のクラスには女子は一人もいない。特Aクラスフロアにはイヴとピュアとルナーベルしか住んでいないので、リーナは朝の配達を何の苦もなく、手早く済ませていた。
(今月のミグシス義兄様の様子が予想に反して、怖くなっていなかったから、今月の姉様の具合は悪くはないんだな、きっと。良かったね、姉様……)
物心つく頃から二人の傍にいたリーナは、ミグシスの様子からイヴの状態が手に取るようにわかるので、イヴが辛くないのは良かったと思いつつ、最近のミグシスの姿を思いだして、ウヘェと顔をしかめ、眉間に父親譲りの皺を浮かべた。
「本当に長年封じ込められていた反動って怖いよね。何だか日に日に溺愛加減が加速している気がするし。……まぁ私達はイヴお姉ちゃんが幸せなら、文句はないけどね……」
やれやれと肩をすくめてリーナが寮監室に戻ると、父親が母親を自分の膝に乗せ、頭をナデナデしたり、腰やお腹を労るように撫でたり、キスを贈っていたので、それを見たリーナは、ウヘェと奇声を上げて、そうそうに自室に引っ込んだ。
その半時間後、リーナの父親は男子寮から知らせを受け、女子寮の中で、一度も使われた事のない、ある場所の掃除を始めた。その場所は物語に一度だけ名前が出てくるが、閉鎖中だと説明され、物語の登場人物達は、最初から最後まで立ち寄ることのない場所であった。




