※6月の三者面談と、その後のエイルノン達③
父神と握手を交わした後、グランが言った。
「私達はイヴを愛しています。あの子が16才で死んでしまう運命だと知ったときは、胸が潰れる思いがしました。銀の神の英雄だったライト様や黒の神の英雄だったルナティーヌ様から、物語が始まる前に神が現れると聞いていたので、セデスが育てた銀色の妖精の守り手達に、密かにヒィー男爵邸を見張らせて、神が現れたときにイヴの命を救ってくれるようにと頼むつもりでいたのです。
……ですがヒロインであるはずの男爵令嬢は、妻から聞いていた僕イベという物語に出てくるような優しい性格の持ち主ではなく、他の攻略対象者達に初恋されることもなく、……逆に私の娘のイヴは、とても優しい子で、ミグシスだけではなく他の攻略対象者達にまで、初恋をされてしまっていたので、それがとても不思議だったのです。
私どもはイヴが平民になったことで身分差が逆転し、二人の役も逆転したのかと思い、ミグシスを世界から隠し、主要な登場人物を隠すことで神をおびき寄せることが出来るのでは無いかと皆で”スクイレル作戦”を考えて実行したのです。……でも、その作戦が功を奏していたとわかるまでに我々は9年間もの長い時間がかかってしまい、イヴを守るためとはいえ、我々は想い合うイヴとミグシスに辛い9年間を過ごさせてしまいました」
切なそうにグランが言った後、セデスが続けて言った。
「この一月の入学試験の時に二人の神様が現れ、そこで我々は初めて、僕イベの”隠された物語”のことを聞かされて、イヴ様とミグシス様が”隠された物語”の実際の人物であることと、二人の物語の”英雄”に選ばれていたことを知りました。
そして神々は、悪役辞退したイヴ様に攻略対象者全員が初恋していることを我々に聞かされて……イヴ様が乙女ゲームの英雄にもなってしまっていることを、そこで初めて視て知り、とても驚かれていました。
神様の見たい”隠された物語”は、現実を生きているイヴ様とミグシス様の日常であり、人生でしたので我々はミグシス様を隠すことを止めましたし、神様の好む乙女ゲームのハッピーエンドが、ヒロインと悪役令嬢の友情エンドだと聞かされて、イヴ様の性格と、学院に潜ませていた私の手の者から聞かされていたピュア様の性格から、万が一にもお二方のヒロインのバッドエンドにも、悪役令嬢の死亡エンドにもならないと考えられたので、我々は”隠された物語”だけではなく、友情エンドとミグシリアスルートのハッピーエンドを見せることが出来ると請け合い、それを見せる代わりに我々が、僕イベの登場人物の”代役”として、神の見たい物語に出演することを認めてもらったのです」
「……そうか。保護者という者は、神も人も関係なく、子のために奔走するものなのだな」
セデスの言葉に頷きながらも、父神は少しだけ疑問に思ったことがあると言った。
「君達が現実を生きるイヴとミグシスに、前世のことも僕イベのことも伝えないでほしいと息子達に願った気持ちはよくわかるのだが、それにしても何故、あの男爵令嬢の前世の記憶を取り戻させたのだ?前世の記憶を使って、彼女が君達の妨害をするとは思わなかったのか?」
父神の言葉にアンジュが自嘲気味に答えた。
「あれは私が……大人げなかったからなんです。私達は男爵令嬢が転生者だとは気づきませんでしたが、彼女があまりにも……僕イベのヒロインとは、かけ離れた性格をされていたので、ここは現実の世界だから、そういうこともあるのかもしれないとだけ思っていました。
だけど……1月の時に神様から、男爵令嬢の前世のことを伺って……、彼女は私の前世のチヒロと因縁のあった女だと知って……。私は……、私は強い怒りに駆られたのです。前世の私につきまとい、私の最愛の女性を苦しめ、私と娘の親子関係を悪化させる原因を作った彼女を私は許せなかった。
前世の彼女は親のスネをかじり、一度も働くことなく、苦労することなく、悠々自適の引きこもり生活を送っていたように私は記憶していました。だから私は前世の彼女に家電もなければ、ネットもない、貴族だろうが平民だろうが生きていくためには、自分で働かねば生きていけない世界で、少しでも働くことの大変さを味わわせてやりたいと思ったのです。それが前世の私から娘を奪った復讐の代わりだったんです……。
前世の彼女は最悪な性格でしたが、浅はかで愚かだったので、私が転生していることに気づくこともないと確信していましたし、ゲーム開始寸前の時点で、彼女が全てを思いだしたところで、彼女には何も出来ないこともわかっていましたから、金の神にチョコレートケーキと彼女の記憶を取り戻すようにと頼んだんです。でも、まさか、あんなことになるなんて……」
自己嫌悪の表情を浮かべるアンジュをグランが抱き寄せ頬にキスをし、慰めている様子に父神も言葉をかけた。
「あの少女は前世の魂の性質を色濃く受け継ぎ、自分を止める者がいないのをいいことに、今世でも身分が低い者を虐め、いたぶることに喜びを見出し、自分よりも美しい者や身分が高い者を嫌い、勉学や労働を厭う怠惰な者として成長していた。前世を思い出さずとも、あの少女は遅かれ早かれ、不幸になる運命を自分自身で引き寄せていたのだ。
……私も、もう少しで息子達を全て、あの少女のように皆に嫌われる邪神としてしまうところだった。だから、もう私はこれで失礼をさせてもらうよ。私は一刻も早く《神の領域》に戻り、息子達のために二者面談に出かけなければならないから」
父神はスクイレル達に言った後、息子達に言った。
「金の神は、この場に三日間留まり、お前が再現させた僕イベの3つの物語を完全に終了させなさい。銀の神も弟に付き添いなさい」
そう言って父神は去り、6月の三者面談は終わった。
人間の世界の時間で三日後、金銀の神はヘトヘトになって《神の領域》から戻って来た。《神の領域》で待っていた黒の神も、先に戻っていた父神にお説教を受けたらしく、顔色が悪かった。
「おかえり、銀の神、金の神。早速だけど、これからもう一度、修行のやり直しをするから準備をしなさいと父神から伝言を預かっているよ。今度は父神と修行の先生が、つきっきりで僕達を指導してくれるってさ」
黒の神の言葉に銀の神は、さらに疲労が増したような表情を浮かべて、ガックリと落ち込んだ声を出した。
「うっ!……また、修行か~。今度は何千年するのだろう?フゥ、しばらくゲームも漫画も楽しめないなぁ」
金の神も、さも残念そうに言った。
「あ~あ……。もう、イヴちゃんとミグシス君のいちゃラブなプライベートを見られないのかぁ~。せっかく5月からピュアちゃんとジェレミー君も両想いになって、毎日二組のいちゃラブにつながるラッキー何とかイベントを見るのを楽しみにしていたのに~!」
ガックリと項垂れる金の神に、兄神達は呆れかえった。
「……お前、そんなことをしてたのか!神が恋人達のプライベートを覗き見るなんて、恥知らずだぞ!」
「そうだぞ!自分がされて嫌なことは他の者にもするな!……と、私はお前達が帰ってくるまでに散々、父神と先生にお説教されたんだぞ!」
「ううっ!人間達にも同じように叱られたよ。もう二度と二組の恋人達のプライベートを見ないという誓約書も書かされたんだから。ハァ、仕方ないか。イヴちゃんは私に4つもハッピーエンドを見せてくれたんだから、それで充分だと思わなきゃねぇ……」
「4つ?」
「4つなんだよ。”隠された物語”……僕イベファン達には初恋エンドと言われているものと、私が僕イベで大好きだった友情エンド、それとミグシリアスルートのハッピーエンドと……私が初めに見たかった逆ハーレムエンドを合わせて4つだよ」
「え?逆ハーレムエンドって、どういうことさ?」
「それは彼等を見ればわかるよ、ほら……」
金の神の言葉を聞いて二人の兄神が不思議そうな顔をしたので、金の神は《神の領域》から、下界のエイルノン達を見るようにと言った。




