4人は、その乙女ゲームを作った彼らでした③
初恋に特別な思いを持っていた彼らは、こう思っていました。
((((もしも学生時代、初めて恋人が出来ていたのなら……。きっと一途に、その彼女だけを見つめていたいはずだし、その彼女のことだけで、頭がいっぱいになるはずだ。ずっと彼女だけと会いたいし、他の女の子と一対一で一緒にいて、彼女を不安にさせたくないし、自分だって不安になりたくないから、彼女にも、他の男と二人っきりで会うのは、出来たら止めて欲しいと思うだろう。それに愛情弁当もラッキー何とかなことも、一人の人とだけ経験したいし、他の男にその人の可愛いところも見せたくないし、お色気な展開も起きて欲しくない))))
そんなふうに考える彼らですから、スポンサー様の娘にぜひ作ってくれと鼻息荒く懇願され、仕方なく最後に加えた逆ハーレムルートは、攻略をとても難しいものにしました。だって心の奥底にある、恋に恋する初心な少年の気持ちを失っていなかった彼らは、(初恋で多くの異性を侍らかすってありえねーよ!)と、思っていたので……。そうして10コ全てのルートを作り終え、もう少しで乙女ゲームが完成というころに、彼らは職場のチームメンバーの一人から、とても可愛い恋愛をしている彼の息子の話を聞いたのです。
それは交換日記をしている小学生カップルの、とてもとても可愛くて、純粋な初恋の話でした。友人や恋人との連絡で家の固定電話を使わなくなりはじめた今、その小学生カップルの交換日記の話は、彼らの昔に体験したかった恋の青春そのものだったので、おじさんとなった彼らの心をキュンキュンと切なく疼かせました。
それは年末の忘年会でのことでした。皆で居酒屋に行き、酒を飲みながら仕事の話や家族の話をしていました。悔しい思いをしたゲームでも完成が近づくと、やはり嬉しくて、酔った勢いでお互いの初恋の話なんかも飛び出してくる中、一人の男が何かを思い出しているのか、ニマニマしながら笑顔で酒を飲んでいたのです。彼らの内の一人が、その彼に「何を笑っているんだ?」と尋ねると、彼は旨い酒が飲める、いい初恋の話があると言って、それを語り出しました。
その男は何年も前に、ある格闘ゲームの製作に携わっていました。エロゲーやギャルゲー、乙女ゲーでコツコツ資金を稼いでは、自分達の作りたいゲームを作っていた会社でしたので、その格闘ゲームは自分達の本当に作りたいゲームとして当時、かなり気合いを入れて作っていました。そこで当時、現役で活躍している格闘家の何人かに協力をしてもらい、実際の格闘の動きを記録させてもらうことにしたのです。
その中には格闘の世界チャンピオンもいました。男の息子は世界チャンピオンの大ファンでしたので、公私混同も甚だしいとはわかっていましたが、男は彼が来るときに自分の息子を連れてきてしまいました。すると……世界チャンピオンの方も、公私混同して済まないがと言って、一人の小さな女の子を連れてきていました。その子は、ごつい体格の格闘家の彼とは、全然似ていません。小さくて天使みたいに可愛らしい容姿の女の子でした。
娘さんですか?と尋ねたら、世界で一番可愛い姪だと、世界チャンピオンはドヤ顔で言っていました。世界チャンピオンの動きを記録する間、男の息子と女の子は大人しく並んで椅子に座り、それを見学していました。せっかく憧れの世界チャンピオンに会えたというのに、男の息子の関心は、その小さな女の子へと向けられて、彼は小さな女の子に初恋をしました。
「あのね、お父さん!あの子、あの可愛い女の子の家ね、隣の校区にあるんだよ!家が近かったんだよ!でね、あの子ね、ゲームをしたことがないんだって!頭が痛くなるから出来ないんだって!あの子のお母さんも、あの世界チャンピオンも、頭が痛いんだって!ずっと前から、そういう病気なんだって!ゲームが出来なくて可哀想だねって、早く良くなるといいねって、僕が言ったらね、嬉しそうにね、ありがとうって言ってくれたんだ!えへへ……可愛い笑顔で言ってくれたんだよ!
それでさ、あの子ね、僕の話が面白いって、ずっと僕の話を聞いてくれたんだよ!沢山ゲームをしていても、頭が痛くならないって、すごい!って、羨ましいって!お父さんのことも褒めてくれたんだ!あの子のクラスの子達がお父さんの会社が作った野球ゲームが面白いって話してたんだって!あの子ね、自分はゲームが出来ないけど、お友達のゲームの話は楽しいから、よく聞くんだって!
それでね……えへへ、あのね、お父さん!あの子ね、僕の話はお友達の中で一番、そのゲームをしているみたいな気持ちになれて、とても楽しかったから、僕の話をまた聞きたいって言ってくれたんだ!僕のクラスの女の子はそんなこと一人も言ってくれなかった!皆、僕がチビのガリガリでヒョロヒョロでゲームオタクだってバカにするのに、あの子はそうじゃなかった!
僕ね……凄いって、優しくって、かっこいい!って初めて言われちゃった!そんなこと言われたの初めてで僕、すっごく嬉しかったんだ!えへへ……僕ね、僕が一番だって初めて言われて、とても嬉しかった!僕、あの子に会えて嬉しかった!とっても、とっても!!今日、あの子に会えて本当に良かった!お父さん!連れてきてくれて、本当にありがとう!!」
帰り際、息子にそう言われてしまったんですと、男は微笑みました。父親として、息子が恋に落ちた瞬間を見ることが出来て嬉しかったんですと頬を掻きながら、酒を片手に話は続いていきました。
男は無事に格闘家達の動きを記録した後はゲーム作りに追われて、ろくに家に帰れない日々を送っていましたので、その後の息子の恋が、どうなったのかは知りませんでした。でも後日、ゲームが完成したので、その報告とお礼を言いに、男が世界チャンピオンの家に向かうと、その家には世界チャンピオンの他に、まるでモデルのように美しい顔の夫婦とあの時の女の子と共に……何故か男の息子が男を出迎えたので、男はとても驚きました。
驚いて声も出ない男に世界チャンピオンは笑って、その後の話を教えてくれました。……何と男の息子と女の子はあの日、お互いの自宅の電話番号と住所を教えあっていたのです。女の子の方も、優しく女の子を気遣ってくれた男の息子に初恋したらしく、二人のお付き合いはあれからずっと続いていると聞いて男は、自分の息子の初恋が実っていたことを知り、とても喜びました。
毎日10分間だけの家の電話での会話。毎週末、息子が自転車で彼女宅を訪問。彼女に頭痛がなければ、一緒に遊び、彼女が頭痛の時は、静かに彼女の横で彼女と過ごす。帰り際、お互いの交換日記を交換し、毎日の電話では言えなかった出来事や、自分の気持ちを相手に綴る。……そんな交際をもう4年間も二人は続けているのだと、男は嬉しそうに言葉を続けます。
恋の力は息子を強くしたんです。息子は格闘家の道場に通って、彼女と交際するのを彼女の父親と格闘家に認めてもらったそうなんです。持病を抱える彼女を守りたいと、すっかり一人前の男の顔つきになって、親馬鹿かもしれませんが自分の息子が男前に見えるんですよ……と照れくさそうに鼻を掻きながら目を細め、男親の嬉しげな顔のまま、さらにその後の息子の話を続けていきました。
4年間で息子はすっかり日に焼け、背も高く伸び、体も大きくなり、たくましくなったので、息子は他の女の子達にもてるようになったが、彼は今も彼女一筋らしく、彼女の方も彼を一途に好いてくれていて、見ているだけで幸せな気持ちになれる可愛いお付き合いを続けているんです。だから、今では二人の両親達も友達となって、家族ぐるみで仲良くさせてもらっているんですと、男は笑顔で話し終わりました。




