4人は、その乙女ゲームを作った彼らでした②
「今、テレビゲームはスマホで出来るゲームに押されています。若者はスマホに夢中で、今一つテレビゲームには食いつきが悪いです。そこで今回は中高年の男性にターゲットを絞って、ゲームを作ってみてはどうでしょうか?
今の中高年男性の多くは、テレビゲームを初期のころから嗜んできた人達です。年を取り、老眼だったり、俊敏性や瞬発力に衰えが出始めてきていると思うので、格闘ゲームやアクションゲームは敬遠するかもしれませんが、彼らはゲームの楽しさを本当にわかっている世代なので、良い物を作れば、きっと食い付いてくれると思うんです!俺、ゲームが好きです!テレビゲームが好きなんです!だからスマホのアプリに負けない、テレビゲームを作りたいんです!」
その彼の情熱的な言葉に心動かされた彼らは、その復讐ゲームを彼らの最後のゲームに決めました。そして復讐ゲームのあらすじを皆で話し合って作りました。そうして出来たあらすじが、これでした。
【幼少期に孤児となった主人公が、母の形見の短剣が元で、命を何者かに狙われる。顔に大きな傷を追うが、何とか逃げ切った彼は、自分が王の隠し子だと知る。それと同時に、自分が産まれる前に王が母を捨てた事実と、そのせいで母の心が壊れ、母が死んだことを知った彼は、王を恨んで復讐を考える。味方を増やすため、王家に陥れられ、多くの仲間を殺されて、復讐を考えている影の一族や、前大司教であった父親を王家に殺された大司教率いる教会、主人公の母を慕っていた、闇に通じる後見人の弁護士を味方に引き入れるよう画策する主人公。復讐するために公爵家の隠し資産を使おうと決め、彼の屋敷に潜り込み、まんまと公爵を殺し、公爵家を乗っ取った後、隣国と戦争を起こし、混乱に乗じて、王家を転覆させる。ラストは、主人公が戦争で傷ついた国土に立ち、国を立て直すために血塗られた王となる】
……ダークヒーローとなった主人公が活躍する復讐ゲームは、彼らと同じ年代の中高年男性向けのゲームなので大人な内容の脚本となり、R18か20指定のゲームにすることが決まりました。若い部下達も彼ら4人も久しぶりに、自分達が心から作りたいゲームを作ることが出来て、嬉しくて仕方ありませんでした。夢中になって、そのゲームを作り、後少しで完成だというとき……その横やりが入ったのです。
そのゲームを作るときにある実業家が、人づてにこのゲームのスポンサーになりたいと言ってきました。彼の娘が、ここのゲームの大ファンだと言って……。実業家はゲーム業界のことは何も知りませんでしたが、とても気前よく、湯水のように資金を利益度外視で大量に現金で出してくれるので、彼等は恐縮しながらも感謝していました。……所がです。彼らは事前にゲームの趣旨もジャンルの説明もして、スポンサーになると言った実業家も了承したのに、完成間近で変更を余儀なくされるはめになったのです。ジト目になる彼らに実業家は言いました。
『娘がアイドル声優になったんだ!娘を主人公にしたゲームにしてくれ!内容は乙女ゲームで頼む!すまんな!娘の好きなのは、乙女ゲームだから、乙女ゲームにしてくれ!金ならいくらかかってもいいから、乙女ゲームに変えてくれ!でないと今までの分も支払わないぞ!』
彼らは、そんな命令など聞けぬと実業家の要求を撥ね付けようとしましたが、……何と言うことでしょうか!?実業家と交わした契約書をよくよく読むと、巧妙な文章の使い方によって、実業家の言いなりになることを了承するという箇所を見落として契約を交わしていたことを知ったのです。彼等はプライドと現実を秤にかけ……泣く泣く、スポンサー様である実業家の横やりで、一所懸命に作っていた復讐ゲームから、実業家の娘が好きだというR15指定の乙女ゲームに変更せざるを得なくなりました。
実業家の娘は16才になったばかりの新人アイドル声優で、声の演技も歌も上手くなかったので、その素人感を生かすために(カバーするために)、その乙女ゲームは初恋をテーマにして作ることに決定しました。悔しい思いをした彼等は、初恋をテーマにしたはずの、その乙女ゲームに完成間近だった復讐ゲームのシナリオと、その主人公のキャラクターを少しだけ変更させて、強引にねじ込みました。実業家はゲームのヒロインを自分の娘をモデルにして作れと言い出したので、彼等は涙を呑んで、新たにヒロインとなるキャラクターを作り、元々の復讐ゲームのヒロインだったキャラクターは、髪と瞳の色を変えて、その乙女ゲームの悪役令嬢として使うことにしました。
小さなゲーム会社とはいえ、長年ゲームを作ってきて、未だに潰れていない会社なだけあって、彼等にとって乙女ゲームを作ることは、難しいことではありませんでした。売れるシナリオ、売れるキャラクター、売れる声優の傾向を熟知していましたし、プロだから頑張って作りました。……でも彼ら4人の最後のゲームが、彼らが心から作りたかったゲームではなく、彼らの会社や家族の生活のために仕方なく作っていた乙女ゲームが最後の作品になってしまうなんて……と彼らは、気落ちしていました。もちろん彼らは、自他共に認める根っからのゲーマーです。後にギャルゲーと呼ばれるゲームが出たころ、プレイしないという選択は……当然しませんでした。
多種多様な美少女、もしくは美女達に次々と遭遇し、親しくなり、言い寄られる。登校時に一緒に登校。下駄箱にはラブレター。休憩時間になると、女の子に話しかけられる。お昼は手作りのお弁当。信じられない位、ラッキーなハプニングが目白押しに襲ってくる日常。下校デートで女の子と並んで歩く。休日に映画に行ったり、一緒に買い物したり、喫茶店に行ったり、遊園地に行ったり、浴衣でデートを楽しむ。プールや海で、ドキドキのお色気展開。図書館に行ったり、動物園もしくは水族館でデートをして、テニスをしたりピクニックに行く約束をする。一緒にスケートや、スキーに出かけ、初詣やバレンタインデーで彼女と二人っきりとなる。大きな木の下の告白や、満天の星空の下での告白、学生時代のファーストキス。
……等という青春を、彼らは一度も経験してこなかったから、それらのゲームは彼らが味わったことがない、恋の青春が疑似体験できて、とても楽しいものでした。
だからギャルゲームや乙女ゲーム……と呼ばれる恋愛シミュレーションゲームが、とても面白いジャンルのゲームであることを、彼等はゲーマーとしてもゲーム制作者としても充分に理解はしていましたし、彼ら4人はもう大人で、初老にさしかかっている男達でした。大人だから現実と理想は違うことくらい、わかっています。本音と建て前の使い分けだって出来るようになっています。だから心の大部分では、理解はしていたのです。
現実では出来ないことが出来るのが、ゲームの良いところだと言うこともわかっている。現実では沢山の男と付き合うのは、ふしだらとか、男好きだとか……とにかく良い印象に思われないから、ゲーム内くらい羽目を外してもいいとは思う。現実では沢山の女と付き合うのは、チャラ男とか女好きだとか……とにかく良い印象に思われないから、ゲーム内くらい羽目を外してもいいとは思う。
だって男女問わず、沢山の人に好意を持たれて言い寄られるのは、気分が良いに決まっているし、大勢の異性にモテるのは、心が弾むのもわかる。実際に年を取って、おじさんになってきたなぁと思っている今だって、街のアンケートで若い女の子に声を掛けられたら、営業スマイルだって、わかっていても嬉しくなるのだから……。ゲームなんだから、そういう現実では叶えられない夢のような恋愛を楽しんだっていいはずだ。現実ではありえない、多数の者との同時交際だって願望の一つには違いないし、ゲームなら、それは誰にも咎められないので、大いに楽しめるだろう。
……でも。……でも、彼らは恋というものに特別な思いを抱いていたので、恋愛シミュレーションゲームが好きではありませんでした。
小中高と、野球に全てを捧げていた彼らには、それぞれに初恋の思い出がありました。それぞれに想う人がいて、恋に内気だった彼らは告白することなく、相手の転校や学校の卒業や、相手に恋人がいたり……等々で、彼らの恋は秘められたままだったので、初恋は実らないまま終わり、二度目や三度目の恋をしていきました。
だから彼らにとって、一番初めての恋は……、幼い純粋な心の少年時代の初恋は……、十代の学生だった頃の青春時代の初恋は……、彼らにとっては憧れであり、夢であり、特別であり……彼等の聖域だったのです。




