綺麗なお姉さ……お兄さんは好きですか?④
ミグシスは大勢の男達を泣かせたまま、浴室を後にした。浴室からは男達の呻きや号泣が聞こえてくるが、それらを気にすることは一切なく、早く着替えて愛しい恋人の元に行かねばと、ミグシスは手早く体を拭き上げていく。体を拭き終わったミグシスは、最初に着ていた女物の護衛服は着ず、持参した男物の護衛服を着た。
(今朝のイヴ、とても可愛かった)
ミグシスは今朝のイヴの姿を思いだして、にやけそうな顔になるのを抑えるのに苦労した。
今朝、イヴは久しぶりにミーナになったミグシスと共に中庭を訪れた。ピュアもジェレミーを連れて、遠くからそれを見守っていて(野次馬をしていて)、さらにイヴを心配している平民クラスの一年生達が、あちらこちらに潜んで見守っていた(野次馬をしていた)。
「おはようございます、トーリ兄様!お久しぶりです!あのトーリ兄様。申し訳ないのですが私……」
多くの男子学院生達(イヴの兄様8人含む)の中に、あの4人……エイルノンとエルゴールとトリプソンとベルベッサーがいたのだが、イヴはトーリ兄様ことトリプソンのことしか覚えていなかった。イヴはミグシスにぴったりとくっついて、トリプソンに挨拶し、申し分けないのですがと言って、自分は他の兄様達の顔と名前がわからないのだと詫びた。一所懸命に詫びるイヴに、トリプソンは苦笑した。
「そうだろうと思ってた。だってミーナお姉さんは、俺以外の男はイヴに一切、近寄らせてなかったからなぁ。大丈夫だよ、イヴ。皆、わかってくれるさ。……それにしても、相変わらずミーナお姉さんにベッタリなんだね、イヴ。それにミーナお姉さんも相変わらずイヴを溺愛して……イヴ命!な超過保護護衛のままなんだね。変わらないなぁ、二人とも。懐かしいなぁ……。本当に久しぶりだね!会えて嬉しいよ。入学式の時は片頭痛を悪化させてしまって、ごめんな!本当に申し訳なかった!」
そう言って謝った後、トリプソンは簡単にイヴに彼らを紹介した。イヴの記憶に残っていないことに、ベルベッサーも他の者達もショックは隠しきれない様子だったが、何とか気を取り直して、イヴに挨拶した後、彼らはモジモジと赤面しながら、女装をしているミグシスに挨拶し出した。
エルゴールはイヴに「初めまして」と挨拶し、入学式前のことを詫びた。エイルノンもイヴに、入学式のことを詫びた後、肌身離さず持っていた、四つ葉のクローバーのしおりを見せて、自分はイヴの永遠のケンカ友達のエイルだと打ち明けた。するとイヴは当時の記憶が蘇ってきて、エイルがミグシスを護衛に欲しがっていたことを思い出し、慌ててミグシスにしがみついた。
「!エイル!?あのミグシス大好きのエイルですか!さてはまたミグシスを狙ってきましたのね!ダメですよ!ミグシスはあげません!私は、もうエイルと決闘しても勝てそうもないけど、ミグシスを誰にも渡したくないの!諦めて下さい!う~!私はミグシスが大好きなんです!誰にも負けない位に愛しているんです!!」
「「「「「!?」」」」」
お揃いの護衛服を着たイヴはミグシスに抱きついて、エイルノンを上目遣いで可愛く睨んできた。ミグシスはイヴに抱きつかれて、その喜びから声も口調もミーナに変えることを忘れて、地声の男声で話し始めた。
「イヴ!何て可愛い!ヤキモチ?ヤキモチだよね!すっごく独占欲を出してくれているよね、イヴ!もう教会行っちゃう?ああ、我慢できないくらい可愛くて、大好き!俺、すっごく幸せだよ!イヴ、俺も大好きだよ!俺もすごく愛している!!」
「う゛~!私は嫉妬深い、嫌な女です……。ごめんなさい、ミグシス。大好きすぎて、ヤキモチばかりしちゃって……。あの、嫌いにならないでね……」
「なるわけないよ!大好きで愛していて、もう本当に毎日毎日、我慢しているんだから!俺もイヴが大好きで、イヴに他の男を見て欲しくないし、イヴの目の前の男を全て、どこかに消し去りたい!って、思っているんだから!愛している、イヴ!一生……ううん、永遠に君だけを愛しているよ!」
「……嬉しいです、ミグシス。私も愛しています!ミグシス、大好きです!ずっと大好きです!」
多くの男子学院生達の前で、いちゃつきだしたイヴとミーナになっているミグシスに、トリプソン達は引きつり、恐る恐る声を掛けた。
「あ、あの……、イヴ?何でミーナお姉さんと恋人みたいに?ってか、なんでミーナお姉さん、そんな男声なんだ?まさかイヴの恋人って……」
ミグシスはイヴをしっかと抱きしめたまま、地声で言った。
「ああ、悪い。言うのが遅くなったな。俺、本当はミーナじゃなくって、ミグシスという名前なんだ。それで俺は男だから。で、俺はイヴの恋人で婚約者だから、お前等、俺のイヴに手を出すんじゃないぞ!」
「「「ゲッ!?お、男?」」」
「「「俺達のミーナお姉さんが……男」」」
「「二度目の片想いの相手に初恋の彼女をとられた……」」
エイルノンはミグシスと聞いて、引きつった顔になった。
「ゲッ!ミグシス!?」
「「「「「ギャ~~~~~~!!」」」」」
……そしてこの後、兄様達は泣きながらイヴの恋人の試験をし、全て返り討ちにされたのだ。
ミグシスが男子寮から出て中庭に向かうと、イヴは日陰で仮面の先生と談笑していた。ミグシスの姿を見つけると、イヴは仮面の先生に会釈後に立ち上がり、トトト……と小走りでやってきて、ミグシスの上着の裾をそっとつまみ、ミグシスを見上げ、おかえりなさいと微笑んだ。イヴの目は潤み、頬はうっすらと赤くなっているので、ミグシスはハッとした。
(あっ!この顔は、父様の前で抱きつくのは少し恥ずかしいからと我慢しているときの顔だ!)
ミグシスは嬉しい気持ちをこらえて、イヴの頭をナデナデして、ただいまとイヴに言い、自分も同じ気持ちだと伝わるようにミグシスの服をつまむイヴの手を取り、軽くその手にキスを落とし、イヴの手を恋人つなぎにして、仮面の先生の元へ向かっていった。そんな二人を見て仮面の先生は、我が子達を見ているような柔らかな表情で微笑んだ。今日は日差しが強いからイヴの体調を考慮して、この後の話し合いをするようにと、ミグシスに念押しした後、二人の頭を撫でてから、仮面の先生は中庭から立ち去っていった。
ミグシスは先ほどまでイヴと一緒にいた、クラスの女子達がいない理由をイヴに尋ねると、彼女達はピュアが貴族の男性が苦手だから部屋に戻ると言ったので、ピュアの部屋で、そのままおしゃべりをすることにして寮へ戻ったのだとイヴは話した。
「ミグシス、いつもと違う匂いがします」
イヴに指摘され、ミグシスは、ああと頷く。
「さっき、男子寮の風呂に入ったからかな。この匂いは嫌いかい、イヴ?」
「ううん、嫌いではないけれど。私……ミグシスと私、いつも同じ石けんを使っていたから、同じ香りだったのに、って少しだけ思っちゃって。香りにもヤキモチしてしまって……ごめんね」
ミグシスは回りをキョロキョロと見て、誰もいないのを確認してから、イヴを抱き上げ、ギュッと抱擁し、イヴの耳元で囁いた。
「ううん、ヤキモチ最高。同じ匂いがいいならイヴ、俺に君の匂いをつけてよ……。もっとギュッと抱きしめて。……うん、そんな感じで、ずっと抱きしめてて、俺のことを離さないでいてね」
ミグシスはイヴを抱き上げたまま日陰に入り、自分の横にイヴを座らせて、2人仲よくベンチに腰掛け、隙間なくピッタリとくっついて座り、エイルノン達が来るのを待った。
エイルノン達が初恋の少女の元に行く前に、少々念入りに身支度をして、香水の類いは一切つけずに中庭に向かうと、そこには……イヴとミグシスがお互いを見つめ、頬を染めて嬉しそうに談笑していて、彼等が突き入る隙なんて少しもないと思い知らされる光景があり、エイルノン達は皆、げんなりした表情になった。
「あいつ、ホントに容赦ないよな、昔から……。でも僕達も2ヶ月待ったんだから、ちょっとぐらい時間をくれよな。僕は悪いことしたなぁと反省してたし、早くイヴに謝りたかったんだぞ!……よし!ちょっとベルベッサー。先に行って、僕達と話してくれるように頼んでくれよ!イヴの弟弟子なんだろ?」
「え?嫌だ!二人の邪魔したら、彼に消されそうだし!そりゃ、私だって早く私の姉弟子に謝りたいよ!私もすごく後悔していて、ここ2ヶ月ずっと反省していたし、やっと謝ることが出来る機会が得られたんですから、このまま帰るわけにはいかないけど、本当に怖いから嫌だ!……そうだ!エルゴールが先に行ってきてよ!神への信仰心で、あの黒狼の怒りを鎮めてきてくれよ!」
「嫌ですよ。神の力なんて彼には通用しないような気がするんです。すみませんがトリプソン、今日の私達はスクイレルさんに入学式のときの謝罪に来ただけですので、そんなに警戒は要らないと彼に言いに行ってくださいませんか?あなたは彼に、スクイレルさんの兄認定をもらったんでしょう?」
「え、俺?うげぇ~、絶対に嫌だ!ミーナお姉さんは、いや、あいつは昔っからイヴを超溺愛してたんだぞ!イヴに係わることだと、恐ろしい獣になるんだ……。怖いから話しかけるのは、イヴの永遠のケンカ友達に任せた!いけ、エイル!お前はミグシスをイヴと取り合った仲なんだろ!」
「まだ、それを言うか!?また泣いちゃうぞ、僕!」
イヴが4人に気づいて声をかけるまで、4人の男達のモダモダした押し付け合いは続けられた。




