綺麗なお姉さ……お兄さんは好きですか?②
ミグシスはイヴと別れてからの一年間は王都にいて、イヴと離れて暮らしていた。その頃から手紙は毎日書いていたし、イヴからも手紙を毎日もらっていた。イヴの手紙からは皆を大切に思い、日々の生活に感謝して暮らしている、心優しく愛らしいイヴの心が伝わってきて、手紙を読むミグシスを幸せにしてくれた。ミグシスは会えなくても毎日イヴを好きだと感じて、早く会いたいと思った。そして手紙の中のイヴは変わらず、ミグシスに好意を寄せていてくれたので、それがすごく嬉しかった。
ただスクイレルの大人達からは、ミグシスがいなくなってから、リン村にやってくる少年達がイヴに付きまとってイヴをからかってくるようになってしまったので、イヴが少し元気を無くしているようだという手紙が届き、王都に行ってから、ずっとミグシスは気が気ではない思いを食いしばって頑張って我慢していた。
(離れている間に愛想をつかれてしまっていたら、どうしよう。リン村にやってくる子ども達の誰かを好きになってしまったら……すでに村にいる誰かを好きになっていたら、どうしよう。俺はイヴよりも10も年上だし、イヴが年頃の女性に成長したときに、イヴの好む男性になれていなかったら、どうしよう。もう好きだと言ってくれなかったら、どうしよう……)
不安と疑惑が胸を渦巻いて息苦しいが、ミグシスは名を変え姿を変え、心を隠して10年間ミーナとならなければならない。ミグシスは苦労して、それらが完璧に出来るようになってからリン村に帰り、自分の心配は杞憂だったことを知った。
「おかえ……ううん、初めまして、ミーナ。私はイヴ・スクイレルです。これから10年間、ずっとよろしくお願いします。ずっと私のそばにいて……下さい、ミーナ……」
村の入り口で出迎えてくれた、一年振りに会ったイヴは目を潤ませて、ミーナになったミグシスに飛び込むように抱きついてくれた。ミーナになったミグシスは、イヴの抱擁を心の奥底で嬉しく思い、この10年間を頑張るやる気に満ちあふれ、イヴを何者からも守ってみせようと心に誓った。
……そう、そのためなら、ありとあらゆる手段も辞さないと心に誓ったのだ。
全ての男子学院生をなぎ倒したミグシスは、彼らと男子寮の共同浴場にいた。試合終了後、事情をエルゴールから聞かされた仮面の先生が、拳と拳を交わし合った男達の友情を永遠にする前に、君が本当に男だということを彼らに知らしめ、「今後、憐れな被害者を増やさないように」と、問答無用で全員での入浴を命じられたからだ。
ミーナに二度目の恋をしていた男達は、どうみても絶世の美女にしか見えないイヴの護衛が、目の前で堂々と騎士服を脱ぐ姿に、男だとわかっていてもギョッとして、目を見開いた。女性にしか見えない彼が、補正下着を脱いで、鬘を脱いで(ミグシスはイヴに告白をした日に髪を短く切り、髪も黒に戻していた)、化粧を落とし、女性護衛騎士ミーナから、イヴの恋人兼婚約者のミグシスに戻った姿を見て、その場にいた男達は次々と脱衣場でバタバタと頽れ、打ちひしがれた。
「本当に男だった……。8つも年上には見えないけど、確かに男だ。なんだ、この芸術品みたいに美しく、凜々しすぎる男の体は!?それに、その声……あの落ち着いた大人な女性の声とは打って変わった男声。なんだ、その美声は!お前は大衆劇の二枚目俳優か!」
「中性的な美貌だし、今でも女に見えないこともないけど確かに男の顔で体で……、すっげー美形。エルゴールやエイルノンよりも美形の男がいるなんて!」
「こいつは魔性の女じゃなくて、魔性の男だった!!」
「お……俺達の二度目の恋の相手のミーナお姉さんがイヴの恋人だったなんて嘘だろ!?こんなのありかよ!」
「何もかも俺達はこいつに勝てないじゃん!!完璧すぎだろ、こいつ……、天は二物も三物もこの男にだけなんで!?」
「しかも、しかも!!この男、僕達の初恋のイヴの……初恋の人で、さらにもう婚約も済ませているなんて、こいつだけ神に贔屓されすぎだ、チクショー!!」
「ウオォォォォォォォォォ!」
ミーナに失恋した男達は、そう言って泣きながら、体を洗っていた。ミグシスはエルゴールやエイルノン、泣いているトリプソンやベルベッサー達と湯船に浸かりながら、自分がリン村に訪れた少年達やイヴの”兄様隊”の面々を次々と恋に落とした理由を語っていたので、傍で体を洗っている男子学院生達も耳を欹てて、それを聞いていた。
「当時イヴの回りには、リン村を守るために三ヶ月交代でやってくる騎士達の子ども達や薬草医を志す者達の子ども達が村に来る度にイヴに、所謂、好きな子ほど虐めてしまう……を日常的にしてきて、イヴはとても困っていたんだ。
小さかった君達はそのことを忘れているのかもしれないけれど、当時の君達を含めた男の子達はイヴの髪を引っ張ったり、大声で片頭痛のイヴにまとわりついたり、イヴの容姿をからかってきたり、イヴの体調を考慮せずに無理矢理遊びに連れ回そうとしたり……と、とてもひどい有様だった。だから俺は、そんな男の子達からイヴを守ろうと考えたんだ……」
「ああ、小さな男の子によくあることでしょうが、それはお嬢様はお辛かったでしょうね。私も傍にいたならば、片っ端から男の子達を投げ捨てていたと思いますよ」
ミグシスの話を聞き、エルゴールが頷き、そう言うと、ミグシスはリン村での大人達の話をした。ロキやソニーの子育てやスクイレル作戦を始動していたスクイレルの大人達は、イヴの子ども同士の係わりで得られる子どもの中の社会をイヴに学ばせるために、余程の事が無い限り、手を出さなかったが、護衛のミーナをしていたミグシスには、それらが我慢ならなかった。
リン村で護衛を始めたばかりのころはイヴにまとわりつく、全ての者達をガン泣きさせていたのだが、セデスに泣かさずに穏便にそれらを退けるようになさいと、お説教を受けたのでミグシスは泣かさないで、イヴに付きまとう男の子達からイヴを守るための方法を思案した。色々考えてみたミグシスは、彼らがイヴ以外の誰かを好きになるのが、一番穏便に彼らを退ける方法だと考えついたのだが、果たして世界一可愛くて、世界一心が綺麗なイヴ以外を好きにならせる方法なんてあるだろうかと、ミグシスは悩んだ。
だって自分だったら、何があろうともイヴ以外を好きになるなんて、ありえないとミグシスは確信していたから。
悩むミグシスを助けたのは、ミグシスの昔の生育環境だった。ミグシスは14才まで歓楽街で育っていた。彼の住んでいた街には、体を売る娼婦だけではなく、視線一つで、言葉一つで、男を虜にし、大金を巻き上げていく、様々な女性のフリを得意とする、熟練の技を持つ男女が大勢いた。
「……それで自分が、丁度思春期にさしかかろうとしていた少年達の心をくすぐるような綺麗な年上のお姉さんのフリをして、お嬢様にまとわりつく者の目を惹き付け、自分を好きになるように仕向け、お嬢様から遠ざけることにしたのですか。……なるほど!自身の身を囮に使い、お嬢様を守ろうという心意気はとても立派です!性に興味津々の頃の少年達の邪念の対象からお嬢様を除外させたのですね!さすがです!尊敬します!実に素晴らしい!」
エルゴールがしきりに感心して頷いている横で、涙目になっているトリプソンが怒りの声を上げた。
「褒めるな、エルゴール!俺は、あの時イヴを虐めてなんか、いなかったんだぞ!……う、海で初めて出会ったときに速攻で振られた後、一旦は国に帰ったけど、何年かして祖父がイヴの母親と再戦すると言い出したから、それにまたついて行ったのは、俺の最初の友達に会いたかっただけなんだ!二ヶ月だけの短い滞在だったけど、その間は俺はイヴのことを俺の妹分として、俺の最初の友達として、俺もいじめっこからイヴを守ってただけだったんだぞ!
……な、なのに、こ、こいつがあんまり綺麗に微笑んでくるし、年上のお姉さんの魅力が俺の思春期真っ盛りのハートをって……ああああっ!?誰か俺の頭から、あの時の激情を消し去ってくれ!イヴとミーナお姉さんにかっこいい男に成長した姿を見せたいとお洒落した俺の純情を返してくれ!」




