綺麗なお姉さ……お兄さんは好きですか?①
「お、俺の純情を返せ!あのときめきを返せ!」
「誰か、僕の黒歴史を抹消させてくれ!」
「わ、私達のドキドキムラムラをこんな男に!?うわあああああああああん!!そんなのって、あんまりだ!こんなの、ひどい、ひどすぎる!」
「あんたは鬼だ!この悪魔!俺達の青春を返せ!」
「うわわあわわっわわ~んん!!ホントにホントなの?俺達のミーナさんが男なの!?」
「綺麗なお姉さんだったミーナさんが!?」
「俺達の心をもてあそんだ魔性の女が、男?ううううううううっ!!この野郎!!」
男達の野太い嘆きの声が、剣撃や体術のかけ声に混じって、武道館内に響き渡っていく。今日は上下貴族クラスの3学年男子達と平民クラスの3学年男子達……学院の全ての男子達が、イヴの護衛のミーナとの総合格闘技模擬戦を行っていた。
5月の中間テスト前から仮面の先生は、学院の男子学院生達の合同武道の授業を行うようになり、貴族も民も問わない授業は両者に良い影響を与えていた。今日は授業前に数名の学院生達から、イヴの恋人と戦わせて欲しいとお願いされた仮面の先生が、どうせなら全ての男子学院生との模擬戦にしましょうと提案した。
「何だか妙な叫び声が混じっていますけど、あれはなんでしょうかね、エルゴール君?」
仮面の先生に首をかしげられて、エルゴールは苦笑する。
「ああ、あれですか?あれはスクイレルさんの同郷の者達と、一時彼等と一緒に村に短期滞在してたトリプソンとベルベッサー達です。彼等は……あのスクイレルさんの護衛の方に二度目の恋をしてたそうなんです」
エルゴールはそう言って観客席にいるお嬢様に、そっと視線を移す。今日のお嬢様は制服ではなく、何故か彼女の護衛と同じ騎士服に似た護衛服をお揃いで着ていて、平民クラスの女子達に可愛い可愛いと撫でられて、抱きしめられて愛でられていた。
「イヴさんカッコ良くて、とても可愛いですわ!小さな騎士様みたいで、本当に可愛いですわ!まるで本に出てくるような綺麗な騎士様のようですわ!こんなに可愛い騎士様の実物は、初めて見ましたわ!」
「あ、ありがとです、ピュアさん。でも、ちょっと手を緩めて下さいませんか。抱っこの力が強いです……。それに私はミグシスの応援をしたいんです。ミグシス一人に10人まとめて向かってるんですよ!だから応援を……」
「大丈夫よ、イヴ。ほら見てよ。ミグシスさんは左手に持った木刀だけで10人を裁いているでしょ?あれじゃ、準備体操にもなっていないから、まだまだ余裕だわ。イヴが応援なんかしたら、ミグシスさんが嬉しさの余り、彼等が血を見ることになるから、ここで大人しく男達の声なんか聞かずに、私達と楽しく待っていましょうね!」
「ホントホント!イヴ様……じゃなくって、イヴちゃん、大衆劇の役者さんみたいにかっこいい!!ねぇねぇ、今度皆でお揃いの騎士服着てみない?お揃いのピンクの忍者服とか、メイド服とか、うさ耳とか、浴衣も素敵よね!ああっ、すっごく楽しみ!うふふ、衣装作りは、まっかせて~!」
「うわぁ、賛成!何を着たらいいかなぁ~?ピュアちゃんは詰め襟タイプの騎士服が似合いそう!お姉様って、呼びたくなりそう!!ピュアちゃんも一緒に、皆で色んな服を着て遊ぼうね!」
「え!?私も!!う、嬉しい!仲良しお友達がいっぱい!私、すっごく嬉しいですわ!嬉しすぎますわ!とっても、とっても嬉しいですわ~~~~~~~~~~~~~~!!」
「「「キャ~、ピュアちゃん!揺らさないで~!!」」」
女子達は男達の闘いをそっちのけで、イヴを抱っこしたり、ナデナデしたりして、キャッキャウフフと楽しそうに、服装遊戯談義に花を咲かせていた。
(いいですねぇ、アレ。私もここで審判するよりも、あちらでお嬢様を撫でていたいですね)
エルゴールがそう思った瞬間、刺すような視線を10人の男と戦っている最中のイヴの護衛から感じ、エルゴールは首をすくめる。
(おや?心にそう思っただけの者にも反応するんですねぇ……。これが所謂、野生の勘っていうものなんですかね?)
エルゴールの目の前で戦うイヴの護衛は、本当に美しい獣のような武人だった。全ての動きを最小限に留め、しかも最大の効果を相手に与える無駄のない、その動き方、足運び、剣筋……、どれをとっても、自分の横にいる仮面の先生そのものの戦い方で、エルゴールには、まるで仮面の先生が二人いるかのように思えた。
泣きながらミーナに向かって行く男達の声は耳に響き、こんなにうるさくなるなら、外の運動場で模擬戦をすれば良かったかもと、ぼやいている仮面の先生はハチマキが欲しいと呟きながら、仮面の上から眉間の皺を指で伸ばし……、エルゴールの視線に気づき、首を傾げた。
「どうしました?エルゴール君?」
「いえ、異国の者であるスクイレルさんの婚約者の彼と先生の剣筋が同じなので不思議だなと思いましたので、つい……。あの仮面の先生は、その剣技や体術は、どこで習われたのですか?」
「ああ、これは家の者から教わりました。彼が私と同じ剣筋なのは、彼が私の乳兄弟の……ゴホゴホ……じゃなくて弟弟子に当たるからです。……ところで、どうしてエイルノン君は、君の横で膝を抱えて泣いているんですか?指でグルグル床に何か書いているようですが?」
「ああ、これはお嬢様に……えっと、あそこにいるスクイレルさんは、彼の初恋の人らしいんですが、ずっと彼女にあることを誤解されているらしくて、凹んでいるそうなんです。彼に構うとウジウジとうっとうしいから放置しているんです」
「うっとうしいとは、あんまりじゃないか!エルゴールの人でなし!お前だって落ち込んでいるくせに!ハァ……僕の初恋はイヴなのに、なんでイヴはミグシスだと思っているんだよ!?あんなに大人げない男、好きなわけないよ!僕は一言だって、ミグシスが好きだなんて言ってないぞ!」
「私はお嬢様が元気で幸せなら、それでいいんですよ……。まぁ、落ち込んだのは確かですが仕方ないです。だって私にとって、お嬢様は私の初恋の人でしたが、お嬢様の初恋の相手は、あそこで戦っている美しい護衛の人なんですからね」
「……僕達4人の初恋の相手がイヴで、トリプソンとベルベッサーの二度目の恋の相手は、イヴの護衛のミーナ……ミグシスだったなんて、こんな偶然あるんだな」
エイルノンが、そういったときだった。エイルノンとエルゴールの脳裏に、誰かの声が響いた。
{生まれて初めての恋する気持ちを知った彼等が、成人する年を迎えて、大人になろうとしている時に幼い頃の初恋の思い出の少女が目の前に現れたら、少年だった彼等はどうするだろうか?自分が一番純粋だった頃の、初恋の相手なら……。きっと、その少女の現在の姿を知りたいと思って行動するんじゃないか?だから、このゲームの彼らの行動も初恋経験者の行動と重ね合わせたら、より現実的な乙女ゲームになるんじゃないか?}
誰かが……中年らしい男性の声が、初恋を熱く語っている。エイルノンとエルゴールはキョロキョロと辺りを見回し、ここにいる中年男性の仮面の先生を見て、彼ではないと知り、首をかしげる。
((何だったんだ、今のは?))
この大会の後の自分達がしようとしていることの行動心理を言葉にして語られたようで、何だか恥ずかしく感じたが、相手が誰かもわからない。
((空耳かな……))
エルゴールはいつまでもウジウジしているエイルノンに、声を掛けた。
「今日は、この後お嬢様達と久しぶりに話せますし、今は取りあえず、授業に集中しましょう。ね、エイル?」
「……そうだよな。僕なんか、まだマシだよな。だって誤解だもの。それに比べてトリプソンやベルベッサーや、あそこで唸ってる彼等は本気であいつに惚れてたらしいから悲惨だよね。あれマジ泣きだよ」
「まぁ、彼等がすっかり信じ込んでしまうのも無理はないですよ。あれだけ綺麗なお姉さんを完璧にされたら、神様だって騙されてしまうんじゃないですかねぇ」
見た目はものすごく綺麗な女性に見えているが、彼は男性だと、ここに来たときに宣言されたときの彼等の絶望に染まった顔と来たら……。エルゴールは人が一気に老け込む姿を間近で見て、思わず同情を禁じ得なかった。
「模擬戦が終わったら、その辺の事情も説明してくれるらしいですから、さぁ、次、彼と戦うのは私達なんですし、柔軟体操をしておきましょう?」
「そうだな。……あいつ昔っから、イヴに近づく男に容赦ない大人げないヤツだったから、ホント気を付けないと……ハァ」
エイルノンとエルゴールは、仮面の先生に審判を変わってもらい、体操を始めることにした。仮面の先生は、そんな二人を仮面の奥から、そうとはわからないように、ずっと観察していた。




