ルナーベルの出立
5月下旬にカロン王は”合同法要”を行うと発表し、以下のことを関係者各位に通達させた。
①6月は大勢の貴族達が亡くなったことへの哀悼の意味を込めて、全ての貴族達に喪に服すことを課す。6月初日から7月末までの期間を喪中と定め、この間の全ての上下貴族の茶会・夜会・乗馬等の社交や、その他の集会等の開催を禁止する。また、この二ヶ月間の期間内に予定されていた婚約式や結婚式は延期すること。
②6月後半の二週間、貴族院は大勢の貴族達の死を弔うための様々な祭典行事を14日間分計画し、実行するので、へディック国の15才以上の上下貴族達は全て、王都の屋敷に在留し、貴族院が計画する二週間の様々な祭典行事に毎日全員参加することを課す。
③合同法要は6月の最終日と定め、この日は15才以上の男女全ての上下貴族の参加を課す。また、その日は平民も仕事を休み、各自の家で黙祷をすること。
※補足※6月後半からの二週間、全ての教会は教会内にて、大勢の貴族達の死を悼むための鎮魂の祈りを行うことを課す。この期間、修士も修道女も自分達が属している教会に戻り、祈りを捧げることを課す。
この通達を受けた教会は各地に散らばっている修士や修道女達に手紙を送り、鎮魂の祈りのための帰郷を促し……当然、修道女であるルナーベルも通達の手紙を受け取った。よってルナーベルは鎮魂の祈りのために、学院を休職しなければならなくなった。と言うのも6月の最後の二週間、教会で鎮魂の祈りを捧げるために、ルナーベルは自分が所属していた教会に帰らなければならない。ルナーベルが所属しているのは、へディック国の一番北にある国境沿いの教会だったので、それに間に合うように帰るには、6月の初日までにルナーベルは王都を出なければならなかった。ルナーベルの説明に学院長は同意し、保健室の先生の休職届を受理した。
「「「「「ルナーベル先生!気をつけて行ってきて下さい!!」」」」」
ルナーベルの出立の日は、あいにくの曇り空だった。今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした空模様の中、学院の職員や学院生達は、皆で正門の所まで出て、ルナーベルの見送りをした。
「ええ、ありがとうございます、皆様!!皆様も体を壊さないように気をつけて下さいね!クッキーの作り方は、男子寮のコックの方達に調理法を書いた紙をお渡ししていますが、出来るだけ好き嫌いなく肉も野菜も食べて下さいね。生水は飲まないように。お酒も程々にして、煙草は出来るだけ控えめに……。寮を出て実家に帰られるときは、忘れ物のないようにして、戸締まりをキチンとして……あっ!コンロの火の消し忘れや、蛇口の水の出しっ放しも気をつけて下さいね!それと夏休み中は危険な所への外出は危ないから、止めて下さいね。
夏場は水場での事故が多いし、気をつけて下さい。お友達同士の金銭の貸し借りはお止めください。暑さに負けないように水分補給を忘れずにして、小まめな休憩を多く取って体を休めてくださいね。喪中の間は社交がないのですから、この機会に生活習慣を整えて、体を健やかにして……えっと、えっと……。後は何か言い忘れはなかったでしょうか?外に出るときは帽子を忘れないで下さいね。あっ!それと、お腹を出して寝たら風邪を引くので……」
「「「あははは!ルナーベル先生ったら!皆の心配ばっかりだ!大丈夫ですよ!ちゃんと夏休みのしおりをもらっていますから!先生こそ長旅で体を壊さないようにしてくださいね!」」」
旅立つ直前まで”保健室の先生”らしく、心配ばかりを口にしているルナーベルに皆、声を立てて笑う。ルナーベルは学院に来てからというもの、学院生達の心配をしない日は、一日たりもなかったのだから無理もないと職員達は苦笑する。
「ルナーベル先生がいないと寂しくなりますが、いい機会ですから、ゆっくり骨休みをしてきてくださいね」
「そうですよ!ルナーベル先生は学院に来て以来、一度も外出もされないし、長いお休みも取っておられなかったのですから、この機会に休んできてください」
「先生方、ありがとうございます。お言葉に甘えて、そうさせてもらいますね」
職員達の言葉を受け、ルナーベルは礼を言った。生徒会の4人はルナーベルを誰よりも熱を持って見つめ……、まず王子が言った。
「ルナーベル先生……。あの9月になったら僕の話を聞いてくれませんか?大事な話なんです」
次に大司教子息も言った。
「ルナーベル先生、私も先生と折り入って話があって。9月の新学期にお時間もらえますか?」
騎士団長子息も言った。
「ルナーベル先生……。俺の話も聞いてくれ。この休みの間に俺は実家を説得するから……」
宮廷医師子息も言った。
「私だって!ルナーベル先生、私の話も聞いて下さい!」
生徒会の4人がそう言った後、上級貴族達や学院の職員数名も、同じようにルナーベルに話があるから、9月に各々が二人っきりで会いたいと言い出した。ルナーベルは、これに返事をしようとしたが、可愛い子どもの声に遮られて、後の言葉は言えなかった。
「あ「ルナーベル先生ー!バナナを持ってくれますかー?」」
ルナーベルが振り返ると、馬車の中からリーナがバナナを両手に持ち上げてみせながら、ルナーベルを呼んでいた。
「あのね、ママがもう鞄がいっぱいだから、バナナは持っていちゃいけないって言うのー!でもね、リーナ、早く大きくなりたいから、いっぱい食べたいし、バナナも持って行きたいの!だからね!だからルナーベル先生の鞄が空いていたらバナナを入「これ!リーナ!」」
リーナの父親が馭者台から下りてきた。
「ルナーベル先生は、皆にお別れの挨拶をしているのだから邪魔をしてはいけないだろう!」
「だってー!リーナ、退屈なんだもーん!20分も待っているんだから暇なんだもん!もう、じっと待ってるの、飽きちゃったもん!あ!雨が降ってきたよ!雨は嫌だし早く行こうよ!早く皆の所に帰ろう!ねぇねぇ!早くぅ!」
見送る者達も見送られる大人達も、この言葉に苦笑する。身分に問わず、子どもというのは飽きっぽいのだから、仕方ないと笑いあった。リーナが言うように雨が降ってきたことだし、そろそろ出発することにしましょうと言い、ルナーベルは馬車に乗り込んだ。馭者をしているリーナの父親は動かしますよと言い、ルナーベルは馬車から顔を覗かせて、最後の挨拶をしようとした。
「雨が降ってきましたし、皆様、早く学院に戻って下さいね。体を良く拭いてくださいね。濡れたままにしてはいけませんよ。では皆様、お元「さよーなら、ばいばーい!!」」
『では皆様、お元気で。また9月にお会いしましょう』と言う言葉は、またしてもリーナに遮られ言えずじまいでルナーベルは学院を後にした。
馬車が見えなくなってから、見送りの者達は雨にこれ以上濡れないようにと、少し早足で学院に戻っていった。その中の一部の男達が囁きあう。
「ルナーベル先生がいなくなるなんて寂しいな」
「仕方ないよ、カロン王が命令したことだもん」
「またカロン王か。なんか腹が立つな……」
「……言うな。また仲間達と揉めるぞ」
「だって俺達があの人に想いを言えないのは、あのカロン王のせいなんだぞ!可哀想に、あんなに美しい人が修道女になったのも……」
「……我慢しろ!卒業パーティーにカロン王が跡継ぎを発表する。その後、新しい王に学院法や修道女の還俗の手続きをさせればいい」
「我慢できるか!学院にいる仲間達は皆、ルナーベル先生を狙っているんだぞ!……合同法要さえなければ夏休み中にルナーベル先生を攫って俺のモノに出来たというのに!!俺は9月に言うぞ!あの人に告白する!」
「お前、そんな下劣なことを考えていたのか?……って、俺もだけどな。ルナーベル先生は今、貴族の男達に狙われているから喪中でさえなければ、この夏休みに誰かに無理矢理攫われていても、おかしくなかっただろうよ。こうなったら9月までに……仕掛けるかな?」
「おい、抜け駆けはずるいぞ!」
ボソボソとした声は、あちこちからも聞こえてくる。
「……それにしても、ルナーベル先生の旅は大丈夫なのか?女性の一人旅なんて……。あんなに美しい女性の一人旅なんて心配だらけだ」
「大丈夫だよ、さっきの子どもを見たろ?今回の旅には女子寮の寮監親子や女子寮のコック達に若先生も同行しているんだ。心配はいらないよ」
「何で寮監親子やコックや若先生までルナーベル先生に同行しているんだよ?」
「ああ、ヒィー男爵令嬢がいなくなったろ?あれで学院には、女子学院生が一人もいなくなってしまったから、彼等はお払い箱なんだと。だから彼等が故郷に帰るついでに同行するらしい」
「へぇ~。じゃ、ルナーベル先生が学院に戻ってくるときは、どうするんだ?女性の一人旅になってしまうんじゃないか?」
「ああ、それは大丈夫だってさ!学院に来るときは、ある商人達の馬車に乗せてもらうんだと」
「?商人?」
「ああ。何でも北方の修道院で懇意にしていた商人達で、ほら、ルナーベル先生の同行している者達もそこからの伝手で雇われた者達だったらしい。で、彼等が学院長に言ってたんだと。”保健室の先生”をしている修道女のルナーベルが本来、在るべき場所に送り届けるってさ」




