ピュアと平民クラスと早朝の恋人達
5月の中間テスト中、ピュアは平民クラスのクラスメイト達のいる教室で、彼らの試験監督をしながら、ある物思いにふけっていた。
(……やっぱり、そうだわ!)
普段から一緒に過ごしていたので、そういうものなのかと思っていたが、彼らが解いている試験用紙を見て、ピュアは確信した。
(やっぱり、この学院の平民達は皆、優秀すぎる!)
イヴの聡明さに隠されていて、つい、そちらにばかり目が行きがちで普段は気づかなかったが、平民クラスのクラスメイト達はイヴほどではないが、皆、とても優秀だということにピュアは気づいて、動揺する気持ちを抑えようと努めた。
(そうよ!この試験問題だって……、よく見たら、これ、王族になるために覚えなきゃいけない教養の全てよ!ううん、この科目だけじゃない!他の科目だって、領主や上級貴族や城の上官にも、今すぐになれそうなものばかり!しかも運動だって……)
ピュアはイヴが片頭痛で休んでいた時に、体育の授業補助に出かけた先の講堂で見たのだ。平民クラスのクラスメイト達は男女共に少しの助走で2メートルの高さのある跳び箱の上に、ヒラリと跳び乗ったところを……。目にもとまらぬ早さで剣技を繰り広げる様を……。女子が男子を両腕で頭上の高さまで持ち上げている様を……。
イヴの運動の不得意さに隠されていて、つい、そちらにばかり目が行きがちで、普段は気づかなかったが、平民クラスのクラスメイト達の運動能力は常人とは思えない程、運動能力が高すぎるということに気づいて、ピュアは皆にその理由を尋ねた。
「な、何で、そんなことが出来るんですの!?」
「?え?こんなの普通だよ。俺達、忍者体操の上忍の免許皆伝の腕章だって持ってんだぜ!」
「に、ニンジャタイソウ?何なのですか、それ?」
クラスメイト達は子どもの頃に他国から伝わって流行った体操があって、そのおかげで、体が丈夫になり、それらが出来るようになったと言い、ピュアにも昼休みの時間に子どもの頃にやっていた遊びを実際に遊びながら教えてくれたのだが……。
(こ、これ、本当に遊びなの!?こんなに疲れる遊びってあるものなの?それにこれ、どちらかというと間諜や護衛を育成する訓練を兼ねた遊びにしか思えないのだけど……)
ピュアは自国では、一応王妃教育を受けていたので、それらに関する知識を持ち合わせていた。
(文武両道が平民クラスの学級目標だという話だけど、これは何か格が違いすぎる気がする。そうよ、彼らの中にいるからイヴさんが特別、運動が出来ないように見えるだけで、もしもイヴさんが貴族令嬢だったのなら、私とほぼ同じ成績だと家庭教師に花丸百点がもらえているはずよ!)
貴族令嬢に必須な運動はダンスだけだ。イヴはダンスだけは得意だと言っていたので、もしもイヴが自分と同じ公爵令嬢だったのなら何も問題がないのだが、この学院の平民クラスだとイヴは運動に限り劣等生になってしまうし、ピュアだって、どう頑張っても優等生にはなれない。ピュアはイヴにクラスメイト達のことについて尋ねようと思ったが、直前で思い直した。
(私とイヴさんは余所の国の出身者ですものね。聞いてもわからないかもしれない。……よし!まずは自分だけで調べてみましょう!)
そう思ったピュアは、中間テストが終わった次の日、黒い覆いを被って、学院中をこっそりと見て回った。
(すごいわ……。2年生も3年生も皆、今すぐにでも私の国の城の執務官になれそうな学力の人達ばかり。剣や体術も我が国の騎士団長レベルの者ばかりだなんて、こんな玄人並みの実力も、この国では当たり前の事なの?え?誰でも2メートルの跳び箱に跳び乗るのは普通のことなの?……わ、私の国が遅れているだけ?それとも、この国の人は何にでも優れているの?)
ピュアは衝撃を受けたことを夕食後のお茶の時間にジェレミーに話したら、ジェレミーは満面の笑みを見せた。
「な、何で、そんなに機嫌がいいの、ジェレミー?」
ジェレミーはイヴに教えてもらったエルダーフラワーのハーブティーをピュアに給仕しながら言った。
「だってお嬢様は小さい頃のようにお転婆を出されて、あちこち学院を見て回っていたのでしょう?そんなにお元気になられるなんて、この学院に来て本当に良かったと思わずにはいられなくて……」
ピュアは物心つくまえからジェレミーと一緒にいたため、子どもの頃の話をされると、何だか恥ずかしくて、居たたまれない気持ちになった。
「うっ!わ、私、そんなにお転婆だったかしら?」
ジェレミーは笑顔で頷いて、こう言った。
「ええ!とても可愛いお転婆さんでしたよ!そんなに謎解きがお好きなら、今度のお休みの日に私と一緒に教会に行きませんか?今月の大衆劇は謎解きのお話だと、平民クラスの人達が言っていましたよ」
ピュアはジェレミーの誘いに、大喜びした。
「ええ!喜んで!でね、帰りに親子丼という名前の食べ物を食べてみたいわ!クラスの女の子達がとっても美味しいのよって、教えてくれたのよ!」
ピュアのニコニコ顔にジェレミーは嬉しげに頷いた。
「そうですか、それはぜひに食べてみたいですね!……それはそうとお嬢様。テーブルの脇に積まれた手紙の束は一体なんでしょうか?もしや恋文ですか?随分上等な封書がありますが、どこかの貴族のご子息とお知り合いになられたのですか?」
ジェレミーがそう言うと、ピュアは苦虫を噛みつぶしたような表情になった。
「そんなわけないでしょ!私、貴族が嫌いなんだから!これはね、イヴさんの同郷だと名乗る高学年の人達と入学式のときの学院生達にイヴさんに手渡してくれって、土下座して頼まれたのよ!自分で手渡したらって言ったけど、彼らは同じ学院にいるはずなのに、入学式で見かけて以来、イヴさんの姿を何故か一度も見ていないらしいの。
だから手紙で会う約束を取り付けようとしたらしいんだけど、リーナちゃんにも一年生の平民クラスの皆にも手紙の配達を断られたらしいの。皆が断っているのなら私も出来ないって言ったんだけど、どうしてもお願いしますって、土下座は止めてくれないし、周りの人にはジロジロ見られてしまうし、とても困ったわ。……それにしても私は隠れていたのに、どうして彼らに見つかってしまったのかしら?」
ピュアは、その時のことを思いだして、プルプル震えた。仮面の先生が通りかかって、彼らから手紙を受け取ってピュアに手紙を渡してくれなければ、また蕁麻疹が出るところだったと話した。
「……お嬢様、黒い覆いは却って目立つからですよ。危なっかしいので今後は単独行動は慎んで下さいませ。で、お嬢様。そのお手紙は、いつイヴ様に渡すのですか?私が言付かってミグシスさんに渡しておきましょうか?」
「ジェレミーの申し出はありがたいけど、それはダメよ。絶対に二人が同席している時に渡さないと!あの人が一人の時に、ジェレミーが手紙を渡したら、イヴさんに届かない気がするもの!そしたら、また彼らに土下座されちゃうかもしれないし、そんなのは、私は絶対に嫌だもの。かといって、私がイヴさんが一人っきりの時に手紙を渡したら、想像するのも嫌なくらい怖い思いをしそうだわ!だからイヴさんと彼が2人で揃っているときに、私とジェレミーの2人で渡しに行くべきよ!」
「賢明な判断ですね、お嬢様。じゃ、明日は早起きして、中庭に向かいましょう!」
「ええ、そうしますわ!」
そう言った後、エルダーフラワーのハーブティーを口にし、その後も眠るまで、ジェレミーと他愛のない話をしていたピュアは、ジェレミーに上手く話をはぐらかされたことに気づかずに、明日イヴに会うことや今度の休みに出かけることに意識が向いて、自分が先ほどまで抱いていた疑問のことをすっかり忘れてしまった。
次の日の早朝、中庭の散歩に出ているだろうイヴとミーナに手紙を渡しに出かけたピュアとジェレミーは、中庭を歩く二人を見て、声を掛けようとして……固まった。
5月の早朝の中庭ではポピーの花が揺れていて、イヴは嬉しそうにそこを散歩をし、横で歩いているミグシスに微笑みかけていた。
「ミグシス」
「ん?何だい、イヴ?」
「フフ、ごめんなさい、名前を呼びたかっただけなの。今までずっと名前を呼べなかったから……。用事もないのに、呼んでごめんなさい」
頬を染め、照れて顔をそらしたイヴの顔をミグシスは優しい手つきで、自分の方へと向けた。イヴの顎に右手の指をそえて、クイッと持ち上げ、頬を染めるイヴの顔を、ミグシスは愛しげに至近距離で見つめた。
「謝らないで、イヴ。俺だって君のことを、何度名前で呼びたかったことか。君の名前を呼ぶと封じている気持ちが出てくるから、ずっと君のことを”お嬢様”と呼んでいたけど、心ではずっと”イヴ”って、呼んでいたんだよ」
「わ、私も、心ではミグシス大好き!って、ずっと言ってたわ!……あっ!」
イヴは自分で言った言葉に、さらに頬を染め、瞳まで潤んできた。さらに照れてしまい、顔を隠したくてもミグシスに顎クイをされている状態では、隠しようもないからだ。ミグシスは、さらに顔をイヴに寄せ、嬉しげに笑った。
「あ、あの!少しだけ離れてください。ここはお外ですし、……は、恥ずかしいです」
「確かにここは外だけど、今ここには誰もいないから、少しだけなら大丈夫だよ。俺、イヴの告白を聞けて、すっごく嬉しい。ありがとう、イヴ」
「ミグシスが嬉しいなら、私も……です。私も嬉しいです。あの、少し欲張ってもいいですか?」
「!?ん?何を欲張るの?も、もしかして、キ……」
「あ、あの、この後の散歩、手……手を繋いで歩いてもいいですか?ずっとミグシスと手を繋いで歩きたかったんです。お願いしても良いですか?」
「!っくぅ~~~、すっごく可愛い!う、うん!もちろん、いいよ!可愛い可愛いイヴ!ホント可愛すぎて、もう今すぐに結婚してしまいたいくらいに可愛すぎる!耐えろ、俺!こんなに可愛すぎるなんて、俺、幸せすぎて辛い!でも幸せ!一生離さないからね、イヴ!!こ、恋人!恋人つなぎしてあげるね、イヴ!」
ミグシスは顎クイしていた手を、もったいなさそうに手放した後、頬を染める恋人のイヴのために、手を恋人つなぎにして、散歩を再開させた。
「あれ、絶対、キスを狙っていましたわよね」
「ええ、しかも我々の気配に気づいていながら、誰もいないなんて言って、こちらを牽制していましたし」
「……手紙、燃やされないかしら?」
「食堂にいる時を狙って、イヴ様が同席されている時を狙えば……多分、大丈夫でしょう」
ピュアとジェレミーは、ハァ~と大きくため息をつき、早朝のいちゃラブな恋人同士の邪魔をして、黒狼に吠えられないうちにと自室に逃げ帰ることにした。




