ピュアとイヴの鉄棒のテスト
中間テスト初日の朝、ピュアはイヴと二人で特Aクラスの教室に赴き、中間テストのためのお手伝いをしていた。
「えっと、こちらが一年生用の試験用紙で、そちらの試験用紙は二年生と三年生用ですわね。イヴさん、枚数は足りていまして?ジェレミーとミグシスさんは、もう数え終わりまして?」
ピュアとイヴは並んで座り、枚数がきちんと揃っているかを確認し合っていた。ジェレミーはすでに数え終えていて、ミグシスと職員室から用紙を入れるための封筒を取りに行き、二人に手渡した。
「はい、大丈夫そうです!じゃ、これを封筒に入れてっと!出来ましたね、ピュアさん!……あっ、そろそろ中間テストの時間が始まりますね。……あの、ピュアさん。今日、もし良かったら、お昼ご飯はここで四人で一緒に食べませんか?私、今日は午後三時までは、ここにいないといけないらしいんです」
「?」
イヴは全ての試験を終えてしまっているので、テスト期間中は不正はしないとは思うが、一応念のために特Aクラスで拘束されるのだと、ピュアに事情を話し、寂しいから一緒に昼食をここで取って欲しいと頼んできた。ピュアは初めてのお友達のお強請りをとても嬉しく思いながら、イヴを安心させてあげようと朗らかに笑って肯定の意を示した。
「ええ、喜んで!一緒にここで食べましょうね!じゃ、またお昼にここに来ますわね!」
「ありがとうございます、ピュアさん!嬉しいです!じゃ、後でここで会いましょうね!待ってます!」
ピュアはイヴとお互い微笑み合って、手を振り合った後、イヴとミグシスにお見送りをされながら、ジェレミーと平民クラスに向かうために、特Aクラスの教室から出ていった。特Aクラスの教室は、職員室の奥の学院長室に入り、学院長室の奥にある扉を通らないと入れない部屋で、学院生でここに入れるのは、ピュアとイヴだけだった。ピュアとイヴは中間テストを受けないため、今日からの三日間は、ピュアは試験監督のお手伝いをイヴは教授達の研究資料の清書のお手伝いをすることになっていた。
「うふふ!お友達と手を振り合って別れるのも、お昼の約束するのも、何て嬉しいんでしょう!ね、ジェレミー?私、すっごく毎日が楽しいわ!」
「良かったですね、お嬢様!お嬢様がお幸せそうでジェレミーもすごく嬉しいです!イヴ様とお友達になれて、本当に良かったですね、お嬢様?」
「ええ!私の初めての友達で、一生の親友よ!」
ピュアはイヴと親友になれて、とても嬉しかった。ピュアは友達になる前から平民クラスで一緒に過ごしている頃から、ずっとイヴを見ていたが、イヴは賢くて可愛い美人だけど、それを少しも自慢したり、偉ぶったりすることはなかった。片頭痛という持病があるから、休むことも多いので、それを気にしているのか、クラスにいる時は、自分に出来ることはないかと、よくクラスの友人達に、イヴは声かけをしていたが、自分からクラスの中心となって何かをするという性格ではなく、どちらかというと物静かで控えめな性格だが、いざとなったら、誰かを守るために勇気を出して行動する人だと、後から友人となったクラスメイト達に入学試験でのことを聞いてからは、ピュアは、さらにイヴのことを尊敬するようになり、この中間テストの最終日のイヴのテストのことで、ピュアはイヴのことをもっともっと好きになってしまっていた。
イヴは勉強はものすごく得意だが、運動は……とても不得意だった。4月の後半に初めての体育の授業で徒競走に参加したイヴは、平民クラスの女子達よりも10才のリーナよりも、徒競走をしたことがないピュアよりも、足がすごく遅かった。イヴは勉強が得意で運動が苦手な女の子だと、その時に皆が知ったのだ。
誰にでも得手不得手があり、イヴの場合、それの振り幅が極端なだけだったんだと、ピュアも平民クラスの皆も気づいてからは、さらにクラス内の雰囲気は良くなり、皆それぞれの苦手は協力し合って、出来ることから、少しづつやっていこうという向上心がクラス全体に広がっていた。
イヴは4月初日の体育以降は、仮面の先生から特別課題を出されて、ミグシスやルナーベルに見守られながら、体調が良いときにストレッチや体操をして、地道な体力作りを続けていた。
(この5月の中間テストの最終日、イヴさんと私の鉄棒の逆上がりのテストがありますわ。上手く成功出来るといいですけれど……)
イヴは3学年分の筆記テストも済ませているが、平民クラスの皆がテスト勉強を頑張っているのだから、自分も何か苦手なことを頑張りたいと言って、どうしても学院にいる間に、自分が苦手としている一つである、鉄棒の逆上がりが出来るようになりたいと願った。
ピュアはイヴが苦手を克服するために努力をする姿を見て、イヴに今まで以上に強い好意を持ったのだ。そしてピュアも鉄棒のテストを受けたいと仮面の先生にお願いをした。
(頑張り屋さんなお友達が持てるなんて、私、嬉しいですわ!私も頑張らないといけませんわね!)
この二人の希望を聞いた、仮面の先生が急遽、二人にそれぞれ、鉄棒の逆上がりが出来るまでの計画表を個別に作ってくれた。それからのピュアとイヴは毎日、その計画表を確認しながら、他の女生徒達の助言を受けて、鉄棒の練習をしていた。ピュアもイヴと同じで鉄棒で逆上がりも前回りも出来なかったので(淑女教育に鉄棒の勉強はなかった)、二人一緒に特訓を頑張っていたから、二人一緒での合格を、皆も二人も願っていた。
(私とイヴさんにとっては中間テスト最終日が勝負の時ですわ!よし!頑張りますわよ!)
ピュアは闘志を漲らせて、廊下をズンズンと歩いて行く。ジェレミーはそんなピュアを嬉しそうに見つめていた。
中間テスト最終日の放課後。平民クラスの仲間達と仮面の先生、ルナーベルに若先生と老先生、そして何故か寮監夫婦とリーナ、寮のコック達までが見守る中、ピュアとイヴの鉄棒のテストが始まった。
「お嬢様、私が傍に控えています。安心して、お回り下さい」
「イヴ、俺が傍にいる。どんな状況からでも君を守るから、思い切ってやってごらん」
ピュアにはジェレミーが、イヴにはミグシスが安全要員として、傍についていてくれる。
「ピュアさん、手を握っても良いですか?」
「ええ、いいですわよ、イヴさん」
白いハチマキをキリリと絞め、お下げ頭のイヴが泣き出しそうな不安げな表情でピュアの手を握ってきた。
(まぁ!こんなに震えてしまって!とても緊張されているんだわ!……無理もありませんわね。イヴさんは練習でも一回も逆上がりが出来ませんでしたもの。不安ですわよね……)
イヴはピュアよりも2才年下の女の子だ。ピュアは年長者らしく、彼女を慰めてやらないといけないわ……と奮起する。ピュアも鉄棒は初心者だったが、毎日の練習で、9割の成功を叩きだしていた。だからピュアは、先に成功した仲間として、何かイヴが成功出来るような助言をしてあげられるのではないかと思った。
(何か良い助言が出来れば……。何かないかしら?)
技術的な助言は、仮面の先生が沢山してくれていて、賢いイヴはそれを頭では理解はしているはずだ。体力的な面でも、イヴは4月からルナーベルとミグシスに見守られながら、イヴの体調にあった運動を地道に続けていたので筋力もそれなりについているはずだった。普段の練習でも平民クラスの女子達が助言をして見守る中、ストレッチをしているイヴは、柔軟体操で体が柔らかいのは証明されているから、体が硬くて鉄棒が回れない……とかではないように思われた。
(後、残されているのは精神論的なことかしら?もっともっと何というか、こう……イヴさんが何が何でも、それをやり遂げよう!……と強い気持ちになれることを言って、イヴさんに発破をかけてあげる方がいいのかもしれないわ!)
ピュアはイヴの小さな両手を包み込むように自分の両手で握りしめ、こう言った。
「イヴさん、地面は片頭痛だと思いなさい!」
「?え?」
ピュアの唐突な言葉に、イヴは目をパチクリとさせる。ピュアのアーモンド型の水色の瞳が煌めき、イヴを真剣に見つめてくる。イヴはピュアが何か大事なことを言うのだろうと思い、気持ちを引き締めた。
「イヴさんは地面を蹴る足が優しいから、上手く逆上がりが出来ないんですのよ。だから逆上がりの時は地面を、イヴさんの宿敵の憎き片頭痛だと思うのです!逆上がりの地面の蹴りを12年来の敵だと思って、蹴るのです!そして鉄棒をミグシスさんだと思って、お腹からくっつくようにして、抱きつくつもりで必死になってみなさい!そしたら絶対に逆上がりが出来ますわ!」
「ほ、本当ですか?」
イヴはピュアの言葉に目を丸くさせて驚く。回りの者の助言を受け、技術的なことは頭では理解出来ても、実際にその通りに体が動かずに、逆上がりが出来ないイヴにとって、その考え方は、とても斬新に思えた。ピュアは自信たっぷりに微笑んで、豊かな胸を反らせて、片手を胸に、もう片方の手を腰に当てて、肯定を全身で示してみせた。
「ええ、本当です!私も逆上がりの時は、地面は自国の王て……いえ、変態の悪者だと思って、渾身の蹴りを繰り出しているのです!そして鉄棒は私をいつも支えてくれるジェレミーだと思って、しがみついているのです!」
そこまで言って、ピュアは両手で握り拳を作って、さらにイヴに力説する。
「いいですか、イヴさん!イブさんに足りないのは気合いです!必死さが足りないのです!これは単に鉄棒を回る運動ではありません!これは闘いなのです!憎き敵を倒し、愛しい者と結ばれるための闘いなのです!大嫌いな悪者を蹴っ飛ばして、大好きな者の元に向かうと思えば、出来るはずですわ!」
イヴはピュアの力説に釣られて、いつの間にか同じように握り拳を作っていた。青空のような色合いの青い瞳に闘志を宿し、闘い前の戦士の表情になっていった。
「!?そ、そうだったんですか!……そ、そう考えるとそうかもしれないと思えてきました!そうですね、ピュアさん!ピュアさんの言う通りです!私はいつも襲い来る片頭痛の攻撃に防戦一方で、先制攻撃を仕掛けたことが一度もありませんでした!」
イヴは片頭痛に対して、防戦一方だった12年が走馬燈のように駆け巡ってきて、未だかつてない高揚感を覚えた。
「そうですね、ピュアさん!私、やってみます!生まれて初めて、私の宿敵に先制攻撃をかけるつもりで、私の渾身の蹴りを繰り出してみます!!ありがとうございます、ピュアさん!……私、闘志が湧いてきました!さすがです、ピュアさん!さすが私の生まれて初めての親友です!私、精一杯気合いをこめて、やってみます!片頭痛を蹴っ飛ばしてやりますわ!その後、ミグシスに抱きつくつもりで、頑張って回ります!」
「ええ!その意気ですわよ、イヴさん!一緒に頑張って、一緒に成功させましょうね!」
「はい!ピュアさん!頑張りましょう!」
ピュアはイヴと手を固く握り合い、イヴを勇気づけられたことを密かに喜んだ。ピュアはイヴに尊敬されて、大変こそばゆい気持ちになったが、それがとても嬉しかった。そして鉄棒の傍では……思わぬ告白大会に赤面しているジェレミーとミグシスが、彼女達に自分の身代わりに抱きつかれる鉄棒を忌々しそうに睨み付けていた。
……このピュアの精神論(?)は何故かイヴにとても有効的だったようで、2人は揃って逆上がりを成功させて、鉄棒のテストを2人一緒に合格できて、ピュアとイヴは抱き合って、お互いの健闘を称え合って泣いて喜び合った。
ちなみに2人を見守っていた人々も、2人の成功を喜び……大号泣していた。
※ピュアの言っている精神論は、小学生低学年くらいの子ども達がごっこあそびなどで想像力を働かせて出てくる言葉みたいなものです。(例・下は火の海だから、足を付けずに鉄棒を回らなきゃ!とか、食べ物の好き嫌いをしていたら、もったいないお化けが出るよ!等)




