中間テスト前日のイヴとミグシス(後編)
昼食を寮の食堂で食べた後、午後からイヴは寮監室にいた。寮監夫妻の子のリーナはルナーベルと今日は門周辺で隠れんぼをすると言って、部屋を飛び出して行き、ミグシスはリーナの父親の仕事を手伝うために彼と共に中庭に行った。イヴはリーナの母親と共に、夕食の仕込みをしていた。イヴの片頭痛は昼食後からは落ち着いてきていて、日常生活に支障をきたすようなものではなくなってきたのでイヴは安堵し、仕込み作業を手早く終えることが出来た。
「イヴちゃん、昨日泣いたの?」
「え?」
野菜や肉を切り終え、その仕込みが一段落した頃、リーナの母親はイヴに果実水を差し出して、休憩するように声かけした後に、そう言った。
「少し目が赤かったから、そうかなぁって……。また片頭痛がイヴちゃんを襲ったのね!片頭痛って本当に悪いヤツだわ!絶対に許せない!私の大事で大切な可愛いイヴちゃんを虐めるなんて!!……本当にイヴちゃんは辛いのに、よく頑張っているわね!とても偉いですわ……偉いわね」
リーナの母親はそう言った後に、イヴの頭をふんわりと撫でた。イヴは少し照れくさそうに頬を染めながらも嬉しげにされるがまま撫でられた後に、昨夜のことを話した。リーナの母親は、イヴの話に真剣に耳を傾けてくれた。
「ああ、わかるわ、イヴちゃんの気持ち。体調が悪いと、つい後ろ向きな考えになってしまうものよ。私もそうだもの。皆だって、そういう不安は感じるものよ。持病がなくても、そういう不安は誰だって感じるものよ。人はいつ死ぬかわからないわ。病気や事故、思いもかけない理由で神様のお庭に行ってしまうこともあるから、いくつになっても不安だわ。
でもね、人は互いを思いやって労り合って生きていくことで不安を乗り越えていくということをイヴちゃんはよく知っているのだから、この先もきっと大丈夫よ。イヴちゃんは大丈夫!あなたにはミグシスさんがいる。ご両親や、あなたを実の娘や孫のように思う人達が大勢いる。皆があなたを大事に思っている。私だって愛しく思っているわ。……絶対片頭痛からも、死の運命からもあなたを守って見せる!私の命に代えても!!」
「?おば様?」
「あ、あらやだ!私ったら、つい!オホホホ!……と、とにかく不安に思ったら、今日みたいにいつでも相談をしてね。一人で悩んじゃいけないわ。あなたは一人じゃないんだから、ミグシスさんでも私でもルナーベル先生でも誰でもいいから相談をして。あなたには、皆がついていることを忘れないでね」
リーナの母親の熱の入った言葉にキョトンとしたイヴの表情を見て、リーナの母親は笑い声で自分の本心を誤魔化した。トント、トン!と特徴的なノックの音が聞こえ、リーナの母親は自分の夫が帰ってきたと言って、玄関まで出迎えに行った。
今日は皆で、鶏の水炊きを夕食に食べようという予定を立てていたので、イヴはリーナの母親と切った食材を持って、寮の食堂に向かった。食堂では鍋の用意をしていたコックの2人とミグシスが出迎えてくれた。後からやってきた寮監親子と保健室の先生と老先生と若先生、仮面の先生や平民クラスの女子3名と、ピュアとジェレミー達がそろったので、皆は夕食の鍋を作って食べることにした。人数が多いので、コック達は鍋を3つ用意していた。皆はそれぞれが好き勝手に喋りながら、鍋をつつき、食べ始めた。
「あ!こっちの鍋はアクをとらなきゃ!あっちの鍋は水菜はあまり、火を通さない方が!そっちの鍋は肉を入れすぎ!野菜も入れなきゃ!」
「もう、リーさん、細かすぎ!好きに食べさせてよ!」
「「「ルナーベル先生、食べたい物があったら言って下さいね!私達が取って差し上げますから先生は絶対に、絶対に、ルナーベル先生は絶対に!!鍋に触れてはいけませんからね!」」」
「私がルナーベル先生の食べたい物をよそいましたから、こちらを食べて下さい。火傷しないように気を付けて下さい」
「まぁ!若先生、ありがとうございますわ!ウフフ、美味しいですね!何だか愛を感じて、よりいっそう美味しく感じますわ!ねぇ、老先生もそう思うでしょう!」
「ゲッ!!気色悪い女言葉を使うな、このヘタレチャラ男が!……じゃなかった、そ、そうですな、ヘタレ、じゃなかったルナーベル先生」
「ウフフ、皆で鍋をつついて食べるのなんて、私、初めてよ!ジェレミー、とても美味しいわね!ウフフ!……そう言えば、今日の特別授業もすごかったですわね!ねぇ、仮面の先生?先生はどこで剣術や体術を習ったんですの?私の国では見たこともないような動きでしたけれど?」
「ええ、本当に美味しいですね、お嬢様。……確かに、ここ連日の特別授業はすさまじかったですね。私もあんな剣術を見たことがありませんでした。とても素晴らしかったです、恐ろしいくらいに……」
「お褒めにあずかり光栄です。あれを教えてくれたのは私の父ですよ。私の一族は代々、父から子に伝え教えるのです」
「あ!リーナのお肉が!カインさん、お肉返して下さい!!」
「リーナちゃんはさっきからお肉ばっかりだからダメ!白菜も春菊も食べなきゃ!大きくなれないよ!」
「うげぇ、春菊苦いから、やだ!……けど、頑張るぞ!次に会ったときは絶対に私の方が背が高くなっているんだからね!」
「ミグシス、はい、お肉どうぞ!今日はいっぱい助けてくれてありがとうです!はい、あ~ん……して?」
「え?あ、あ~ん!ううっ、うまい!何か、すっごく美味しい!幸せの味がする!俺、幸せ!イヴは、何食べたい?お、俺もあ~んして食べさせていい?」
「私、そこの人参がいいです」
「え?このハート型のヤツ?俺にハートを食べさせて……って、うわっ!若先生、ルナーベル先生、俺、すっごく幸せです!!俺はここにいる皆に誓います!俺、イヴを幸せにします!……はい、イヴ、あ~んして?」
「あ~ん……。ん、美味し……です。ミグシス、ありがとう!」
「イヴのあ~んの顔、すっごく最高に可愛い!!俺こそ、ありがとうだよ、イヴ!俺、幸せだ!!」
「「仮面の先生-!このいちゃラブカップルが独身の俺達のハートをえぐってきます!何とかして下さーい!」」
「ほら、この豆腐はもう熱くないから食べ頃になったよ。君は豆腐が好きだったろ、お食べ。ほら、あ~んして?」
「まぁ、ありがとう!私もあなたが好きな椎茸を冷ましたから、お返しにどうぞ!いつもありがとう、あなた。ほら、あ~んして……」
「うげぇ~、あっちもこっちもラブラブだぁ!」
「「仮面の先生ー!!こっちの熟年夫婦も俺達のハートにトドメ刺してきます!何とかして下さーい!」」
「む?私もリーナちゃんに食べさせてあげるべきかしら?」
「「「ダメです!、ルナーベル先生がお鍋を触ったら!」」」
「「仮面の先生ー!あっちの破壊神が鍋を粉砕しました-!!……って、言っている場合か-!火傷はないですか、奥様?だから鍋には触るなと常々……じゃ、なかった!今はルナーベル先生でしたね!ああ、ルナーベル先生は、鍋を絶対触ってはいけませんからね!老先生、かかと落としは止めて下さい!仮面の先生、若先生!お願いですから老先生を抑えといて下さい!」」
「旦那様……いえ、若先生。鍋のシメはうどんか、おじやのどちらをご用意しましょうか?」
「う~ん、両方美味しいから悩むね。……ここにあいつがいたら両方を一つの鍋に入れてしまうだろうけど」
「両方?そうですわね!お鍋が2つ残っているから、別々に作れば、二つの楽しみ方が出来てお得ですわよね!ですよね、先生方?ね、ジェレミーはどう思う?」
「それは良い考えですね、お嬢様!じゃ、私は厨房から、うどんと冷やご飯を探してきます」
「あ!それなら私も行きます、ジェレミーさん!卵と焼き海苔と、ネギもいるでしょう?」
「イヴが行くなら、俺も行く!」
「イヴさんが行くなら、私も行きます!だからジェレミーを睨むのは止めて下さい!あなたの殺気は洒落にならないくらい、怖いんですから!」
厨房にイヴとミグシスとピュアとジェレミーが向かい、鍋を一つダメにしたルナーベルが老先生に叱られ、女子生徒達3人と寮監夫婦とコック達が鍋を片付け、その横で仮面の先生が若先生に、鍋のシメで使う卵の固さの好みについて尋ねている横で、リーナはこっそり一人で……肉を確保して食べていた。
楽しく賑やかな夕食が終わり、皆で後片付けも済ませた後、イヴとミグシスは部屋に戻ってきた。交互に入浴をし、寝る用意をした後、イヴの部屋の前で寝る前の挨拶をした。イヴはミグシスを見上げて、ミグシスにお礼を言った。
「今日は沢山ありがとうございました、ミグシス」
「?ん?俺は何もしていないよ?」
「いいえ、私が落ち込んでいたから元気づけるために色々……本当に心を尽くしてもらえて、すごく嬉しかったです。私はとても幸せ者です。いつも、ありがとうございます」
清書の頼まれ事も、リーナの母親との話も、皆との夕食のことも、イヴを元気づけるためにミグシスが心を砕いてくれたのだと、イヴはキチンとわかっていた。イヴがキラキラと目を輝かせて、幸せそうに笑顔でお礼を言ってきたので、ミグシスはイヴが元気になって良かったと思いながら、イヴの頭を撫でた。
「イヴが幸せなら俺も幸せだよ。元気になってくれて嬉しい。ありがとう、イヴ。じゃ、また、明日。お休み、イヴ」
いつもは手を繋いで、お休みを言って別れるのに、今日のイヴは手を離そうとしなかったので、ミグシスは不思議に思った。
「?ん?どうしたの?」
ミグシスは、またイヴに耳を貸してと言われたので、身をかがめて、イヴに顔を近づけた。チュッ!とミグシスの頬にイヴの柔らかい唇が触れた。
「私を好きになってくれてありがとう。私も……ミグシスが幸せなら私も幸せです。私ね、ミグシス。昨夜の片頭痛の時に色々と心配になったり、不安に思って、少しだけ泣いてしまったんですが、今日一日、学院で先生方と会ったり、寮の皆と楽しく過ごしたり、あなたがずっと傍に一緒にいてくれたりしたことが、すごく安心できて嬉しくて、とても幸せだったの」
「イヴ……」
「私には皆がいることを教えてくれてありがとう。私でも出来るお手伝いや仕事があって、誰かのために私も役立つことが出来ると教えてくれてありがとう。私にはあなたがずっと傍にいるということを教えてくれてありがとうございます、ミグシス。
私、これから片頭痛の不安だけではなく、色々な不安や心配があるときに一人で悩んで泣くのは出来るだけ止めて、ミグシスに一番に相談したいと思っています。だって私達は結婚するんですものね。ミグシスは私の愛する旦那様になる人ですものね。そうしてもいいですか、ミグシス?」
「うん!もちろん!だってイヴは俺の愛する奥さんになる人だもの、喜んで相談に乗るよ!俺、嬉しいよ、イヴ。俺を頼ってくれて、本当にありがとう!」
「……そしてね、ミグシスも色んな不安や心配があるときは、私に話をして下さいね!だって恋人も夫婦も……人はお互いを労り合って、支え合って生きていくものでしょう?片頭痛で出来ないことも多いけれど、私もミグシスに頼られたいんです。私はあなたの妻になるのですから、私もあなたの支えになりたいの。……お願いですから、その時は私を頼ってもらえますか、ミグシス?」
「……うん、ありがとう、イヴ。お願いをされなくても、ずっと前から君は俺の支えだよ。二人で相談し合って、労り合って支え合って、これからの人生を二人で歩んでいこう、イヴ」
ミグシスはイヴを抱きしめ、しばし見つめ合った後、その唇を求めて、二人の唇を重ねた。お互い4月に一度キスをしただけなので、まだそのキスはぎこちなかったが、イヴはあっという間に息が上がってしまい、腰が砕けてしまったかのように、その場にへたりこんでしまった。
ミグシスは自分とのキスに感じて蕩けてしまったイヴに内心激しく萌え、全てを求めたくなったが、それ以上のことはせずにイヴを横抱きし、彼女の了解を得て、その自室のベッドにイヴを入れ、彼女の頬にお休みのキスをした後、部屋を出て行った。
その夜、イヴはミグシスとの恋人のキスに少し恥じらいながらも、幸せな気持ちで眠りにつき、ミグシスは先ほどの、イヴから初めての頬へのキスや、イヴからの嬉しい言葉や、約一ヶ月ぶりのイヴとの恋人のキスに、一人自室で喜びに打ち震え、……その後、健全な男性としては当然の……悶々とした気持ちを抑えることに苦労し、中々寝付けなかった。




