中間テスト前日のイヴとミグシス(前編)
夜中、イヴはいつもの痛みで目が覚めた。時計は夜中の2時を少し回ったところを指している。イヴはゆっくりとベッドから起き上がり、ハチマキをしめ、鎮痛剤を飲んで、もう一度ベッドに横になった。
(父様とライトおじ様の治験は順調なのかな?)
イヴはズキズキと痛む頭で、グランやライトのことを思った。グランやライトはイヴと同じ”鎮痛剤”の治験を受けている。先月の報告書の手紙の返事には、二人とも新生活の始めは、片頭痛の頻度が高かったと書いてあったので、自分と同じで環境の変化で、片頭痛が猛威を振るったのだと知り、イヴは二人の体調を心配した。
二人もイヴの入学式のことを知り、とても心配だと手紙に書いてあり、イヴは二人に心配をかけて、申しわけないと思いつつ、変な時間に目覚めてしまったせいで、中々寝付けなくなり、イヴは物思いに沈んでいった。
(ライトおじ様や母様は、アイと同じくらい片頭痛のことに詳しくて、片頭痛は不治の病だけど死病ではないのだと教えてくれて、安心するようにと言っていたけれど……)
ライトやアンジュは片頭痛のことを遠い国の本の文献で以前読んだと言い、イヴに死ぬ病気ではないと言って安心させてくれたが、イヴは不安に思っていた。
いつか、この頭痛が自分の息の根を止めるのではないか?いつか頭痛で気を失ったまま、二度と目を覚まさなくなるんじゃないだろうか?死ななくとも、いつか、この痛みは治まらなくなり、永遠に痛いまま、生きていかなければならなくなるのではないだろうか?……と、不安になってきて、どんどんと悪い方向へ思考が進んでいってしまいそうになった。
イヴはひとたび片頭痛になれば、動けなくなる。動くと頭が激しく痛み、泣きたくはないのに涙が零れる。痛む間は難しい思考は出来ず、家事も仕事も勉強も出来なくなる。注意力も散漫になり、いつもよりも転びやすくなってしまう。頭以外は元気なのに、頭痛で何も出来なくなる自分は……役立たずだと感じるのだ。
(フゥ……、いけないわ。気持ちが何だか落ち込んでしまっている。大丈夫だって思わなきゃ!今は頭痛で気持ちが後ろ向きになっているだけ。こんな役立たずの私でも好きになってくれる人がいるのだもの。……ずっと大好きだったミグシスと両想いになれたのですもの)
ずっと長く想っていた相手と両想いになれて嬉しいのに、今度は、その相手を失う不安を感じてしまい、イヴはベッドの中で涙を流した。
「私、死ぬのが怖い。片頭痛が死病だったら怖い。怖いです……ミグシス。……私すごく怖いの。大好きな人達と会えなくなるのが辛いし、悲しい。ミグシスと会えなくなることが辛い……。好きです、ミグシス。……大好き。皆を置いて逝くことも怖いし、辛い。優しい人ばかりだもの。いっぱい悲しませてしまうんじゃないかって、心配です」
ミグシスだけではない。父様や母様、ロキとソニー。マーサやセデス達。ライトやライトの息子達やリン村の人達。他にもいっぱい大切に思う人がいて、イヴは皆が大好きだから、生きていたいと強く願った。少し泣いてしまった後、気分が落ち着いてきたのか、イヴはいつもの前向きな思考が出来るようになってきた。皆の顔を思い浮かべ、自分自身を元気づけるためにイヴは声に出して、その気持ちを言葉に出してみた。
「私は皆が大好きだし、皆にも死んで欲しくないと思うし、私も死にたくない。私は元気だったら、やりたいことがいっぱいあります。”鎮痛剤”を完成させたいし、出来たら片頭痛を根治させる薬や治療法がないかを研究したい。他の薬だって父様やセロトーニ先生と一緒に作りたい。ピュアさんが欲しがっていた基礎化粧品以外の口紅や頬紅などの化粧品も作ってあげたい。ロキとソニーが喜んでくれるような、体に良くて美味しい、薬みたいな料理の種類も増やしたい。今まで大切に育ててくれたスクイレルの家族達が長生きしてくれるように、今度は私が皆のためになることをしたいです……。
ミグシスと結婚したら……父様や母様達みたいな、マーサさんやノーイエさん達みたいな夫婦になりたい。それに……出来たらミグシスに似た子どもも欲しい。他にもやりたいことはいっぱいあるのに、私はいつも片頭痛で少しづつしか……ゆっくりとしか、それらが出来ないだろうけれど……頑張ろう。私、頑張ろう。生きている間にいっぱい感謝を伝えて、私に出来ることで恩返しをしていけばいいんだ。
こんなにもやりたいことがあるのだもの。片頭痛でいつまでも落ち込んでいる暇はないわ。大丈夫!明日になったら、痛みは治まるはず!もし痛みが治まっていなくても……きっと大丈夫!痛くても動けなくても、今までと同じように私に出来ることを見つけて、少しづつでもしていけばいいのよ……」
鎮痛剤が効き始めて、ウトウトとしてきたイヴは目を瞑り、そのまま眠った。イブの部屋の扉の前でミグシスがイヴの眠りの気配を察して、自室に戻っていった。ミグシスはイヴの起きている気配を感じて、目を覚まして、いつ呼ばれてもいいように待機をしていたのだ。
(イヴ……泣いていた)
イヴはいつもは前向きで努力家だが、片頭痛の痛みで、時々気持ちが落ち込むことをミグシスは知っていたので、どうして自分を呼んでくれなかったのだろうと思った。
(遠慮なんかしなくてもいいのに。一人でなんて泣かせたくはないのに……)
イヴの言葉は、未知の病である片頭痛への怖れの言葉で、死を恐れる言葉だった。アイやライトやアンジュがいくら死病ではないと言っても、どうして片頭痛という症状になるのかさえわからない、原因不明の謎の病であることに変わりはない。どれだけイヴが女神みたいに外見や心が美しく賢くてもイヴの中身は、普通の女の子だし、謎の病と闘い続ける健気な女の子なのだ。原因不明の謎の病が怖くないはずがない。自分が心底愛しく思うイヴは12年間も、その恐怖と闘っている。ミグシスは自分の胸がしめつけられるように苦しくなった。
(俺がイヴを一人で逝かせるはずがないのに……)
ミグシスは、この気持ちはイヴには言わない。もし死が二人を分かつときがきて、イヴが先に神様のお庭に行くことになってしまったら、イヴはきっと、長くミグシスに生きてほしいと、言うに決まっているからだ。
(俺はイヴだけを求めているし、ずっとイヴの傍にいる。もし俺とイヴが死んでしまっても、俺の魂は絶対にイヴの元に行くだろう!何度生まれ変わっても!)
何の確証も保証もないけれど、ミグシスは自分は生まれる前から、こうだったのではないだろうかと感じていた。
(俺はきっと、何度生まれ変わっても、君しか好きになれないんだよ、イヴ。だから片頭痛なんかに君を奪わせたりは絶対しない!俺は永遠に君のモノで、君も永遠に俺のモノなんだ!)
ミグシスはベッドに戻り、目を瞑る。イヴは自分自身を奮い立たせるために気持ちを言葉にして、自分のやりたいことを言っていた。その言葉を思いだして、ミグシスは体中の血が熱く沸騰するのではないかと思えるほど喜びを感じ、自分も声に出して言った。
「俺はずっとイヴの傍について、イヴのやってみたいことの手助けをするからね!俺もイブと同じ、薬草医の免状は持っているし、家事だって出来る!イヴが片頭痛のときに何も出来ないなら、その間は俺がするし、元気なときは一緒にやろう!
それに……イヴ、俺の子どもが欲しいって!すごく嬉しい!俺、こ……子作り、すごく頑張るからね、イヴ!!俺もイヴに似た子どもが欲しい!子育てだって一緒にしようね!わからないことはマーサさんやセデスさん達に教わろうね!……でも、もし子どもが出来なくっても、ずっとイヴを愛してるからね!離さないからね、イヴ!ずっとずっと、グラン様達やマーサさん達みたいなラブラブで、いちゃラブ夫婦でいようね!」
しばらくベッドの中で、喜びに打ち震えた後、ミグシスはイヴの片頭痛について考えた。
(イヴやグラン様達の片頭痛を根治できる薬があればいいのだけど……。今は取りあえず”鎮痛剤”の完成を目指さなきゃ。それと明日は……)
ミグシスは明日のことを考えながら、眠りに沈んだ。




