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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~5月
153/385

※2人の男

 その男は焦っていた。


 ヒィー男爵家の茶会で、この国の貴族の短い寿命の秘密を知ったからである。へディック国の子どもは貴族も民も関係なく身体が弱い。身分に関係なく5才までに神様のお庭に旅立ってしまう子どもが多いので、どの子どもも5才までは、”神様の子ども”として大事に育てられる。しかし5才を過ぎてからの貴族と民の平均寿命は大きく異なるのだ。貴族は寿命が短く、民は寿命が長い。


 10年前、シーノン公爵が王の代理をしていたころ行った統計調査では、貴族の平均寿命は男女共38才前後で、民の平均寿命は男女共に45才前後だったと、彼の顧問弁護士をしていた男は記憶している。今の城には彼がいないため、国の将来を憂いて、そんな統計を取ろうとする者が一人もいないので詳しい数字はわからないが、彼がいなくなってから、流行病で多くの者が亡くなり、カロン王の悪政から多くの国民が国を出て行った現在では、もっと、その寿命は両者ともに低くなっているだろうと予想はしていたのだが……。


(まさか生活習慣や食事で、寿命に差が出ていたとは!)


 男の育った屋敷では、男の雇用主の抱えている体の不調を悪化させないため、出来るだけ早寝早起きの平民のような生活リズムで一日を過ごすように心がけられていた。そして雇用主の体の不調を悪化させるチーズやアルコールは避けられ、雇用主の食の好みから、出来るだけ多くの野菜や豆、魚等を満遍なく摂取し、その味付けも薄かった。また雇用主の体の不調は、きつい匂いも影響するため、煙草も屋敷の中の者は誰も吸わなかった。男は15才で、その屋敷を出て、田舎に移ったが、育った屋敷の生活習慣も食生活も、民と全く変わらなかったので、それ以降も男はそれを当然のことだと何の疑問も持たなかったのだが……。


(そうだよ、茶会や夜会はイミルグランは出来るだけ避けていた……。出席したときだって、ほんの少ししか食さなかった。俺だって、たまにしか甘味は食べないし、夜会は復讐相手の動向を調べるための潜入目的だから、今までほとんど酒は飲んではいない。


 ルナーベル嬢だって、元々お腹が弱く、過度の油や香辛料類は幼い頃から食さなかったと言っていたし、彼女は15才のときの、あの暴行未遂事件以来、貴族の社交からは遠ざかっていたから、貴族の食事やアルコール類は摂っていないはずだ……)


 貴族の家で育ったはずの二人は、今、それぞれの同年代の貴族達と比較してみても、二人共が外見が若々しい。肌の潤いもハリも違う。吹き出物や顔のテカりやシミ、シワ等もルナーベルにはなく、また体型も若々しい。男の体型も10代のころとそう変わってはいない。しかも二人には、同年代の貴族達が悩む様々な体の症状が全くなかったのだ。


 動悸、息切れ、目眩、不眠、口臭、過食、膨満感、酩酊感、眼精疲労、倦怠感、肩こり、足のむくみ、こむら返り、血圧異常、肌荒れ、黄疸、肥満、胃痛、腰痛、胸焼け、悪寒、頭痛、手足のしびれ、かゆみ、貧血、立ちくらみ、目のかすみ、痙攣、肉離れ、脱水症状、胃もたれ、むかつき、足指の変形、食欲減退、下痢、便秘、神経過敏、躁鬱感……等、数えたらきりが無いほどの様々な体の不調の”気のせい”に苦しめられていた。


 貴族達は、そんな”気のせい”のことを”()()()”と自分達で言っていたのだが、まさかその”貴族病”が生活習慣と食生活で起こっていたとは……。


(本当にヒィー男爵令嬢は逸材過ぎる!)


 それがわかったのは、あのヒィー男爵令嬢のおかげだった。5月に入ってから、彼女が社交界に持ち込んだ、あの揚げ物とマヨソースが、へディック国の貴族達の体の不調を顕著に露呈させる起爆剤になったのだ。


 このへディック国の貴族達の生活習慣も食生活も、シーノン公爵家とは正反対で、貴族の女性達は朝は何も食べず、茶会に出かける準備の時間まで寝ていた。昼は茶会で食べる砂糖とミルクの入った紅茶にバターや砂糖などがふんだんに入った様々な洋菓子や貴族の社交には欠かせないショコラを昼食代わりにし、貴族の婦女子達は社交のために茶会を梯子するので、行く先々でそれを口にしていく。夜会の予定のある日は一旦屋敷に戻り入浴してから、またコルセットを締め、ドレスを着て、ハイヒールを履いて夜会へと赴く。貴族の男達も朝は何も食べず、領地経営や、城勤めにそのまま赴き、午前10時と午後3時にお茶の時間を取り、午後5時くらいで屋敷に戻って入浴してから夜会服に着替え、既婚者は妻子を未婚の者は婚約者や恋人等をエスコートして、馬車で夜会に出かける。


 夜会は早い時間だと午後7時前後、遅いときは大体9時に始まる。夕食は夜会で摂るのが常態化していて、夜会では主に立食形式で料理類は自分で選んで食べられるのだが、出される肉料理はどれもこれも脂ぎっているメニューばかりで、主食はジャガイモのマッシュに生クリームを加えて練ったものが出され、野菜類は彩りとしてしか添えられていない。そして貴族が大好きなチーズは山盛りあり、それらをワインやウイスキー等のアルコールで流し込むように食し、デザートにはアルコールをしみこませたケーキ類が並べられていて、貴族達は、それを夜の9時から次の日の早朝5時までの長丁場の夜会の間に何回も飲み食いをしていた。さらには貴族の男性は夜会での紳士の嗜みだと言って、煙草をよく好んで吸っていた。


 そんな生活を送っている貴族達に脂がたっぷりで塩分が高く、貴族の食事やアルコールの量を増やす食品となるポテトチップスや唐揚げ、トンカツといった揚げ物は、貴族病の進行をものすごい早さで助長させ、沢山の貴族病を抱え込んでいる上級貴族達を次々と神様のお庭へと送り込んでいった。


 民を思いやらない貴族であればあるほど……。カロン王の取り巻きとして、悪政のおかげで甘い汁を吸い続けた悪い人間であればあるほど……。男が長い時間をかけ、味方を沢山作り、対抗しようとしていた敵対勢力の者達を、たった一人の成人したばかりのヒィー男爵令嬢が、剣も毒も使わずに倒していったのだ。


 男は宿敵が兵器を買い集めていたので、隣国との戦争を懸念して、いざというときは民を味方に付けようと、長年、民にある働きかけをしていたのだが、ヒィー男爵令嬢のおかげで、今すぐの危険は回避されることになり、敵の大部分は病床に伏して、身動きが取れない状態となった。多くの民を巻き込む戦争の危険が回避され、男の宿敵を守る壁が一枚一枚剥がれていくのは嬉しいが、男は宿敵を王のまま、死なせたくはなかった。


(俺がお前を玉座から引きずり下ろすまで……”卒業パーティー”までは死なないでくれよ!)


 男はドス黒く変色した王城を丘から見つめて、中にいるだろう宿敵に、心の中でそう呼びかけた。






 その男は焦っていた。


 男は自分の死期が近いことを悟っていたが、どうしても”卒業パーティー”までは生きていたいと強く願っていた。


(まだ5月……。頼む。”卒業パーティー”までは持ちこたえてくれ!)


 どうしても男は、”卒業パーティー”までは生きねばならなかった。


(この10年、出来るだけの悪は引きつけてきた……。この国の膿という膿、悪という悪を……)


 男は自分の部屋の四方の壁に飾り付けられた千本以上もある()()を眺めながら、息を荒げる。


()()()()()()が、こんなにも上手く悪を退けてくれようとは、優秀すぎて直接会って礼を言いたいぐらいだよ。本当に彼は優秀な()だ。()()()()()()鹿()()()()()()()、今頃彼と私は肩を叩き合って、仲良く国を治めていたのかな……)


 この半月で男が約10年もの歳月をかけて、引きつけて集めてきた者達は、まるで神罰を受けているかのように、剣で刺されたわけでもなく、毒を飲まされたわけでもないのに、独りでに次々と死んでいった。


(まるで父が国外へ追いやった伯父に訪れたという、()()()()が、彼にも訪れたみたいだな……。いや、訪れたのかも知れないな。それなら、神が彼に力を貸したのなら、私にも力を貸してくれるだろう)


 男はへディック国の中で一番高い建物の一番上の部屋の窓から見える()を見つめた。


(私は必ず”卒業パーティー”までは、死なないでみせる!君が私を玉座から引きずりおろすのを待っているからな!)


 男はドス黒く変色した城の中から、丘にいるだろう、もう1人の自分に、心の中でそう呼びかけた。




 二人の男は焦っていた。


 へディック国立学院の”卒業パーティー”は、本来なら3月に行われるものだったから……。でも焦る彼らを、神は見捨ててはいなかった。再び()()()()は訪れたのだ。その神の奇跡を引き寄せたのは……ヒィー男爵令嬢ではなく、イヴだということを、その時の彼らは知らないでいた。

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