元男爵令嬢のゲームリトライ(前編)
※この回、失禁表現があります。ご注意下さい。
リアージュは、どこかの施設から蹴り出された後、自分自身と施設の者の振る舞いに腹を立てて、その門前で2時間ほど罵詈雑言を叫んでいたら、町の治安を守っているという騎士団の者に口頭注意されて、次に同じ事をしたら留置所に放り込むと言われて、慌てて走って逃げ出した。町の地面は石畳で覆われていて、慣れない木靴を履いているリアージュは足を痛めて、建物の影に隠れて、そこに座り込んだ。
「ああっ!足、痛~!!何よ、これ!?何で私がこんな目にあわなきゃいけないのよ!私は何にもしてないのに、ひどすぎる!!」
リアージュは建物の影から表の町並みを見る。薄汚れた見慣れない町。歩く者達の生気の無い顔色。何かが腐ったような匂いがしている。ものすごく乙女ゲームらしくない、現実感たっぷりの風景に、リアージュは眉をひそめて呟いた。
「もしかしたら私……勘違いをしてた?ここは僕イベの世界じゃなくって、僕イベの世界に似ているだけの別の世界なのかもしれない……」
リアージュは勘違いをしていただけで、ここは僕イベの乙女ゲームの世界ではなかったのかもしれないと思い始めた。
(そうよ……。だって僕イベのヒロインなら5月に学院を退学なんてありえないもの!それに僕イベのヒロインの名前は”ピュア”だったわ!……全然、名前が違うじゃん!それに攻略対象者の4人だと思い込んでいた男達だって……画面越しに見たときと全然印象が違うし。二次元から実写化したキャラによくある……何か、これじゃない感、満載だったじゃん!
保健室のルナーベルだって……、名前は同じでもヒロインよりも美女だなんてどう考えても変よ!それに仮面の先生はいるのかいないのか、わかんないくらいに存在薄かったし。大体、あれ、ミグシリアスじゃなかったもの。校舎も寮も建物が全然違うしさ!
ああ、そうだよねー、そんな都合良く、乙女ゲームの世界なんて現実にあるわけないじゃん!そんなネット小説みたいな事、現実に起こる事なんてありえないじゃん!……あ~あ、何で私、僕イベのヒロインだなんて、思い込んだんだろう?)
リアージュはズリズリと建物の壁にもたれて座り込んだ。
(あ~あ、何で前世なんて思いだしたんだろう?何か前世を思いだしたら、今の世界が、すっごくつまんない世界に見えるんだよね……。だって前世の記憶にある生活の方が、ウンと楽ちんで楽しい生活だったわ!社交も仕事もしないで、一日中お菓子やお酒が飲み放題で、欲しいものは何でも親に買ってもらえて、一日中ゲームをしていても誰にも叱られない!
気に入らないヤツの悪口を家に居たままで、世界中に言いふらせることも、ボタン一つで女達に色んな嫌がらせをすることも出来て、思う存分楽しめていた前世の生活!最高だわ!私は今の世界よりも、前世の世界で生きたいわ!)
前世の便利な物や美味しい食べ物、楽しかったゲームなどを思い出すと、今世のリアージュの生活は一々面倒くさく、現実感たっぷりに思えて、今世のリアージュには、前世の方がよほど物語の世界のように思えた。今世のリアージュは首をゴキュゴキュと鳴らせながら、前世の自分を羨んだ。
(だって考えても見てよ!こっちの世界は平民は12才から、ずっと働くんだよ!?貴族は家の存続のために社交や領地経営やらで、土日もなく走り回っているんだよ!そんなのって、もうすっごく面倒臭いじゃん!)
リアージュは前世の自分と比べ、今世の貴族達の生活は何もかもが面倒だと考え、こうも思った。
(よく考えたら、貴族の妻って……すっごく面倒くさくない?そうよ、ここ9年ほど家に引きこもっていたから忘れていたけれど、確か……貴族の夫人や娘は朝から晩まで、あの苦しいコルセットをつけて、痛いハイヒールを履いて、馬鹿で不細工な貴族女性におべんちゃらを言って、愛想笑いなんてものをしていなくちゃいけなかったんだわ。そんなことをするなんて想像しただけで虫酸が走る!
それに夜会では一晩中、立ちっぱなしなのも辛すぎる。ただでさえ大変なのに、茶会や夜会に招く立場になるとそれらの辛さが何倍にもなるのよ!茶会や夜会に出す料理や、屋敷を飾る部屋のカーテンや花類、テーブルや椅子の数等を考えるのも、何十人、何百人の招待客への手紙を書くのも貴族子女の役割だと聞いたときは、本当に前世の世界の携帯電話やパソコンのない、この世界を恨んだものだわ!
それに馬鹿親父は言ってたわ。ウチは下位の貴族だから規模が少ないが、これが侯爵や公爵だと、もっと大規模で、その妻になると、もっと差配が大変だって……。差配するのが貴族の妻の仕事だっていうけど、あんな面倒なのは、もう本当にごめんだわ!)
リアージュは働きたくないのだ。辛いのも面倒なことも嫌だし、楽しいことだけして、楽をして、生きていたい。一生、美味しい物を食べて、一生チヤホヤされて甘やかされて、面白おかしく人生を生きていきたい。リアージュは5才までの頃の生活を、ずっとしていたかった。その生活こそ”お姫様”の生活だと思っていた。でも大人になったら、”お姫様”の生活が出来ないなら……。貴族の女性の仕事みたいな、面倒臭いことなんて絶対嫌だとリアージュは思った。
(そう考えたら、貴族を辞められて良かったじゃないの!面倒な社交や馬鹿な貴族達に会う必要がないって、最高じゃないの!う~ん、やっぱり、私ってついているわよね!これってやっぱり神様の祝福でも、もらっているんじゃないのかな!きっと、そうよ!)
「うふふふふふ!人生はこうでなくっちゃ!さぁ、時間も沢山あることだし、ゆっくりと考えよう!」
リアージュはウキウキとして、自分の勝ち組の人生計画を練ることにし、まず手近なところで手を打とうと早速、最初の計画を実行することにした。リアージュは、まず町を歩く者に騎士団詰め所の場所を尋ね、向かって行くとこう言った。
「ちょっと!!私の馬鹿親父が私の金を持って逃げたから、あんた達、捕まえてきてよ!あいつ、私のことを一生面倒見る責任があるのに逃げたのよ!保護者失格でしょ!捕まえて私の面倒を一生見るように言ってやってよ!!」
騎士団詰め所の門番達は眉をひそめて、リアージュを横道に放り出した。
「ここは酔っ払いが来る所じゃない!」
「仕事の邪魔になるから、どこかへ行け!」
「何よ、私は酔ってなんかいないわよ!私は、元ヒィー男爵令嬢よ!私の言うことが聞けないというなら、鞭打ってやるわよ!」
リアージュの物言いを聞いた門番達は顔を見合わせて、顔をしかめた。門番達はズボンの横にくくりつけていた鞭を外して、リアージュの足を狙ってビシィッ!ビシッ!と鞭をしならせた。
「ヒィッ!?」
門番の鞭はリアージュの足のすぐ傍の道を叩いた。リアージュは初めて鞭を自分に向けられたことに驚愕し、大きく転んだ後……失禁してしまった。たまたま騎士団前を通った通行人達が、この場に居合わせ、リアージュを嘲笑っていく。辺りにアンモニア臭が漂い、門番二人の失笑を見たリアージュは噛みつくように言った。
「何するのよ!か弱い女性に向かって、なんてことするのよ!私の名誉を傷つけたんだから、慰謝料を支払いなさいよ!」
「お前のどこが、か弱いんだよ?元貴族で今は平民の口の悪い女の名誉なんて、いくら傷ついたって、別に構わないだろう!」
「ッグ!と、とにかく、私の父親を探してよ!私の面倒を見させるんだから!」
リアージュの物言いが変わらないのに呆れたのか、一人の門番が詰め所の方に戻っていき、もう1人の門番がリアージュに尋ねた。
「お前の横暴な口ぶり、高慢な態度……。確かに元貴族らしいが、お前は一体何才なんだ?」
「16才よ!」
リアージュがそう言うと、門番は目を丸くした。
「お、お前……、16才の成人にもなって、まだ親のすねを囓る気なのか?本気なのか?俺達平民は12才から働いているというのに?」
「そうよ!親は私をこの世に生まれさせたんだから、私の世話を一生見る責任があって、私をすっごく幸せにする義務があるわ!親は私の下僕なのよ!」
リアージュが、そう叫んだと同時に、リアージュは頭の上から冷たいバケツの水をバッシャー!と思い切りよくかけられた。
「?!ウェ?つっめた!?何するのよ!?」
バケツで水をかけたのは、先ほど詰め所に戻ったと思った門番だった。どうやら2つのバケツに水を汲んできたらしい。バッシャー!!とまた門番は、リアージュの頭の上から水をかけた。
「あんまりにも臭いから、水をかけてやったんだよ。で、ついでにあんたの頭もちょっとは冷静になるかと思ったが……、無駄だったみたいだな」
バケツを取りに行った門番は、冷ややかな目つきでリアージュを睨めつけた。
「あんたは16才の大人なんだろ?もう子どもじゃないんだから、自分の食い扶持くらい自分で稼ぎなよ。こうしてみる限り、あんたはとっても丈夫な体を持っているじゃないか。自分の気に入らないことに声を上げることが出来る、強靱な心も持っているじゃないか。それだけ心身が丈夫なら、立派に世の中で一人で生きていけるんじゃないか?自分で汗を流して働いてみたら、どうだ?
それにな。確かに、この世にあんたが生まれたのは親のせいだが、だからといって、親が子の世話を一生見る責任なんてないんだよ。親がすることは、子どもが自分の足で自分の人生を歩けるようになるまで少しだけ手助けして、その巣立ちを見守ってやるだけさ。
子どもを幸せにするのは、子ども自身だ。親は子どもの下僕じゃないし、子どもも親の下僕じゃない。あんただって、誰かの下僕は嫌だろ?」
リアージュは当然よ!と頷いた。
「当たり前でしょ!私は”お姫様”よ!だから周りの人間は全て、私に傅くべきよ!」
リアージュの一向に反省していない様子に門番達はため息をついて、二人でそれぞれバケツを持って、騎士団詰め所の方へ戻ろうと歩いて行く。
「ちょっと、待ちなピシッ!ギャ!!」
リアージュの足元ギリギリで鞭が振り下ろされた。門番達の顔はとても恐ろしい顔つきになっている。
「これ以上、ここをうろついていたら本当に牢にぶち込むぞ!さっさと俺達の目の前から消えろ!!」
「大方、お前の親は、お前のその腐った性根に嫌気がさして逃げ出したんだろうさ!探しても見つかるまい。俺達だって数分しか経っていないのに、お前の傍にいるのが嫌で嫌でたまらない!さっさと、どこかへ立ち去ってくれ!次は本気で打つぞ!!」
リアージュは門番達の怒声に慌てて逃げ出した。
「ウギィィィィィッ!!悔しい悔しい!何であんなひどいことを言われないといけないのよ!私は当然のことを言っただけなのに!」
リアージュは気づいたら、先ほどの建物の影にまた入っていた。
「ったく、使えないわね!前世の世界の警察を少しは見習ったら、どうなの!」
(畜生……あの親父!私の世話を放棄して逃げだすなんて、ひどすぎる!本当に父親失格よ!前世だったら、児童虐待よ!あ~あ、前世の親達は私を養ってくれたのに!!ホンット使えない!!あの親父を探せないなら、次はどうしようかな……。私は自分で働くのは絶対に嫌だし……。よし、玉の輿に乗ろう!そうよ!結婚よ!)
「よし!お金持ちでイケメンで家事もしてくれて、何でも私の言うことを聞いてくれて、あっち方面もテクニシャンで、全てにおいて私を”お姫様”にしてくれる男を捕まえるわよ!」
全身ずぶ濡れのリアージュは次の目標が決まったので機嫌が良くなり、……つい、うっかり先ほどのやり取りのことを忘れてしまっていた。
「ねぇ!お金持ちで、イケメンな男がどこにいるか、私に教えなさいよ!」
リアージュが懲りずに、さっきの騎士団詰め所に行って、そう尋ねたので、門番達は怒りで米神に血管を浮き上がらせた。
「「……どうしても牢にぶち込まれたいようだな……」」
こうしてリアージュは平民生活の初日の夜を騎士団詰め所の牢屋で過ごすことになり……、暗殺者達から無事に逃げることに成功した。




