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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~5月
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※悪役志願~ヒィー男爵(後編)

 茶会の後、学院を出たヒィー男爵は馬車にも乗らず、当てもなく、さまよい歩いていて、気づいたら教会の前で頽れていた。茶会でのリアージュの行動により、ヒィー男爵家は全ての貴族達から信用を無くし非難され、疎まれ、実質、社交界を追い出されてしまったのだ。


(もう何もかもが、お終いだ……)


 この10年で豊かな収益が望めるはずの領地からは何も収益は望めず、流行病で彼の愛する内縁の妻は亡くなり、8人いた彼の愛する子も一人を残して、皆、亡くなってしまった。しかも唯一残った彼の愛する息子は、「あんな女と半分でも血が繋がっているなんて恐ろしすぎるし、皆に知られたら生活に支障が出るから、絶縁させてくれ!」と言って4月始めに、家を出て行ってしまった。


 ヒィー男爵は愛する家族を全て失ってしまったので、早く夫人の子に婿を見つけて、先代との約束である”ヒィー男爵家の跡継ぎ”を作ったら、愛する妻の後を追おうかと漠然と考えていたので、その約束を守ることが出来なくて申し訳がないと落ち込んでいた。


(神に一番近いとされる神子姫に、娘があんなことをしたから、私はずっと罰を受けているのだろうか?)


 ヒィー男爵は疲れ果て、今更謝罪しても、どうにもならないだろうけれど……と思いつつも、教会の扉を叩き、思わぬ者達と再会することになった。


「……まさか、旦那様が教会に来るなんて思いませんでした。一ヶ月ぶりでしょうかね……」


「お前は……、生きていたのか。あの時は本当にすまなかった。娘が嘘つきだと私は知っていたのに……」


 教会の扉を開けたのは、ヒィー男爵家に長年仕えていた執事をしていた老人だった。老人は、この教会で世話になっていると話し、ヒィー男爵を聖堂に迎え入れた。ヒィー男爵は娘の嘘を知っていたが、母親似の高慢な娘に対抗するのが面倒で、つい娘の言う通りにしてしまったのだと疲れた表情で、老人に謝罪をした。


 以前見たときよりも、随分くたびれて、やつれているヒィー男爵に、老人はあの時のメイド2人も教会で世話になっていると言い、自分達はあなた達の仕打ちにより、()()になることを決めたので、あなたの知らない()()()()()()()()()をあなたに教えましょうと語り出した。






 ヒィー男爵夫人が息を引き取る数日前に夫人は、娘を老執事に呼びに行かせて、二人が部屋に来ると、「これから伝えることは他人に他言してはなりません」と言った。これから話すことは、代々ヒィー男爵家の跡を継ぐ、直系の血筋の者しか知らされない()()()()()()なのだと夫人は荒い息を吐きながら、話し始めた。


「リアージュ、もう私は最期でしょうから、このヒィー男爵家の血を持つ、後継者であるあなたに真実を言わねばなりません。私達は爵位は低いけれど、畏れ多くも王家の遠縁にあたる血筋なのだと、あなたに教えたとき、あなたは自分が”お姫様”ではないことに腹を立てましたね?確かに爵位は低いけれど、それには理由があるのです。


 我がヒィー男爵家は代々、頂点に立つ王家とは違う視点、つまり民に近い下級貴族として、民に一番寄り添うことが出来て、民の心を知り、民の目線で国を見て、王の良き国政の手助けをする役目を負っているのです。これは始祖王が数々の苦難の末に、へディック国を建国した際の4兄弟の取り決めだと、我が男爵家を継ぐ直系の者だけに、口伝として伝えられている秘密なのです。


【王の資質を持つ三男は、始祖王に。

 王を頭脳で補助する才女の末妹は、シーノン公爵に。

 王の目となり真実を伝える長兄は、ヒィー男爵に。

 王の手足となり支えるために次兄は、名と心と姿を捨て、影の一族に。】


 ……ですが残念な事に前々王の時代から王は、その取り決めを忘れて俗物と化し、役目を全うしていた影の一族を消滅させてしまい、へディック国の全ての貴族の意識も変えてしまいました。貴族至上主義となり、民よりも貴族の社交に夢中になる俗物にしてしまったのです。


 王を補助していた今代のシーノン公爵は孤軍奮闘していましたが、沢山の不幸に遭い、2年前に消滅してしまいました。そして私も……どうしても私の血を引く後継者が欲しかった私は7人の子どもを産むために、民と寄り添うことを随分前に止めてしまいました。でも、やっとあなたが無事に産まれて、丈夫に育ってくれた。もうあなただけが、このへディック国を支える最後の希望となってしまいました。


 リアージュ。()()()()()()()()()()()()()()()です。女王の心で、あなたは民を一番に思いやり、民を守らねばならないのです。


 私達が王の心を忘れたとき、4兄弟の支えを失った、このへディック国は滅びる。……そう言い伝えられています。民は貴族の道具ではないのです。国を支えるのには民がなくては、立ち行かないのです。私達、貴族こそが国を、国民を守るための道具なのだと自覚しなさい。


 私達王位を持たぬ女王は道具として、すぐに動けるように、()()()下級貴族の立ち位置にいて、いざという時に民を救うことが出来るようにと始祖王から豊かな財を持てる領地を賜ったのです。だからリアージュ、女王の心で民を愛しなさい。回りにいる人に、思いやりと感謝の心を持ちなさい」





「奥様は涙ながらにそうおっしゃって、数日後に息を引き取られました。ですが当時7才のリアージュ様は息を引き取った奥様を見て、『若くて可愛い私を嫉妬して虐める、口うるさい女が、やっと亡くなって、せいせいした』と口元をゆるめ、ニタニタと笑われて……」


 老人は使用人の矜持として、女主人が命じたことは他言無用を貫くのが正しいことなのだが、自分はもう悪人なので、夫人が危篤の時も亡くなった時も、()()()()()()()()()()()()()に、秘密を教えることを躊躇しない……と言った。


「この国は、もう終わりの時を迎えているんでしょう。私はもう年ですし、国の最期をこの場所で見るつもりです。旦那様は、どうされますか?」


「……」


 ヒィー男爵は何も言わず、まるで死人のように顔色をなくし、フラフラと教会を出て行った。


(……何が女王の心で民を愛せ、だ!!何が回りにいる人に思いやりと感謝の心だ!夫人は王の血にこだわるばかりに、種馬の私を見下していたじゃないか!それに民への奉仕も……民を見下しているのが丸わかりで、領民達にも夫人は嫌われていたことを、本人は気づいていなかったのか?夫人こそ貴族至上主義者ならぬ王族至上主義者で、回りの貴族達や民達を内心、馬鹿にしていたくせに!あの母娘は自分の感情を()()()()()()すぎる!腹芸が出来なくて……思っていることが露骨に顔の表情や言葉に出ていることも気づかない粗忽さも本当にそっくりだ!


 短くない結婚生活で、夫人は一度でも私に、思いやりや感謝の言葉をかけたことはなかったじゃないか!婿の義務だと言って、無理矢理私を抱いたが、一度もヒィー男爵家の者として、()()として受け入れなかったじゃないか!自分が出来ていないことを、子に押しつけたって、その子が出来るわけないじゃないか!)


 その日の午後の3時ごろに王都の屋敷に戻ったヒィー男爵は、二通の手紙を受け取った。一通は学院との契約違反による賠償金の返済についての、仮面の弁護士からの手紙。もう一通は、家を飛び出した息子からの手紙。その手紙には、息子は隣国にいると書いてあった。そこで世界的に有名な、ある商会に就職して、商人として働いていることや、生活が落ち着いてきたので、彼もここに来て一緒に住まないかと書かれていた。ヒィー男爵は二通の手紙を読んで決意した。


(私は夫人に文句を沢山言われたが、これまでヒィー男爵代理として、私はヒィー男爵家のために心血を注いできたのだ。夫人が亡くなる前に、リアージュに伝えたことが本来のヒィー男爵の役割だと言うのなら……、”民のために尽くす王に仕えること”がヒィー男爵家の本分だと言うのなら……、あの男に味方することこそが、ヒィー男爵代理だった私の最後の仕事になるだろう)


 彼は、王の血を引いている()()の悪魔の力を削ぐために力を貸してくれる()の心を持つ者に助力を求めることにした。






 旅行鞄を持ち、歩く彼の心は凪いでいた。どうして、あの男と関わると、ヒィー男爵領が損害をこうむるのか……?その理由が、やっとわかったからだ。


 あの男は25、6年前に初めて、領地の歓楽街で見かけて以来……、風営法を盾に歓楽街で働かせている娼婦達の年齢や出身地を調べたり、不法就労がないかを調査してきたり、歓楽街で働く全ての者の待遇改善を訴えてきたりして、歓楽街での商売をやりにくくしてきたので、夫人は生前、彼をとても忌み嫌っていた。……何故なら夫人は民を守ると言いつつ、これは国を守るための必要悪だと言い訳しながら醜悪な環境で娼婦達を働かせて、暴利をむさぼっていたからだ。


 あの男は胡散臭い風貌に似合わず、正義感の固まりのような弁護士だったから、劣悪な環境にいる娼婦達に同情したのか、それ以来よく見かけるようになり、いつも心を壊した娼婦の傍にいた。娼婦が辻斬りにあってからも、あの男は領地に留まり、”魔性の者”である娼婦の子どもをここで育てていた。


 11年前、5才を過ぎて神様の子どもから夫人の子どもになった娘のために、病身の夫人が『娘に()()()()を案内してほしい』と彼に命じたことがあった。その時、馬車に乗り、通りかかった歓楽街で娘は馬車から見えた()()()()の少年の美貌に腹を立て、少年に鞭を打ちたいと馬車を止め、いきなり少年を鞭打とうとしたことがあったのだが……。


(あの時、少年をかばって、あの男は娘に鞭を打たれていた。……そうか!あの時に、あの男はリアージュが悪魔だと気づいたんだ!)


 だから正義感の強かった、あの男は民を守るために悪魔に対抗しようと決めたのだろうと、ヒィー男爵は思った。あの後、未成年の子どもを娼館で働かせていると王都から急に監査が入り、黒髪黒目の少年はいなかったが、税金を誤魔化していたのがばれたり、上客だったある上級貴族が、何かの寄生虫をここでもらったと騒ぎを起こして以来、あっという間に歓楽街は廃れていった。


 夫人が亡くなってからヒィー男爵領の隣の領地が土地の開拓をした際も、ヒィー男爵領の温泉が枯れてきたので、開拓中止を求めた裁判での相手側の弁護士もあの男だった。腕利きの弁護士だったあの男のせいで敗訴が決まり、ヒィー男爵領の温泉は枯れていった。少しずつ少しずつ、ヒィー男爵領を困窮させていったあの男は、平民ながら腕が良いと上下貴族を問わずに、()()()()()()()()()()()()……。


 王の心を持つ弁護士は、悪魔が聖女を狙っていることをどこかで知ったのだろう。だから平民の聖女を守るために、唯一平民を守れる場所で茶会が行われるように貴族達を……、学院長を……、自分を誘導し、名ばかりの王が作った法律を聖女を守る盾と剣にした。しかも王の心を持つ者は、悪魔から聖女を守るために、あんな恐ろしい飲み物を躊躇いなく飲み干し、悪魔の手先になっていることを、こうした形で自分に教えてくれたのだ。


(王の血縁である悪魔に背くのが”悪人”だと言うのなら、私は喜んで悪人になって、これ以上悪魔の手先になることがないように国を出て行こう。……それこそが”ヒィー男爵”としての正しき行動なのだから……)


 ヒィー男爵だった彼は、今までに無いくらい軽やかな気持ちで国を出ていき……二度とへディック国へ帰ることはなかった。

※ヒィー男爵夫人が老執事の前でリアージュにヒィー男爵家の隠された真実を語っているのは、夫人も老執事のことを”道具”……人とは思っていないからです。

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