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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~5月
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※悪役志願~ヒィー男爵(前編)

※2回に渡って、ヒィー男爵視点でのヒィー男爵家の真実の話を書いていきます。


 ヒィー男爵家はへディック国の始祖王の代から続く、由緒正しい男爵家だった。爵位は下から数えた方が早い下級貴族で、領土もそれほど広くはなかったが、ヒィー男爵家は始祖王の長兄が、初代ヒィー男爵家に婿入りしたことから、とても豊かな収益が得られる土地を始祖王から賜っていた。


 下級貴族とは思えないような豊かな財産を持ち、王家の遠縁とも言える由緒正しい家柄だが、爵位は低いヒィー男爵家は、貴族社会の中では、何とも微妙な立ち位置にいたので、へディック国が建国して以来、どう接すれば良いのかと対応に悩む貴族達から、ヒィー男爵家は敬遠され、代々のヒィー男爵家は貴族よりも、平民達と深く係わりを持つようになり、リアージュの祖父の時代までは、彼らは()()平民と共にあった。


 リアージュの祖父には子どもは一人しかいなくて、子どもが女の子だったので、彼は娘が生まれた直後から、手当たり次第に政略結婚の縁談を申し込んだのだが、どれも実を結ばなかった。


 貴族社会の中では、微妙な立ち位置にいるヒィー男爵家に進んで婿入りしようという者はいないし、しかも成長した彼の娘には、男を敬遠させるような、ある欠点があったため、代々のヒィー男爵家の者のような恋愛結婚も望みがないと悟ったヒィー男爵は、婿になる者に多額の持参金を用意するし、ある()()さえ叶えてくれれば、その後の生活の一切を保証し、内縁の妻を作ることも構わないと社交界で宣言した。


 リアージュの父親は貧乏な子爵家の三男として生を受けた。三男だったので、彼は小さな頃から成人したときは、家を出るようにと言われながら育った。なので彼は使用人達に爵位を持つ平民としての生き方を習っていた。学院には行かせてもらえなかったが、家庭教師から商売のイロハを真面目に習い、将来は、この国を出て隣国で商人として生きようと決めていた。そして子爵家に仕えている2つ年下の侍女と恋仲だったので、家を出るときに結婚し、一緒に隣国に行こうと話し合っていた。


 その夢が破れたのは、彼の成人を2ヶ月後に控えていた時だった。彼の両親が事業に失敗し、多額の借金を背負ってしまったのだ。金に困っていた彼の両親は、ヒィー男爵家の多額の持参金に目がくらんで、ヒィー男爵家の立ち位置の微妙さに目をつぶり、ヒィー男爵の一人娘……後のリアージュの母親と彼との政略結婚を了承してしまったのだ。


 彼は無理矢理ヒィー男爵令嬢と婚姻させられるのが我慢できないと結婚式の直前に侍女と駆け落ちしたが捕まってしまい、逃げるのに失敗してしまった。ヒィー男爵は駆け落ちしようとした彼を叱咤せずに、ある()()さえ叶えてくれれば、その後の生活の一切を面倒見るし、平民の侍女を内縁の妻に迎えても構わないと彼に頭を下げて頼み込んだ。


 老いたヒィー男爵に何度も頭を下げられた彼は、渋々ヒィー男爵令嬢と婚姻することを承諾したが、夫婦仲は最初から最後まで良くはならなかった。何故なら彼の正妻になったヒィー男爵夫人は女性でありながらも領地経営に詳しく、彼よりも頭が賢かったが、彼女にはある欠点があったからだ。彼女は夫の学力の低さを面と向かって、嘲笑することはないものの、内心の諦念の気持ちは如実に普段の言動に度々出てしまっていたので、彼は毎日、夫人に心を傷つけられて、辛い新婚生活を送ることになった。


 ……そう、これが多くの貴族男性が彼女を敬遠した理由だった。彼女は自分よりも学がないと判断した貴族の男を馬鹿にしている気持ちが、本人の自覚無しに表に漏れ出てしまう質で、無意識に嫌悪の表情を相手に向け、言葉の端々に『どうせ言っても、あなたにはわからないのでしょうけど』と言って、自分勝手な失望やら諦念の言葉を含ませた言葉をぶつけてくるので、彼女と話しをした男性は、少しも心が安らげないと、彼女から遠ざかったのだ。


 元々、愛のない政略結婚でも、お互いがお互いを労り、尊敬しあう関係を築けるように歩み寄りがあれば、政略結婚でも愛のある夫婦となれるが、夫人にはその歩み寄りは存在しなかった。夫人は婿となった彼の領地経営に口出しし、彼にダメ出しをし続け、必ず毎夜の夫婦の性の営みを強要した。


 まるで()()()()が、彼の()()であると言っているかのような夫人の言葉に、彼は心が疲弊したが、自分が愛する女性と結ばれる条件が、”()()ヒィー男爵家の後継者を作ること”だったので、萎え続ける心身を何とか奮い立たせて、彼は()()をし続けた。


 夫人が妊娠すると、彼はすぐに別宅に追いやられた。後継者を孕んだ途端にお払い箱か……と呆れたが、そういう政略結婚は貴族間ではよくあることも知っていたので、彼は早速、自分が本当に愛する女性を内縁の妻に迎えて、愛のある生活を送り始めた。……だが、しばらくして、また本宅に戻って子作りするようにと連絡が来た。夫人の最初の子は生まれる前に神様のお庭に旅立ってしまったとのことだった。


 その後は、夫人は子作りのためだけに全力を注ぐことを決意し、領地経営や社交を文句を言いながらも彼に任せ、夜はまた彼に子作りを強要するようになり……結局夫人とは6人もの子を設けたが、どの子も5才になるまでに神様の庭へと旅立ってしまった。


(夫人は学のない私を馬鹿にして、夫人が心から私を受け入れていないから、私の子種を夫人の体が拒絶してしまって育たないのではないのか?)


 彼は内縁の妻との子を8人設けたが皆、無事に神様の子ども時代を乗り越えていたので、そう思ったし夫人にもそう言って、内縁の妻の子を男爵家の養子に迎えるほうがよいのではと言った。子が出来ない場合、養子を迎えることは、貴族にはよくあることだったからだ。


 彼には子種があることは明白だったし、彼の内縁の妻は、無事に丈夫な8人の子を産んでいるのだから、夫人との子が育たないのは、明らかに夫人側に子どもが育たない原因があるのは確かなことだった。彼には落ち度がないのだし、夫人がヒィー男爵の跡継ぎが欲しいなら、養子縁組が最も好ましい方法だろうと彼は夫人に言った。


 だけど夫人は先代のヒィー男爵がそうだったように、彼女も()()()()()に拘っていた。()()自分の血筋でなければいけないのだと言い張った。彼は呆れかえったが婿入りした身だったので、それ以上は言えなかった。


 その日から夫人は目を血走らせて、彼にまた夫婦の営みを強要してきた。鬼気迫る怖い表情の痩せぎすで血色の悪い夫人に毎夜襲われる恐怖に、彼の心は悲鳴を上げた。そして何とか夫人が孕んだとわかった途端、彼は慌てて別宅へ逃げ戻り、彼の愛する妻の胸で、しばし泣いた。彼が恐怖に耐えたかいがあり、夫人が産んだ最後の子は、神様の子どもから無事に()()()()()()になった。それがリアージュだった。


 ヒィー男爵家に生まれたリアージュは、夫人そっくりに生まれてきた。母親譲りのピンクの髪に透き通った水色の瞳の赤子で、病気に強く、乳母によると乳もよく飲み、丈夫だというので、夫人は大喜びし、乳母と老執事に、娘の望む物は何だって与えてやってくれと()が言っているので、その通りにしてくれと命じているのを、彼は別宅で老執事の手紙でそれを知って、薄ら笑った。


(子どもが出来る度に私を追い出すくせに、何が私が言っている……だ!どこまでも私を小馬鹿にしてくる嫌な女だな……)


 夫人は丈夫な子を孕ませた彼に礼のつもりか、今回の子どもには、何回か会わせてくれた。彼は赤子を見て、これだけ可愛ければ、将来政略結婚も簡単に出来るだろうと思い、政略結婚が出来なくても夫人に性格が似なければ恋愛結婚も出来るだろうし、そうなれば彼は先代との約束である”ヒィー男爵家の跡継ぎを作る”約束が果たせるだろうと胸を撫で下ろした。そしてこれだけ可愛ければ、もしかしたら上級貴族との婚姻の打診も来るのではないだろうかとも思った。生まれたのは女の子だから、この子は夫人のように自分ではヒィー男爵を名乗れない。この子が婿を取らないで、どこかの貴族家に嫁入りしたいと言ったら、もしかしたら自分の内縁の妻との子をヒィー男爵家の後継者に出来るかもしれないと、彼の夢は大きく広がった。……だけど。


 リアージュは、()()()()()子どもに育った。食べ物もドレスも宝石も何でも好きなときに好きなだけ与えられ、最初は喜んでいた娘は、次に回りの使用人が持っている大事な物に目をつけた。誰かが大事にしている物が欲しいと口にし、使用人達から、それを取り上げると笑顔になり、涙を流す彼らの前で、それを壊したり破いたりして、彼らが絶望の表情に変わると、声を立てて笑う、傲慢な子どもに育っていった。夫人は復帰した社交界で、娘の良くない所は、全部()()()だと言いふらした。


 後日、彼は用事で本宅に向かった時に知ったのだが、どうやらリアージュは母親譲りの賢さがあり、小さい頃から自分の望んだことは何でも叶うことをよく理解していたらしかった。ただ彼女は周囲の人間の失敗や不幸が大好きで、せっかく生まれもってきた頭の賢さを、使用人達が失敗するように悪知恵を働かせるためだけに使い、それだけを楽しみにしている少女となっていた。


 しかも自分よりも可愛かったり、美しい者には敵愾心むき出しでいたため、彼がせっかく高い寄進を支払い、祝福を与えるという神子姫を招いたというのに駄々をこね、悪態をつき、メイドに用意させていた生ゴミを投げつけて、追い返してしまった。その後の彼の叱責に、娘は自分はメイドに騙されて、それをしただけだと嘘泣きして逃れ、無実なのに罪を背負わされたメイドに5才の子どもが自ら鞭を持ち、ニヤニヤ笑顔でメイドを叩きだした上に、娘は、そのメイドを辞めさせた。


「あんたが私よりも神子姫の方が可愛いって言ってたの、私は知ってたんだからね!可愛いのは私よ!本物がわからないメイドなんていらないのよ!」


 この醜悪な娘の様子に危機感を持ったヒィー男爵夫人は、乳母や使用人に娘の普段の様子を尋ね……悲鳴を上げて寝込んでしまったと、それを後日、伝え聞いた彼はこう思った。


(何とおぞましい子だろう……。愛情なんて、これっぽっちもない相手との子だから、愛を知らない子どもになってしまったんだろうか?それとも私が恐怖に震えながらも我慢して、夫人に嫌々、抱かれたときに出来た子だから、こんなにも人の嫌がることをする子になったのだろうか?)


 元より愛情なんて欠片も無かった政略結婚で夫人の望む、ヒィー男爵の直系の血を持つ、()()()()を産ませることが出来た時点で、彼の役目は終わりだと、夫人に直接言われていたので、その後も彼は、娘の教育について、夫人から相談されることは一切なかった。


 リアージュが7才のころ、夫人が危篤になったときも夫人が亡くなったことも、()()()()()()()()()は、娘のいる本宅には住まなかった。怠惰を好み、いつだって”お姫様”でいたいと豪語する娘が、自分よりも力のある者の侵入を拒み、男爵代理の者の本宅住まいを許さなかったからだ。


 正妻の危篤も、その死も知らされず、残された7才の娘にも、同居を望まれていないと知り、彼はどこまでもヒィー男爵家の家族とは認められないんだなと思い……、その事に怒りも失望もしない自分に気づいた。夫人や娘が彼を家族とは認めていないように、彼もまた、夫人や娘を家族とは思えなかったのだから、お互い様だと思ったからだ。彼の家族は愛する内縁の妻と8人の子ども達だけだった。彼は先代と契約書を交わしていたので、約束通り、それからは別宅で彼の本当の家族と暮らして、彼の愛する家族を守るために、ヒィー男爵代理として一所懸命に働いた。


 彼はヒィー男爵家の領地を守るため、領民を守るために奔走して、必死になってヒィー男爵代理の仕事を頑張りつつ、先代との約束のヒィー男爵家の後継者については……領民のためには夫人の子よりも、彼の内縁の妻との息子を後釜にした方が良いと思うようになっていった。彼は怠惰な夫人の子を成人まで、そのまま放置した後、上手く言いくるめて、男爵位を内縁の妻の息子に譲らせ、先代との約束通りに、ヒィー男爵家の後継者を作った後に、娘を修道院に入れようとも考え始めていた。


 しかし……彼の計画は、流行病と10年間の不況とカロン王のせいで、大きく狂うことになり、夫人の子が学院に入る年に、彼は今まで避けていたヒィー男爵令嬢である娘と、直接向き合うことになったのだ。

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