※”名前なき者達の復讐”最終章の始まり~4月5月②
”僕のイベリスをもう一度”の取り扱い説明書に書かれているキャラ紹介では、イヴリン・シーノン公爵令嬢は冷酷無比で高慢な父親、卑屈で我が儘な母親の性質を受け継ぎ、多くの使用人を顎で使う、高慢で卑屈で嫉妬深く我が儘な性格をしている……と書かれている。
攻略対象者4人を皆、攻略した後に解放されるイヴリンルートに進み、彼女との誤解が解けるとイヴリンの昔話が、本編にはなかった追加のスチルと共に語られ始め、イヴリンは幼少期に両親の離婚や、父親の突然死を経験したために、自分の周囲の人間が自分から離れていくことを恐れるようになって、自身の婚約者であるエイルノン王子に固執するようになった……と、イヴリンがヒロインを虐めた理由が明かされる。
またイヴリンルートを攻略後に解放されるミグシリアスルートに進み、彼との親密度が上がると、ミグシリアスの昔話が、本編にはなかった追加スチルと共に語られる中で、イヴリンとミグシリアスは義理の兄妹だと打ち明けられて、その兄妹間の幼き日の確執についても触れられる。義兄のミグシリアスに対して、イヴリンは彼の出自を嫌悪し、養子としてやってきた彼が自分の兄になるのが許せない気持ちから、ミグシリアスに威圧的に接し、彼の黒髪黒目の外見を貶め、仮面をつけるように命じられたのだと明かされる。……ちなみにイヴリンの誤解が解けた状態でミグシリアスとの親密度が上がると、ここでイヴリンが登場し、ヒロインの前でミグシリアスに謝罪するスチルが追加で出てきて、ヒロインが二人の仲を取り持つエピソードへと進む。
……一方、”僕のイベリスをもう一度”のヒロインのキャラ紹介では、ヒロインは明るく前向きで優しい性格の男爵家の令嬢で、小さい頃に亡くなった母のような立派な淑女になりたいと思っている……としか記載されていない。
本編の攻略対象者の4人や、隠しルートのミグシリアスを攻略して語られる昔話は、彼等の初めての出会いや初恋の話のみで、ヒロインの家族についてのスチルや昔話は一切、ゲームには登場してこない。その理由は至極簡単な理由だった。それはヒロインが、”あなた”……つまりヒロインはゲームをプレイするプレイヤーだったからだ。
というのも、乙女ゲームに出てくる各攻略対象者の女性の好みも、現実の男性のように皆同じではないし、一通りではない。勉強が得意な女性。ダンスが得意な女性。友情を大切にする女性。信仰心あふれる女性。礼儀作法を重んじる女性。正義感ある女性。回りの者を慈しむ女性。自分の美しさを磨く女性。……それら全てを兼ね備えた女性。プレイヤーである”あなた”が各攻略対象者を攻略するためには、各攻略対象者が好むタイプの女性にならなくてはいけないので、ヒロインの詳細な家族設定はプレーヤーにとってはどうでもよいものであったからだった。
金の神は最初、僕イベの逆ハーレムエンドを見たいと思っていた。だからお姫様に僕イベの”英雄”……ヒロインになってもらうつもりだった。でも、お姫様が”英雄”を引き受けてくれなかったので、再び異世界に足を運び、日本で英雄を探す内に金の神は、お姫様の嘘と僕イベに隠されていた”隠された物語”の存在を知った。その時まで金の神は、お姫様が僕イベの逆ハーレムエンドをクリアしたと信じていたので、それが嘘だったとわかったとき、とても強いショックを受けた。
神様なのに人間の嘘に気づけなかったと落ち込んだ金の神を癒やしたのは、僕イベの逆ハーレムではなく、”隠された物語”だった。恋人達の穏やかで幸せな物語に心が癒やされた金の神は、父神の世界で、その物語を現実に見たいと思い、隠された物語のモデルである、可愛い恋人達の魂を探した。
すると可愛い恋人達の少女の魂は、すでに金の神の次兄の銀の神によって、この世界に魂の召還転生され”英雄のご褒美”となっていた。銀の神の加護を得ている彼女は、銀の神の”英雄”の”魂の血縁”という絆をつけられていたために、英雄の遠縁の血筋で、さらに銀の神に似た姿で生まれてくるようにと運命が定められていたために、彼女は英雄の遠縁で、唯一銀髪の者であったシーノン公爵家に生まれることが銀の神により定められて、”僕イベの悪役令嬢”のイヴリンとして、この世界に生まれてきてしまっていた。
可愛い恋人達の少年の魂の方は、どの神にも召還されていなかったが、前世の神に少女との”魂の永遠の番”という絆を与えられていたために、少女が召還されたときに黄泉の世界から自力で一緒に、この世界にやってきて、少女とまた直ぐに出会うために”僕イベのミグシリアス”として、この世界に生まれてきていた。金の神は焦ったが、転生しても二人の性質も体質も前世と同じであることを確認し、安堵した。そして”隠された物語”の恋人達は元々シルエットだけで名前や生まれはわからなかったから、少女がイヴリンで、少年がミグシリアスでも不都合はないだろうと考え、彼女と彼女の恋人が転生した人間を金の神の見たい物語の”英雄”にして、二人だけを視るようになっていた。
金の神は自分が見たい物語が”僕のイベリスをもう一度”の中にある”隠された物語”に変わってしまったので、”僕のイベリスをもう一度”の逆ハーレムのことは、どうでもよくなってしまい、……そして、最初に僕イベを面白くしてもらおうと思って、この世界に転生させた”お姫様”のこともすっかり忘れてしまっていたので、彼女が誰に転生していたのかも興味がなかったのだ。
だから……”異世界人の魂”を待っていたヒロインの肉体が、いつまで待っても魂が来ないので、その世界で漂っていた”お姫様”の魂を取り込んでしまったことも金の神は知らなかったし、”お姫様”の嘘にショックを受け、落ち込んで怒りを感じた金の神の力の暴走が、この現実の世界の”お姫様”が生まれてくる前の時間に干渉を及ぼし、ヒロインの母親となる先代ヒィー男爵の娘の性質を、僕イベの悪役令嬢の両親であるシーノン公爵夫妻のモノと同等の性質にさせてしまったことも、金の神は知らなかったから、そのことにより……本来ヒロインであるはずのヒィー男爵令嬢の家庭事情が、悪役令嬢と同じような家庭環境となったことも知らなかった。
さらには”お姫様”が僕イベのヒロインとして、生を受けたのにも係わらず、とても歪んだ性格の子どもに……、前世の歪んだ魂の性質と体質を、そのまま引き継いだ子どもに成長していったことも、”お姫様”が僕イベの悪役令嬢よりも悪役令嬢らしい性格に育ってしまっていたことも、金の神は”お姫様”のことを忘れていたので知らなかった。
……その結果、”お姫様”が5才になって直ぐのころに、自分の領地にいたミグシリアスの美貌に腹を立て、鞭を打とうとしたり、5才のころにヒィー男爵が呼び寄せた神子姫エレンの美貌に腹を立て、生ゴミを投げつけて追い払ったり、祖父に連れられて修行に訪れたトリプソンの顔をからかって、彼の心を傷つけたり、父親の薬草採集についてきたベルベッサーの体型をからかって、彼の自尊心を粉々にして……ありとあらゆる僕イベの初恋フラグをへし折っていたことも知らなかった。
そんな乙女ゲームのヒロインらしからぬ要素ばかりで固められた状態ではあったものの、ヒィー男爵令嬢が入学式に欠席したことで”名前なき者達の復讐”の最終章がスタートし、彼女は”名前なきあなた”となったので、”名前なき者達の復讐”の主人公であるナィールを助けるモブとして活躍していたことも……やはり金の神は視ていないから知らなかった。
入学式後にヒィー男爵令嬢が《話す》という選択を選ぶと、学院でも社交の場でも、その話相手となる者は主人公の手助けとなるヒントを話すようになった。この場合の主人公はヒィー男爵令嬢ではなく、ナィールである。ナィールの敵の情報や、その他諸々の情報も、普段なら絶対言わないような国に係わる重要な秘密までも赤裸々に語り出し始めるのだ。しかもヒィー男爵令嬢と話している間、貴族達は秘密を話しているというのに、それを言っているという自覚が全くなく、傍にいる貴族達もそれに気づいて、口止めをしようともしないし、話が終わって数分経つと話していた内容も話していたことも忘れてしまっていた。
その光景はナィールや彼の仲間達の目には、すごく奇妙で、ものすごく異様なモノに見えた。ヒィー男爵令嬢は、貴族令嬢とは思えない粗暴さで相手を貶し、相手を馬鹿にし、怒らせるような発言ばかりするので、相手の貴族達は眉間に皺を寄せて、それに怒って口を開くのだが、その口がベラベラと語ることは、どれもこれもヒィー男爵令嬢を叱る言葉ではないのだから、その光景は異常としか思えない代物だった。
それなのに、本人も回りもそれに気づいていない。後からそれとなく、その時に話していたことを聞くと、彼らは男爵令嬢を叱っていた、諫めていた、窘めていたと言うのだ。それを言われたヒィー男爵令嬢の方はというと、怒る貴族達の話に、軽く首をかしげそうになるのを堪え、悔しそうに唇を噛む。多分……ヒィー男爵令嬢が首をかしげそうになる仕草から伺う限り、彼女は貴族達が話している言葉の内容がナィールの仲間達同様、正しく聞き取れているのではないかと察することが出来たが、言われている言葉の意味が彼女には、わからないのだろうことが窺えた。
この現象は4月のヒィー男爵令嬢の社交の場で毎日のように繰り広げられたので、ナィールの仲間である潜入者や協力者達は、慌てて彼女の後を尾行し、必死に彼女達の会話を盗み聞きして回った。これによりナィール達は、どの貴族が敵でどの貴族が味方なのかを判別することに成功したし、カロン王を取り巻く貴族達の正体を知ったし、カロン王の護衛集団の正体を知った。……そしてナィールは、ナィールの大切な女性の危機を知った。ナィール達はヒィー男爵令嬢の非凡な才能に深く感謝して、さらに警戒した。
そして5月、ヒィー男爵令嬢はナィールとナィールの仲間達にとても大きな貢献を2つもしてくれた。まず一つ目は敵の戦力の多くを、たった一人で奪ってくれたことだった。身分が低く、権力も無ければ、剣術に優れている訳でもない、非力な女性であるヒィー男爵令嬢が、たった一人で、カロン王の取り巻き貴族達やカロン王の護衛をしていた怪しい集団を、ほぼ一網打尽にしたのだ。
……と言っても彼女には、そんな気は毛頭なかったのだろう。ただ彼女がもたらせた食べ物や調理法が全て、ナィール達の敵には……毒に等しい物だっただけなのだ。この国の貴族達が体に悪い食べ物ばかりを好む傾向があり、体に悪い生活習慣で日々を過ごしていた……なんてことを貴族達もナィール達の敵もナィール達も知らなかったし、ヒィー男爵令嬢だって……知らなかったはずだ。きっとヒィー男爵令嬢は社交で貴族達の食の好みを知り、上級貴族達に気に入られようと考えただけなのだろう。
実際にヒィー男爵令嬢が考案したといって提供した食べ物は、多くの上下貴族達に気に入られたし、特に贅沢な物ばかり食べて肥え太っていた敵達には、非常に気に入られて……、5月の中旬には大多数の貴族達が病床に伏しそのまま神様の庭へと旅立っていった。平民や貧乏な下級貴族に死者は一人もいない。上級貴族でも民のために尽力している者にも死者はいない。怠惰で贅沢な生活を好み、民を虐げていた貴族達だけが上下の身分を問わず、皆……病に倒れていき、神様の庭へと旅立った。
それはつまり……一番、民を顧みず、一番、贅沢な生活を好んでいた、カロン王を取り巻いていた貴族達や護衛集団達が一番……被害が多いということであり、半数以上があっという間に神様の庭に駆け足で旅立ったということだった。
ヒィー男爵令嬢の二つ目の貢献はカロン王を取り巻く上級貴族達や護衛集団が、ずっと警戒して見張っていた、ナィール達の大事な仲間である、一人の女性を彼等の警戒対象から除外させてくれたことだった。
ナィール達の敵は、3年前から彼女を警戒し、学院に敵の仲間を送り込み、彼女をずっと見張っていた。そして、この5月からの敵の大量死も彼女の仕業だと敵は……、学院の保健室の先生であるルナーベルが、彼らの戦力を奪った主犯だと疑っていたのだ。




