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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~5月
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ルナーベルとヒィー男爵家の茶会⑥

 舞台の直ぐ近くでリアージュのしでかした愚かな行いを一部始終見ていたヒィー男爵は娘の所業に驚愕し、娘の言葉に恐怖し、そして……未だかつてないほどの怒りと失望を同時に感じ、今にも倒れてしまいそうなほど顔色を悪くさせ、グラリと体が傾いた。その時たまたまヒィー男爵の傍にいた騎士団長子息と大司教子息がとっさに体を支えなければ、ヒィー男爵はそのまま気を失っていただろう。


 ヒィー男爵は直ぐにでもリアージュを諫め、ルナーベルや招待客達に詫びねばならないと思い、助けてくれた彼らに頼んで舞台まで上がってきたが、事の重大さ故にヒィー男爵の顔色は真っ青になっていたし、体中も小刻みに震えていたので、学院長がヒィー男爵が落ち着くまでは自分が契約の説明をしようと貴族達への説明を買って出た。


「ヒィー男爵が学院の講堂を借りる際に私と交わした契約の中で、特に重要となる要点は4つ程ありました。


 ①契約を交わした時間内に講堂内で起きた全ての問題は、施設を借りたヒィー男爵()の問題とし、ヒィー男爵()が責任を持って、全ての問題に対処すること。②契約を交わした時間内に講堂内で起きた全ての問題は、施設を借りたヒィー男爵()の問題であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()。③この学院はカロン王が庇護する平民がいる。なので契約を交わした時間内に学院にいる、全ての平民の命の保証、その尊厳を損ねることのないようヒィー男爵()は配慮すること。また学院長とヒィー男爵家は協力し、茶会の招待客を平民クラスのいる校舎の階には立ち入りさせないこと。④今回ヒィー男爵()は社交のために、カロン王の庇護する学院の関係者である平民()に助力を請うた。よって茶会に出席する上下貴族達に契約を交わした時間内は、助力する学院の平民()を貴族と同等として丁重に扱うことを通達しておくこと。


 ……以上のことを違反した場合、ヒィー男爵家は学院に慰謝料と罰金を支払うことと私達は二人で話し合い、ここにいる仮面の弁護士の立ち会いの下で契約を締結しました。そうでしたよね、ヒィー男爵?」


 学院長にそう尋ねられたヒィー男爵は真っ青な顔色のまま、頭を何度も縦に振り、自分を支えてくれている生徒会の二人に礼を言った。その後、ヒィー男爵はよろめきながらも何とか自力で立ち、学院長との契約を結んだことを認める言葉を震える声で話し始めた。


「わ……私は確かに学院長と契約をしました。今回、娘が自ら茶会を開くと言い、誠に光栄なことに多くの上下貴族の皆様にお声をかけていただき茶会の参加を申し出ていただけて、……それはとても嬉しいことでしたが、我が屋敷では皆様を受け入れることが大変難しかったので、今回こちらの学院の講堂をお借りすることにしたのです。

 

 こっ、ここは、カロン王の作った学院は!ここにいる全ての学院生達や職員達は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですから、きちんと契約内容を学院長と話し合い、賃借契約を結びました。


 そして招待状には学院法のことも記載し、今回茶会の手伝いをしてくださるルナーベル先生や仮面の弁護士のことを、私達と同じ貴族と同等に丁重に接してもらえるようにと、皆様に()()もしていました。娘は招待状を手書きしていましたから、このことを知っていたはずなんです……。あっ、そう言えば、文章を書くのが面倒だと最初の一枚を書いた後は宛名書きしかせず、それも字が汚かったから結局、私が全部を書き直すことになりましたが……。で、でも!!今日の受付で、急遽休息所の担当をしてくれることになった若先生への配慮を、私が皆様にお願いしている横には娘もいましたから、リアージュもそれを何度も聞いていたはずなんです。


 以前に寮監の子どもに危害を加えたときにも、学院法のことは学院長や私から娘には何度も説明していましたし、今日の茶会の賃借契約のこともカロン王の命令のことも今朝、私は馬車の中で娘に念入りに伝えていましたから、娘は全てのことを聞いて知っているはずなんです!それに……もしも知っていなかったとしても成人した大人が……いや誰であろうとも、公の場で大勢の人達の前で一人の人を辱め、陥れ、嘲笑う等と酷いことをしていいはずがないんだ!!


 貴族の社交は遊びではなく、大事な仕事なのだと再三言っていたのに、こんなにも社会人としての自覚がないなんて信じられないし、信じたくはなかった……。ああ、何ということをしでかしてくれたんだ……。ここまで愚かだったなんて……ここまで恐ろしい考え方をする娘に育っていたなんて……。ルナーベル先生……恩義ある先生に仇を返すような愚かな振る舞いを娘がしでかしてしまい、本当に申し訳ありませんでした!……皆様も本当に、本当に申し訳ありませんでした!!」


 話しを続けている間に段々とヒィー男爵の唇は紫色になり、全身の震えは大きなものになり、話し終わるとヒィー男爵は気力を無くしてしまったのか、その場にヘナヘナとへたり込み、ガックリと項垂れたまま、動かなくなってしまった。






「……何よ!私は命令違反も契約違反もしていないわよ!」


 ヒィー男爵令嬢は皆の視線が耐えられなくなったのか、こんなことを言い出した。


「さっきのは言葉の綾よ!あんなこと本当に思ってるわけないじゃない!!あっ、あれは!()()よ!余興なのよ!そう言った方が盛り上がるかなぁ~と思って、言ってみただけよ!誰があんな()()()()()()()を、あんなの本当にするなんて、それこそ()()でしょ!私そんなこと()()()()()()()()()()()()!あれは演出よ!」


 講堂内にいる者達は皆、ヒィー男爵令嬢の言葉を聞いても、あんなに醜い笑い声を聞いた後では、誰もそれを信じようとはしなかった。言い逃れをしようとしているのが見え見えのヒィー男爵令嬢の顔は化粧崩れがひどかったのも相まって、人々はまるで、悪魔が化けの皮を剥がれて、必死にそれを誤魔化そうとしているようだと冷ややかに囁きあった。人々はもう、元は可愛い顔立ちであるはずのヒィー男爵令嬢を同じ人として見ることが出来ないくらいに驚き恐怖し……嫌悪しはじめていた。それを彼らの冷たい視線で察したのか、ヒィー男爵令嬢は見苦しくも何とかしようと考え、辺りを見渡し……、ニチャァ~と顔を崩し、口元を歪めて笑顔となった。


「そこに置いてある舞台下の飲み物を飲んでみればわかるわ!絶対ゲップなんてしないわよ!」


 ヒィー男爵令嬢は、やけに自信満々にそう言い切り、舞台左下にヨタヨタと下りていき、大きな布の覆いを取り外した。


「そうよ!私はルナーベルを嘲笑ってやろうなんて、少しも考えてはなかったわ!それを今から証明してやるわ!」


 そこには舞台の上に置かれていたピンク色の液体が入っていた瓶と同じような液体が入った瓶が並び、横にはワイングラスが沢山置かれていた。


「これを飲んでみればわかるわよ!さっきの飲み物は……そうよ、()()()()()()炭酸を強くしたのよ!ウフフ、そうよ!舞台に置かれていた飲み物()()が細工されていたのよ!


 さぁ、ここにあるのを飲んでみればいいわ!ここのは私が指示して領民に作らせたソーダだけよ!私は皆がゲップをしないように加減して作らせたもの!ゲップが出なければ、カロン王の命令違反にはならないんでしょ!だから私は違反はしていないのよ!絶対、ここにあるものを飲んでもゲップはしないんだから!!


 フフフ、皆ゲップが怖いから、誰も飲もうとしないのね……アハハハハハハ!!ああっ!おっかしぃ!いいわ、私が飲んでみせるから!!私がゲップをしなかったら、舞台にあった飲み物に故意に炭酸を強くした犯人を捜しましょう!ウフフ、私、犯人に目星はつけているの!証拠だってあ……イデッ!?」


 そう言いながらヒィー男爵令嬢は瓶に手を伸ばそうとして、誰かに後ろから押されて尻餅をついた。


「痛っ!?何よ、もう!」


 ヒィー男爵令嬢を押しのけてやってきたのは、さっき会場からルナーベルに声援を送っていた何人かの男性達と数人の女性達で、茶会前に休息所の設置を手伝ってくれた卒院生達だった。彼らは皆が皆、舞台下に置かれた、あの新作の飲み物を手にし始めた。ルナーベルはそれを見て、慌てて声を張り上げて止めようとした。


「皆様、待って下さい!もしも皆様までゲップなんてしたら、貴族の沽券に関わる一大事になりますよ!ゲップが出ないかを確かめるのなら平民の私が飲みますから、皆様は考え直して下さい!!私はもう大人です!”社交界の鳴き腹”と言われても今では何とも思いませんし、ゲップだって人間の生理現象なのだから仕方ないと割り切り、ここにいる全ての人達にも謝ることができますわ!ですから皆様が飲む必要はないんです!若いあなた達の心は、繊細で傷つきやすいんです!あなた達が傷つく所なんて私は見たくはありません!だから止めて下さい!!」


 そう言いながらルナーベルは、彼らの元に走り出した。彼らはそんなルナーベルに笑顔を向けると、首を横に振った。


「嫌ですよ!だって僕らのルナーベル先生を陥れようとした人間が言い逃がれようとしているんですよ!僕達の学院時代の憧れの先生……母や姉以上に優しいルナーベル先生を嘲笑おうなんて、僕達は絶対許せない!誰かが証明をしないといけないなら僕達がします!」


「こんな恐ろしい飲み物を考えつくような、ずる賢い女なんですよ!きっと彼女は、これを飲んでもゲップをしない対策を講じているはず!だから第三者が飲む必要があるんです!この女がルナーベル先生を嘲笑おうとした証明が必要なんです。なら僕らが証明してみせる!だから止めないでください!」


「大丈夫ですよ、ルナーベル先生!貴族の対面や沽券なんかよりも大事なモノがあるって僕らに教えてくれたのはあなたです!それに男なら、どんな泥をかぶっても大事な人を守るべきだって、今、仮面の先生が身を持って僕らに教えてくれた!だからこんなことで、僕達は潰れたりしません!」


 ルナーベルは涙がこみ上げてくるのを堪えることなく、舞台から下りながら瓶を手にする女性達に声をかけた。


「あなた達も考え直して下さい!淑女がゲップなんて!と蔑まれてしまいますよ!女性の方がこういう場合、より傷つく事なんですよ!私ならば平気です!私がゲップをしても、神様も()も私を笑い者にはしませんから、他の誰かに嘲笑われたって私は少しも気にしません!!ですがあなた達は、せっかく結婚されたのに旦那様達に離縁を言い出されたら、どうするのですか!大事な方なんでしょう?政略結婚ではなく心から大好きな人と結ばれたのに、私のせいで失わせるわけにはいきません!だから止めて下さい!!」


 ルナーベルの必死な様子に彼女達は顔を見合わせ、クスッと笑い合う。彼女達は目を潤ませながらも彼らと同じように首を横に振った。


「フフフッ!ルナーベル先生ったら、いつもそうやって私達の心配ばっかり!昔と同じね!……何だか学院にいたころに戻ったみたい!売れ残りとして学院に入ったときは人生が終わったと思ったけれど、ルナーベル先生と知り合えたのだもの!私ね、ルナーベル先生!売れ残っていて良かったって、今は思うんです!」


「私も!ルナーベル先生を本当の母や姉以上にお慕いしています!先生を守るためならば、私達女性だって、男性達に負けない位、強くなれるんです!それに彼女は、ここに置いてある飲み物を女性が飲むとゲップが出るように作ったのかも知れない。だって先ほど彼女は自分を馬鹿にした女性は許さないと言っていました。……彼ら男性が飲んでも症状が出ないこともあるかもしれない。それならルナーベル先生と同じ女性が飲む必要があると私達は考えたのです!なら、その証明が必要でしょう?」


「先生、大丈夫ですよ!だって、先生に励まされて見守られて出来た結婚は恋愛結婚なんですよ!こんなことで潰れるような脆い絆ではありませんもの!それに”()()()()!”なんでしょう、ルナーベル先生?だからこのまま傍で見守っていてくださいませ!!」

※リアージュはルナーベルの飲むモノだけを自作し、皆に配る分には炭酸を控えるように指示しているので余裕の表情です。

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