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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~5月
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ルナーベルとヒィー男爵家の茶会④

 ルナーベルや茶会に出ていた貴族達がヒィー男爵令嬢は夜会帰りと思った原因は、彼女が着ていたプリンセスラインのドレスのせいだった。通常、へディック国の貴族女性が日中に着るドレスの多くは、昼間の社交である茶会に出かけることを考慮して、それに相応しいドレス……例えばエンパイアラインドレスやスレンダーラインドレスといった、スカート部分に膨らみのないドレスを着るのが主流だった。何故なら夜会とは違い、茶会は行われる部屋が狭かったり、テーブルも小さいため、嵩張るドレスでは他の貴族の邪魔になってしまうので、貴族女性の間では膨らみのないドレスを選ぶことが常識だったからだ。


 なのでルナーベルもヒィー男爵令嬢が膨らみのあるプリンセスラインのドレスを着ているのは、彼女が夜会に出たまま、家に戻らず着替えもせずに、会場に来たからだと思い込み、他の女性の出席者達も皆、ヒィー男爵令嬢の姿を見て、夜会帰りだと思い、着替えもせずに客を出迎えるなんてと眉をひそめた。男性達は女性のドレス事情に疎いため、これらの事情には気づきにくいが、中には夜会でしか見かけない()()()のドレス姿のヒィー男爵令嬢に、しきりに首をかしげる者も何人かいた。


(((自ら主催する茶会で接待をすることがわかっているのに、前日まで夜会で酒を飲んで徹夜をしていたなんて……。なんて社会人としての責任感がない女性でしょう。こんなに常識がないなんて、今後ヒィー男爵家とは仕事の付き合いは止めておいた方がよさそうね。もしかして、まだ酔いが残っているのではなくて?あんな千鳥足で歩いているなんて、社会人としてみっともないわ……)))


 ヒィー男爵令嬢の可愛らしかった顔はパンパンに腫れて、目は血走っていて、香水でも誤魔化しがきかない位に口臭もひどく、皆、ヒィー男爵令嬢が傍に来ると、その臭さに鼻を押さえた。いつ化粧をしたのかわからないが、ヒィー男爵令嬢の顔には油が浮いていて、なのに頬の部分の白粉はひび割れの筋が何本もついていて化粧崩れもひどく、おまけに足取りが千鳥足だったのも、そう思わせる要因だった。


 貴族男性達はドレスの形には詳しくなくとも、宝石や美術品には貴族教育で審美眼が養われていたため、ヒィー男爵令嬢の首元を飾っているルビーのネックレスを見て鼻で笑った。


(((悪趣味な模造品のルビーだな……。明らかにガラス玉とわかる物を、今日の主役である者が身につけているなんて見苦しい。ヒィー男爵令嬢は性格だけではなく、趣味も悪いのか……?いや、こんなに嬉しげにネックレスを見せびらかして歩いているところを見ると本物だと思っているのか、この令嬢は……)))


 ヒィー男爵令嬢の首を飾る、重そうなルビーのネックレスは誰が見ても、一目で偽物とわかるネックレスだった。しかも華奢な男爵令嬢の首には全く似合っていなかった。真っ赤なハイヒールは、とても大人びていて、可愛い印象の男爵令嬢には似合わなかったし、元々男爵令嬢の歩き方はハイヒールに慣れていない者のようなヨロヨロした歩き方だったのだが、今日は特に足下が覚束ない歩き方で、千鳥足なのも貴族達に良い印象を与える歩き方ではなかった。


(((ヒィー男爵令嬢は普段の社交でもヨタヨタと歩くのに、あんなにフラフラと千鳥足で歩いているなんて、よっぽど夜会で酒を飲んできたんだな。本当に責任感のない男爵令嬢だな。あんなにフラフラしていて新作発表なんて出来るのだろうか?)))


 非常識なドレスを着て、模造品のネックレスをつけて、化粧崩れを起こした顔でヨロヨロと歩み寄って来て、ルナーベルにニタリと笑顔を向ける口臭のひどいヒィー男爵令嬢の姿は、とても異様で人々は顔を引きつらせ、何やらヒソヒソと囁き合って軽蔑の表情を浮かべていたが、ルナーベルは彼女を気の毒に思っていた。


(きっとリアージュさんはお父様の気持ちを汲んで、お見合いの夜会を遅い時間まで頑張っていたんだわ……。よいご縁が結べているといいのだけど……。今日の茶会もリアージュさんなりに自分の身なりのことよりも、茶会に来る方々のために色々尽くそうと考えて動き回っていて、お化粧を直す時間も取れなかったのかもしれないわ……)


 ルナーベルはお化粧を直した方がいいと言おうとして、ヒィー男爵令嬢に近寄っていった。ヒィー男爵令嬢は近づくルナーベルを無視してズカズカと休息所に入ってきて、鼻をスンスンと鳴らし、匂いを嗅いで言った。


「ああ!ベッドがあるじゃないの!何よ、()()()()空気が綺麗ってどういうことよ!?ああ……眠い。ちょっとだけ寝ようかしら……」


 ヒィー男爵令嬢はフラフラとベッドに近寄り、先に休んでいる者を押しのけ、ベッドで寝ようとした。それを見た生徒会の4人は慌てて、ヒィー男爵令嬢を押しとどめた。


「君は今から新作発表なんだろう!こんなところで寝ていてどうする!こら、寝るな!」


「ヒィー男爵から急かされていただろうが!客が大勢待っているんだ!早く舞台に行かなきゃいけないのだから、しっかり起きろ!」


「でへへへへ~、皆ぁ、そんなに私とキスをしたいの~?仕方ないなぁ、皆ぁ、平等にしてあげるからぁ、順番にぃ、並んでねぇ~!うへへへ~、じゃ、いっくよ~、ちゅう!」


「うわ!口、臭っ!?臭すぎるから、口を近づけてくるな!お前はただでさえ臭いのに余計気持ち悪くなる!」


「だ、誰か助けて!うわっ!嫌だ!止めろ!しなだれかかってくるな!助けて、ルナーベル先生!若先生!!」


 ルナーベルは慌てて若先生と一緒に、助けを求める王子に乗りかかっているヒィー男爵令嬢を引きはがした。


「あ、ありがとうございます!僕、ホントに怖かったです!!」


「もう!せっかくのぉいちゃラブがぁ!もう、もう!皆ぁ、恥ずかしがり屋さんなんだから~!」


「……もう、この令嬢の相手するの本当に嫌だ。神様……、どうか私をお救い下さい!」


「おい!現実逃避するな!お前もこっちに来て、この女を引っ張っていくのを手伝え!おい、ヒィー男爵令嬢!しっかりしろ!お前は今日の茶会の主役だろうが!新作発表を今からするんだろうが!!」


「う゛ぁ?これから発表?……そう、発表!ああ、もう眠いのに今から発表なんて、マジついてない!」


 生徒会の4人は、目が据わっているヒィー男爵令嬢を力尽くで休息所から出すことに成功した。ルナーベルは彼らの後を追って休息所から出た。これから新作発表なら、せめてミントティーでヒィー男爵令嬢の口臭だけでも何とかしてあげようと思って声かけをしたのだが、男爵令嬢はミントティーを断り、そんなことよりも私についてきて……と最近酒焼けしてきた声で言ってきた。


「ああ、そうだった!私の新作を一番初めて口にするのはルナーベルに決めてたんだ!だから早く一緒に舞台に来て!」


 千鳥足のヒィー男爵令嬢は頭を左右に揺らしながら歩いていたので、生徒会の4人は嫌そうな表情のまま、お守り役として仕方なく彼女の体を各自で支え、うっとうしそうな顔を隠しもしないで、そのまま舞台へとヒィー男爵令嬢を連れて行った。色とりどりの茶会用のドレスがひしめく中、完全に場違いな夜会ドレスのヒィー男爵令嬢を見て、招待客達は冷ややかな目つきになっていった。


 ルナーベルは先ほどのヒィー男爵令嬢の言葉から、この茶会の一番の見せ場である新作発表で、ヒィー男爵令嬢はルナーベルに何かを手伝ってもらいたいと考えているのだろうと思い、休息所で休んでいる貴族達や若先生や休息所を手伝ってくれる使用人達に一言、しばらくの不在を詫びてからヒィー男爵令嬢達の後ろについていき、講堂の一番目立つ舞台上にヒィー男爵令嬢とともに上がることにした。






 大勢の上下貴族達の視線が二人に注がれた。ヒィー男爵令嬢は得意そうに笑み、一人で舞台中央に進み、生徒会の4人は舞台の右下へと下りていった。ルナーベルは舞台の上で、内心の恐怖をグッとこらえた。ルナーベルは侯爵令嬢だったときに茶会で男の子達に笑われたことがあり、それ以来社交が苦手で、人前に出るのもあまり得意ではなかった。恐怖に駆られた顔は強ばっていき、手足は震え、今すぐ舞台下へと行き、どこかに隠れてしまいたいと思ったが、それは出来ないとルナーベルは懸命に堪えていた。


(こ、怖いわ、アンジュリーナ!沢山の貴族達がこっちを見ている……で、でも、私は……。わ、私は”保健室の先生”なんだもの!学院生のリアージュさんが”保健室の先生”の私を頼っているんですもの!怖くたって足が震えたって我慢しなきゃ!が、頑張りましょう!さっきだって何とかなりましたもの!『当たって砕けろ!女は根性!』……でしたわよね、アンジュリーナ!ああ、でも怖いわ……)


 舞台の下では上下貴族達がルナーベルの姿を見て「あの美しい修道女は誰だ?」、「何と美しい修道女だ!」、「え?あれは”社交界の紅薔薇”のアンジュリーナ様か?いや違う、あれはルナーベル()だ!」、「何と!?何ていうことだ!お若いままではないか?」と口々に驚き、賞賛の声を上げていたが、緊張しているルナーベルはそのことに、全く()()()()()()()()()


 そしてルナーベルの横にいる、今日の茶会の主役であるはずのヒィー男爵令嬢に視線を移した彼らは、彼女の異様な出で立ちを見て「何だ、あれは?夜会帰りか?」、「何と恥知らずな!」、「え?あれで16才?まるで老婆のような歩き方ではないか?」、「人前に出るのだから化粧くらい直してくるべきだろう!」、「あら?模造品のネックレス……趣味悪!」と別の意味の驚きと侮蔑の声を上げていたが、緊張しているルナーベルも、一昨日から今日の早朝3時まで一人飲み会をしていたため、アルコールがかなり残っていたヒィー男爵令嬢も、その声に()()()()()()()()()


 ルナーベルは緊張していたが、ふと舞台のすぐ近くの左端に視線を移した。そこから()()()()()()()()……と思ったからだった。ルナーベルがそこに視線をやると、そこには茶会前に再会した学院の卒院生達がいて、ルナーベルが自分達に気づいたとわかった彼らはルナーベルに笑顔を見せて、手を思いっきり振って応援の声を掛けた。


「「「ルナーベル先生-、頑張って-!!」」」


「「「ルナーベル先生、僕達がついてるぞー!」」」


 ルナーベルは彼らの声援を聞いて、ハッとした。


(彼らが見ている!そうよ、私は”保健室の先生”なのよ!院生達の前では、()()()()()()()()()、しゃんとしてなくちゃ!)


 と今度こそ気合いが入り、舞台下の人々の目が気にならなくなったルナーベルは、ヒィー男爵令嬢に促されるままに舞台中央へと足を進めていった。舞台中央には白いテーブルクロスがかけられた小さな丸いテーブルが一つあり、その上には深紅の布の覆いがかけられた何かがあったが、ヒィー男爵令嬢が自ら覆いを手にし、それを取った。


 布に隠されていたのは飲み物だった。綺麗な透明感のあるピンク色の液体が入ったガラス瓶がコルクで栓をされて、封印までつけられていた。隣には栓抜きとそれを注ぐためのワイングラスが用意されていた。ヒィー男爵令嬢が自ら封印を破り、彼女自らワイングラスに、その飲み物を注いでいった。注がれたワイングラスの液体には、いくつもの空気の泡があって、近づくとシュワシュワと音が鳴っていた。


「まぁ、まるでお喋りをしているような音がしてます。こんな音が鳴る飲み物を私は今まで見たことがありませんわ!見ているだけでも楽しい飲み物ですわね。それに色もリアージュさんの髪の色のように綺麗なピンク色で、とても可愛いですわ!リアージュさん、これは何なのですか?」


 ルナーベルの言葉に舞台下の貴族達も、その通りだと口々に言った。ヒィー男爵令嬢はフフンと自慢げに笑って言った。


「これはお酒でもなく紅茶でもない、新しい飲み物ですわ!我が領地の温泉水と我が領地で取れた苺のシロップで作った、苺ソーダ、いえ、”リアージュソーダ”です!どうぞ!ルナーベル先生!()()()()()()()()()を込めて、私の新作を()()()()()()お召し上がり下さい!」

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