ルナーベルとヒィー男爵家の茶会②
※この回では、裏でリアージュが自作自演のハプニングイベントのために動いています。
ルナーベルは休息所の用具を運んでくれた使用人達に礼を言い、一緒に休息所を設置してもらえたことへの感謝を述べた後、彼らに茶会の準備に戻るようにと促した。その後ルナーベルは修道服の袖を捲り上げ始めたので、使用人達があなたは今から一人で何をするのですかと尋ねた。ルナーベルは、この後学院に戻って、休息所に来る者達のための冷水とミントティーの用意をすると答えて、彼らに断りを入れてから、講堂を出ようとした。
するとルナーベルの手伝いをした使用人達は、とても丁寧にお礼を言ってくれた修道女に好感を持ち、あなたが帰ってくるまでに休息所内だけはもう一度綺麗に清掃しておきますと申し出てくれたので、ルナーベルは嬉しくてさらに礼を言い、彼らに休息所を任せて講堂を出て行った。
「「わぁ、ルナーベル先生だー!おはようございます、ルナーベル先生!お久しぶりですね!お元気でしたか?僕らは今日の茶会が終わったら、先生に会いに保健室に行こうって、話してたところだったんですよ!なんて良い偶然だろう!茶会前に会えるなんて、すごく嬉しいです!」」
「「本当だわ!ルナーベル先生がいらっしゃる!わ~、ルナーベル先生、お久しぶりです!すごく会いたかったです!今日、私達は皆夫と一緒に来ましたのよ!茶会が学院で行われると聞き、茶会が終わったら保健室に寄ろうと思っていましたの!私達は皆、ルナーベル先生に是非お礼を言いたくて!!ああっ!会えてとっても嬉しいですわ!先生が励ましてくれたから、私達は結婚を諦めることなく、今の夫達と恋愛結婚が出来ましたのよ!」」
「「ルナーベル先生!先生も茶会に出るんですか?僕達は今、ルナーベル先生のクッキーの話をしていたところだったんですよ。先生のクッキーは僕達が今まで食べた、どの茶菓子よりも美味しかったなぁってね!」」
「「だって学院生達のために……とわざわざ毎日手作りで作ってくれるのはルナーベル先生だけでしたもの。あんまり甘くないけれど暖かくって、素朴でルナーベル先生のお人柄が伝わってくるような優しさがあった!……それにあれを食べていると、何故か連日の社交でも体調を崩したりしないし、私達のお肌の調子もすこぶる良かったのですもの。私達、女子の間では恋を運んでくる魔法のクッキーと呼ばれていましたのよ!」」
「「僕ら、男子達の間でだって、あれは魔法のクッキーでしたよ!あれを食べている間、不思議と体の不調が起きなかったもの。だから茶会が終わったら、ルナーベル先生のクッキーの作り方を教わってこようと、皆で話していたところなんですよ!」」
講堂を出た途端、ルナーベルは学院の卒院生達に囲まれてしまった。彼らはルナーベルが学院に来た最初の年に最高学年だった学院生達や結婚するために退学した女子学院生達で、茶会が始まる前に集まろうと約束し合って、ここに早めに来ていたのだと言った。ルナーベルは久しぶりに元気な彼らに会えて嬉しく思ったが、今はゆっくり話をしている場合ではないと、彼らに詫びの言葉を言った。
「皆様、お元気そうで何よりですわ!私も皆様に会えて、とても嬉しいです。ああっ!ですが、すみません!ゆっくりとお話を聞かせてもらいたい所なんですが、今は休息所を……」
ルナーベルは今の状況を簡単に説明したところ卒院生達は、やれやれ、またですかと首をすくめた。
「相変わらずのお人好しですね、ルナーベル先生。僕らはあの令嬢を夜会で見かけましたが、どうも彼女とは仲良くなれそうにありません。いつ見ても社交を放り出して、ずっと酒を飲み続けているんですよ。礼儀もなっていないし、言葉使いも悪いし、人を見下す物言いしかしない。あんな令嬢の頼みを聞くなんて、お人好しにも程がありますよ、ルナーベル先生は。……まぁ、ルナーベル先生は赴任してきたときから学院のどんな院生達にも等しく、お優しい人でしたけど」
「ルナーベル先生は本当にお優しくて、私達の母、いえ姉のように、いつも暖かく私達を包み込むように励まし、慰め、癒やして下さっていましたものね。そうだ!まだ茶会は始まる時間ではありませんし、私で良かったら、お手伝いさせて下さいませ」
「「僕達も、お手伝いします!!」」
「まぁ、皆様!ありがとうございます!皆様こそ、学院に来たばかりの頃の右も左もわからない世間知らずな私を、親切に励ましてくれたことを私は忘れてはいませんわ!あの時はありがとうございました。申し訳ありませんが、皆様の申し出にありがたく甘えさせていただきますわ!どうぞよろしくお願いします!」
ルナーベルは卒院生達と手分けをして、学院と各寮の食堂で冷水やミントティーを作ってもらえるように卒院生達に言伝を頼み、彼らと共にポットやコップやおしぼりをいくつも借りて、講堂へと運び込むことにした。卒院生達から事情を聞いた食堂や各寮の関係者や学院で手の空いている教官達も手伝いを申し出てくれたので、ルナーベルは彼らにも礼を言い、その手も借りて、それらを休息所に運ぶため講堂の中に皆で入っていった。
中に入るとテーブルの設置や新作発表の用意も終わっていたが、ヒィー男爵令嬢は大勢の平民女性の使用人達を呼び集めていた。さっきと同じでヒィー男爵令嬢の姿は見えないが、そこから悲鳴と男爵令嬢の怒鳴り声が聞こえてきた。
「「「痛っ!何をするんですか?」」」
『早く髪を抜いて、私によこしなさい!どうせ、この世界は指紋照合やDNA検査なんてないんだから平民の髪でもいいのよ!あの煩い親父が戻ってくる前に集めなきゃ!!』
「「「痛い痛い!!どうして私達の髪なんか抜いて、ご自分の胸に押し込んでいくんですか?」」」
『うるさいわね!あんた達は私の道具なんだから、大人しく髪の一本や二本、黙って渡しなさい!今のあの女の髪の長さがわかんないんだから、色んな長さの髪を用意しておかないといけないのよ!!』
ルナーベルも皆は、ヒィー男爵令嬢は何をしているのだろう?……と不思議に思い、首をかしげつつ、荷物を休息所まで運んだ。
「おかえりなさいませ、修道女様」
ルナーベルの帰りを待っていた使用人達が、清潔に清掃し終えた休息所で出迎えてくれた。
「ええ、ただいまです。掃除をありがとうございます。あの……ヒィー男爵令嬢は何をしているのでしょう?」
ルナーベルや卒院生達や学院関係者達は、舞台の傍の女性達の集まりを怪訝に思って、そう尋ねた。すると使用人達は眉間に皺を寄らせて、その方向を見、嫌悪の表情を浮かべた。
「それが先ほどヒィー男爵が学院長に医師の手配を頼むために席を外した途端、『ああ!捏造の仕込み素材を手に入れるのを忘れてた!』と叫んだ後にトイレに向かわれて『ああ、ゴミをもう焼却炉に持って行かれてるじゃん!せっかく髪を拾おうと思っていたのに台無しよ!』と言われ、女性達を呼び集めて、何をするのかと思っていたら、いきなり手当たり次第に女性達の髪を抜いては、ご自分の胸元に入れているのです」
「髪?何でまた、そんなものを……?」
皆はヒィー男爵令嬢が何故女性の髪を大量に欲しがるのかわからなかったし、そのことを薄気味悪く思ったものの、取りあえず休息所の設置が先だと、簡易の給水所を設置したり、コルセットを緩めるためのペンチやいざという時のハサミ等も用意し、講堂の空気が悪かったので風通しが良くなるようにと講堂の天窓を開けることにした。
「皆様、ありがとうございました!皆様のおかげで休息所を無事に設置することができました!本当にありがとうございます、助かりました!」
ルナーベルが用意を終え、皆に礼を言うと学院関係者は「いえいえ、礼には及びませんよ」と笑って校舎に戻っていき、卒院生達は「茶会が終わったら、ルナーベル先生のクッキーを食べに保健室に行ってもいいですか」とお強請りをしてきたので、ルナーベルはクスクスと笑いながら了承した。そう言われるだろうと思って、多めに焼いていたんですのと言って、ルナーベルは皆と一旦別れた。
(今日の茶会は多くの貴族が来るから、もしかしたら学院の卒院生も茶会後に来るかもと思って、多めに用意をしていて、本当に良かったですわ……)
ルナーベルは内心そう思って、安堵しつつ、休息所を綺麗にしてくれた使用人達にも礼を言い、彼らと仲よく休息所での、人々の受け入れについての動きを話し合っていると、ちょうど10時となり、へディック国の上下貴族達が講堂に、なだれ込むように入ってきた。講堂はへディック国中の上下貴族達がほぼ全員集まった状態となり、会場内はごった返していた。
(……早めにここを確保して休息所を設置出来て、ホントに良かったですわ)
ルナーベルは会場内の隅の休息所で安堵していた。貴族の社交では淑女はコルセットの締めすぎで気分を悪くしたり、失神したりすることが多かったし、大勢の人々で気分を悪くする者が出ることも多いということを元侯爵令嬢だったルナーベルは、よく知っていた。
へディック国の貴族達は社交の途中で、よく体調を崩す。先に述べたようなコルセットの絞めすぎや、きつい匂いの香水が混じった悪臭による頭痛やそれによって気分が悪くなる者、人混みによる人酔い、甘い茶や菓子による胸焼け、夜会でも過度の食事やアルコールによる胸焼け、吐き気、目眩や貧血……等々と熱はないから、気のせいで済まされてしまう、多種多様な体調不良により、休息所を利用する者が多かった。
だからへディック国の貴族達の社交の場である、大きな茶会や夜会では必ず、このような休息所が必要になり、そこで気分を悪くした淑女や紳士の手当てをする医師や介護人を待機させておくのが、大きな茶会や夜会を開く者の常識であり、接待する側の務めであった。
これは招待客への配慮や安全をきちんと考えているかどうか、相手に対し誠実にあろうとしているかどうかの判断材料ともなり、これが出来ない者は仕事の付き合いでも誠実では無いと受け取られて、信用を無くしてしまうほど休息所の設置は、貴族の社交の差配では重要度が高いものだった。
ヒィー男爵親子は、そこにまで頭が回らないほど多忙そうだったので、ルナーベルは差配に詳しい女手も、茶会に詳しい使用人もいないヒィー男爵を気の毒に思った。きっと男爵令嬢は何もかも忘れて何も出来ないから、茶会の助っ人の必要性を感じて、その手伝いを頼みたかったのだろうと思った。
(休息所がなかったら差配の不手際とされて、ヒィー男爵家は社交界で信用を失ない、仕事上のお付き合いも失われてしまうところでしたから、お役に立てて良かったですわ)
ルナーベルがそう胸を撫で下ろしているところで茶会が始まって、10分もしないうちに休息所に多くの紳士淑女達がやってきた。
(こんなに熱気のこもった会場で、皆の香水の匂いが混じっているのですもの……。気分を悪くさせて当然だわ……)
講堂の天窓は開けてもらったが、換気の時間が短すぎて、まだ講堂内は埃っぽく、そこへ貴族達のきつい香水の匂いが混じり始めていたので、ルナーベルは皆、体調不良でここに来たと思っていたのだが、実はそうではなかった。紳士淑女の大半は、ルナーベルの昔と変わらない美しさに驚いて、ここに集まってきたのだった。
「まぁ、ルナーベル様!?16年位お会いしてませんでしたが全然変わっておられませんわね!なんてお美しいのでしょう!……あら、もしかして素顔のままではありませんか?なんということでしょう!?どうすればその美貌を保っていられるのか、是非ご教授いただけないでしょうか?」
「私も是非に教えて下さいませ!ルナーベル様ったらシミもシワもないではありませんか!一体どのような美容法を?それに体型もお変わりありませんし!どうしてですの?お代金を支払いますので、是非、私の美容の先生になってくださいませんか?」
「あら?あなただけずるいですわ!私も是非ルナーベル様の生徒にしてくださいまし!なんて透明感のある肌でしょう!吹き出物も一切無い、そのお美しさ、是非とも、その秘訣を教えて下さい!」
「「「私も!私達にも教えて下さい!」」」
女性達は二十代前半にしか見えないルナーベルの美貌に是非ともご教授願いたいと声を上げた。元々ルナーベルは”社交界の紅薔薇”と呼ばれていた同じ年の叔母であるアンジュリーナと瓜二つの美貌の持ち主なのは、皆の周知のところだったが、30才を過ぎているのに、その美貌に陰りがないことに女性達は驚き、是非ともそれにあやかりたいと次々声を上げていった。
※リアージュは昼間の茶会の準備に追われるストレスにより、夜会では酒浸りで、せっかくの茶会前の休日も一人飲み会してしまっていたので、イヴリンに無実の罪をなすりつけるための証拠の品を手に入れていませんでした。元々怠惰で面倒臭がりのリアージュは、大人の仲間入りを果たしたにもかかわらず、責任感がないことから、ほぼ徹夜でお酒を飲んでいたので、睡眠不足で差配をしなければならず、かなりテンパって差配をしている途中に、それを思いだして、慌ててヒィー男爵のいない間に、証拠集めを焦って、このような迂闊な(残念な)ことになってしまいました。リアージュは使用人を人間扱いしていないので、彼らの前では隠す必要がないとベラベラと喋っています。ルナーベルは親切心から行動したこと(休息所の設置)により、リアージュの悪事の計画工作中のところに出くわしてしまいました。しかも複数の卒院生の上下貴族達や学院の教官達、寮の関係者と、かなり多くの者達がルナーベルの親切心に好意を持って手伝いをしてくれていたので、目撃者を多数講堂に引き連れてきていました。




