ルナーベルと生徒会の4人(後編)
「あなたにそんな暖かいお言葉をもらえるなんて感激です!私の心にある病気が、これでは一生治せそうにありません」
宮廷医師子息は、ルナーベルの言葉をとても嬉しく思った。
(ルナーベル先生は、父のように立派な医師になりたいと思っている私を理解し、いつも励ましてくれる。他の貴族令嬢は侯爵家として、他の貴族男性と同じような生き方をしてほしいと見合いの場で求めるのに、ルナーベル先生は夫婦で協力し合えば、医師も両立出来ますよと笑って言ってくれる。
なんて優しい人なんだろう……。なんて理解のある人なんだろう……。学院に入ってから今まで沢山の見合いをしたが、ルナーベル先生ほど優しく理解のある貴族女性なんて、どこにもいなかった。私はルナーベル先生と釣り合う年だったら良かったのになぁ。それなら私は直ぐにルナーベル先生と結婚して、いっぱい子どもを……)
宮廷医師子息はルナーベルから渡された本を抱きしめて、熱の籠もった視線をルナーベルに向け、先に来ていた二人に気が付いた。
(((こいつもルナーベル先生を……)))
ルナーベルは本を無事に返すことが出来て安堵した後、部屋に入ってから無言のままでいる王子の様子が気にかかった。王子を見て、何だか覇気がないように感じたルナーベルは、そう言えば王子は母親の身分のことで悩んでいると以前、仮面の先生と一緒に居たときに、王子に打ち明けられたことを思いだしたので、それでまた悩んでいるのだろうかと思い至ったので、王子を励まそうと考え、声を掛けた。
「ずっと、あなたのお母様の身分のことで悩まれているんですね。お辛いでしょうが、今のその悩みが、きっと将来、あなたを良き王へと導く道標になってくれると私は思いますよ。私にはあなたのお話を聞くことしか出来ませんが、こんな私で良かったら、いつでもどんなお話でもお聞きしますから、だからどうか元気を出して下さいね、王子様?」
「っ!ルナーベル先生!先生は僕の女神だ!!」
(あらあら!さすが王子様ですね!お世辞が上手ですわ!これなら早くお相手も見つかるでしょうね!早く彼を支える相手が見つかるといいですわね!)
と今度は、王子の言葉を聞いていたルナーベルは、それを世辞だと受け流したのだが、実は王子はルナーベルの言葉に、自分の思っている気持ちを正直に言っていたのだった。
(ルナーベル先生は母の身分に関係なく、僕が王子として日々を頑張っていることを認めて褒めて励ましてくれる!なんて優しいんだろう!他の貴族令嬢は王妃となったときの、自分のしたいことや欲しい物の話ばかりで、僕を次代の王としか見てくれないのに、ルナーベル先生は王になっても僕は僕なんだと受け入れてくれる。
なんて優しい人なんだろう……。なんて心が広い人なんだろう……。そして、なんて理解がある人なんだろうか……。学院に入ってから今まで沢山の見合いをしたが、ルナーベル先生ほど親切で物知りで心が広く、僕への理解がある貴族の女性なんて、どこにもいなかった。ルナーベル先生が、もっと遅くに生まれてきてくれたらよかったのにな……。それならルナーベル先生は侯爵令嬢だったんだから、すぐに婚約を申し込めたのに……)
王子は考えても仕方が無いことだけどと思いながらも、そんなことを考えてしまうほど素晴らしい女性であるルナーベルを目で追わずにはいられず……他の3人と視線が交わり、彼ら4人は黙ったまま、お互いを牽制し合った。
ルナーベルの年齢は学院生の母親達と年はあまり変わらないが、そう思えないほどルナーベルの容姿は若々しく、美しかった。しかもその性格が優しく、お人好しで思いやりがあり、物知りで貴族教育や淑女の作法などにも、とても詳しかった。いつでも陰日向なく、学院生の世話を焼き、いつも親身になって皆の相談に乗っていた”保健室の先生”のルナーベルは、彼ら生徒会だけに限らず、学院に赴任してきた当初から直ぐに、学院にいる男性教師達や上下貴族や平民の学院生達、今は学院を卒院して学院にはいないが、ルナーベルが赴任したてのころにいた卒院生達や婚約や結婚が決まって退学した女子学院生達……、全ての者にとても慕われていた。
皆に慕われていたのだが、ルナーベルはその無意識の天然な性格により、そのことを、全く気づいていなかった。そんなルナーベルは保健室の中にいる4人の学院生達の牽制にも……当然、気づかずにいて、騎士団長子息のズボンの裾を上げっぱなしにしていたことを思いだした。
「ちょっとごめんなさい。ズボンを元に戻させてね」
ルナーベルは、牽制の火花を散らす彼らのところに割って入り、包帯がずれないように騎士団長子息のズボンを注意深く下ろし、ズボンが破れているので寮に戻って着替えたほうがよいと話し出した。
((((ああ、やっぱり自分達の気持ちに、全く気づいていないんだなぁ……))))
4人は破れたズボンのことで頭がいっぱいになっている”保健室の先生”のルナーベルを見て、そう悟り、4人は顔を見合って、お互い苦笑し合った。ほのぼのとした暖かい雰囲気が保健室を包む中、保健室の扉が乱暴に開けられる音がした。
「ちょっと!!いい加減にしてよ!あんた、サポートキャラでしょーが!!何、逆ハーレム状態なのよ!!」
保健室に粗野な口調の怒鳴り声が響き渡った。
「ちょっと、あんたら!何、ヒロインを間違えてるのよ!あんた達のヒロインは私なのよ!おばさんも立ち位置間違えてるんじゃないわよ!あんたはサポキャラで、私がヒロインなのよ!」
ノックもなしで、いきなりズカズカと足音を立て、保健室に入ってきたヒィー男爵令嬢は、訳のわからない発言をして、悪態をつき始めた。黙っていれば可愛らしい部類に入るヒィー男爵令嬢の顔は連日のアルコールのせいか、顔がパンパンに腫れてむくみ、脂ぎった顔で目は血走っていて、彼女の口臭は、かなりひどいものだった。
生徒会の4人はウッと顔をのけぞらせて、嫌悪の表情を浮かべた。ヒィー男爵令嬢は上級貴族への礼儀も忘れたままだったし、一ヶ月経っても言葉遣いや振る舞いが粗暴なのも相変わらずだったので、王子と騎士団長子息と大司教子息と宮廷医師子息の4人は、忌々しそうにヒー男爵令嬢を睨んで小声で囁き合った。
「あの女、うっとうしいな……退学させるか?」
「そうだよね、あの女は私が早朝の祈りをしている聖堂にやってきて、酒臭い息を吐きながら、いきなり私室に誘ってきたんだ。朝っぱらから汚らわしい!!神聖な聖堂を何だと思っているんだ!」
「俺も、この間の休みに武術大会で呼んでもいないのにまとわりつかれて、上着は脱がされそうになるし、控え室にまで入ってこようとされるしで、ものすごく迷惑したんだ!あまりに腹が立ったから蹴り飛ばしてやろうかと考えたんだぞ!」
「私も大事な眼鏡を取り上げられて、レンズに彼女の脂ぎった指紋がベタベタとつけられるし、眼鏡を取り返そうとしたら、私に抱きついてキスをしようとしてくるしで、気持ち悪いったらなかった!静かにしなければならない図書室で大声を出すことになって、後で司書の先生に叱られてしまったんだ!あの女は淑女ではなく痴女だ!」
「僕だって廊下を歩いていたら、いきなり走ってきて抱きつかれそうになったから、慌てて逃げたんだ!鼻血を出しながらも迫ってくるから、説教してやった!あの時は本当に怖かったし、恐ろしかったんだ!!ルナーベル先生、どうして彼女を退学にしてはいけないのですか?」
ルナーベルは生徒会の4人の怒りの言葉に、この間の朝会で再度、男爵令嬢の様子見が決まり、彼女の暴力を抑えるために、彼らにさらに彼女のお世話を頼んでしまうことを詫びた。
「皆様には、いつもご迷惑をかけてしまっていますね。いつもありがとうございます。先生方も私も生徒会に頼りきってしまっていることを申し訳なく思っているのですが……、あなた達以上に彼女を抑えることが出来る人達がいなくて、ついつい甘えてしまって……、ごめんなさい。
彼女は入学式の前に高熱が出てから、あのようになってしまったらしく……未だ、あの状態でしょう?校医達や他の先生方や学院長との話し合いで、もうしばらく様子を見ることになったので、もう少しだけ皆様のお力を貸してもらえませんか?先生方も私も、あなた達だけが頼りなんですの。お願いします」
そう小声で言われた生徒会の4人は、騎士団長子息のズボンを直していて、しゃがんだままだったルナーベルに見上げられてお願いをされたので、彼らはそろって赤面した。
((((ルナーベル先生は、僕(私)(俺)だけが頼りだって、思ってくれている!!))))
そう思い込んだ生徒会の4人は、顔を赤らめたまま渋々頷いた。ヒィー男爵令嬢は一応これでも女性なので、彼女に何らかの手当ての処置をするのなら、男性である自分達は退室すべきだと彼らは席を立ち、礼を言った後、名残惜しそうに保健室を出て行った。
ルナーベルはにこやかに彼らを見送った後、ヒィー男爵令嬢を暖かく迎え、紅茶とクッキーを出してやり、彼女の用件を聞くことにした。
※確かにリアージュが言った通りに逆ハーレム状態なのですが、ルナーベルは全くそのことに気が付いていません。ルナーベルにとっては学院生は、アンジュリーナの娘……自分にとっては、年の離れた従姉妹みたいなものです。平たく言うと皆に対しては、自分の息子や娘みたいに思って接しているので、自分が彼らの恋愛の対象にされているとは思いもしていないのです。




