ルナーベルと生徒会の4人(中編)
「ルナーベル先生、そんな次期大司教様だなんて!!本当にありがとうございます!あなたにそう言ってもらえて何だか元気と勇気がわいてきました。あの、ルナーベル先生?先生は還俗は考えてはおられないのでしょうか?……年下の男はどう思いますか、ルナーベル先生?……もし良かったら、私の事を名前で呼んでくれませんか?」
ルナーベルは騎士団長子息の足の手当てのことに意識が向いていたので、大司教子息が何か言っていたのを全く聞いていなかった。ルナーベルは消毒用の道具をテーブルの所まで運んで並べると、騎士団長子息に大司教子息の横に座るように促し、何故か顔が赤くなっている大司教子息を横目で見て、首をかしげながら、こう思った。
(あら?もう元気が出たのかな?来た時は暗い表情でいたのに、今は頬が赤いような?あっ!そうですわ、きっと気力が戻ってきたんだわ!良かったですわ!……フフフ、さすがはアンジュリーナ!あなたの言葉は私だけではなく、学院の院生達も元気にしてくれるんですね!さすが私の自慢の叔母で、一番の親友なだけありますわ!やっぱりアンジュリーナは最高よ!これでまた、彼は今日のお見合いを張り切って行けるでしょう!今度は良いお相手だといいですわね!これからも私は応援していますし、頑張って下さいね!)
ルナーベルは大司教子息が元気を取り戻したことに喜びつつ、目の前の騎士団長子息の傷の手当てに取りかかった。騎士団長子息は、今日は下級貴族クラスに向かう時間ギリギリまで早朝鍛錬をしていて、そこで怪我をしたので、職員室に欠席を伝えてから保健室に来たと言いながら、大司教子息の横に座った。
「まぁ、騎士団長子息様、また怪我をされて痛々しい!直ぐにこちらにお座りになって下さいませ!……ああっ、こんなに血が。お強くなりたいお気持ちは分かりますが、焦りは禁物ですよ?こんなに怪我をされてばかりだと、私は心配で夜も眠れず、目を赤くしてウサギのようになってしまいます。だからどうかご自愛して下さいませ」
ルナーベルは傷に当たらないように気をつけながら、騎士団長子息のズボンの裾を上に捲り上げて、傷を洗い、汚れを取った後、消毒してガーゼを当て、包帯を巻いた。ルナーベルは学院に赴任して来る前から、これらの手当ては得意だったので、手早い手当てをしながらルナーベルの手当ての上達の原因となった、アンジュリーナの小さかった頃を思いだしていた。
(アンジュリーナも小さい頃に木登りをして、こんな傷をしょっちゅう作っていたわね。私はアンジュリーナが心配でよく泣いていたから、目がウサギさんになってますよと乳母達に言われてた。そう言えば乳母達は私達を見て、まるで双子の姉弟のようだと、よく言っていたわね……)
ルナーベルは昔を懐かしんでいたため、手当てを受けていた騎士団長子息の言葉も全く聞いていなかった。
「俺のせいでウサギか……。悪くないな、それ。ルナーベル先生、どうせなら俺だけのウサギになってよ」
騎士団長子息は、いつも献身的に傷の手当てをしてくれるルナーベルに感謝していた。
(ルナーベル先生は、貴族の社交よりも騎士として武人として強くなりたい俺を理解し、いつも励ましてくれるし、怪我をしたら、こうして優しい言葉をくれて献身的に手当てをしてくれる。他の貴族令嬢は侯爵家として、他の貴族男性と同じような生き方をしてほしいと見合いの場で求めるのに、ルナーベル先生は夫婦で協力し合えば、騎士も両立出来ますよと笑って言ってくれる。
なんて優しい人だろう……なんて心が広い人なんだろう……。学院に入ってから今まで沢山の見合いをしたが、ルナーベル先生ほど親切で心が広い貴族の女性なんて、どこにもいなかった。俺はもっと早く生まれてきたかったなぁ。ルナーベル先生が貴族令嬢でいるときに出会っていたら、すぐに求婚したのにな)
ルナーベルが騎士団長子息の傷の手当てを一所懸命にしているのを見て、大司教子息も騎士団長子息も苦笑しつつ、それを優しく見守っていた。
((ルナーベル先生は本当に毎日、一所懸命に学院生達のことを考えてくれる”保健室の先生”だから、心配事があったり、何かに夢中になってしまうと回りの者達の声が聞こえなくなることがよくあるから、きっと今の俺(私)の言葉も聞こえていないんだろうなぁ))
大司教子息や騎士団長子息の告白めいた言葉にルナーベルが反応を返さなくても、いつものことだと、彼らは甘受していた。何故なら彼らだけではなく、ルナーベルが赴任してから多くの教官や学院生達が、彼女に同じように遠回しに好意を伝えていたのだが(カロン王が作った学院法では、貴族が平民に告白することや積極的に交際を迫ることを禁止している)、いつもルナーベルはそれに気づいていなかったからだ。
((ルナーベル先生はとても美人なのに、その自覚が全くなく、自分はモテないと思い込んでいるし、男達の秋波にも気づかない、男心に疎い初心で清純な所がいい!))
恋愛方面に鈍感な所がすごくいい!……と学院の男性達の間で囁かれていて、リアージュの前世の世界で言うところの……”見た目は男心を擽るような色気のある保健室の先生(もしくは年上のお姉さん)なのに、中身がおっとり天然癒やし系で恋愛に疎い、清純な修道女”なルナーベルは、男達の萌え心を大変刺激させ、とても人気があったのだが……それにも当然のことながら、ルナーベルは全く気づいていなかった。
だから今回も気づかないまま一所懸命に傷の手当てをしていたルナーベルを二人は暖かい気持ちで見つめている中、騎士団長子息の怪我の処置が終わり、ルナーベルが汚れた清浄綿を捨てて、消毒用の道具を直すために席を立ったのを、二人は目で追い、お互いの視線の先に気づいて、ルナーベルから隣の席へと目を向けた。騎士団長子息は先に座っていた大司教子息の無言の牽制の視線に負けじと睨み付けた。
((こいつもルナーベル先生を……))
ルナーベルは睨み合っている二人に気づかず、消毒用の道具を棚に直した直後、保健室の扉が今度は音を立てて開いたので、振り向いてそちらを見た。入室してきたのは宮廷医師子息と王子だった。
(あら?顔色も悪くなさそうだし、怪我もしていないようだけど、どうしたのかしら?あっ、もしかして!)
ルナーベルはそう言えば、宮廷医師子息の父親に入学前検診の時に医学書を借りていたのだと思い出し、長く借りていたから、その返却を言付かってきたのかもしれないと思ったので、慌てて保健室の奥の本棚からそれを取り出して、宮廷医師子息に渡して、お礼を言った。
「宮廷医師子息様、これはお父様にお借りしていた医学書です。お父様にありがとうございました。とても勉強になったとお伝え下さいませ。それにしても、沢山の病気がまだまだ治療法がないのですねぇ……。あなたも将来はお父様の後を継がれるんですよね?とてもご立派ですね。体を壊さない程度に頑張って下さいね!」
(そうよ、沢山お医者様が増えれば……沢山の病気の治療法がわかっていたら、そうしたらアンジュリーナは愛する人達を失わなくてすんだのに。アンジュリーナの愛する夫や愛する娘が、あんな不幸なことにならなくてすんだのに。あんなにも優しい人達が……、幸せにならなきゃいけない人達がこれ以上不幸にならないように出来たのに)
宮廷医師子息に彼の父から借りた本の返却を言付けた後、そう考えて少し悲しくなってしまったルナーベルだが、落ち込んでいても仕方ないと考え直した。
(そうよね、今の私は”保健室の先生”なんだから、学院生達の健康を守るのが私の使命よね……。よし!これからはクッキーだけではなく、他のお菓子にも野菜を入れられるかを試していきましょう!)
遠き日に思いを馳せつつも、今出来ることを一所懸命にしようと前向きな気持ちになって、これからのことを考え始めたルナーベルは、この後の宮廷医師子息の言葉もやはり、全く聞いていなかった。




