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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”~5月
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ルナーベルと校医達とリーナ(中編)

「すっぱいって、何が酸っぱいの?()は酸っぱいのとか苦いのは苦手だなぁ。あっ、でも、お残しはしないよ!だって将来は、こ~んなに大きくなりたいもの!」


 リーナが両手をめいいっぱい広げているところへ、リーナの父親が寮周辺の掃き掃除を終えて戻って来た。


「いつもありがとうございます、ルナーベル先生。あ、これ!!クッキーを食べるのは手を洗ってからにしなさい、リーナ!すみません、ルナーベル先生。朝から騒々しくしてしまって……」


「フフフ、お構いなく。リーナちゃんもクッキーは逃げないのですから、先に手を洗っていらっしゃい」


「はぁ~い!!」


 リーナが洗面所に向かうと、リーナの父親はクッキーを見て、ルナーベルに言った。


「ウサギは人参で、カメはホウレン草ですか?毎朝大変ですね。貴族の学院生達は野菜は苦手ですが、食べてくれていますか?」


「ええ。皆、野菜が入っているとは知らずに、よく食べてくれています」


「そうですか、それは良かったです。校医の2人の先生方も貴族達の野菜嫌いには閉口していましたからね」


「本当はクッキーではなく、きちんと食事として、野菜を食べて欲しいのですが……」


「貴族達は野菜を彩りとしてしか認識していませんから、それは難しいでしょうねぇ……」


 リーナの父親とルナーベルは、そろってため息をついた。リーナが戻って来て、今日の夕方も一緒に遊ぶ約束をした後、ルナーベルは自分の朝食を食べに食堂へと向かっていった。ルナーベルは15才から貴族の社交から遠ざかっていたが、元々幼少時からお腹が弱かったため、大量の肉や油を体が受け付けなかったので、使用人達はルナーベルやアンジュリーナの食事は、平民が食べる物に近い食事を作って与えていた。


 使用人の彼らは、医学に詳しいわけではなかったが、自分達の生活の知恵や長年の経験から、平民の生活習慣で過ごす方が、体が元気で過ごせると経験でわかっていたので、二人の神様の子どもを死なせないために、彼らはなるべく平民の生活に近づけて子育てをしていたのだ。そして修道院でも平民に近い生活を送っていたルナーベルは、学院に保健室の先生として赴任して、寮に入って、食堂で出される平民クラスの者向けの食事にも何の抵抗もなく食べることが出来ていた。






 ルナーベルは学院に出勤するとまず、始めに保健室の清掃や、備品類の在庫確認をする。次に職員室に行き、職員用のクッキーを設置後に、今日の担当の校医を確認した。へディック国立学院の常勤医師は2人いるのだが、いつもいるのは老爺の医師で、彼は学院生達に”老先生”と呼ばれていた。もう1人は”若先生”と呼ばれる40代位の医師だったが、彼は出張や研修というもので、学院を不在がちにすることが多かった。


(あら?今日は2人の先生方が揃っていらっしゃるわ)


 ルナーベルは珍しいと思いつつ、他の教官の出勤表にも目をやって、()が今日は欠勤だと知った。


(今日は()()()はお休みなのね。……そう言えば、今日は本業の方で朝から裁判所なのだと昨日、お話されていましたわ。今日も無事に勝訴されるといいですわね。あの方はとても腕の良い弁護士だと他の先生方もおっしゃっていましたから、大丈夫だとは思いますが……。神様、どうか、あの方をお守り下さい)


 ルナーベルが心の中でそう呟き、その場で祈っていると職員室に他の教官達が出勤してきて、とても信心深くていらっしゃると、神に祈りを捧げているルナーベルを見て微笑み、彼女の祈りを妨げないように静かに見守った。教官達が全て出勤してきたころ、学院長がやってきて、朝会をしてから他の教官達は、自分が担当するクラスへと向かって行き、ルナーベルもいつもなら、保健室に向かうが今日は2人の校医に引き留められて、そのまま職員室で、3人で”保健会議”をすることになった。


 保健会議は毎月一度行っていて、内容は先月の保健室の利用人数や、その時の利用理由、それに対する処置などの記録を見ながら、学院にいる学院生達の健康を守るために話し合う……というものだった。ルナーベルは保健室の先生として、それらの記録を取っていたので、2人の校医にそれを報告すると、老先生は前年度の資料と見比べ、こう言った。


「うん、4月は、やはり熱を出したり、体調を崩す者が多いね。これは貴族や平民に関係なく、今までの生活と変わるから、新生活疲れが出ているんだろうね……。若先生、追加で栄養剤の注射の仕入れを頼んでもいいですかな?」


 老先生がそう言うと若先生は、ついでに脱脂綿と包帯も仕入れておきますと言った後に資料を見て、ルナーベルに尋ねた。


「ルナーベル先生。例の彼女……ヒィー男爵令嬢は、その後はどうですか?熱は出ていませんか?」


「リアージュさんは、お体は至って丈夫そうなのですが、最近は顔が腫れてきていて……、その、息が匂うと……教室で席を一緒にしている生徒会の方達から苦情が出ておりました」


「顔の腫れと口臭ですか。他は言葉や振る舞いとかはどうでしたか?生徒会の彼らには昨日、廊下で会ったときに、少し話を聞かせてもらったのですが、彼女は入学式のときと何一つ変わらないと大変怒ってておられたのですが、彼女は変わりませんか?」


 この若先生の質問に答えたのは、老先生だった。


「うん、彼女は全く変わらない。言葉は粗野で、行動は暴力的だった。僕は昨日廊下を歩いているだけで年寄りは邪魔だと蹴飛ばされてしまったよ」


 老先生の言葉にルナーベルと若先生は驚き、怪我の具合や、その時の状況説明を求めた。老先生は彼女に蹴り飛ばされたときに腰を痛めたと苦笑いし、状況説明と言っても、普通に廊下を歩いているだけで、突然後ろから蹴られたのだと説明した。


「ヒィー男爵令嬢は僕が廊下の端を歩くのも、鬱陶しいと感じたんだよ、きっと。だってあの時に一言だけ言われたんだ。『邪魔!』……ってね」


 ルナーベルは、あまりのことに絶句し、若先生は顔をしかめながら、二人に大きな茶封筒を差し出した。


「これを見て下さい」


 若先生が差し出したものは、ヒィー男爵家のかかりつけ医の診断書と、以前ヒィー男爵家で雇われていた者達のヒィー男爵令嬢についての報告書だった。彼は入学式後の騒動を伝え聞き、万が一にもヒィー男爵令嬢の高熱を伴った病気が伝染病だったらいけないと思い、ヒィー男爵家で同時期に熱を出した者はいないのかを調査をしていたのだ。老先生とルナーベルは、報告書を回し読むと、しばし無言になったが、老先生は重い口を開いた。


「これは……この凶悪な性格は以前からのものだと認識して置いたほうがいいですね。元々、性格が極悪なんですね、彼女は……」


「あの若先生?これは……本当のことなんですか?彼女は物心ついたころから使用人に、こんなにひどいことを……」


「ええ、彼女の世話をしていた3人の老人達から直接話を聞きましたから、間違いはないです。彼女は幼少時から、自分よりも立場や力の弱い者を虐めることに、喜びを感じる人間だったようです。……そして自分よりも立場や、力のある者達へは何も言わず、黙り込み、彼らの傍には近づかず、彼らから離れた場所で、彼らへの妬みや嫉みの混じった罵詈雑言を吐き捨てて、使用人に八つ当たりをしていたようです。


 この報告書でわかることは入学式の一週間前までの彼女は、性格に難はありましたが、”貴族らしい貴族”として、彼女は貴族教育をきちんと把握出来ていたということです。今のように自分の身分を考えずに王子や上級貴族達に、自分から先に話しかけたり、言い寄ったりするような愚は犯さない賢さはあったということです。……やはりヒィー男爵令嬢は高熱を伴う病気により、あらゆる貴族教育を忘れてしまったと捉えておいた方が良さそうですね」


 若先生は眉をしかめたまま、そう言った。老先生はその言葉に頷き、腰をさすりながら言った。


「そうだね。それに彼女は以前、寮監の娘に対して暴力を振るったときに、カロン王の作った学院法の違反をしていると学院長とヒィー男爵に一度叱られているのに、昨日、私を蹴飛ばしてしまっただろう?これで二度目だ。貴族であることも難しいし、法も守れないから彼女は()()()()で学院を退学させた方がいいと思うよ」


(ど、どうしましょう!?学院から退学させたら、()()()()()()()()と判断されてしまわないかしら?確かにリアージュさんは性格が……アレですし、リーナちゃんや老先生への暴力も絶対に許せません!でも……せっかくのチャンスなのに。私達の……、あの方の悲願が叶う最後の年なのに!……ああ、だけど!他の誰かが彼女に暴力を振るわれるのは嫌ですわ!)


 ルナーベルは仲間の悲願と学院の皆の安全を守りたい気持ちの板挟みに、胸が苦しくなった。

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