ルナーベルと校医達とリーナ(前編)
※時間がリアージュが腹痛だとさぼっていたのがバレて引きずられていった日の翌日まで遡っています。
ルナーベルは大司教とあの方の仲間として、悪人になることを決めたが、学院に赴任してくる前までの7年間やっていたことは、民に癒やしと心の拠り所をと、あの方の親友が考えたという新しい奉仕の試みである”大衆劇”という奉仕をする際に使われる衣装や小道具の制作だった。
大司教のように教会全体を動かせる人脈もなく、あの方のように自在に声や姿を変えたり、剣術などもしたことはないし、彼らの作戦とやらも詳しくは聞かされていなかったが、人には適材適所というものがあるのだから、自分に出来ることをしようとルナーベルは真面目に、北方にある修道院で他の修道女達と懸命にその作業を頑張っていた。
へディック国の一番北にあるルナーベルのいる修道院は、北方の国のバーケック国の国境に近い場所にあったため、バーケック国からやってくる旅人達が修道院を訪れることが、今までにも何度かたまにあったのだが、今から8、9年前位から何故か、その旅人達が頻繁に……それこそ毎日のように修道院に訪れるようになった。旅人達の多くは商人達で、バーケック国の商人達は、とても信心深く親切な者ばかりでルナーベルのいる修道院に訪れる度に、彼らは色々な物を寄付してくれるようになった。
バーケックで、よく食べられているという乳製品のヨーグルトや寒い冬でも野菜を摂るためのぬか漬けやキムチという変わった名前の漬け物などを、毎日のように修道院に届けてくれて、その食べ方や作り方を丁寧に教えてくれた。また修道女達が掃除や洗濯で手が荒れて痛そうだからと、自国出身者の薬草医が作っているという、肌荒れの軟膏を修道女全員に寄付をしてくれた。この軟膏の入った薬瓶には、赤い薔薇を持った銀色のリスと紫の菫を持った金色のリスが描かれていて、修道女達はその絵が可愛いと、とても喜んでいた。修道女達が喜んでいると旅人達は、北の冷たい風で修道女達の顔も肌荒れをしては可哀想だからと同じ絵が描かれた化粧水や乳液、日焼け止めを毎月寄付してくれるようになった。
修道女達は信心深く、自分達を気遣い、あれこれと助けてくれる彼らに礼を言うと、彼らはこれも皆”神様の使い”の導きだから、気にしないでくれ……と笑って言った。北方の国のバーケック国は昔、貧困に喘いで滅亡寸前だったのだが、一人の貧乏な男爵令嬢が栄養剤の注射と引き替えに英雄となって、バーケック国を救った……という過去があり、それ以来、バーケック国民は皆”神様の願いを叶える使徒”なのだと教えてくれた。
あの方は毎月ルナーベルに手紙をくれて、季節の手紙や誕生日の手紙には、小さな花束も添えてくれた。三月に一度、修道院を訪れて、足りないモノを尋ねたり、何か不自由な思いはしていないかを尋ねて、ルナーベルをいつも優しく気遣ってくれていた。ルナーベルは7年間、修道院で毎日衣装作りをしながら他の修道女達やバーケックの旅人達や商人達……そしてあの方との交流を穏やかに重ねているうちに、体質は段々と改善されていき、他の修道女達と、ほぼ変わらない日常を過ごせるようになっていった。
始めは地方の教会でしか上演されていなかった”大衆劇”が、やがて国中に広まって、民達が喜んでいると大司教やあの方が教えてくれて、ルナーベルや修道女達は民が喜んでいることを嬉しく思った。バーケック国の旅人達もへディック国だけではなく、バーケック国やトゥセェック国、遠くの大国も教会で”大衆劇”をやるようになっているよと教えてくれ、大衆劇が民達の癒やしや心の拠り所になったころ、あの方がルナーベルに特別な頼み事をしてきた。
学院に”保健室の先生”として赴任して欲しいとあの方に頼まれたときに、ついに悪人としての仕事かと思い、ルナーベルは唾を思わず飲み込んで、そこで何をするのかと訪ねたら、あの方はこう言った。
「学院で3年間、保健室の先生をしてほしい。学院生達が健やかに学院生活を過ごして、何の問題も起こさないように、私と一緒に彼らを”保健室の先生”として見守って欲しいのです」
そう頼まれたので、ルナーベルは悪人として、真面目に”保健室の先生”をやり遂げようと決心をした。
修道女のルナーベルは学院の女子寮の最上階ではなく、特Aクラスの居住フロアに部屋をもらっている何故なら学院には女性の教官がいないので、最上階にルナーベル一人っきりでは光熱費がもったいないと、ここに来た日に、前の寮監に言われたからだった。
ルナーベルは毎朝4時に起床し、着替えやらベッドメイキングを終え、洗顔等の身支度を調えると、居間で神への祈りを捧げる。大司教子息には一緒に聖堂で祈りませんか?と頻繁に誘われるが、ルナーベルは学校の聖堂の壁画も苦手なため、その誘いには一度も乗ったことがなかった。修道院にいたころは、起床後、掃除や洗濯や朝食作りを他の修道女達と手分けして行っていたが、学院に来てからルナーベルは洗濯や食事作りはしていなかった。というのもルナーベルには、他にやらなければならないことがあり、それに時間が取られて、洗濯や食事作りの時間は取れなかったからだった。
「よし!今日も張り切って作りましょう!」
ルナーベルは髪を後ろに一つにくくり、その上から三角巾を被り、エプロンをつけて台所に向かっていった。昨日学院から帰ってきてから食堂に寄って、頼んでおいた野菜と小麦粉と卵とバターを受け取っていたルナーベルは、昨夕に茹でて下ごしらえしておいた3つの野菜を取り出した。
人参、かぼちゃ、ホウレン草をそれぞれに茹でてすりつぶしたり、裏ごししたそれらの分量を調節しながら、ルナーベルはクッキーの材料に野菜を練り込んでいく。
(これ以上入れたら、ホウレン草が入っているとわかってしまうかしら?カボチャは甘いから砂糖は控えても大丈夫でしょう。紅茶に砂糖を入れるから、全体的に砂糖は出来るだけ少なくしておきたいですし……)
ルナーベルは学院に来て直ぐに、学院生達の野菜嫌いが気になり、学院生達の体調が心配になり、野菜入りのクッキーを毎日手作りするようになっていたのだ。貴族は朝食は食べないが、朝のお茶の時間には、お茶と共に必ず茶菓子を食べるので、その時の茶菓子にクッキーを出してもらえるように、学院長や他の教官達に頭を下げて、お願いをした。その他のお茶の時間でも、出来るだけ多くの人に食べてもらえたらとルナーベルは考え、それからずっと保健室用と職員室用と各寮用に毎日、食堂の朝食の時間までに、大量に焼き上げて配るのを日課としていたため、洗濯や自分の朝食作りに時間が割けなかったのだ。
「わぁ~い!ルナーベル先生のクッキーだ!あっ!今日は私の好きなウサギさんとカメさんの形もある~!あっ!、これはリスさんかな?私リスさんが一番大好き!ありがとう、ルナーベル先生!」
寮監夫婦の娘のリーナは、いつもルナーベルのクッキーに大喜びしてくれるので、ルナーベルはリーナの分のクッキーは、いつも動物の型抜きをして焼いていた。リーナはお礼を言った後、ニコニコ笑顔のままで、ジッとルナーベルを見つめている。ルナーベルはリーナの鮮やかなオレンジ色の瞳にどこか懐かしさを感じながら、問いかけた。
「?どうしましたか、リーナちゃん?」
「ううん、何でも無い!ただ、ルナーベル先生は、お料理が上手なんだなぁ~と思っただけ!僕の母さ……、ううん、私のママと大違いだなって!それよりも、ルナーベル先生!今日も学院が終わったら、リーナと隠れん坊しようね!リーナ、野菜を茹でるのを手伝うから、絶対リーナと隠れん坊してね!約束よ!」
「フフっ、いいですよ。リーナちゃんは本当に隠れん坊遊びが好きなんですね。リーナちゃん達が3月末に、ここに引っ越してきて以来、毎日ですものね。リーナちゃんと遊ぶようになってから、私は今まで知らなかった学院の隠し部屋や外に続く通気孔などに、すっかり詳しくなってしまって、私はちょっとした”スパイ”になれそうな気がしてきましたわ」
リーナはルナーベルの言葉を聞いて、首をかしげてキョトンとした。




