男爵令嬢と夢の茶会⑥
仮面の男はリアージュに、自分は弁護士だと名乗った。
(弁護士?この男はもしかしてミグシリアスルートの”復讐エンド”のスチルで見かけたモブ?……よく覚えていないけど、あの弁護士かしら?本当にどこにでもいるモブ顔だから、よくわからない!)
リアージュは「んがんがが!!」と唸って、弁護士を名乗る男に、これを外せ!……と体の仕草で訴えた。
「申し訳ありませんが話し終わるまでは、そのままでいておいてください。あなたは本当に逸材過ぎますからね。ところで、あなたのお父様だった彼から伺いましたが……本当に茶会のことを覚えてはいないのですか?茶会でも私は名乗りましたし、あなたは私に怒鳴っていましたのに……。本当にお酒というものは、恐ろしい飲み物なんですね。いや、違いますね。”酒は飲んでも呑まれるな”……ということなんでしょうね。大人の飲み方が出来なかったあなたが招いたことなんですから、致し方ないことだと受け止めて下さい。
……ああ、あなたが覚えておられなくても、あの茶会に来られていた全ての上下貴族達が証人となるそうです。彼らはもうちょっとであなたによって、無実の罪を負わされる被害者になるところだったと大変お怒りでしたからね。酔っていたからという理由で、全てが許されるわけがないことは、あなたも成人された大人なんですから、わかりますよね?
……結果から言いますと、ヒィー男爵家は無くなってしまいました。首を傾げられていますね、よくわかりませんか?では簡単にこれから私が話しますので、落ち着いて、よく聞いて下さい」
そう言って仮面の弁護士は話し始めた。
リアージュの茶会は、リアージュのせいで大失敗に終わり、ヒィー男爵家は全ての上下貴族に公私ともに付き合いを打ち切られたため、仕事が全てなくなった。
「え?あなたが何をしでかしたか、教えろですって?ちょっと私の口からは何とも……覚えてないなら思い出さないほうが、いいのかもしれませんよ」
リアージュの父親でヒィー男爵……だった男は爵位返還を申請後、領地と王都の屋敷の家財道具一式を屋敷事売り払った金を持ち逃げしたまま、行方をくらました。ヒィー男爵家は学院の講堂を借りるために学院側といくつかの契約をしていたのだが、その契約の違反をリアージュがしたため、多額の賠償金を支払わなければならなくなった。またリアージュはヒィー男爵領の炭酸水を使う際に、必要な通知義務を怠ったため、カロン王の命令違反も犯したために、その罰金も支払わなければならなくなった。
「本当に覚えていないのですか?……ハァ。あなたはつくづくお幸せな頭をされているんですね。でも覚えていないから無効……とはなりませんよ。あなたは、もう成人しているのですから」
元々ヒィー男爵家は10年前からの不況により借金が多額にあったのだが、4月からの茶会や夜会の費用、リアージュのお見合いのための被服代、化粧代、使用人達の雇用代金、馬車の賃貸代、今回の茶会の準備や、リアージュのドレス代、靴代、装飾品代……等々の全ての費用も借金で賄っていたため、それらの返済もリアージュが支払わなければならなかった。
「本来男爵代理の方からの爵位返還は、貴族院法では一部例外を除き、認められておりません。ですが今回のように、男爵家直系のあなたが、高熱の病気後に貴族子女であることを続けることが困難であると、3人の医師の診断書と、それを認める上級貴族4人の証人の署名が、ヒィー男爵の爵位返還申請書に添付されていたので、今回は特例として申請は認可されました。それにあなたは皆の前でカロン王の命令違反をしたので、他の者がいくらでも証人になると貴族院に押し寄せていたそうですよ」
4月の入学式後から常にリアージュは、学院でも貴族の社交界でも注目を浴び続けていた。貴族の子女の立ち居振る舞いが出来ず、領地経営の手腕もなく、自分で言い出した茶会でさえ、満足に差配も出来ず、しかもあんな……ことを平気でしようと考える者と、まともに仕事や政略結婚を……まして恋愛結婚しようとする者なんて一人もいやしないことが、全ての上下貴族達に周知されてしまったので、その認可はすぐに受理されたと弁護士の話は続いた。
「10年前と違って、最近は爵位返還には、とても時間がかかるものなんですが、あなたの茶会での振る舞いがあまりにも素晴らしすぎたのか、上下貴族達や生徒会の皆が、あなたのためならと、皆さん、喜んで協力しあったそうで、半日もかからないで貴族院もカロン王も説得して、ヒィー男爵位返還の認可をしてくれたそうですよ。
あなたのお父様だった彼は失踪される前に、「あの女は差配が全く出来ないので、全ての借金の返済の差配を君に頼みたい」と頭を下げられ、前金で依頼されましたので、あなたが倒れられている間に、私があなたの代理で全ての借金の返済は済ませておきました。
これが、その内訳明細書と借金返済証明書です。なお、ここの施設の滞在費用の支払いは、今日の分までは支払っていますので、あなたは明日までに自分の身の振り方を考えて、これからは自分一人の力で”平民”として生きていって下さい。お優しいお父様を持たれて、本当に良かったですね」
仮面の弁護士は、リアージュの全ての借金を支払うためには、ヒィー男爵領の領地を全て売っても足りなかったので、リアージュの学院への費用も返還してもらって、それを借金返済に充て、何とか事なきを得たと報告をした。
リアージュは、実家の都合で学院を自分から退学したことになりましたと弁護士に言われた。拘束衣を着せられ、猿轡を咬まされたリアージュの目の前に、平民の女性が着るような衣服一式と、母親の形見の”白いリボン”が一つ置かれた。
「これは私からの贈り物です。あなたの全ての借金を返済したら、あなたには、あなた自身しか残りませんでした。ここを出るときは、今着ている服は返さなければいけませんし、裸では困るでしょう?ですから平民の女性が着る衣服一式を僭越ながら贈らせていただきます。
それとあなたのお母様の形見のリボンだけはあなたが大事にしているだろうから、売らないであげてほしい……とあなたのお父様だった彼に頼まれていましたので、どうぞ受け取って下さい」
リアージュは必死にもがき、唸っていたが、弁護士にはリアージュが何を言っているのかわからず、また何を言っているのかにも興味は無かった。仮面の弁護士は立ち上がり、手にしていた書類を片付けてから、「……ああ、そうでした」と言った。
「そう言えば、あなたが流行らせた、あの揚げ物とマヨソースでしたっけ?あれ……、ものすごい代物でしたね。あなたの揚げ物を好んで、毎食食べていた者達……そう、あいつらのほとんどが、脂汗をかいて、苦しみながら亡くな……ああ、いけない!あなたと話すのを恐れて猿轡を咬ませていたというのに、こんなことを口走ってしまうなんて!?……本当にあなたは恐ろしい人なんですね。
これ以上あなたのそばにいたら、あいつらのように……他の者達のように、余計なことまで口走ってしまう。本当にあなたは逸材だと思います。この4月から私達はあなたのおかげで、随分助けられてきました。何のことだか、わからないでしょうが、その事にはお礼を言いましょう。短い間ですが、ありがとうございました。あなたを手放すのは惜しいですが、私は仲間を……あの人を傷つける者は許しません。
ですから二度と……、二度と俺の前に姿を見せるな!次に俺の大事な者達に手を出したら、今度はこれ位では済まさないから、覚悟しておけ!!……ああ!また余計なことを言ってしまいました!本当にあなたは恐ろしい……あらゆる意味で。……ではこれで、失礼させていただきます」
そう言って仮面の弁護士は、リアージュの前からいなくなった。そして、次の日。その施設から蹴り出されて、地面で頭を打ったリアージュは、茶会でのことを思い出した。
「うぎゃああぁぁ~~~!?」
リアージュは思い出した途端、大きな叫び声を上げて、その場で失神してしまった。
※この終わり方ではスッキリしないですよね……。申し訳ありませんが、今回のリアージュの夢オチした茶会の本当の全容の話は8話後に始めます。茶会の話は多くの方が予想されているだろうなぁと思う……、ちょっとアレな感じなので、複数目線で何回も語るのは読まれる方が気持ち悪くなられたら困ると考えて、ルナーベル目線で書くだけで抑えるつもりでいます。次回はリアージュが女の子の日で社交をさぼろうとした日の次の日まで時間が遡り、ルナーベルの話となります。5月の話は復讐ゲームのヒロインの話が主になりますので、イヴ達は5月の茶会の話が終わるまで出てこられません。




