男爵令嬢と夢の茶会⑤
リアージュは隠し持っていた銀色の髪をワイングラスに入れた後に、さも、今気づいたとばかりに立ち上がり、きびすを返して、舞台の端のギリギリまで招待客達の方に歩み寄り、ワイングラスを高く持ち上げてみせた。
「あらぁ!?これは……銀色の髪が!?誰かが私の新作の”リアージュソーダ”にいたずらを仕掛け、こんなに炭酸がきついものにしたんだわぁ!きっと、そうですわぁ!私が可愛いいのを妬んでいて、これをぉ、私が飲むと思っていた者のぉ、仕業ですわぁ!なんという非道いことを!とても同じ人間がしたなんて思えない位、惨い嫌がらせだわ!こんなことを考えつくなんて、まるで悪魔のようだわ!
たまたま平民のルナーベル先生が飲んだから私は助かりましたが、例え平民とは言え、これではぁルナーベル先生が、お気の毒ですわぁ!きっと、私がいつも王子様と一緒に授業を受けていることを妬んでいる者の仕業だわ!誰かしらぁ?私には銀髪の知人はいないし、ねぇ、王子様ぁ?王子様の身近に銀髪の長い髪の女性はいないかしらぁ?ねぇ、心当たりはありませんかぁ?」
舞台の上に立つ生徒会の彼らは、一斉に舞台の下を見る。舞台下の貴族達もその美女を遠巻きにし、ヒソヒソと囁いている。……そこには、あの”社交界の銀色の薔薇”と称えられる長身の美女が、実に悔しそうにリアージュを睨めつけていた。
「あらぁ、あの人も銀髪ですねぇ、誰かしらぁ?なんか、こっちを鬼みたいな顔で睨んでてぇ、リアージュ、とっても怖いですぅ!ねぇ、王子様ぁ……、リアージュぅ、怖いからぁ、ギュッって、抱っこして欲しいなぁ……」
リアージュがそう言うと生徒会の4人が、一斉にリアージュをギュッと抱きしめてくれ、頭を撫でたり、頬や唇にキスをして、リアージュを慰めてくれた。
「キャッ!もう、皆んなったら!こんなところでぇなんてぇ、とんだ野獣さんなんだからぁ!焦らなくてもぉ、リアージュは皆のリアージュなんだからぁ、そんなにがっつかないの!エヘヘ、もう、恥ずかしいから、後はどこかの部屋で、この続きをしましょうねぇ、えへへへへへ、でへへへへへ、にへへへへへ……」
リアージュは最高の気分だった。リアージュを馬鹿にしたルナーベルに恥をかかせ、そのいじめの犯人をイヴリンになすりつけることに成功したのだ。これでリアージュは、”初めての茶会”という貴族のイベント中にハプニングイベントに遭うことが出来たのだ。
元々、揚げ物やマヨソースで人気があったリアージュは、これで茶会に訪れた全ての貴族達から”同情”という名の好感度を一身に受け、不動の地位を築き上げたはずだ。それにこうして、攻略対象者の4人から抱きしめられて慰められているということは、リアージュは無事に4人全員からの好感度を一気にレベルMAXまで上げたはずだった。……ついにリアージュは、彼らをリアージュだけのものにしたのだ。
(ウヘヘヘ、これこそ、待ちに待った展開よ!後は、キャキャウフフな逆ハーレムよ!前世では体験できなかった恋愛を沢山してやるわよ!)
リアージュは、何もかもが上手くいって、ホント、夢のようだと思った。
『この、馬鹿娘!!起きろぉ!!』
「?え!?」
いきなり父親の怒鳴り声がしたと思ったら、目の前の全ての光景が消え、リアージュは何が何だかわからなくなった。
「??あれ?王子様は?ここはどこ?」
さっきまでイケメン達に囲まれていたはずなのにと、リアージュは目をしばたかせた。
「ねぇ、王子達は?私の逆ハーレムは?」
「何、馬鹿なことを言っているんだ!お前のせいで、ヒィー男爵家は終わりだ!どうしてくれる!」
ヒィー男爵はリアージュが目覚めると、リアージュの胸ぐらを掴んで揺さぶり始めた。リアージュは揺さぶられながら、何の事だと尋ねた。リアージュが今いるのは、どこかの小さな部屋だった。壁も天井も床も白く、リアージュが寝かされているのも小さな白いベッド……前世の世界の学校の保健室に置かれているような堅いベッドのようだった。
「ここって、学院の保健室?でも学院のベッドは、もっと大きくてフカフカだったから保健室とは別の部屋なのかしら?ねぇ、ここは一体どこで、何で私はこんな所にいるのよ?」
ヒィー男爵はリアージュの問いに、揺さぶる手を止めて、信じられないモノを見る目つきで言った。
「あ、あれだけのことをしておいて……覚えてないのか?……あんな恐ろしいことをしておいて……、私達を破滅に追いやっておいて覚えてない……だなんて……」
ヒィー男爵はガックリと肩を落として、リアージュから二、三歩よろめいて後ずさった。リアージュは再度問うたが、ヒィー男爵はもう言いたくないと言った後に、リアージュを真っ直ぐに見て言った。
「私は元々男爵代理でお前が成人したら、お前に爵位を譲渡しなければならなかったんだ……。でもお前が入学式の一週間前に高熱を出したから、しばらくは様子見をすることにしていたんだが……もうお前はお終いだ。だから私は爵位を返還することにする。もう私は疲れた。お前も好きにするが良い……」
「え!?やったー!私に爵位を返還してくれるって!お父様、気前がいいわね!じゃ、これからは私、もうあんたに好き放題言われなくてもすむのね!私が当主なら、私があんたよりも身分が上になるのよね!私はあんたに命令が出来るのよね?」
ヒィー男爵……だった初老の男性は、ハァ~と深くため息をついた。
「実の父親である私をあんた呼ばわりするのか。実の父親に、お願いとは言わず、命令と言うのか。お前は本当にあの女に……、母親にそっくりだな。母娘そろって私を家族とは……最初から最後までお前達は私の事を”ヒィー男爵家の者”と……認めないんだな。……ま、それもいいさ。そういう貴族の話は珍しくもないし、それが貴族らしいってことなのかもな。
私だってお前達を……最初から最後まで愛せなかったんだから、お互い様だよな……。それに……もう終わったことだからな。亡き先代との約束は果たせなかったが、私は精一杯やれるだけのことはやったんだから、あの世に行っても文句を言われることもないだろうさ。私は屋敷を出て、お前とは縁を切るから二度と会うこともあるまい。会いたいと言われてもお前に係わるのは二度とごめんだ。じゃ、これで」
「ちょっと、待ってよ!茶会はどうなったの!?それに、ここはどこよ!!」
リアージュがそう言っても、疲れ果てやつれた様子の初老の男は、ため息をつくばかりで何も言わず、そそくさと立ち上がり、旅行鞄を持つとリアージュから離れ、その部屋から出て行った。彼が出て行くと外側からガチャン!と施錠の音がして、リアージュは慌てて、部屋の扉の所へ行った。
「外側から鍵が掛かってる……、よく見たら、窓も格子が入ってて……、これじゃ、まるで僕イベのバッドエンドみたいじゃない!」
僕イベのバッドエンドでは、男爵令嬢が攻略者の誰とも結ばれず、悪役令嬢の誤解も解けず、勉強、淑女教育のレベルも低い状態のままバッドエンドを迎えると、男爵令嬢は誰とも結ばれずに男爵家を追放されて、監禁施設で死ぬまで幽閉されて終わることになる。
(そんな!何がどうなって、こんなことになったのよ!?)
リアージュは狭い部屋で暴れまくり、慌ててやってきた医師らしき男と看護師らしき男達に、拘束衣を着せられて、目隠しをされて、猿轡を咬まされた状態になった。
「一言も喋らせるな!声も発するな!」
「目隠しするまでは、この女を見てはいけない!」
正体不明の男達は、そんな言葉を掛け合いながらリアージュを拘束した。
(何よ、これ!誰でもいいから説明してよ!)
どれだけの時間をそうしていたかわからなかったが、次に目隠しだけを外された状態で椅子に座らせられたリアージュの目の前には、リアージュに拘束衣を着せた医師らしき男と仮面をつけた男が机を挟んだ状態でリアージュと対峙していた。
(あれ?この仮面の男、どこかで見たことがあるような……?)
仮面の男は目元を黒い仮面で隠している以外には、特に特徴がなさそうな、しょぼい中年男性に見えた。
「んがー、んがんがんあんが!!」
自分の拘束を解けとか、ここはどこか?……とか色々言いたいことや聞きたいことがあるのに、猿轡を咬まされているから上手く言えず、リアージュは苛つき、一生懸命身じろぎした。煮えくりかえってくるような怒りを男達にぶつけようとしたが、男達はリアージュの気持ちなんて察しようともせずに一方的に話し始めた。




