男爵令嬢と夢の茶会④
リアージュが覆いで隠していたのは、飲み物だった。綺麗な透明感のあるピンク色の液体が入ったガラス瓶にはコルクで栓がされて、封印まで施していた。瓶の隣にはコルク栓を抜くための栓抜きと、飲み物を注ぐためのワイングラスが置かれていた。
リアージュは、自分の手で封印を破り、栓抜きを使って、自分でコルクを抜き、ワイングラスにそれを自ら注ぎ入れていく。ワイングラスに注がれた液体は、いくつもの空気の泡が生まれては消えて、近づくとシュワシュワ……と音が鳴っていた。
「まぁ、まるでお喋りをしているような音がしていますわ!こんな音が鳴る飲み物を私は今までに一度も見たことがありませんわ!見ているだけでも楽しい飲み物ですわね。それに飲み物の色もリアージュさんの髪の色のように綺麗なピンク色で、とても可愛いですわ!リアージュさん、これは何なのですか?」
ルナーベルの言葉に舞台下の貴族達も、その通りだと口々に言った。リアージュはフフンと自慢げに笑って言った。
「これはお酒でもなく紅茶でもない、新しい飲み物ですわ!我が領地の炭酸水と我が領地で取れた苺のシロップで作った苺ソーダ、いえ、これは”リアージュソーダ”です!どうぞ!ルナーベル先生!日頃の感謝の気持ちを込めて、私の新作を誰よりも先にお召し上がり下さい!」
リアージュは銀色のスプーンを取り出し、自分の名前をつけた苺ソーダのコップに差し込み、毒ではないことを皆に見せてから、ワイングラスをルナーベルに渡した。ルナーベルがグラスを持つと、リアージュはニッコリ笑顔を作った。
「これは少しづつ飲むのではなく、一気にクイって飲む方が喉ごしを楽しめますの。ルナーベル先生、いつもありがとうございます。さぁ、飲んで下さい!」
「え、ええ!ありがとう、リアージュさん。では、いただきますね」
ルナーベルはリアージュの勧めで何の疑いもなく、リアージュソーダを思いっきり飲みこんだ。すると次の瞬間、「!ゲッ!」という音を立ててルナーベルはリアージュの目論見通りに、へディック国中の上下貴族が集まる講堂内の一番目立つ舞台中央で大きなゲップをし、グルルルルルル~!!とお腹を大音量で鳴らせた。実は貴族の間ではお腹の音やおならよりも、「恥ずかしい、見苦しい、失礼だ!」……と、皆に一番嫌われる生理現象は”ゲップ”だったので、ルナーベルは顔面蒼白となった。
「まぁ、ルナーベル先生!大丈夫ですかぁ?」
リアージュは、我ながら名演技だとほれぼれするくらい、下品な振る舞いをした修道女を労る、優しい少女の顔つきでそう言って、心配げにルナーベルに駆け寄った。
(ざまぁみろ!思い上がった若作り女め!私はね、私を馬鹿にした女は絶対に許せないのよ!これにこりたら、道具は”道具”らしく、私のサポートだけしてなさい!)
リアージュは心の中でそう言って、青い顔色のルナーベルを腹を抱えて笑ってやりたくて、たまらなくなったが我慢した。
(ギャハハハハ!!ざまあないわね、ルナーベルせ・ん・せ・い?さすが社交界の鳴き腹ですわね!大音量すぎて、涙が止まりませんわ!アハハハ!!先生?私じゃ、王子達は無理だって言いましたわよね?身分がふさわしくないって、暗に言ってましたわよね?
これを見てよ、先生?こんなに大勢が私のために集まったのよ!これでも私が誰にも見向きされないって思う?あんたは私のサポートだけしてればいいのよ、おばさん!あんたの心配は無駄なのよ!だって、私はこの世界のヒロインで、私は”お姫様”なんだから!!キャハハ、ウッヒャッヒャヒャヒャ、アハハハ!!)
リアージュは久しぶりの快感に酔いしれる。母親が死んでから、学院に入るまでのリアージュは社交をさぼって、家に引きこもっている間、毎日色んな嫌がらせを考えては、それを家の使用人達に仕掛け、彼らが窮地に陥って、顔を青ざめさせた時に、こうやって嘲笑うのが何よりも楽しく、至福の瞬間だった。リアージュは、ルナーベルの昔の蔑称を夜会で耳にしたときに、この嫌がらせを思いついたのだ。
ヒィー男爵領の領地には枯れかけている温泉の他に、炭酸水の湧く泉があった。リアージュが生まれる前に、国全体の土地を調べる調査があったらしく、その時にヒィー男爵領の炭酸泉の水は飲用できることも調査で判明していた。
リアージュは前世で炭酸飲料やビールが大好きだったし、前世ではそれらは流行っていたから、今世でも揚げ物みたいに受け入れられると思っていたので、自分の領地の炭酸水を味付けして売れば良いと考えついた。今世ではゲップは、みっともないことだと言われていることは承知していたので、今回の茶会以降はゲップが出ないくらいに炭酸を抑えて売り出せば、絶対売れると思っていた。
……ただ今回だけは入学式の次の日に、リアージュを馬鹿にしたルナーベルに少々おしおきするのと、いくら待っても発生しないハプニングイベントを自作自演するために、リアージュが作ったものだけには炭酸を抑えなかった。
(ルナーベルは保健室の先生だが、平民の身分だと言っていたわ。なら、こんな事をしたって平気よね。何せ私は貴族でルナーベルは、私専用の平民のサポートキャラなんだから。それに……私は、私を馬鹿にした女は絶対許さないってことを、ルナーベルに思い知らせてやらなきゃならないのよ。だって、この世界は私のための世界なんだから)
リアージュは舞台の上で一人、内心大笑いしていた。舞台下では、「何て、恥ずかしい!」、「見苦しい女」、「恥知らずの年増女!」、「失礼な修道女をつまみ出せ!」……等と上下貴族達がざわめきだし、生徒会の4人が舞台に上がって、ルナーベルをけなしはじめるのを眺めながらリアージュは、心の中で笑いをこらえるのに苦労しつつ、失礼な修道女を健気にかばう、可愛いヒロインをそのまま演じ続けた。
「可愛く素敵なヒィー男爵令嬢!その失礼な修道女を放り出してくれないか!目障りだ!」
「そんなぁ!王子様、ルナーベル先生は悪気があって、ゲップをしたわけではないんですよぉ?」
「とても可憐なリアージュ嬢!そんな平民の年増女なんて、かばうな!」
「そんなぁ!騎士団長子息様ぁ、平民でも、私達のぉ、先生なんですよぉ?いくらぁ、下品でもぉ、かばうにきまってますよぅ!」
「ああ!何て優しいんだ、君は!まるで聖女とは、君のためにある言葉のようだよ、私の愛しいリアージュ!」
「えへへぇ!もう、大司教子息様ったらぁ!こんなところでぇ、そんなことぉ、言われたらぁ、リアージュ、恥ずかしいですぅ!」
「こんな見苦しい女をかばうなんて、なんて素敵なんだ!私はもう、恋の病で狂ってしまいそうだよ!どうか、私の妻になってくれ!美しくて可憐な、愛しのリアージュ嬢!」
「ぐっ!そんな良い声で口説かないでぇ、私ぃ、感じちゃってぇ……もうらめぇって、なっちゃうからぁ!」
生徒会の4人に囲まれて、リアージュはうっとりとした気分になる。これこそリアージュが望んでいた僕イベの逆ハーレムなのだ。
(ウヘヘ……、私は僕イベの逆ハーレムエンドを攻略出来なかったけど、こうして転生して現実で逆ハーレム出来ているなんて最高よね!)
生徒会の彼らにニッコリ微笑まれて手を差し出され、リアージュは夢心地で彼らの手を取りかけて、ハッと我に返った。
(いけないいけない!私としたことが!最後の仕込みを忘れてしまうとこだった!)
リアージュは顔面蒼白になって、床に頽れたルナーベルに駆け寄って、ルナーベルの手に持たれたままのワイングラスを受け取り、こっそりドレスの胸の隙間に忍ばせていた、銀色の髪の毛を一本、グラスの中に入れた。




