男爵令嬢と夢の茶会③
ヒィー男爵家主催の茶会は王都の屋敷ではなく、学院の講堂を借りて行われることになった。というのも、へディック国中の上下貴族達がリアージュの新作発表に興味津々で、ヒィー男爵家の茶会にぜひ招待して欲しいと申し込みが殺到したために、ヒィー男爵家の王都の屋敷の大きさでは、全ての客を受け入れることが難しかったからだ。ヒィー男爵は馬車の中でそれを嬉しそうに言っていたが、リアージュは寝不足だったために、それを夢うつつで聞いていた。
「そうだ、お前にもう一度念を押して言っておくが今回、茶会のために学院の施設を借りることにしただろう?だから屋敷での茶会と違って、いくつか注意することがあ……」
何やらブツブツ言っているヒィー男爵に適当な相づちをつきつつ、リアージュはつかの間の仮眠を馬車で取り、久しぶりに学院の門をくぐった。今日は平日で、平民達”中間テスト”を受けているため、校舎からは出てこない。リアージュは寝ぼけ眼で馬車から下りると、ヒィー男爵の横で茶会の準備に取りかかった。
講堂には舞台もあったので、そこで新作を発表しようと、テーブルを舞台中央に一つおき、展示用にと、リアージュが屋敷で一つだけ手作りし持参した、新作のそれを置き、上に中が見えないように覆いを被せ、そこにいた使用人の一人に、誰も触らないように見張りを命じた。舞台下の左端には新作発表後に招待客に配る、領地の人間に作らせた新作の物を並べ、リアージュの新作発表まで、大きな布で覆って見張りをつけておくようにと、さっきと同じようにリアージュは指示を出した。新作の設置が終わり、リアージュは少し気を抜いた。その途端、今まで意識していなかった悪臭がリアージュの鼻を襲って来た。
(うっ!締め切った講堂って臭い!!なんか中学校の体育館の倉庫の中にある、使い込まれた古いマットみたいな匂いがする!ここが学院だからかな?講堂の空気の入れ換えをしたほうがいいのかなぁ?でも面倒だから、止めておこう。ああっ、もう!本当に何もかも面倒臭い!!あ~、もう嫌!も~、イライラがおさまらない!!う~、気持ち悪い……。それに眠くて眠くて、まぶたが開けていられないし、眠くて苛々する!)
こんなに眠いというのにヒィー男爵は、リアージュを少しも休ませてはくれなかった。茶会に来る客の馬車対応の使用人の数の確認も、今日の馬車の駐車の動きも安全確認も、茶会が始まっての客対応の使用人の数の確認も、今日の茶会での使用人の動きの確認も、この日のために借りてきたテーブルや食器の手配、花器に活ける花の確認……等々まで、リアージュ自身に確認させて、それらがキチンと出来ているかの最終確認に余念がなかった。
ヒィー男爵は、初めてのヒィー男爵家の茶会に気合いを入れ、絶対失敗は許されないのだと、目の下に隈を作りながらも、リアージュの今後のために差配を覚えられるようにと必死になって、教えようとしてくれていたのだが、そのことにリアージュは全く気が付いていなかった。リアージュはヒィー男爵の父親としての思いなど欠片も感じ取らずに、ただ父親がうっとうしくてたまらないと、内心ずっと悪口を言い続けていた。
(本当に口うるさい親父だよね……、ホンット嫌になる!ああ、面倒臭い……私は何で、こんなことをしているんだろう?……誰よ、こんな面倒臭いことをしようって言ったのは!回りの迷惑を考えろって言うのよ!末代まで呪われろ!)
リアージュは、自分が言い出したことも忘れて、自分自身を呪ってしまっていた。
ようやく茶会が始まる10時になり、講堂にへディック国中の上下貴族がほぼ全員押し寄せた。リアージュは講堂前に父親と並んで立ち、招待客を出迎えたが、彼らは何故かリアージュの側まで来ると、『うっ!』と言って息をとめ、眉間に皺を入れて、顔を背けて挨拶の言葉を短く言っただけで、世間話もなく、茶会会場内へとそそくさと小走りで去って行った。
(何?皆、私の可憐な姿を至近距離では直視できないってことかしら?さすが僕イベのヒロインの私!ああ、皆が慌てて私から離れていくわ!)
招待客が皆そろったようなので、ヒィー男爵に促されて、リアージュも会場に入った。
(うっ!!く、臭い!なんかものすごい匂い!古いマットの匂いはしなくなったけど、こ、香水が!相変わらず強烈な香水とポマードの不協和音攻撃が!締め切った講堂内に色んな匂いが混ざって、く、臭!は、鼻がもげそう!それにやたらめったら人が多くて、まだ5月なのに熱気がすごいし、埃っぽい。……ああ、気持ち悪い。胸が気持ち悪いのに、これだけの悪臭!本当に勘弁してよね……。それにつけても……ああ、眠いったらないわ)
会場内はへディック国中の上下貴族がほぼ全員集まった状態だったため、当然ごった返していた。
(……眠いけど、そろそろ、おっぱじめようかな。よし!さて、あの女は、どこにいるのかしら?)
リアージュは会場内を歩き回り、あの女を……ルナーベルを探したが、大勢の貴族がいるので、見つけられなかった。
(どこにいるのよ?あの女は!?)
ヒィー男爵がリアージュに、お客様がお前の新作を見たいと言っているぞと急かすので、手伝いを頼んだルナーベルがいないと言うと、ヒィー男爵はルナーベル先生なら休息所にいると教えてくれた。リアージュは人混みをかき分けながら、会場の端に設置された休息所に行くと、ルナーベルは、そこでのんきにお茶や冷水の給仕をしていた。リアージュはイラッとしたが、それを隠し、ルナーベルに声を掛けた。
「会場を探してもいないから、焦ったわよ!……焦りましたよ。こんなとこにいた!……いたんですね、ルナーベル……先生。今から新作発表だから急いで来て下さい!」
「え?」
リアージュは、今日の茶会のために奮発したピンク色の可愛い、お姫様ドレスを着ていた。前世の自分が『フフフ、これこれ!これこそ、”お姫様”のドレスよね!プリンセスだらけのあのテーマパークや、女しかいない劇団の娘役が着ているような、フンワリドレス!!』と大喜びしていたドレスに、首には真っ赤なルビーのネックレスをつけ、足下はガラスの靴……はなかったので、真っ赤なハイヒールだったが、ルナーベルはいつもと変わらず、素顔に修道服のままだった。
(フン!野暮ったい格好のままだこと!女を捨てた女って、ホントに惨めよね!)
ルナーベルは、何故かリアージュにしきりとミントティーを飲むよう進めてきたが、あんな歯磨き粉みたいな味のお茶なんか飲みたくない……とリアージュは固辞し、そんなことより私についてきて、と言った。
「私の新作を一番初めて口にするのは、ルナーベル……先生に決めてるの!だから早く!!」
色とりどりのドレスがひしめく中、修道女姿のルナーベルの手を引っ張り、今日の茶会のメインイベントである、新作発表のために、講堂の一番目立つ舞台上にリアージュは、ルナーベルを連れて行った。リアージュが行くと見張っていた使用人が、舞台下へと下がっていった。
大勢の上下貴族の視線が二人に注がれ、「なんていう美しさだ!」「なんて若々しい!」という言葉があちこちで囁かれ、中には舞台下から「頑張れー!」と手を振って、応援してくれる若い貴族達もいて、リアージュは笑顔になった。
(見てよ、この私の人気っぷりを!皆、私に無我夢中なのよ!皆が私を愛しているの!さすがはヒロイン!私は、この世界の”お姫様”なのよ!)
舞台中央には白いテーブルクロスが、かけられた小さな丸いテーブルが一つあり、その上には深紅の覆いが掛けられたリアージュの新作があった。リアージュは皆の視線が集まるのを嬉しく思いながら、覆いを取り払った。




