男爵令嬢と夢の茶会②
「……ちょうどいい。お前はもう16才の大人なんだ。いつまでも貴族の子女の役割から逃げていてはいけない。この父がお前に付きっきりで、茶会の差配を教えてやろう!何、私も差配は初めてだが、お前の茶会のために、今までの社交を思い出しながらすれば、何とかなるはずだ!」
(もしかしたら、二回目や三回目の新作発表の時は夜会で行うと言い出すかも知れないしな……。よし!この機にきちんと差配が出来るようにしておいてやろう……)
ヒィー男爵はリアージュに、これ以上の料理知識がないことを知らなかったので、父としての気遣いの気持ちから、そんな風に思い、今後のためにもなるだろうから……と考え、そう言ったのだが、リアージュはヒィー男爵の提案に眉を露骨に潜めて、うっとうしげに父を見つめて、それを拒否した。
「え?嫌よ、そんなの面倒くさいじゃん!私は”お姫様”なんだから、そういうのは下々の者がすればいいのよ!……って、ちょっ、待ってよ!引っ張らないでよ!執務室なんて行かないわよ!」
リアージュがどれだけ文句を言っても、ヒィー男爵はリアージュを掴む手を離さなかった。
「いくら流行病や不況で領地が危機的状況だったから……とか、私の血が入っているとは思えない位くらい性格が悪く、そのおぞましい所業の数々を実際に目にするのが嫌だったからと難癖をつけて、これを放任していたのが間違いだったのだ……。ああ、学院が男女共学にさえならなければ、これを領地に一生……」
などとブツブツ言って、その日の朝から、茶会の前日まで、リアージュは父親付きっきりの生活を送る羽目になってしまった。ヒィー男爵は、昼間はリアージュに茶会の差配の仕事を実地で覚えさせるために、執務室で付きっきりで指導をしながら、親子で茶会の準備をし、夜はリアージュの人気があるうちに、何とか婚約を……と、お見合いの夜会にリアージュを引っ張り回した。
そして夜会で貴族達に群がれているリアージュを見た後は一人、夜会の差配の様子を観察しながら手帳に詳しく書き取っていき、数人の親しい貴族達を見つけては、茶会での差配について教えてもらうために頭を下げて回って、彼らから話を聞かせてもらった。そして夜会が終わり屋敷についてからは、わずかしかない睡眠時間を削って、茶会でやらねばならないことをまとめた資料作りに頭を悩ませる日々を毎日送るようになった。
こうして昼間は、面倒な茶会の差配の準備をヒィー男爵に毎日叱られながら、しなければいけなくなったリアージュは、それがもう嫌で嫌で仕方が無かった。ヒィー男爵が父として、どんな思いで娘を叱っていたのかを少しも考えようともせず、どんな思いで自分の心身を削るようにして、娘のために駆けずり回っていたのかなども、少しも思いやろうともしなかった。
(口うるさい嫌みな親父に毎日こき使われているのが、うっとうしくて堪らないわ!)
と、リアージュはそんな気持ちで差配の準備を嫌々していたので、少しも差配のことが身に付かず、面倒だとしか思えなかったし、そんな考え方をするリアージュには、毎日の作業が苦痛でしかなかった。なので、ヒィー男爵が今の人気がある間にと見合い代わりに連れ出している夜会で、リアージュは日頃の鬱憤を晴らそうと、アルコールを連日飲むようになり、その量もドンドン増えていった。
相変わらずリアージュの人気は続いたが、リアージュは自分を取り巻く集団から離れて、アルコールが並ぶテーブル前から動かなくなった。そしてリアージュは使用人から酒瓶を奪い取り、手酌も面倒だとラッパ飲みまでして、酒を大量に飲むようになってしまったのだ。そうしてアルコールを飲みながら心の中で、毎日差配を考える手間や、それから逃がしてくれないヒィー男爵への不平不満を愚痴り続けた。
(なんかこの世界って、いちいち現実的で、本当に面倒くさっ!前世の日本なんて、こんなことしなくても、ちょっとネットであることないこと書き込みしたり、合成写真を作って、あることないこと捏造して、学校やうざい相手の家近所にばらまくだけですんだのに!ちょっとしたいじめのためにこんなに労力を使うことになるなんて!もう、本当に何もかもがウザ過ぎる!
招待状だって、毎日毎日長時間、内職か!ってくらい手書きしなきゃいけないし!一文字間違っても字が歪んでも書き直しって、お前は鬼舅か!って、バカ親父を張り倒したくなったわよ!ここにパソコンやコピー機があれば、こんな手間なんていらないのに!携帯電話やスマホがあれば、一斉メールを打つだけで事は足りるのに、なんてこの世界は、まどろっこしいのよ!私の細い腕が腱鞘炎になったら、どうしてくれるのよ!
それに茶会の差配って、本当にうっとうしいったらありゃしないわよ!毎日毎日、考えることが多すぎて、ちっとも、イヴリン対策に頭を捻る余裕もないじゃないの!!皿やコップなんてねぇ……、前世の世界だったら、百均の店とかで紙コップや紙皿を大量に買って、セルフでそれを取ってもらえば、手間は省けるし、フォークやスプーンだってプラスチックのを買えば、簡単なのに!
実家の食器では到底、数が足りないから、余所の貴族やどこかの飲食店から、お金を出してレンタルしなきゃいけないなんて、うざすきるし、その在庫確認だって七面倒ったらないわ!借り受けるための馬車も人手の手配も私がしないといけないなんて、ひどすぎるわよ!
茶会のケーキや他の洋菓子や、ポテトチップスだって、前世の世界の大型スーパーがあれば、簡単に大量に買えるし、宅配だってネットで頼めるのに、この世界じゃ、一々どこかの店で手作りさせる手配や搬入の時間や経路も考えなきゃいけないし!防腐剤が入っていないから、全部、当日店で作って、届けられてくるなんて地獄でしょ!
今回の茶会に出てくる茶菓子が10種類も必要なんて、誰が言い出した……、ああ、これ、私だった。うん……これは仕方ないわよね、うん!そうよ!へディック国中の上下貴族が集まるから、10種類いるのは当然だから、それは仕方ないわ!
……ああ、……そうそう、後は車よね。前世の世界のような車があれば、駐車も簡単なのに、なんで駐車で、馬車用の馬の飲み水や飼い葉まで用意しないといけないの!なんで男爵令嬢が馬糞の処理の手配まで考えないといけないのよ!)
一人、酒瓶を咥えて飲むリアージュの姿を見かける度に、ヒィー男爵は慌てて飛んできては、娘の口から酒瓶を引っこ抜いた。16才となって成人したばかりの者が、急に酒を大量に飲むのは、体が慣れてはいないだろうから止めておいたほうが良いと娘を窘め、せっかく皆が話しかけてきてくれているのに、それを無視して、酒ばかり飲むのは社交とは言えないと諫め、今の人気があるうちに、お前からも積極的に夜会に出ている人達……特に独身男性達に話しかけてこいと勧めたが、リアージュは噛みつくような勢いで言い返した。
「何よ!私はもう成人しているんだから、あんたの指図はいらないわよ!タダ酒をどう飲もうが勝手でしょ!昼間はあんたの言うがままに働いているんだから、夜ぐらいは好きにさせてよね!」
リアージュは夜会の会場中に響くような大声で反論するので、ヒィー男爵はそれ以上、成人している娘の醜態を見せるわけにはいかないと、リアージュの言葉に思うことは山ほどあったが、その場ではそれ以上娘に助言をいうことを控えたが、この親子の会話は、その後の夜会の度に幾度も繰り広げられるようになった。
父親に夜会での飲酒を毎日咎められるのも、うっとうしいとリアージュは苛ついた。成人しているんだから問題ないでしょ!……と反抗的になり、返って飲酒の量が増え、しまいにはヒィー男爵に隠れて、自室の部屋にまで、ウォッカ等の酒瓶を持ち込むようになった。リアージュは面倒な差配の仕事への不平不満や、父親への反感により、飲酒が進み、寝酒までするようになってしまったのだ。
(へへへ、この親の目を盗んで酒を飲むって言うのが、さらに美味しく感じるんだよねぇ……)
茶会前日は体調を整えるようにと、ヒィー男爵に丸一日の休日をもらったのに、リアージュは前々日の夜会でくすねてきた、ブルーチーズとブランデーケーキと唐揚げと、王都の屋敷のコックに作らせたトンカツとポテトチップスをつまみにして、自室に持ち込んだウイスキーとブランデーとワインをベッドの上で飲み始めた。
(ちょっとだけなら大丈夫だよね。今まで頑張った私へのご褒美タイムだもんね!明日一日丸々休みだから、明日は少し寝坊してから、ゆっくりと私の茶会の計画を練られるもの!だから今日は多少の夜更かしは大丈夫なのよ!ああ、お酒って、ホント美味しい。お酒が飲めない人って、人生の半分以上を損しているわよね……。
ポテトチップスも唐揚げもトンカツも最高!ああ、前世の揚げ物万歳!!ブランデーもワインも美味しいし、ウイスキーも疲れた体と心に、すごく沁みるわぁ……。久しぶりの休日……っていうか、前世の記憶を思いだしてから、初めての休日じゃないかしら?ああ~、何もしないで部屋で飲めるって最高!!)
リアージュは、そのちょっとだけのご褒美タイムの一人酒飲みが妙に楽しくて楽しくて、仕方なくなり、美味しいお酒が進むからと、ダラダラとそれを続けた。ひたすら食べて飲み、疲れたら少し寝て、起きたらまた飲み始めて、また食べてを繰り返し、ツマミや酒が切れかかってくると、
(もう少しだけなら……いいよね?だって今日は何だか、とってもお酒が美味しいんだもん!今、私、すごく楽しんだもん!!このまま終わるのもったいない気分なんだもん!!)
ヒィー男爵が部屋に訪れてこないことをいいことに、リアージュは追加のポテトチップや各種の酒を使用人に持ってこさせて、一人酒飲みを続けたため、時間感覚が鈍り、リアージュはひどく酔っ払ってしまった。体調を整えることも忘れ、リアージュの茶会の計画……イヴリンの対処法とか、虐めの証拠の捏造計画とか、その他諸々のことをを考えることも全て、酒で忘れてしまい……リアージュは気づいたら、茶会当日の朝3時まで、一人酒飲みを延々と続けてしまっていた。
茶会当日の早朝4時に酒瓶を抱えたまま、いびきをかいて寝ているリアージュを見て、大激怒したヒィー男爵は、使用人に服を着たままでいいから、ソレを担いで風呂に放り込んでくれと命じた。眠っているところを問答無用で服を着たまま、風呂に放り込まれたリアージュは入浴後、沢山の使用人に至る所をマッサージされた後、大急ぎで化粧を施されてから、今日のために用意したドレスとネックレスを身に付け、父親と共に馬車に乗り込み、学院へと向かった。
※茶会の差配はイヴも4才の時に神子姫エレンと大司教シュリマンへの初めてのお客様のおもてなしで経験しています。あの時と人数と規模が違いますが、貴族の夜会や茶会の差配は、実はイヴのように、経験豊富な執事や使用人達と相談しながらやれば、どんな規模のものでも、そう難しいものではないのです。食器の貸し出しも使用人との信頼関係があれば、使用人同士のコミュニティーで、苦も無く回避が出来、食材の確保も料理人同士のコミュニティーで、回避が出来るモノでした。招待状も実は大規模な茶会や夜会では、宛名書きだけ自筆のサインで、後の文面は代筆屋に任せるのが一般的なのですが、元々差配は女性の仕事なので、ヒィー男爵は差配には詳しくありませんでしたし、ヒィー男爵にそれを教えてくれる者(老執事)がいないため、今回大変な目に遭っています。
ヒィー男爵家はリアージュのせいで使用人の入れ替わりが激しく、老執事も追い出したため、茶会や夜会の事情に詳しい者がいなくなり、その差配は全てヒィー男爵とリアージュがしなければいけなくなったので、特に大変な状況に陥ってしまっています。代々のヒィー男爵家は茶会や夜会を自宅で開かない代わりに、自分達が赴くそれらには、心付けと言って、自分達の飲み食いした料金を毎回(少し多めに)支払っていました。(実はイミルグランも自宅では茶会や夜会を開かなかったので、アンジュは毎回その料金をかなり多めに支払っていました)なので、ヒィー男爵は毎回リアージュが飲み食いし、ドレスの胸の部分に詰め込んだ食べ物の代金まで、娘の恥ずべき行為に赤面しながら平謝りしながら支払っています。




