男爵令嬢と夢の茶会①
「でも、ああいうのは”出物腫れ物所嫌わず”と言って、本人の意志で、どうにかなるものでもないのは誰もが知っていますし、あなたはきちんと謝罪をしたのに、さらにそれを指摘して嘲笑うなんて、お見合いの相手は狭量なお相手だったんですね。男女関係なく大人なら、お腹の音や、おならの一つや二つ、ニッコリ笑顔で聞かなかったことにするのが、最低限の礼儀でしょうに。
おならをしたことは恥ずかしかったでしょうが結果的には、そのお見合いの人の心持ちがよくわかることになったのですから、今回に限っては、”災い転じて福となす”になったのではないでしょうか?そんな相手と縁を結ばなくて良かったと考えて、気持ちを楽になさってはいかがでしょう?気を落とさないでくださいね。次期大司教様?」
「ルナーベル先生、そんな次期大司教様だなんて!!本当にありがとうございます!あなたにそう言ってもらえて何だか元気と勇気がわいてきました。あの、ルナーベル先生?先生は還俗は考えてはおられないのでしょうか?……年下の男はどう思いますか、ルナーベル先生?……もし良かったら、私の事を名前で呼んでくれませんか?」
「まぁ、騎士団長子息様、また怪我をされて痛々しい!直ぐにこちらにお座りになって下さいませ!……ああっ、こんなに血が。お強くなりたいお気持ちは分かりますが、焦りは禁物ですよ?こんなに怪我をされてばかりだと、私は心配で夜も眠れず、目を赤くしてウサギのようになってしまいます。だからどうかご自愛して下さいませ」
「俺のせいでウサギか……。悪くないな、それ。ルナーベル先生、どうせなら俺だけのウサギになってよ」
「宮廷医師子息様、これはお父様にお借りしていた医学書です。お父様にありがとうございました。とても勉強になったとお伝え下さいませ。それにしても、沢山の病気がまだまだ治療法がないのですねぇ……。あなたも将来はお父様の後を継がれるんですよね?とてもご立派ですね。体を壊さない程度に頑張って下さいね!」
「あなたにそんな暖かいお言葉をもらえるなんて感激です!私の心にある病気が、これでは一生治せそうにありません」
「ずっと、あなたのお母様の身分のことで悩まれているんですね。お辛いでしょうが、今のその悩みが、きっと将来、あなたを良き王へと導く道標になってくれると私は思いますよ。私にはあなたのお話を聞くことしか出来ませんが、こんな私で良かったら、いつでもどんなお話でもお聞きしますから、だからどうか元気を出して下さいね、王子様?」
「っ!ルナーベル先生!先生は僕の女神だ!!」
「ちょっと!!いい加減にしてよ!あんた、サポートキャラでしょーが!!何、逆ハーレム状態なのよ!!」
リアージュは保健室の先生という立場を利用して、保健室で騎士団長子息の傷の手当てと称して、その足を撫で回している修道女にむかついて声を上げた。
(今日は学院の教室に生徒会の4人が来ないので、おかしいと思って来てみたら、案の定これだ!……ったく!さすがエロゲーを作っていた会社が作った乙女ゲームなだけあって、”健全な青少年をたぶらかす保健室の先生”……の立ち位置にいる、このおばさんの無駄な年上女の色気っぷりときたら!回りの王子達の鼻の下も伸びきってて、みっともないったら、ありゃしないわ!ホント勘違い女が、何してくれているのよ!)
リアージュは苛々とした気持ちのまま、保健室にいる上級貴族の男達に向かって、目を覚まさせてやろうと声を張り上げた。
「ちょっと、あんたら!何、ヒロインを間違えてるのよ!あんた達のヒロインは私なのよ!おばさんも立ち位置間違えてるんじゃないわよ!あんたはサポキャラで、私がヒロインなのよ!」
リアージュが顔を近づけて、そう言うと皆は、ウッ!と顔をのけぞらせて、眉をしかめて顔をそらせた。自分達が悪かったという自覚はあるようで、その事に対し申し訳なく思ったのかリアージュの顔を直視できないらしく、彼らはリアージュに聞こえない声で何やら、小声で話していた。
きっと誰から先にリアージュに謝罪をするのか、順番を決めているのに違いない……と思い、リアージュはそれを待ってやろうと思っていたら、彼らは顔を赤らめたまま、リアージュに何も言わず、名残惜しそうに保健室を出て行った。一人残った修道女が、それをにこやかに見送った後、リアージュに紅茶や菓子を出す準備を始めだした。
(あれ?王子達が何も言わずに出て行ってしまったわ。これって……王子達が私に謝るのを、この女が阻止したってことなのかしら?……それとも、この女は私のサポートキャラだから、私を第一優先して王子達を追い出してしまった……ってことなのかしら?……まぁ、どっちでもいいわ。今、用事があるのは王子達じゃなくて、この女だし!)
リアージュは修道女が差し出す菓子鉢から、むんずとクッキーをつかみ、口いっぱいにほおばりながら、今日保健室に来た用件を修道女に話し始めた。
リアージュは修道女との約束を取り付けることが出来たので、これで私の計画は完璧だ……と喜び、自分の計画のための用意に専念したいので、貴族の社交をさぼりたいと考えた。そこで夜会帰りの馬車の中で、自分の父親であるヒィー男爵に茶会の始まる前の数日間の社交を、茶会の用意をしたいから休みたいと打ち明けた。
「おお!やっぱり貴族の子女の役割をちゃんと覚えていたんだな!では早速、屋敷に行こうか!」
ヒィー男爵は馭者に学院ではなく、王都にある男爵家の屋敷に向かってくれと告げた。屋敷に着くとヒィー男爵は馭者に、茶会当日までリアージュは学院を休むとの言伝を頼み、リアージュの腕を引っ張って執務室へと向かって行った。リアージュは自室に戻るつもりだったので狼狽えた。
「え?何で執務室なんかに行くのよ?私は茶会の計画(イヴリンの対処法とか、虐めの証拠の捏造計画とか)をごろ寝しながら考えようと……」
リアージュの言葉にヒィー男爵は一度立ち止まり、顔をしかめてリアージュを見た。
「茶会の用意は、ごろ寝していては出来ないぞ。茶会の用意というのは、客を招くための差配のことだぞ。昔、家庭教師に習っただろう?
招待状は、男爵家の者の自筆なのは当然だが、当日のテーブルの数、食器の種類、枚数、菓子類の種類、数量、紅茶の茶葉の種類、茶会に飾る花の種類や花器の種類、数量を決め、会場内にどうやって設置するのか、何人の使用人が、茶会には必要なのかを検討し、いつ、菓子や茶を出すのかの時間配分を算出するだけではなく、
会場に来られる招待客の馬車を置く場所の確保や、それをどう置くのか、出し入れするための人員確保に誘導計画や、いざというときのための安全要員となる警備員の確保……等々を考えて手配するのが貴族子女の……お前の仕事なんだ」
それを聞いたリアージュは目を見開いて驚いた。確かに大昔にそんなことを習ったような気はするが、リアージュは勉強が大嫌いだったし、面倒なことはしたくなかったので、とたんに父親に向かって文句を言った。
「え?そんなに?うざっ!!出来るわけ無いじゃん!!そんな面倒臭いの全部、道具達にやらせたらいいじゃん!」
ヒィー男爵はリアージュの道具発言に、さらに顔をしかめた。
「馬鹿か、お前は!差配はお前の仕事だろうが!貴族の社交は遊びではなく、仕事なんだ!茶会や夜会の差配は貴族家の妻や娘の仕事だ。それらが出来て、一人前の淑女なんだぞ。それに今回の茶会の客達は、ほとんどが私達より身分が上の者達ばかりだ。何か一つでも不手際があれば、命取りになる!そんな自身の命がかかっているものを人任せにしてどうする!?それに何度も言っているが、使用人は道具ではない!いい加減に目を覚ませ!」
ヒィー男爵は、そう言ってリアージュを窘めた。リアージュはプウッと頬を膨らませ、ヒィー男爵から目をそらせて小声で悪態をつき始めた。
「私は”お姫様”なのよ!お姫様なんだから、道具を”道具”と言って何が悪いのよ!大体ね……」
リアージュはずっと悪態をつき続け、少しも態度を改めようとしないので、ヒィー男爵はハァとため息をつきつつも、このままではいけないと、ある決心をした。




