大人気の男爵令嬢(中編)
今までへディック国の貴族達の食する肉の調理法はフライパンかオーブンで焼くか、煮込みか、蒸し焼きしかなく、それらにデミグラスソースやホワイトソース、チーズソース、赤ワインで作ったソースなどをかけて食すのが一般的だったので、初めてフライ料理を見た貴族達は、強い衝撃を受けた。
大量の塩こしょうをつけ、小麦粉をつけ大量の油でカラリと揚げた唐揚げや、厚切りの豚肉や牛肉や羊肉や鶏肉に、大量の塩こしょうをつけ、卵と小麦粉とパン粉で作った厚みのある衣をまとわせ、油でカラリと揚げたフライ料理は、カリッとした衣の食感が楽しく、肉汁がたっぷりと閉じ込められていて、一口噛むと中から溢れかえるような油と肉の味が口中に広がっていき、皆は見た目の斬新さと、フライの衣の食感と味の良さを素直に賞賛して、社交界にフライ料理は瞬く間に広まっていった。
特に肉好きな貴族男性達にフライ料理は、食事としても、酒のつまみとしても、最高だと大歓迎。目新しさに加え、その色合いが黄金色とあって、贅沢な貴族の晩餐にふさわしいと貴族男性達は、揚げ物を究極の贅沢品だと称えるようになった。金持ちの貴族......特に上級貴族やカロン王の取り巻き達やカロン王の回りにいる集団達は、贅沢なものが大好きだったので、この究極の贅沢品だと称えられる揚げ物に飛びついた。
どの揚げ物も味が濃く、油がたっぷりで、彼らが水代わりに飲んでいる、どんな種類の酒にもよく合ったし、特にフライ料理は色合いが黄金色なので、この世の栄華を味わっている自分達に一番相応しい料理だと、彼らは揚げ物を、とても気に入り、毎日の食卓には、必ず揚げ物を作らせ、彼らは毎食揚げ物を大量に食べるようになった。
リアージュの考案した揚げ物は、とても塩辛く、ソースなしでも食べられるので、服を汚さなくて食べられると、貴族達に喜ばれていたのだが、カロン王の取り巻き達は食通ぶって、それらの揚げ物にたっぷりと、ピンク色の岩塩をまぶしたモノや、デミグラスソースやチーズソースといった、以前から存在しているソースををかけて食するのが、さらに食通の味変なんだと言い出すようになり、それを伝え聞いたリアージュは、ハン!と、それを鼻で笑った。
「これだから、素人は……、何もわかっていないのよね」
と言って、本当の上級者の味変はマヨネーズソースだとリアージュは言いきった。リアージュの二回目の新作の料理は、前世でマヨネーズと呼ばれているものだった。卵と油と酢と……これにも大量の塩こしょうを入れて、かき混ぜて作られる、そのソースは、リアージュが広めた、どんな揚げ物にも合うと、これもまた貴族達に……特にカロン王の取り巻き達に大絶賛された。
彼らは、またまた食通ぶって、揚げ物以外の肉料理にもマヨネーズソースは合うと言い、中にはマヨネーズソースだけをスプーンで掬って、それを酒のツマミとして食べ出す、剛の者まで現れるほど、彼らはマヨネーズソースを好んだ。なので、それからの彼らの毎食の食事には揚げ物とマヨネーズソースが、必ず出されるようになった。
このへディック国で一番権力の強い貴族達が、リアージュの揚げ物とマヨネーズソースをよく食しているという話が広まると、貴族達はリアージュを自分達の茶会や夜会に積極的に呼ぶようになった。貴族達はリアージュの言葉遣いや粗暴な態度やとても淑女とは思えない振る舞い……胸の詰め物を取り出して、そこに食べ物を詰め込む等の行為は好まないし、ハッキリ言って彼等は、リアージュ自身を好いてはいなかったが、リアージュの揚げ物やマヨネーズソースだけは、評価していたし、それらに詳しくないと、今の社交界では取り残されるから、皆、表面上は柔やかにリアージュを囲んで、彼女を常に褒め称えるようになった。
それにリアージュは常に集団の輪の中に入れ、適当に褒めちぎっておけば、どんどん調子に乗って、トンカツや唐揚げやポテトチップスの新しい食べ方……トンカツやポテトチップスをショコラと食べ合わせる斬新な食べ方や、唐揚げの衣にもマヨネーズを使って油で揚げる等を教えてくれるので、貴族達は、このお調子者で、愚かで腹芸の出来ないヒィー男爵令嬢の扱いに慣れてきて、彼女を内心馬鹿にしつつ、もっと食事の新しい情報を引き出そうと考えるようになった。
リアージュは、茶会や夜会に招かれ、行く先々で褒められて、有頂天となった。そして、もっとすごいものはないのかと聞かれて、リアージュはウフフと笑った。
「もちろん、ありますわよ!次の我が家のお茶会で新作発表しますのよ!よろしかったら来て下さいませ!」
リアージュは自分の父親に一言の相談もなく、自分勝手にヒィー男爵家が主催する茶会をすると宣言してしまった。
(ウフフ!これが前世知識チート故の優越感ってヤツね!最高!最高の気分だわ!前世じゃ、こんなに持て囃されたことはなかったもの!揚げ物最高!やっぱり、高カロリーって、どこでも愛されるのよ!脂肪は皆を幸せにするのよ!それにやっぱりマヨネーズは、世界最強よね!マヨラーをこの世界でも流行らせてやるわ!)
浮かれっぱなしのリアージュは知らなかった。ヒィー男爵家の立ち位置の微妙さ故に、今まで一度も、ヒィー男爵家は茶会や夜会を開いたことがなかっただなんて……。
その日の夜会帰りの馬車を待つヒィー男爵父娘に何人かの貴族達が、初めての茶会頑張れよと声を掛けて去って行くので、ヒィー男爵は何の事だろうかと首を傾げ……馬車の中でリアージュに事の次第を打ち明けられた彼は一瞬で、顔を真っ青にさせた。リアージュがしでかしたことの事の重大さに怒りを覚え、頭に血が上ったのか真っ赤な顔になって、娘を叱った。
「お前は、何てことを!ウチは茶会も夜会も自分の屋敷でしたことが一度もないんだぞ!何でこの父に相談もなく、勝手に決めてしまうんだ!どうするんだ!社交の場で言ってしまえば、それは簡単には無しには出来ないんだぞ!!」
ヒィー男爵家は、爵位の低さから上級貴族が呼べず、ヒィー男爵家に始祖王の長兄が婿入りした由縁から、王族の遠縁となるので下級貴族も呼びにくい……という、非常に扱いに困る立ち位置だったから、へディック国が開国して以来、代々のヒィー男爵家主催の茶会や夜会は開かれたことが一度もなかったし、その事情を知っている、回りの貴族達も、事情が事情故に、それを容認していたのだ。それなのに社交の場でリアージュが宣言してしまった以上、それを撤回出来なくなってしまったヒィー男爵は途方に暮れた。
(何て言うことをしてくれたんだ!少しでも見直した私が愚かだったのだろうか?)
項垂れるヒィー男爵にリアージュはこう言った。
「単にお茶とお菓子を出して、新作を発表するだけでしょ?大丈夫よ!」
安請け合いをするリアージュにヒィー男爵は不安しか感じなかったが、そこまで娘が大丈夫だと言うなら、大丈夫なのだろう……と無理矢理、不安を心の奥深くに押し込めた。何故なら茶会や夜会の差配は、その家の妻や娘の仕事なのだから、本人が茶会の差配をするということをリアージュは理解して、大丈夫だと請け負っているのだろうと思ったからだった。
ヒィー男爵は、そういやリアージュの母親は亡くなる直前までリアージュに貴族の子女の役割や淑女教育などをつきっきりで教えていたと昔、老執事に聞かされていたので、それを覚えているはずだろうから、きっと大丈夫なのだろうと思い直した。……思い直したが、今度はリアージュの新作発表がとても心配になってきた。
(性格は最悪でも、娘が考案した揚げ物やソースはまともな物だった。でも、そんなに簡単に、この世にない物なんて、次から次にと考え出せるのだろうか?)
ヒィー男爵は心配そうに隣に座るリアージュに、あんな大ボラを言って大丈夫か?と声を掛けた。
「大丈夫ですわ!私、何の考えもなしに、あんなこと言いませんわ!うちの領地の温泉、もう入浴出来るほどの湯量が沸いていないのでしょう?温泉が湧かないから、保養施設も潰れて、回りの娼館を中心とした歓楽街もなくなったと(ルナーベルに聞いて)、私は知っていますもの。領地が貧しくなったら、私が貧乏になるのですから、何とかして見せますわよ。……そこでね、お父様。次の茶会までに用意して欲しいものがありますの」
そう言ったリアージュの頼もしい発言に、また娘を見直し、ヒィー男爵は娘の言った通りに、それを用意すると約束した。
※ヒィー男爵の先代までは、ごくごくプライベートな友人同士の茶会くらいならば、行われていたかもしれませんが、当代のヒィー男爵はある事情から、その事を知る機会が得られませんでした。その理由はまた、後日に。




