男爵令嬢の社交とへディック国の銀髪事情④
ルナーベルは彼らのカップが空になったので、紅茶のお代わりを注ぎながら、彼らに尋ねた。
「……カロン王は銀髪の女性が、好みではないということでしょうか?」
「カロン王は自分の周囲にいつもいる者達……取り巻きの上級貴族達やカロン王を護衛している、あの怪しい集団達には、自分は銀髪の者が好きではないと、昔からずっと吹聴していたらしいのですが、実はそうではなかったのですよ。
カロン王が銀髪の者を避ける本当の理由は、カロン王には以前、世界で最高に美しい姿と心を持つ、賢い銀髪の親友がいて、その人をとても尊敬しているから、同じ髪色の者を愛妾や側妃には出来ないのだと王子だけには、おっしゃっていたらしいんです」
「俺達も、この話は、最近耳にしたばかりなので、この話を知っているのは生徒会の4人だけですから、他の貴族達はカロン王の真意を知らないままなんです。
ルナーベル先生は、この国の一番北の修道院に、ずっといらしていて、3年前にこの学院に来られた方ですし、仮面の先生も本来の弁護士の仕事で、普段は国中を飛び回っている方だから、民の娯楽には余り詳しくないと、前におっしゃっておられましたよね?
俺の侍従が言ってた話なんですが、民達は教会の司教の説話の後の大衆劇というものが気に入っているそうですよ。俺達貴族はそれが何なのかは知りませんが、それを見た者は、それを真似たくなるそうで、白だったり、青だったり、ああ、去年は紅い髪が流行っていましたし、その前は信じられないことに黒髪が流行っていましたよね。そして今年は、たまたま銀髪が流行ってるから、今はどこに行っても、皆、銀色だらけなんですよ。
まぁ、”黒髪黒目”だって、こんなに髪染めが流行っているご時世では、すっかり嫌うこともなりを潜め、誰も”魔性の者”などとは言わなくなりましたし、昔に比べ、化粧品も増え、顔に傷がある者も、それらで上手く隠せるようになった今、彼らに対しても厭うこともなくなり、仮面は今やお洒落の一環に変わってしまいましたしね」
そして彼らはフゥ~と深くため息をついた。
「まぁ、でも……カロン王は10年前に親友を亡くされてからは、城から一切出なくなったし、カロン王の取り巻きが、彼に側妃を宛てがおうと何度も打診したそうなんですが、流行病で沢山の側妃を亡くしたことが堪えた……と言われ、10年前から側妃や愛妾は増やされてはいないので自衛の必要はないと、今では皆わかってはいるんですが、長年銀髪にしていたからか、見慣れてしまって、定着化してしまっているんですよ」
「まぁ、そうでしたの……」
彼らの話を聞いていた仮面の先生は、しきりに感心した様子で彼らを褒めた。
「へぇ~、貴族のご婦人方の銀髪事情と言い、カロン王が銀髪を避ける本当の事情と言い、カロン王の側妃が増やされていない理由と言い、君達は本当にカロン王に近いところにいるんだね。王家の信頼が厚いなんて、将来有望だね」
「え?いや~、先生にそう言われると何か照れくさいけど、ほら、私達、王子の取り巻きとして、いつも一緒だから、王子から城のこととか色々愚痴を聞かされているんですよ」
照れている彼らにルナーベルも、二人はいつも王子を支えて、よく頑張っているんですよ……と仮面の先生に言って、彼らを褒めた後に言った。
「そうですわよね、いつも一緒ですもの。将来は王になる彼の忠臣となられて、活躍されるんでしょうね。二人とも立派ですわ」
先生達にそう言われて、嬉しくなった騎士団長子息と宮廷医師子息は、お腹が満腹になったことで気が緩み、自分達の愚痴を聞いてくれて、同情してくれた優しい先生達に普段なら誰にも漏らさない秘密を言って、もっと先生達に褒められたくなったのか、こんなことを言い出した。
貴族の女性達は銀髪に染めて、カロン王に嫌われようとしたが、もしカロン王が新たに側妃を求めていたなら、その行為はカロン王には無意味なことであったのだ……、と。
この告白に仮面の先生は驚きの声を上げた。
「ええ!?無意味ってどういう意味だい?もしかしてカロン王は、それが地毛かどうかが、一目でわかるっていうのかい?」
ルナーベルも目を丸くさせて驚いた。
「まぁ、最近の染料は、まるで地毛であるかのように見えますのに、どうやって、それがわかるんでしょう?」
驚く先生達に二人は、王子からその理由を教えてもらったと話した。
「王子の話では、カロン王は二種類の目を持っているそうです。一つは他の者と同じ目で、二つ目は”真実の眼”というものを持っていて、どんなに姿を誤魔化しても、無駄だとの話でした」
「「真実の眼?」」
「ええ、何でも姿形ではなく、魂の姿が視えるそうなんです」
騎士団長子息と宮廷医師子息の顔色も戻り、元気を取り戻した彼らは、ルナーベルと仮面の先生に礼の言葉を述べた後、また実家のための社交と、ヒィー男爵令嬢の尻ぬぐいのために、出かけていった。
ルナーベルは保健室の流し台で、使った食器を洗いはじめたので、仮面の先生は、その横で布巾を持ち、彼女が洗い終わった食器を一つづつ、拭いて、棚に直していった。先ほどの話が頭について離れない二人は、顔色が優れなかった。二人の頭に彼らの言葉が蘇ってくる。
((カロン王の銀髪の親友とは、多分……))
二人の頭の中でも最高に美しい銀髪の人など、一人しか思い当たらない。仮面の先生は、それも気にはなったが、もう一つの情報も気になった。
(本当にあの男爵令嬢は逸材過ぎる!こんなにも簡単に彼らの警戒心を解き、今まで話さなかった内部事情をペラペラと話してくれようとは……!それにしても、”真実の眼”って、何だ?今まで、そんな話は一度も聞いたこともないぞ。変装がわかる眼?なら何であの時はバレなかった?グランとアンジュが言っていた”卒業パーティー”のことに何か関係するのか?)
ガチャン!!という皿が割れる音がして、我に返った仮面の先生は、隣で紅茶の受け皿を割ってしまったルナーベルを見て、驚いた。ルナーベルは声もなく、涙を流していたのだ。
「大丈夫ですか、ルナーベル嬢!?怪我は?」
「す、すみま……せん。大丈夫……です」
彼は慌ててルナーベルの手を取り、怪我がないかを確認し、彼女を椅子に座らせた後、割れた破片の処理や残った食器を急いで洗い、彼女の傍に行った。ルナーベルは俯いたまま、涙を流していたので、彼は自分の手布で彼女の涙を拭いた。
「どうされたのです?」
「……ど、どうして……どうして、そんなに尊敬していた親友を王は壊そうとしたのでしょうか?アンジュリーナの手紙に書いてあったように、何故、王は沢山の仕事を彼に押しつけていたのでしょう?もっと大事にすれば……良かったのに。……そしたらアンジュリーナは彼を……あの子を失わなくてすんだのに!……どうして?……どうして」
ルナーベルの涙は後から後から流れてくる。仮面の先生は彼女の美しい涙を見て、思わず彼女を胸にかき抱いた。
「!?」
「ああ、あなたは本当に優しくて、心が美しい素敵な人ですね。……ありがとう。イミルグランのために、彼の妻や娘のために泣いてくれてありがとう。だけど、どうか、もう泣き止んで下さい。あなたの悲しむ涙を、俺は見たくないんです。すみません、ルナーベル嬢。今あなたが泣いてるのは俺のせいなんです……、俺が悪いんです。
俺……、俺は卑怯な男なんです。優しいあなたに言わなきゃいけないことを隠して、あなたの優しさにつけこんで、今まで、ずっと……利用してきました。本当に申し訳ないと、すまないと、いくら詫びても足りないくらいに……俺はあなたを騙してる。本当は今すぐにでも全てを言いたいけれど、”卒業パーティー”までは言えなくて……。
すみません、何を言っているのか、わかりませんよね。と、とにかく俺は、優しくて素敵なあなたには笑っていて欲しい……だから泣き止んで下さい」
ルナーベルは仮面の先生の腕の中で、それを聞き、小さな声で「はい」と答え、自分を抱きしめる彼に、自分からも身を寄せた。仮面の先生は、そんなルナーベルをギュッと抱きしめた後、ルナーベルの顎に右手を添えて、顔を上げさせ、自らの唇をルナーベルの艶やかな唇に近づけ……ようとした瞬間、我に返ったように体をビクン!と跳ねさせた。
「?ッ、うわっ!?」
仮面の先生は、自分の無意識の行動に自分自身で驚き、慌てて彼女から離れた。
「!?うわっ!私、何てことを?うわっ、すみません!つい、あんまりにもあなたが可愛……うわわ!い、今の無しです!すみませんでした、ルナーベル嬢!あのあの!私、さっきの話で気になることがありますので、急ですがこれで失礼を!紅茶ご馳走様でした!」
(何てことを、俺は!何をしてしまったんだ!つい、優しい彼女が、あんまりにも愛しくて……、ハッ!いかんいかん!何考えているんだ!?今は取りあえず、カロン王のことだ……!!)
仮面の先生はあたふたしながら、保健室を出て行き、それを黙って見ていたルナーベルは、彼を寂しげな微笑と共に見送っていたのだが、動揺して飛び出して行った仮面の先生はルナーベルが、そんな表情でいたことを知らずにいた。
※ルナーベルは、シーノン公爵親子の本当の事情(片頭痛)を知りません。ナィールもグランもアンジュも全てが終わるまでは……と口を閉じているのですが、あまりにもルナーベルが心優しい女性なので、ナィールは良心の呵責やら、その他複雑な感情から、思わず抱きしめてしまい、そんな自分の心の変化に自分自身で狼狽えています。




