男爵令嬢の社交とへディック国の銀髪事情②
元々ヒィー男爵家は、へディック国の始祖王の長兄が婿入りしたことで、王家とは遠縁の縁戚関係にありながら、爵位は下位の男爵……という、貴族達には扱いが困る立ち位置だったので敬遠されがちだったのが、リアージュの9年ぶりの社交界復帰で、立場がさらに微妙なものになっていった。
リアージュの父親と個人的にも仕事上でも付き合いがあった者からも、彼に同情しつつも、今後の両方の付き合いを遠慮したいと申し訳なさそうに告げられてしまい、リアージュの父親は4月以降、リアージュのせいで、少なくない数の上下貴族達の信頼を失い、仕事を失い、付き合いを失い続けることになってしまった。
中には入学式一週間前の高熱のせいとはいえ、あまりにも貴族子女としての資質にかける娘を持つ身となった彼に、何人かの貴族は深く同情し、このまま娘が治らなければ、養子を取ることも検討したほうがいいのではと助言を言ってくる者もいたのだが、リアージュはその事を知らなかった。
リアージュは茶会や夜会での不満をルナーベルに赤裸々に愚痴った。ルナーベルはリアージュの話しを黙って聞き、彼女のカップが空になったので、慌てて紅茶を注ぎながら言った。
「それはそれは……(ヒィー男爵)、色々と大変だったんでしょうね……」
「そうでしょ!私って可哀想でしょう!それにね、うちのバカ親父が持ってくる見合い話って、み~んな、相手が30、40代のおじさんなのよ!それも皆、子爵とか男爵ばっかりで、既婚歴がある子持ちのおっさんばかりで、やんなっちゃう!私、まだ16才なのに!ひどくない?ありえないよね!」
リアージュは、そこまで一気に喋ると、ミルクティーをがぶ飲みし、クッキーを食べ、お茶のおかわりを、ルナーベルに無言で要求した。ルナーベルは黙ったまま、三杯目のミルクティーを注いだ。
「それにさ、夜会って全然楽しくないのよ。私が想像していた夜会と全然違うのよ!私が思ってた夜会ってさ、若くてイケメンな男達が私の美しさにメロメロになって、取り合いになったり、幾人ものイケメンな男にダンスに誘われたり、攫うようにテラスに連れ出されて口説かれたり、庭に連れ出されて、強引にキスを強請られたり、あんなことやこんなことやそんなことを求められて、嬉しいけど、私困っちゃう!……ってことを期待してたのに、現実の夜会では、誰も何も口説いてこないし、ダンスにも誘ってこない!皆、美しい私に振り向いてもらえないと、びびってる腑抜けばかりなのよ!
夜会で談笑している人達だって、つまらない話ばかりしているのよ!私は人様の色々な醜聞や、噂話や悪口や猥談を楽しめると思っていたのに、行ってみたら不況の話や、領地経営の話や、どこそこの茶会や夜会の差配の出来不出来や、領地でしている事業のことや、領民の暮らし向きの改善話なんて、どうでもいい退屈な話ばっかりしてるのよ!お前等真面目か!ってツッコミそうになったわよ!
……不況なんてね、民の税金を上げればどうにかなるし、領地経営だって面倒な事は、民にさせればいいし、民なんて私達が生きるための道具なんだから、暮らし向きなんて悩まなくたって、死なない程度に生活できる位で充分でしょ!って、正直にそれを言ったら、遠巻きにされるし、それで見合いは断られたと言って、バカ親父に怒られるし、マジ最悪よ!絶対皆んな、ホントはそんな話、つまんないって、思ってるはずなのに、表向き良い子ちゃんばかりでやんなるわよ!」
「……不況の話や領地経営の話は、10年前の流行病で大勢の人が亡くなったり、その色々……ありましたから、それ以来、国は衰退する一方で不作も続いていますし、皆様、必死なんでしょう。
茶会や夜会の差配の出来不出来は、その貴族家との仕事上での付き合いを考えている者の大事な判断材料となるんです。そうですね、簡単に言いますと……それらが滞りがなければ、その貴族家は仕事をきちんとこなす相手だとわかりますし、何か不手際があれば、そことの付き合いは考え直したほうがいいと判断するんです。
領地での事業の話や領民の暮らしの改善話は、国の現状をきちんと把握し、世情を理解しているかをお互いに探っているからです。こんなに国が苦しい状況ですから、生き残るためには情勢を的確に理解している者と近づきたいと思うのが必然ですから……。
リアージュさんのお父様も、自分の領地の温泉が枯れてきていて、作物も不作で、温泉の周辺の……関連施設も次々廃業しているそうですから、今とても苦しい状況のはずですよ。ですからリアージュさんの相手には、今の危機的状況を打破してくれそうな、領地経営の経験豊富な方をと考えておられるのだと思いますよ。その証拠に、リアージュさんのお父様は夜会では必死になって、色んな方に話しかけてはいませんか?」
「さぁ?うるさい父親になんて興味が無いから、夜会で父親が何をしているかなんて知らないわよ。……あのさぁ、相変わらず色々詳しく教えてくれるのはいいんだけど、そんなこと私は先生に聞いていないんだから、そんなことをご丁寧に教えてくれなくてもいいわ。それよりも気になることがあるから、それを教えてよ!」
「……何でしょうか?」
「あのさ、何で、貴族の女性達や平民達って、皆、銀髪なの?あっちもこっちも銀色で何だか目がチカチカするんだよねぇ~、あれさ(ゲームのスタッフが色分けサボっているようにしか思えないんだけど?)、何でなの?」
リアージュが母親に連れられて、社交に出ていたのは7才までだったので、9年ぶりに社交に出たら、貴族女性は全て銀髪で、学院で見かける平民も、馬車から見える平民達も皆が皆、銀髪だったので、リアージュは驚いた。これでは学院でも夜会でも、あの悪役令嬢のイヴリンを見つけられないではないかと、リアージュは苛立っていた。
「私も修道女になって、長く経ちますし、貴族女性が何故銀髪にしているかは詳しくは知らないのですが、何年か前に余所の国で髪を染める染料が発明されまして、それでここ数年、髪を染めることが平民の間で流行っていますので。もしかしたら貴族女性達の間でも、その流行があるのではないでしょうか?」
「へぇ~、あ!(前世の日本で言うところの茶髪感覚なのかしらね?そっかそっか、日本でも確か、み~んな、茶髪に染めてたもんね!)はぁ~、所変わればってヤツか!」
リアージュは前世の世界を思い出しながら頷き、ルナーベルの説明に納得した。そういや皆、茶色に染めてたよね!と、頷いているところへ、保健室の扉が開いた。
「げ!!バカ親父……じゃなかった、お父様?」
そこにはリアージュを睨み付けるヒィー男爵がいた。
「お前が腹が痛いというから、休みにしてやったのに!寮監夫婦のとこのリーナって娘に聞いたぞ!お前、どこも痛くないらしいな!今朝、何にもしていないのに、その子どもの頬を思いっきりつねって泣かした……と、学院長から苦情の速達が来たんだぞ!どうしてお前はそんなことばかりするんだ!?」
「あら?あの小娘、親に告ったんだ?告るって、ひどいよね!あの子って、最低!お父様もそう思うでしょ?私は悪くないわ!あれはあの子が悪いのよ!だって、私の目の前をシミ一つない顔で、歩いてたんだから、むかついて当然でしょ!つねられて当然でしょ?ね?私、何にも悪いことしてないでしょ!」
「お、お前、それ……正気で言っているのか?……ああ、その顔は正気なんだな。ハァ……。とにかく一刻も早く、お前は婿をもらわねば、ヒィー男爵家は存続できない。痛くないなら見合いは続行だ、行くぞ!」
「え?嫌よ!っ!?もう、どこ触るのよ、変態!」
「うるさい!お前の唯一の長所は、若さと多少の見目の良さだけなんだから、それが損なわれないうちに、早く縁組をしなければならないんだ!口答えするな!……お騒がせしまして本当に申し訳ありませんでした、ルナーベル先生。では、これで失礼します」
「はい。お二人とも、お気をつけて」
ヒィー男爵に脇腹をもたれて、引きずられていくリアージュがいなくなり、入れ替わるように保健室にやってきたのは、騎士団長子息と宮廷医師子息だった。二人とも青い顔色をしていて、目の下には隈が出来ていたので、ルナーベルは慌てて、二人を保健室のベッドに寝かせた後、校医の先生を呼びに職員室へと向かって行った。




