イヴとミグシスの再会と4月の親睦会(後編)
イヴは今回は鎮痛剤がきちんと効いて痛みが治まったので、それを嬉しく思いながら、朝にシャワーを浴びて、綺麗に身体を洗った後、補正下着を着て、その上から、ミグシスとの再会時に着ようと自分で仕立てた水色のギンガムチェックのワンピースを着た。
髪を乾かし、丁寧に梳ってからは髪を下ろしてハチマキはつけなかった。いつもの化粧水と乳液と日焼け止めを塗った後は、少しだけ白粉と唇に紅を控えめにつけ、頬紅に関してはミグシスに会ってからは、ずっと赤いままなので付けずに置いた。すでに寝起きの顔は何度も見られてしまっているので、こういう風に、しっかりとお化粧をした顔を見られることは、何だかすごく気恥ずかしいとも思ったが、好きな人に綺麗だと少しでも思われたいと、胸をドキドキさせて、イヴはミグシスの前にやってきた。
ミグシスはイヴの痛みが治まって良かったと言いながら料理をテーブルに並べてから、イヴの姿を見て、ボボン!!とまた顔が真っ赤になった。
「き、綺麗だ、イヴ!可愛くって、最高に素敵だ!」
ゴクンと唾を飲み込んで、それだけ言うのがやっとだったミグシスにイヴは、ポポッと頬を染めた。
「ミグシスにそう言ってもらえて、私すごく嬉しいです。ありがとう、ミグシス。ミグシスも、とても素敵な大人の男性になっていて、私、恥ずかしくて、すっごく素敵すぎて困ってしまいます。……でも、今までの姿も格好良かったから、どちらのミグシスも大好きです」
いつもはイヴを守る女物の騎士服を着るが、今日のミグシスはスクイレル商会の者であると知らしめるよう、上品な若草色の、商人がよく着る型の上着を着込み、若々しい男性の姿をしていた。
「そ、そんな!イヴだって、いつもの制服の姿も世界一可愛いし、綺麗だし……って、言うか、イヴは何を着ていても、どんなときだって可愛いよ!寝起きの顔だって、すっごく可愛すぎだし、イヴこそ、ものすっごく素敵な大人の女性になってるから、俺も恥ずかしくて、困りすぎるし……俺の方こそ、君が大好きだ!」
「わ、私の方がいっぱいミグシス大好きです!」
「お、俺の方こそ、一年待てるか、わかんないくらいに今すぐにでも、教会に駆け込んで、結婚式を挙げて、それで!!……いや、ダメダメ!俺は大人です!一年待てる大人ですから、いっぱい我慢します!……と、とにかく、このまま言い合いしてたら俺、君が可愛すぎて色々我慢出来そうにないから落ち着くために、先に食事にしよう、イヴ。……ね?」
5時45分から始まった朝食は、そんな甘い甘い……すっごく甘い空気の中で始まった。ミグシスはイヴが自分の作った物を美味しそうに食べているのを目を細めて見つめていた。テーブルには蒸し鶏を薄く切ったモノとレタスとトマトの輪切りを挟んだサンドイッチと、人参のポタージュや海藻サラダが並べられていて、イヴは大喜びでそれを食べていた。
(ああ……、わかった。俺って要するにイヴなら何でもいいんだな)
今のイヴは補正下着を着け、胸もお尻も隠されている姿となっている。ミグシスはもし、イヴが凹凸があまりない身体だったら、自分は欲情をしないのだろうかと一瞬だけ、そんな身体のイヴを妄想した。でもミグシスの先ほどの激情は萎えることがなかった。イヴならどんな姿でも愛しいのだと、ミグシスは実感した。
(世界中には色んな女性がいるが、きっと俺はイヴにしか反応しないんだ。イヴの心、イヴの魂を、俺の心が、俺の魂が求めているから、イヴがどんな姿でも変わらず、俺の全てがイヴを欲するんだろうな)
食事が終わり、イブが食器を洗い、その間ミグシスは部屋の掃除をした後、各々身支度を調えた。二人共が出かける用意を済ませた後、ミグシスはイヴの前に片膝をついて、イヴを見上げながら告白をした。
「俺の愛するイヴ。ただいま戻りました。ミグシスとして会えなかった長い時間、一日だって君を想わない日はなく、どれほど俺になって、君に会いたかったか、わかりません。
俺は昔から君の心が大好きだったけれど、今日、大人の女性になったイヴに出会って、君の心に、君の姿に、君の全てに、俺は恋に落ちてしまいました。愛しています、イヴ。君だけを愛しています。君しか好きになれない俺を許して、君のものにしてください。俺は君のものになりたいし、君を俺だけのものにしたい。一緒に幸せになってくれませんか?」
ミグシスの告白を聞いたイヴは頬を染め、ホロリと涙を一滴こぼした。
「お帰りなさい、私の愛するミグシス。……ずっと、ずっと会いたかったです。ミグシスとして話しかけてはいけなかった長い時間、一日でも早く、あなたにふさわしい大人の女性になりたかった!私は昔から優しいあなたの心が大好きでしたし、今日、大人の男性の姿になったあなたに出会って、あなたの心に、あなたの姿に、あなたの全てに、私は恋に落ちてしまいました。
大好きなんです、ミグシス。あなただけが大好きなんです。あなたしか好きになれない私は、片頭痛持ちですが、あなたを私にくださいと言ってもいいですか?片頭痛持ちの私でもいいのなら、あなたを私のものにしたいです。そして私をあなただけのものにしてほしいです。こんな私ですが一緒に幸せになってください!」
涙をこぼし続けるイヴに、ミグシスは慌てて立ち上がるとイヴの涙を指で拭い、二人は見つめ合った。二人が出会って10年以上の時が経って……二人は初めて、恋人のキスを交わした。
朝の8時に、恋人兼婚約者となった二人は早速、寮にいるお世話になっている人達……、寮監親子や食堂のコック達、洗濯屋や掃除屋や、隣室から出てきたピュアやジェレミーにまで挨拶回りをし、ミグシスの外堀埋めたい感満載の、早業な挨拶回りにドン引きを通り越し、一周回って、その必死すぎ感が好感持てると、皆に苦笑されながら祝福された。
その後イヴとミグシスは中庭の散歩に出かけた。そこが平民クラスのクラスメイト達と約束していた待ち合わせの場所だったからだ。イヴは自分の大好きな人を紹介したいと思っていたし、クラスメイト達はイヴを守れる男かどうかを友達目線……保護者目線で判断したいという気持ちがあったので、その約束をしたのだが、クラスメイト達はイヴ達二人を見るなり、太鼓判を押してくれた。女子達は二人の婚約を黄色い声で祝福してくれたし、男子達は娘を嫁に出す父親目線で、ミグシスに色々と頼み事イヴを幸せにしてくれ、大事にして、イヴを守ってくれ……等々の言葉を次々かけていた。
早めの昼食は食堂のコック達がお祝いだと言って、中庭にお弁当を持って来てくれた。朝に挨拶した寮の関係者達や、学院で寮に住んでいる保健室の先生である修道女や校医をしている老爺の医師、学院長や教官達、たまたま用事があって、学院に来ていた通いの剣術指南の仮面の先生まで加わり、とても賑やかな昼食会となってしまったが、上下貴族は各々社交に出かけているので、貴族達に苦情を言われることもなく、皆、イヴとミグシスの婚約披露パーティーだと浮かれて、食事を楽しんでいた。
昼食後からはイヴとミグシスは、平民クラスの者達と、ピュアとジェレミー達の皆と、一緒に学院を出て、教会へと出かけた。というのも今日は4月の親睦会で、平民クラスは観劇に行くことになっていたからだ。教会では司教の説話を聞いた後、大衆劇が行われるらしく、二人は初めて劇というものを見て驚いた。
イヴのクラスメイト達は、ホントに二人は田舎から来たのだねと言い、数年前から国内外を問わず、全ての教会では大衆劇があり、劇の物語が変わる度に皆が、その物語の登場人物の髪色に髪を染めるのが、民達の中では流行っているんだよと言った。そして今は、この劇が流行っているから、民の皆がそれを真似て、銀髪にしているんだと教えてくれた。
今、上演されている大衆劇は、喜劇と呼ばれるものだよ、と彼らは言った。愚かな王様が、優秀な家臣に仕事を丸投げして、城下で面白おかしく遊んでいたら、その家臣が利口すぎて、帰るに帰れなくなってしまう……という内容の劇だった。
その劇の王様役の役者の大げさな動きが面白く、また王様が城では二人羽織で家臣に仕事をさせているという場面では、王様が王印を所構わず押しまくって周囲の者を困らせたり、ペンを持とうとして、鼻に突っ込んでみたり、顔にスープを被ってしまったりと珍妙な事ばかりするので、観客達は大爆笑し、イヴとミグシスも、クラスメイト達の笑い声につられて、涙を浮かべるほど笑ってしまった。
劇を見終わった後、下町のコロッケを買い食いしながらクラスメイト達は、さっきの劇では主人公である王様よりも、優秀で思いやりのある家臣が、民達の中ではとても人気があり、彼みたいに賢く、人を思いやれる人になりたいと彼を真似て、平民の皆が銀髪にしているんだよと教えてくれた。
その後、皆と学院に戻ったイヴとミグシスは、皆と別れた後、自室に二人で戻り、これからの二人の新生活のことを話し合った。夕方、イヴはミグシスとともに、いつもの中庭の散歩に出かけ、二人で並んで静かに夕日を眺めた。
二人はずっとそばにいて、出会いから長い時間をかけ、少しずつ少しずつ、ゆっくりゆっくりと恋愛へと変化していく自分達の気持ちを受け止め、認め合って、想い合って、今日ついに、二人は二人の姿のまま、会うことを許され、二人は言葉に出して、お互いへの告白をし、受け入れ、心が固く結ばれた。
後一年間、いや後11ヶ月は、この生活を続けなければならないが、二人はこの11ヶ月の婚約期間の奇妙な同棲生活を楽しもうと話し合った。……こうしてイブは4月半ば過ぎには、正式にミグシスと婚約が決まり、夏休みにはそろって実家に挨拶に行くことを決めたのだった。
※ちなみにイヴの白粉や口紅、頬紅は、無香料無添加です。グランがアンジュやマーサ達の意見を聞きながら作った、イヴだけのために作られた、母特製の愛情弁当ならぬ、父特製の愛情化粧品類で、市販はされていません。




