ピュアと奇病と神の使徒(中編)
王弟殿下は、根っからの女好き……しかも華奢な美少女が大層お好みらしく、彼が治める辺境の地では、何人もの少女が税金代わりに王弟殿下の住む城に、連れて行かれたまま帰ってこなかった。しかもそれが領地の外……国中の美しいと噂される少女達にまで魔の手を伸ばす悪行を重ねているのにも係わらず、誰もそれを追求することは出来なかった。何故なら王は弟を盲愛していたし、未だに王に子どもはいなかったので、王弟殿下は実質、次代の王位第一継承者だったから、誰も彼を止めることが出来なかったのだ。
だからピュアが王弟殿下の6番目の妻候補として婚約させられたのは実質、次代の王の妃になることを期待されての抜擢だったのだが、初め王弟殿下は政略結婚と思えない位に、それを喜んだ。何故ならピュアは奇病にかかる前までは、国で一二を争う美少女と社交界でほめそやされるほどの、”華奢な美少女”だったからだ。婚約当初、35才の王弟殿下は毎日のように、まだ7才のピュアに熱烈な求愛の手紙を送りつけてきたし、茶会で会うときも鼻息荒く、華奢なピュアを終始舐めるような視線でうっとりと見つめ、大層気に入っている様子だった。
周囲の者達は王弟殿下の熱の入れようを見て、幼いピュアの貞操を心配したが、幸いにも王弟殿下がピュアに手を出すことはなかった。それはピュアがホワイティ公爵家の令嬢だったからだった。公爵位は、この国で王の次に位が高い。いくら王の弟とはいえ、今の王弟殿下の位は辺境伯爵にすぎなかったため、さすがにどれほどの美少女でも、簡単に手出しが出来なかったのだ。そして、その三年後の10才のときに”奇病”にかかったピュアは、王弟殿下の好みの美少女とは、かけ離れた容姿になったので、その後も手を出されることがなかった。
王弟殿下は醜くなったピュアを罵倒し毛嫌いして、茶会や夜会で他の貴族達にもピュアの悪口を常に吹聴していたため、ピュアは王弟殿下の機嫌を損ねる”婚約者失格の公爵令嬢”として、皆に嫌われるようになった。ピュアの奇病はその後も一向に良くならず、社交界の皆に嫌われたピュアは、とても落ち込んだ。
するとジェレミーはある日、ピュアを平民の姿に変えて、教会に連れて行ってくれた。教会の聖堂に入った。その教会ではバッファー国に宗教留学していた司教が持ち帰ったという、バッファー国の英雄譚が描かれた壁画が聖堂に飾られていた。その壁画を見ながらジェレミーはピュアに、自分は20年前に教会に捨てられていた赤子だったと告白した。
「この絵に出てくる”金色の悪魔”の色合いが、あいつによく似てますからね。私達は神の使いと言われている、この”銀色の妖精”に祈りましょう。金色の悪魔を追い払ってくれる”銀色の妖精の守り手”を私達にもお遣わし下さい……と」
ピュアは初めて来た教会に興味津々で、10才の子どもらしい好奇心を覗かせて、キョロキョロと辺りを見回していた。ジェレミーは内心、そのことをとても喜んでいた。ジェレミーの言葉を聞いたピュアは、クスッと笑いつつ、こう返答した。
「もう、ジェレミーったら、仮にも王族を悪魔だなんて言って、処罰されたらどうするの!私ジェレミーがいなくなったら、一人でなんて、生きていけないわ。それに……確かに色合いは似ているけど、この壁画の金色の悪魔の方が王弟殿下よりも、ウ~ンと男前よ。
こんな事を言っては不敬だろうけど、王弟殿下は……その、すごく、すっごく、すっご~~~~~~く……男前ではないもの!確かに色合いは近いけど王弟殿下のは、もっと輝きのない、パサパサした、くすんだ金色だし、目は常に血走っていて、濁った目をしているから碧眼だなんて思えないわ。あんな殿下より……」
(悪魔ではないけど、ジェレミーの方がよっぽど綺麗な金髪と……碧眼だわ。顔だって、とってもジェレミーは美人だもの……)
”金色の悪魔”に色合いがとても似ている……なんて言ったら、ジェレミーが傷つくかもしれないと思ったピュアは、それは言わずに教会の壁画の前に跪いた。ジェレミーもそれに倣い、少し後ろで跪いた。
「神様の使い様、銀色の妖精様。どうかお願いします。どうかどうか、私の”奇病”をお治し下さい。私がきちんと公爵令嬢としての務めを立派に果たせるように……どうか王弟殿下の怒りが収まるように、私を元の顔に戻して下さい」
「銀色の妖精様。あなたが隣国を救われたように、私のお嬢様をお救い下さい。この国にも金色の悪魔がいて、多くの女性が苦しめられています。そして、その女性を大切に思っている者も多く苦しめられています。どうか私達の国に、銀色の妖精の守り手をお遣わし下さい。それまではお嬢様のお顔は、そのままでお願いします」
ピュアが祈りを口にした後、ジェレミーがそう祈った。ピュアはプクッとむくれ、ジェレミーの腕をガシッと掴んで、揺さぶった。
「ひ~ど~い~で~す~!!私の顔を直すのが先でしょ!」
「いえ、神様はわきまえているはずです。必ず、私の方の願いを先に聞いてくれるはずです。お嬢様は、その後です」
「もう!ジェレミーったら!」
はしゃぐ二人に教会の司教はクスクスと笑った。二人は大きな声では祈りを言っていないため、司教には祈りの内容が聞こえていなかったらしい。教会で、はしゃいでごめんなさいと謝る二人に司教は、にこやかに、こう言った。
「ははは、そんなに謝らなくてもいいですよ。……ん?もしかしてジェレミーですか?久しぶりですね。10年で随分と大きく、そして……随分と様変わりをしましたね?そんな姿でいると、本当にあなたのお母様そっくりで、私は驚いてしまいました。でも幸せそうに笑っている、立派な大人となった君に会えて、私はとても嬉しいですよ」
そう言った後、バッファー国の英雄伝説の話をピュアにしてくれた司教は、この英雄伝説の他にも言い伝えがあるのだと語った。
「隣国のバッファーでは医学の進歩を願った男が”神の使徒”として、神の願いを聞き、その国を救う英雄王となった……と言われています。また北方の国では、ある下級貴族の娘が栄養剤の注射を神に願ったという話がありますが、あれも実話だと言われています。その娘は、その代わりに”神の使徒”として、貧困にあえぐ北方の国を救う英雄女王となったのだそうです。
ですから神に何かを願って、それが叶えられたら、その者は神の使徒として、”神の願いのために働かないといけない”……という言い伝えが両国ではあるらしいですよ」
ハッハッハと笑う司教の言葉に、二人は黙ってしまった。司教は単なる言い伝えだと言ったが、何だか妙に、その言葉が耳に残った。そして、その5年後、ピュアが15才になったとき、この国を揺るがす大事件が起きた。
国中の美少女達を拐かし、我が物にしてきた王弟殿下は、それに飽き足らず、何と自国他国問わずに、多くの女性を誘拐し、人身売買や暴行まで行っていた……らしく、3つの国の逆鱗に触れてしまったのだ。
北方のバーケック国、隣国のバッファー国、その横のトゥセェック国は、ずっと自国の連続女性誘拐事件の犯人集団を探していた。3つの国を行き来していることから、これは国際的な犯人集団だろうと、各国の王達が集まって、話し合っているところへ、”全ての女性を守り隊”と名乗る紅い髪の女が、黒い一団を引き連れて、証拠書類、証人の奴隷商人達……等々といった、完璧に証拠を押さえた状態の犯人集団と、その首謀者である王弟殿下を雁字搦めに捕縛した状態で、各国の王達が集まる場に、投げ込んできたらしい。
国際的な犯人集団の首謀者が王弟殿下であるとわかった3つの国は、ピュアの国の王に、最初にその処遇について尋ねたが、王は王弟殿下の引き渡しだけを望んで、犯罪については認めないと言い出したため、3つの国は、政治的制裁を国全体に行う前に、ピュアの国の全ての民に向けて、二択の選択を突きつけてきた。
この国と王弟殿下、どちらを選ぶかと……。
『『『『『民の幸福も守れぬ、自分勝手な王族なんて、この国には要らない!!』』』』』
民達は……平民も貴族も問わず全ての民達は、王弟殿下への罰は勿論のこと、王も王弟殿下の所業を知っていたのに今までずっと、それを咎めなかったことで、いらぬ被害が増えたのは事実だと糾弾し、王は”王”にふさわしくないと3つの国に訴えるために、多くの民が城に押し寄せてきたので、その後、国は大混乱となった。




