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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~長いオープニングムービーの始まり
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シーノン公爵家に起きた2つの事件①

 イヴリンが4才と7ヶ月を迎えた日の早朝。シーノン公爵家にとっての一つ目の事件が起きた。それはシーノン公爵の妻であるアンジュリーナが突然、離縁すると言って屋敷を出て行ってしまったことだった。元々政略結婚で10才年下のアンジュリーナとの関係は、良いとは言えないけれども悪くとも言えないだろうとシーノン公爵は思っていたのだが……。


 アンジュリーナは公爵夫人としての仕事は完璧にこなしてくれていたし、人付き合いが不得手なシーノン公爵に対し、愚痴一つこぼさないし、何より可愛いイヴリンを命がけで産んでくれたのだ。感謝の気持ちでいっぱいだったけど、上手く気持ちを伝えることが出来なかったと悔いる気持ちばかり沸き起こってきて、シーノン公爵は肩を落とし、落ち込んでいた。


(私はアンジュリーナに何の不満も持っていなかったけれど、きっと彼女は不満だらけだったんだろうな。こんな不機嫌顔の男の妻など嫌に決まってるよな……)


 シーノン公爵は妻が出て行ったショックも冷めやらぬまま、仕事が溜まっているからと休むことはせずに、いつものように王城に上がった。銀髪の髪をきっちりと一つに束ねて、きつく結んだ彼の表情は、いつもよりも気難しく強張(こわば)り、いつも以上に不機嫌そうだったため、王でさえ怖々と彼に理由を尋ね、その理由がわかると尋ねた自分は藪蛇だったのだと王が詫びるほど彼の表情は、険しさを増して、いつにもまして誰も寄せ付けようとしなかった。あの王でさえ、今日は仕事を押しつけるのを止めようと決めたほどの厳しい表情だった。


 銀色の髪に切れ長の青い瞳と鼻筋の通った高い鼻に引き締まった口元。整った顔に負けない位に均整のとれた美しい長身の身体を持つシーノン公爵は、いつも眉間に刻まれた深い皺や、不愉快そうにしかめられた細眉や、周囲の人間達の冗談にもニコリともしない鉄仮面のような表情でさえなかったら、彼は美貌の公爵様と呼ばれたかもしれないが常時、この怖い顔の表情の彼に付けられたあだ名は()()()()()だった。


 その氷の公爵様の眉間の皺が、さらに深くなっている。今日だけは誰も彼を怒らせてはいけない……。と暗黙の了解が城内に瞬く間に広がって、その日シーノン公爵は、王にも誰にも仕事を邪魔されなかったせいで、いつもよりも多く仕事をこなした。それから3ヶ月が過ぎても、その緊迫状態は3ヶ月間保ったままだった。




 二つ目の事件が起きたのは、最初の事件から3ヶ月が経った日、イヴリンが4才と10ヶ月を迎えた日の夜のことだった。その日もシーノン公爵が帰宅したのは、夕食の時間を5時間も過ぎた後だった。どういうわけか、ここ数ヶ月、誰も自分に話しかけないし、王も王としての仕事を大量に押しつけてこないので、本来の事務次官の仕事がはかどって、つい、この先一週間分の仕事をまとめて、こなしてしまったのだ。帰宅の際には、ここ最近怯えた表情をする王から、お前は休みを長くとっていないのだから、2、3日休んだらどうかと、珍しく労いの言葉までかけてもらったのだ。本当に珍しいと思いながら、厳しい表情の彼は、眉間の皺は取れないまま、帰宅した。シーノン公爵は軽食を執務室に持ってくるようにセデスに頼んだ後、屋敷の執務室に向かった。


 いつもなら、この時間の帰宅後は、そっと静かにイヴリンの部屋を覗き、眠っているイヴリンの頭を撫でた後に執務室に向かうのだが、先日、教会の大司教と神子姫に祈祷してもらったものの、その効果が無く、昨日からイヴリンは、また熱を出していたので、ゆっくり休ませてあげようと思って、シーノン公爵は可愛い愛娘の頭を撫でるのを我慢した。


 シーノン公爵は執務室に入ると自分の執務机に向かい、今日中に処理しなければいけない書類の束にため息をついた。椅子に腰掛けて一息つくと、自分の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を自覚して、また溜息をついた後に、コン!コン!と小さなノックの音がした。


「入れ。……ん?あれ?イヴリンかい?」


 てっきりセデスが入ってくると思ったのに、執務室に入ってきたのは、後2ヶ月で5才の誕生日を迎えるイヴリンだった。小さなイヴリンが大きなワゴンを一生懸命押して入ってきた(もちろん、その後ろにはワゴンが倒れてこないようにとセデスが手を添えていた)。


父様(とうさま)!お仕事おつかれさまでした!」


 執務室の入り口近くのソファとテーブルのところにワゴンを止めると、小さなイヴリンはネグリジェの裾を持って、可愛いお辞儀をした。父親の帰宅に気づいたのだろう、寝床を飛び出してきましたとばかりの結われていないイヴリンの長い銀髪が多少乱れていたが、シーノン公爵は幼いイヴリンからの労いに頬が緩んだ。セデスにイヴリンのガウンを持ってくるようにと頼んでから、小さな愛娘を抱き上げた。


「ああ、ただいま、イヴリン。夜食を運んできてくれてありがとう。父様はすごく嬉しいよ。でもね、イヴリン。今度からお手伝いをするときは上着を着てからにしてほしいな。ほら、こんなにも体が冷たくなっているよ、イヴリン。寒かっただろう?昨日から熱を出していたのだから、もっと自分を大事にしてあげなきゃね。これでイヴリンが熱を出したら、父様は心配で泣いてしまうよ」


「ええっ!?父様、泣いちゃダメです!ごめんなさい、父様。次からは上着を忘れないようにします!」


「うん、えらいね、イヴリン。じゃ、セデスがガウンを持って来るまで、父様が抱っこをしていてあげようね」


「わぁい!父様、ありがとうございます!ウフフ、父様、あったか~い!」


 イヴリンを抱き上げる彼の眉間からは皺が消え、絶世の美中年男性になることを屋敷の外の者達は絶対信じてくれないだろうと思いながら部屋から出たセデスは、苦笑を心中だけに留めてイヴリンの部屋に向かった。


 屋敷の外の者達が知らないシーノン公爵の本当の姿は、その悪評とは、まるで正反対だった。高給を支払い、福利厚生も、きちんとしてくれる雇い主は怖いのは顔の表情だけで、本当は貴族特有の傲慢さも気難しさもない、とても穏やかで優しい性格をしていたのだ。顔が不機嫌なのは、熱もなく病気でもないのに何故か常時、()()()()()()()()()()()()を抱えているために、機嫌良く笑えないのだと雇用が決まったときにシーノン公爵自身に最初に説明された。……それはシーノン公爵が、まだ4才のときの事だった。


『私の不機嫌顔で、これから不愉快にさせてしまうがよろしく頼む』


 と小さな男の子が頭を下げたので、セデスはとても驚いた。生真面目で誠実な人柄の若君に好感を持ったセデスは、彼の不機嫌顔など直ぐに気にならなくなった。体の不調を感じながらも周囲にやつあたりすることなく、眉間に皺を寄せながら一人耐える、小さい若君の忍耐強さに驚くと共に彼の身を案じたセデスは、彼を()()()()()()にしようと思った。そしてバラバラになって潜んでいた()()()に声を掛けた。呼び集められた10人の一族達も皆、彼の人柄に惹かれ、彼を一族達の守るべき主と認めた。その後、セデス達()()()()で誠実に今現在も仕え続けていたのだ。


 そして、そんな彼の愛娘のイヴリンも父親譲りの穏やかさと純真さ、そして彼以上の忍耐強さを持つ、可愛い天使のような女の子だった。イヴリンもどうやら彼と同じように頭に痛みを感じる気のせいを抱えているようだったが機嫌が悪くなることもなければ、彼のように痛みで顔の表情が不機嫌に歪むこともなかった。イヴリンは、やや元気をなくしたような表情になるだけで、回りに自分の気のせいを悟られないように健気に頑張っている姿がいじらしかった。


 他の貴族令嬢のように気難しいことも一切無く、使用人に対して怒鳴りつけたり、無理難題な我が儘を押しつけることもしないイヴリンを、皆はとても愛したし、元気な体にしてあげたいと願っていた。いるのかいないのか分からないくらいに、存在感のないシーノン公爵夫人も家にいる時は、彼らに非常識な事はしなかった。貴族に仕える者達にとってシーノン公爵家は、まさに天国のような職場だったのだ。

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