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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”ゲームスタート
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ピュアと奇病と神の使徒(前編)

 この世界に存在する国々のほとんどの国では、”高熱が出ていない体の不調”は病気とは……()()()()()()()()。”病気”として認められるには、必ず高熱が出て、体の異変が目で見てわかる状態でなければならない。だから高熱が出なければ、全て"気のせい”、”仮病”と医師に診断されてしまい、どれだけ本人が体の不調を自覚していても、それは病気ではなく、ただの()()()()とされた。


 だが熱が出ていなくても、それは”病気”だと認識されるものも、いくつかはあった。それは高熱は出ていないが、明らかに()()()()()()()体の異常がある場合である。それは例えば、目の充血だったり、体のどこかが腫れたり、肌の変色、ニキビ、吹き出物……等々といった、医師でなくても気づく異変がある状態を指した。


 ……ただ、高熱が出なくとも”病気”と一応は認められているものの、それらの症状が何故、体に出るのかの原因については不明で、治療法も今の段階では、誰も見つけていないため、それら”高熱は出ないが目に見えてわかる体の異常が出る”病気のことを人は……”()()”と呼んだ。




「まだ”奇病”が治らないんですか、あなたは……。そんな醜い顔で近寄ってこないでください。移ったりしたらどうしてくれるんですか!もっと離れて下さい!……ハァ、仕方ないですね。今日のデートも中止にします。全くピュア嬢には、いつもいつも困らせられてばかりだ!」


 ピュアは、その日も自分の婚約者にため息をつかれ、汚物を見るような目つきで見られながらネチネチと嫌みを言われ続けた。


「す、すみません、辺境伯さ……」


「おや?()()殿()()と呼ぶように教えたはずですが?奇病が頭の中にまで広がったのですか!」


「ご、ごめっ、ごめんなさ……じゃなかった!申し訳ありません……」


「フン!気分が悪い!これ以上ここにいて、奇病が移るのも嫌だから、今日はもう帰ります!」


 ホワイティ公爵家の離れから男が出て行くとジェレミーが駆け寄ってきて、ピュアの背を撫でながら心配げに声をかけた。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「う……うん、大丈夫。……ありがとう、ジェレミー」


 ピュアの婚約者である男は、ピュアの国の王の一つ年下の弟で、今はバッファー国との国境近くの領地で辺境伯となっていたが、自分が辺境伯と呼ばれることを嫌って、未だに周囲の者達に”王弟殿下”と呼ばせていた。


 この王弟殿下はすでに5回も結婚していたが、どの妻も皆、結婚後直ぐに亡くなってしまうため、民達には”死神伯爵”、”吸血伯爵”等々と言われ、とても恐れられていた。また王弟殿下には常に良くない噂が付きまとい、彼の領地では女性が次々と行方不明になるという話も頻繁に聞かれた。


 ありがたくない別名をつけられ、良くない噂ばかりある王弟殿下だが、その男は王のたった一人の身内で、王にとってはたった一人の可愛い弟であることは事実だった。他に兄弟がいなくて、王に未だに子どもが出来ない以上、その男は次の王位継承第一位の者だから、5番目の妻が亡くなって直ぐに、次の婚約者が選ばれた。それが当時7才になったばかりのホワイティ公爵家の7番目の子であるピュアだった。


 王弟殿下は、その時35才で随分と年上だったが、貴族に生まれた以上、ピュアは政略結婚からは逃れられなかった。それにどんなに悪い噂があっても、その男は王族なので、結婚相手は上級貴族である公爵家か侯爵家のどちらかの貴族家からしか選べず、運が悪いことに、その両方の家々の子女達はすでに婚姻して家を出ていたので、婚約出来る相手がピュアしかいなかったのだ。王命だと言うこともあり、ホワイティ公爵家は内心を押し隠しつつ、それを受け入れるしか他に道はなかった。


 ピュアは上に6人も兄がいる、少しお転婆な少女だったけれど、ピュアなりに立派な公爵家子女を目指して、元気いっぱい頑張って勉強に励んでいた。だからピュアは7才で婚約が決まった時も、将来の辺境伯……王弟殿下の妻に相応しい令嬢になろうと、今まで以上に必死になって社交を頑張っていたのだが、その3年後にピュアは”奇病”にかかってしまったのだ。


 ピュアの”奇病”は、赤い発疹だった。初めは一つの赤い発疹だった。回りの貴婦人達は「まぁ、おかわいそうに。早く良くなられるといいですね」……等と労りの声をかけてくれたが、ピュアは皆の視線から、それが()だと感じた。皆の視線は言葉よりも正直で雄弁だった。


『『『まぁ、何て醜い!何の奇病?私達に移るものだったら、どうするのよ!あっちに行って!』』』


 と皆の目が言っていて、皆がピュアを恐れて厭うていたのだ。ピュアはそれがわかるから、キュッと下唇を噛みしめて……、ジェレミーにそっと直された。


「大丈夫ですよ。移る病気でしたら、ずっとお嬢様にお仕えしている私が、とうに奇病になっていなきゃ、おかしいでしょう?でも私は奇病にはなっていません。ですからお嬢様の奇病は、誰かに移る病気ではないはずですよ」


 そう言ってジェレミーは慰めてくれた。家族はピュアのために沢山の医師達を呼んでくれたが、どの医師達に診てもらっても、原因も治療法もわからず、そうしている間にピュアの奇病は、ものすごい早さで悪化していった。顔中に赤い発疹が額と、鼻筋、両頬、鼻の下、顎に水玉模様みたいに広がっていった。他の貴族達も、よく顔に吹き出物が出る”奇病”にかかっていたが、どうもピュアのそれは、他の人の奇病とは様子が違った。


 まず茶会に出ようとすると発疹が出る。悪天候でそれらがないときは発疹は出ない。王弟殿下と会う約束をした日は、必ず発疹が出る。約束をしていなくても、王弟殿下の姿や声を聞くと即座に発疹が出て、会わない場所では発疹が消えた。世間一般的な吹き出物の奇病は、一度出来ると中々治らないのに、ピュアのそれは、出たり消えたりするので貴族達は、本当に奇妙な奇病だと言って、ピュアを避けるようになった。


 原因がわからない、移るかどうかもわからない、見た目も美しくない”奇病”が、目の前で急に増えたり、消えたりするのだから、周囲の人間が気味悪く思うのも当然だろう事はピュアにもわかっていたが、聞こえよがしに大人達に悪口や陰口を叩かれるのは、10才の子どもでしかないピュアには、とても辛いことだった。


 公爵家の子女の務めをしなきゃと思い、将来の王弟殿下の妻となるために頑張ろうと思っているのに、ピュアの奇病は、そう思えば思うほど、頻繁に発症するようになってしまった。家族達も心配して、沢山の医師を集めてくれたが、どの医師もピュアの奇病を治すことが出来ず、やがてピュアは家族からも感染を恐れられて、公爵邸の離れに移り住むように命じられてしまった。


 まだ10才の子どもだったピュアは、原因不明の奇病になってしまった自分は、これからどうなってしまうのだろうと不安で、目の前が急に暗くなるように感じた。貴族達だけではなく、家族達からも見捨てられたことが、ピュアはとても悲しくて、辛くて、寂しくて、10才年上の傍仕えのジェレミーに抱きついて、大声で泣いた。ジェレミーはピュアの泣いている間、ずっと背中を撫でてくれた。そしてピュアに、こう尋ねてきた。


「お嬢様、”公爵令嬢”でいることが辛いのなら、悲しいのなら……、あの男から、お逃げになりたいのなら、私が連れて逃げて差し上げますよ。……どうされますか?」


 ピュアは辛かったし、悲しかった。そして王弟殿下が怖くて、嫌で逃げたくて仕方がなかったから、ジェレミーに今すぐにでも、すがりつきたかった。……でも。


「……いいえ、私が逃げたら、ホワイティ公爵家が窮地に立たされてしまいますもの。政略結婚は貴族の宿命。……例え、私の奇病が死んでしまう病気だったとしても、今、私が逃げたら……、王弟殿下との婚約から私が逃げたら、私のお父様もお兄様達も領地の者達も困ることになります!だから私は怖いけど……逃げません!」


 ピュアは家庭教師から”公爵子女の矜持”というものを幼いながらも、身に付けさせられていたため、公爵令嬢辞退などとは思いつきもしなかった。そう言ったピュアに、ジェレミーは片膝をついて、ピュアに永遠の忠誠を誓って、こう言った。


「ならば、このジェレミー……、いついかなる時もピュア様と共にいましょう。ピュア様をお守りし、もしピュア様がその奇病で、お亡くなりになるようなことがありましたら、その時は、このジェレミーも命を絶ちましょう。けして……、けしてピュア様を一人であの世へ行かせないと、ここに誓います」


 その時からジェレミーは()()()ではなく()()として、ずっと傍にいてくれることになった。


 それからのピュアは社交界にも出ることを禁じられて、ピュアの家の離れでジェレミーと数人の使用人達と静かな生活を送るようになった。王弟殿下は婚約者の務めからか、時々ピュアを尋ね、奇病が治ったか確認がてらにデートに誘ってくるのだが、いつも来てもピュアは”奇病”のままなので、ピュアは王弟殿下からも、とても嫌われるようになってしまった。


 ピュアは王弟殿下を愛してはいないが、将来の夫となる相手に毎回きつい言葉で詰られることがとても辛くて、悲しくなり、その度に傷つき、落ち込んだ。その度にジェレミーは、ピュアの背中を優しく撫でながら、毎回こういって慰めた。


「今回もピュア様は”奇病”によって救われました。本当に”奇病”()()です」


 毎回ジェレミーはそう言って慰めるのだが、ピュアはジェレミーが何故、ピュアの”奇病”をありがたがるのかがわからなかった。理由を尋ねても、ジェレミーはけして口を割らなかった。


「?ジェレミー、どうして奇病のことを”様々”と言うの?私は奇病のせいで困っているのに……」


 と首をかしげ続けるピュアに、やっとジェレミーがその理由を述べたのは、ピュアが女の子の日を迎えて、暫く経った頃だった。


「お嬢様が公爵令嬢を頑張ったご褒美が、”奇病”なのだと私は思っています。……だって、そのおかげでお嬢様の貞操は、まだご無事なのですから。……きっと神様が頑張っているお嬢様に、()()を与えてくれたんですよ。お嬢様の”奇病”が出ている間は、あの少女の敵の変態王弟殿下……いや、失礼。あの全ての女の敵のド変態男は、お嬢様を襲うことが出来ないのですからね」


 王弟殿下の良くない噂の中に彼の領地では、女性が次々と行方不明になるという噂があるが、実はその女性達には、共通点があった。行方不明の女性の大半が……華奢な美少女だったのだ。

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