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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”僕達のイベリスをもう一度”ゲームスタート
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ジャムと黒狼が守る銀色の子リス(後編)

 ピュアは10才のころに、ある()()にかかり、その後5年間も、その奇病に苦しめられていたのだとイヴに語った。この国に来てから、その奇病になる回数は激減したが、今でも時々その奇病の症状が顔に出てくることがあるらしく、ピュアがある事情で国を離れ、この学院に来たころは、奇病の症状は収まっていたものの、まだうっすらと、その奇病の跡が顔に残っていた。


 ピュアの侍女がピュアを元気づけようと、町で”黒狼の守る銀色の子リス”印の化粧品を買ってきてくれ、ピュアは侍女の心遣いを嬉しく思って、それを使い始めたのだが……、使い始めて、しばらくしたら、いつの間にか、その奇病の跡が消えていることに侍女が気づいた。


 またピュアは、その奇病の症状が出た日は眠っているときに、必ずといっても良いほど悪夢を見るので不眠がちだったのだが、イヴの引っ越しの挨拶のときのジャムを食べ出してから何故か、その日から悪夢も見なくなって、よく眠れるようになったのだと話した。


 化粧品を売っているのはスクイレル商会だが、化粧品のレシピを考案したのは薬草医だ。スクイレル商会の高価な化粧品類は、銀色の妖精王が考案しているらしいが、民向けの安価な化粧品は彼が作っている物ではないとピュアは、両方の化粧品を見て思ったらしい。


 二つとも同じぐらいの効果があるが、民向けのものには()()()()()()()使()()()()()()()と実感したからだ。ピュアはこの国に来てから実家を通じて、スクイレル商会に働きかけて、黒狼の子リス印の化粧品を作った薬草医を紹介して欲しいと問い合わせたが教えてもらえなかった。


 残念に思っていたピュアの前に、この春、スクイレルの一族の者が現れた。礼儀正しく、侍女に対しても丁寧に挨拶する少女は、きっとスクイレル一族の中でも高位の者に違いないと考え、薬草医のことを入学式後に尋ねようとピュアは決めたのだが……引っ越しの挨拶のときにもらったジャムの存在が、ピュアを焦らせた。


 見た目も味も普通の……ピュアが今まで食べた中で一番美味しい柑橘果実のジャムなのに、ピュアの奇病の跡を治し、悪夢を見なくなるジャムは、まるで()()に出てくる魔法の食べ物のように思えたのだ。この世界に魔法なんて存在しないのに、まるで美味しいジャムがそのまま()になっているようだと考え、これを作ったのはピュアが会いたかった薬草医に違いないと確信した。


 このジャムを持って来たイヴはきっと、その薬草医を知っているのでは……と考えていたピュアに実家からの報告が届いた。その商会の化粧品開発をしているのは、その商会の一族の()()()()だけだという報告だった。ピュアはイヴこそが自分が求めている薬草医だとわかった。


 だから、この素晴らしい薬草医の存在を他の者達に知られる前に、何が何でも自分専属の薬草医になってもらわねばと焦ったピュアは入学式前にイヴを探し回ったが見つからず、それで余計に焦ってしまい、やっとのことで見つけたイヴに、つい強引にあんなことをしてしまったのだ。


「本当にごめんなさい。あんなことになるなんて。私、あなたにこれから()()()()()()から、どうか、どうか……、()()()()()()()()……」


「わ、私の一生も捧げます!だからお嬢様の()をお許し下さい!私達二人の()()()()()()()()()()()()()は必ず、必ず返します!()()()()()()()()()()立派な働きをしますので、どうか、お怒りにならないで下さい!」


「?あの……何の話なのか、よくわかりませんが入学式でのことは、もう終わったことですし、謝罪もすでにいただいていますから、これ以上の謝罪は必要ありませんので、そんなにお気を遣わないで下さい。それに今回の事は少し運が悪いことが重なっただけのことなので、私は怒ってなんかいません。


 確かに黒狼と子リス印の化粧品やジャムは、私が作った物ですが、たまたまピュア様の体質に合っていただけの物だと思うので、私がピュア様を救った女神とかではないと思いますし、……それほど感謝されることは嬉しいことですが、お二人を捧げられるような、たいそうなことではないのですよ」


「うっ!ありがとう!……私、神様の天罰を受けるかとハラハラしていましたの。優しいですのね、スクイレルさんは。……私が知っている貴族の女性達と大違いだわ。学院でもスクイレルさんが優しくしてくれるから、平民クラスの皆も仲間に受け入れてくれて、私は今、すごく毎日が楽しくって、幸せで……何だか私、それが嬉しくて……う、うわあぁぁ~んん!!」


 ピュアは感情的になり、わっとテーブルに突っ伏して泣き始めた。慌ててジェレミーはピュアを介抱しようとピュアをなだめ、目を丸くしたイヴは、ミーナに頼んで、自室からジャムを取ってきてほしいとお願いをした。






 ミーナがジャムを持ってくると、ピュアとジェレミーは食い入るようにジャムを見つめた。透明感のある橙色のジャムが、部屋に差し込む柔らかな日の光を受けて、キラキラと輝きを放っていた。ピュアの不眠を治し、気持ちの落ち込みを防ぐことが出来る、魔法のようなジャムを見てピュアは、見た目も美しいのね……と、ホゥと息をついた。


「そのジャムの果実、あなたの村のものなんでしょ?バッファー国のリン村の果実はどれもこれも栄養があると言われていますものね」


 イヴはジェレミーに小皿と使用していないスプーンを2本とメモ書きをするための、紙とペンを持って来て欲しいと頼んだ。ジェレミーがそれらを持ってくるとイヴは、ジャムの入った瓶の蓋を開……蓋が固くて開けられなかったので、ミーナが代わりにそれを開けて、イヴに手渡した。イヴはミーナに礼を言った後、小皿にジャムを掬った2本のスプーンを置いて、ピュアの前に差し出した。


「いいえ、このジャムの柑橘果実はリン村のものではないんですよ」


「え?」


「リン村のオレンジではなく、オレンジ栽培で有名な、ピュア様の国のオレンジなんです」


「ええ~~~~~~~~!?」


 部屋中にピュアの驚きの叫び声が響いた。イヴはピュアに味をよく確かめて下さいと言った。まず、最初にジェレミーがスプーンを手にし、毒味と味見をした後、ピュアに食べるように促した。ピュアは恐る恐る口に入れ……確かに自国で食べたオレンジマーマレードの味だと納得したが、でも自国の物よりも苦みが抑えられていて、爽やかな芳香がすると言った。イヴは驚くピュアに苦笑し、自分には5才下の弟達がいるのだと言った。


「二人は私と違って体も大きく、とても運動神経もよくて、可愛くて優しい、私の自慢の弟達なのですが、実は二人とも酸味や苦いのが、少々不得意なんです。リン村の柑橘果実は、栄養価が高いのですが他のオレンジよりも酸っぱくて、苦みが強いんです。二人は、いつも生食するのは酸っぱいから嫌だ、ジャムは果皮が苦いから嫌だ……と言いながらも、食べてくれる良い子達なんです。お残しはしないけど、眉間に皺を寄せている弟達が、可哀想だなと思いまして、代わりになるものが作れたらと……」


 リン村の柑橘果実には、クシャミや咳や鼻づまりを緩和する作用があるが、子ども受けが良くない。なら食べやすくて、同じ作用を促すものはないだろうかとイヴは考えたのだという。


「ピュア様の国のオレンジは、とても甘みが強く、弟達は好んでよく食べていました。私の師の見立てではリン村の果実ほどではないけれど、クシャミや咳等の緩和も期待できるということでしたので、私は、そのオレンジでジャムを作ろうと思いまして、リン村の柑橘果実と同じ効果を出そうとジャムの材料の他に一つのハーブを入れました」


 イヴはそう言いながら、メモ書きをし始める。ピュアはイヴの書いている字に、とても驚いた。


(なんて綺麗な文字を書くのでしょう!こんなに綺麗で素敵な文字を書ける貴族なんて、自国の上級貴族の中でも一人か二人しかいないわよ、きっと!私は公爵令嬢としての嗜みとして、幼少の頃から文字の書き取りはしているので、文字を綺麗に書けるのは当然のことだけれど……何故、スクイレルさんは平民なのに、ここまで美麗な文字を書けるのでしょう?この字は、まるで王族のようだわ……)


 と思ったピュアは次の瞬間、ハッとした。


(そう言えばスクイレル家は、北方の……)


「書けましたわ。これをどうぞ」


 イヴはジェレミーに来てもらい、メモ書きを渡した。ジェレミーは恭しくそれを受け取ると、ピュアの所に行って、イヴのメモ書きを手渡した。


「ピュア様のせっかくのお申し出は光栄ですが、私はあなたの専属の薬草医にはなれませんので、代わりにこれを受け取って下さい」


「ありがとうございます、スクイレルさん。……ん?あの、スクイレルさん?この”エルダーフラワー”というのは何でしょうか?」


 メモ書きにはオレンジの果肉と果皮、白砂糖、エルダーフラワーと書かれていた。


「それはハーブなんです。そちらの国の方には馴染みがないかとは思うのですが私のところでは、お茶にしたり、シロップにしたりします」


 リングルとアダムに料理を習い、セロトーニとグランから薬草学を学んだイヴは、”美味しいお薬”を作りたいと思っていた。


 ”エルダーフラワー”というハーブには、利尿や発汗を促し、体にたまった毒を排出するのを助ける力があった。体から悪いモノが出て行くということは、むくみの解消や予防が出来、風邪や花が多く咲く季節のクシャミや鼻水、喉の炎症も軽減されるということだった。毒が排出されて体中が綺麗になれば、血の巡りもよくなり、肌の新陳代謝を促す。エルダーフラワーの香りは、甘くマスカットのような爽やかな香りで、心が落ち着き、心身の緊張がほぐれて、よく眠れる作用があった。しかも……。


「このエルダーフラワーを材料にした化粧水には、シミやソバカスにも効き、美肌効果があるんです。だから私はエルダーフラワーを使って、ジャムや化粧水を作ったんです」


「え?そんなに効果が!まるで魔法のハーブですわね」


「そうなんです。以前私がある食べ物で片頭痛を引き起こすのを見ていた人が、『病がひどくなる食べ物があるのなら、その逆の食べ物もあるんじゃないか?』と手紙で書いてくれて……。それから私、そういう食べ物を探したのですが、中々見つからないので、それなら自分で料理することで、それに近いモノに作ってみるのはどうだろうかと思いまして、色々と研究しているんです」


 それまでハーブティやシロップにしか使われていなかったエルダーフラワーに、美肌や美容効果があるのを見つけたのはイヴだった。そしてイヴは化粧水の材料に使えるのではと思ったのだと語る。


「実は私、市販されている化粧水の香りが苦手なので、昔から自分で作っているんです。……その私には好きな人がいまして、その人に綺麗だと思われたくて……」


「「え?」」


 イヴは耳の裏まで真っ赤になり、……何故か、部屋の隅に立っていたミーナまで、真っ赤になっていた。ピュアとジェレミーは赤面する二人を見て、目をパチクリさせた。


「私の好きな人は、ミグシスという名の10才年上の男性なんです。……ずっと、ずうっと、好きで大好きで、私は大人な彼に少しでも近づきたくて、彼にふさわしい大人の女性に早くなりたいと思っていました。だから両親や両親みたいに大事に思っている家族達に色々、教えてもらっていたんです」


 ポポッと頬を染め、自分でも顔が熱いのか、イヴは両手を顔に添える。小さなころからの日焼け対策は大事だと教えられ、男は胃袋を捕まえたら何とかなると言われ、自分磨きは大事だと手入れの方法を伝授され、遠距離恋愛のコツをあれこれ助言され……、両親の仲の良さを見ては、自分も早く彼に会いたいなぁと想いを募らせた。


「約9年間ほとんど毎日彼に手紙を書いていました。彼も同じくらい書いてくれて……。()()()()()()()、とてもさびしくて、でも彼は私のために()()()()()()()()()から、我慢しなきゃと、ずっと会うのを我慢していたんです。でもですね!明日会えるんです!()()()()()()ようになったんですって!」


 その後のイヴの恋バナを続けて聞かされたピュアとジェレミーは、ミーナと同じように赤面しだした。


(か、可愛い!恋する女の子の気持ちって、こんなに胸がときめくものなのね!それにスクイレルさんの話しを聞いているだけで、何だか背中がムズムズするような、転げ回りたくなるような気分になって、こちらまで赤面してしまう!!)


 ピュアは政略結婚が当たり前の貴族社会しか知らなかったから、誰かの恋バナなど聞いたことは今まで一度もなかった。人が人を想う気持ちを、こんなに素直な言葉で語られたこともなかったので、とても新鮮な気持ちがした。幸せな恋の話というのは、自分自身のモノではなくても、聞いているだけでも、こんなにも優しく、温かい気持ちになるものなんだと知って、ピュアは心がこそばゆく感じ、それが妙に心地よかった。


 こんなにも誰かに想われていることを知ったら、相手はどう思うだろうか?イヴの話を聞いている限りでは、相手もイヴを彼女以上に、溺愛していそうな印象を受ける。ピュアは頬を染めて話すイヴや、それを聞いて微笑むジェレミーや、相変わらず赤面しているミーナをチラリと見て、こう思った。


(きっと彼女の想い人は、彼女の今の気持ちを知ったら、この場で倒れてしまいそうなほど赤面して惚けている()()()みたいな表情になるんでしょうね……。9年ぶりに会って、それを知ったら……、スクイレルさん、その方に連れ去られて、離してもらえなくなるんじゃないかしら?まぁ、何にしろ、スクイレルさんが幸せそうで何よりですわ。


 ……少しだけスクイレルさんが羨ましいですね。平民の女性は、こんなふうに人を好きになって、こんなふうに好きな人を想い続けて……、自由に恋愛が出来るのですものね。こんなふうに私も……恋してみたいですわ)


 恋バナを一通り話し終わったイヴはエルダーフラワーのジャムとシロップと手作りの化粧水の作り方まで、丁寧な文字で書いてピュアに手渡してくれた。ピュアは謝礼金を手渡そうとしたが、イヴはそれを固辞した。


「これは村では誰もが知っている作り方ですから、お金は不要ですよ。それにこれは……新しく出来たお友達への贈り物ですから、お金は受け取れません。だから今後は私のことをイヴと呼んで下さいね、ピュア様」


「お、お友達!?わ、私、お友達なんて初めてですわ!う、嬉しいですわ~!!イヴさん、私達、もう()()ですわよね!一生の大親友ですわ~~~~~~~!!」


 イヴの言葉に感激したピュアは、またイヴに抱きつき、身体を揺さぶ……る前に、ジェレミーとミーナによって、それは回避された。

※エルダーフラワーのジャムやシロップは、実際に実在しています。ですが、その効果や効能には個人差がありますし、アレルギー等の心配もありますので、実際に試されてみたい方は各々で調べてから自己責任でお使いください。


※リン村の柑橘果実は、じゃばらに酷似した果実です。銀色の妖精が、英雄のライトの住む国に与えた祝福により、リン村に自生している植物は全て、何らかの栄養もしくは薬効があるものとなっています。

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