4人の攻略対象者と5人目の攻略対象者
入学式前の騒動の後、僕イベの乙女ゲームに出てくる攻略対象者である4人は、強い罪悪感を抱いた。何故なら彼らは皆、自分の初恋の少女には持病があると、彼らは知っていたはずなのに、誰も彼もが彼女のことを気遣うことをしなかったからだ。
エルゴールは、少女の身体を健康にするために”神子姫エレン”として神楽舞を舞ったし、母と温泉のある保養地にいたエイルノンは、少女が自身の病を改善するために、そこへやって来たのを知っていたし、あの夕日に染まる海に一緒にいたトリプソンは、隣で病の辛さを泣きながら叫ぶ少女の言葉を横で聞いていたし、ベルベッサーは父親が少女の謎の病を治したいと他国にまで行って勉強し直し、その後もずっと研究していたのを傍で見ていたから、誰よりも少女の病には詳しいはずだった。
……それなのに。それなのに彼らは初恋の少女と出会えたことに驚愕し、喜び、我を忘れ、少女を取り囲み、少女が本当に、あの初恋の少女なのかを確かめようとする気持ちばかりが先行した彼ら4人は、少女の事をないがしろにした。
少女は揺らされるのは嫌だと言った。痛いから止めて欲しいとも言っていた。黒い覆いを被っている公爵令嬢が揺らしていたので止めに入ったが、相手は女性故、力加減がわからず、でも助けようと思うばかりに意図せず、その揺さぶりに荷担し、拍車をかけたのは明らかに自分達だった。どうしてあの時、教師か保健室の先生を呼ばなかったのかと、悔いても後の祭りだった。
入学式前に自分達の行いのせいで、初恋の少女が倒れたのを見た彼らは、目の前が真っ暗になるように感じた。このまま彼女が目を覚まさなかったらと心配になり、自分達のやるべきことをすべて投げだし、彼女の傍にいたいと思って保健室前にまでやってきたが、保健室から仮面の先生が出てきて、君達の身に付けている匂いが彼女を苦しめたのだと言われた。保健室の中まで匂ってきそうな、きつい芳香だから、彼女を助けたいなら近づくな!生徒会に所属する自分達がなすべき、入学式の仕事に戻れとハッキリ言われてしまった。
剣の腕だけは超一流だが、いつも身なりはしょぼくれて、少し猫背のどこにでもいる冴えない感じのやぼったい中高年男性であったはずの仮面の先生が、今日だけはまるで別人のように見えた。
猫背だった背筋が伸びるとかなりの長身で、いつものにやけた笑みを引っ込めた顔は仮面越しだが、とても整った顔に見え、いつもの、のんびりした張りのない声とは違う、年よりもウンと若い印象の大人の男性の凜々しい声は、彼らに有無を言わせない説得力があった。
まるで、いつもは平凡な男に擬態していたかのように、そこには男である彼らから見ても魅力的な男性が、目の前の敵を討つために、全ての仮面を外したかのように見えた。部屋の中の者を全力で守ろうと敵に殺気を放つ様は、まるで自分の番や子を守ろうとする獣のようだった。
この殺気に覚えがあるエイルノンとベルベッサーとトリプソンは顔をしかめた。髪の色合いが違う、年齢も違うはずだが、まさか……とエイルノンとベルベッサーは思った。性別が違う、年齢も違うはずだが、もしかして……とトリプソンは思った。
そこへ保健室の先生である修道女が黒い覆いの公爵令嬢に手を引かれてやってきた。修道女は、学年主任の先生が生徒会のあなた達がいないと心配しておられたから、持ち場に戻りなさいと彼らを促すので、彼等4人は仕方なく入学式準備のために講堂へと戻っていった。
入学式に何とか出席してきた彼女の顔色は遠目で見ても、容易にわかるくらい顔色悪く、彼らはさらに自己嫌悪に駆られた。入学式が終わり、自分達の仕事が終わった後、彼らは学院長や学年主任、新入生担当教官達、老爺の校医、保健室の先生や、何故か女子寮の寮監夫婦や食堂のコック達にまで、お説教を受けることになってしまった。
入学式前の彼らの行動は悪気がなかったとはいえ、大勢の男が一人の少女に詰め寄ることは、紳士のすることではないと言われ、相手の制止の言葉を聞かないのは、人としてどうなのか?相手は痛がっていたのに、その行為を続けるとは……等々、と彼らに言葉こそ荒げられることはなかったが、確実に彼ら4人の心を容赦なく、えぐってくる口撃の応酬で、彼らは凹みに凹んでしまった。
入学式からしばらく経ってから4人は、とても辛い罰を課せられて、その日から彼らは心身共に疲弊する毎日を送ることになった。彼らへの罰がとても重いものだったので、それを見ていた上下貴族クラスの者達は震え上がり、入学式で見かけた平民クラスの者達……特に2人の美少女達には、絶対に手出しをしてはいけないと、皆は心に深く誓った。
4人は心身共にボロボロになりながらも、それでも何とか時間を捻出し、彼女に謝罪を試みようとしたが、どういうわけだが、中庭でも、平民クラス用の通用門前でも、女子寮の前でも、彼女に会うことは出来ず、それではと平民クラスの彼女のクラスメイトに、取り次ぎを頼もうとしても、けんもほろろに断られてしまった。
どうやら入学式前の騒動を彼女のクラスメイト達は見ていて(入学式に出席するために集まっていた在校生達にも見られていて、彼ら4人の人気は一時下落した)、クラスメイトである彼女が倒れた原因となった彼らを平民クラスは敵として認識してしまったらしく、それから平民クラスの者達と彼ら4人の静かな攻防戦は続き、彼らが初恋の少女に謝罪できるようになるまで、2ヶ月もかかろうとは、その時の彼らには想像も出来なかった。
”僕のイベリスをもう一度”の入学式は本来オープニングムービーであったのだが、僕イベに含まれていた”乙女ゲーム”と”復讐ゲーム”と”隠された物語”が同時進行してしまった現実である、この世界の”僕達のイベリスをもう一度”の入学式は皆にとっての物語の選択であり、物語の始まりであり、本来のオープニングイベントである”体力測定”のイベントをも兼ねたものに変化していた。
悪役辞退し、平民となったイヴは、悪役令嬢と同じ髪と瞳の色合いを持ち、勉強や淑女レベルがすでにレベルMAX状態で、北方のバーケック国の女王の厚意により、平民ながら、ある身分を有していた。しかも今はヒロインの身長(母方の祖母似)と(補正下着を装着しているため)華奢な体格で、ヒロインと同じ白いリボン……白いハチマキを付けた状態で、ミーナに守られながら入学式に出席した。
本来ヒロインに初恋するはずの攻略対象者4人は、なぜかヒロインではないイヴに初恋し、その淡い感情を胸に秘めたまま、入学式に出席した。
仮面の先生と保健室の先生のルナーベルは、学院関係者なので、当然入学式に出席した。
僕イベのヒロインと同じ名前と同じ色合いを持ち、僕イベの悪役令嬢の身分と同じ身分と同じ体型を持ち合わせた、その令嬢は、攻略対象者達と同じ18才だったが、自分の勝手な振る舞いでイヴを苦しめたことを悔い、身分と年を偽って、平民の新入生として、イヴとともに入学式に出席した。
本来のヒロインはいなくても、ヒロインの要素を兼ね備えた条件の者達が複数いたし、悪役令嬢はいなくても、ヒロイン達を虐める悪役も、すでに存在していたので、僕イベの主要人物が全てそろったことになり、彼らは復讐ゲームではなく、僕イベと隠された物語が混ざった乙女ゲームの物語を選択し、物語を始めてしまった。
本来の僕イベのオープニングムービーのヒロインのリボンは4人の攻略対象者達が拾うが、ここは物語を酷似させているだけの現実世界なので、物語通りには人は動かない。イヴの白いリボン……白いハチマキを拾ったのは攻略対象者の4人ではなく、仮面の先生だった。
本来の僕イベの体力測定ではゲーム画面のサイコロを振って、攻略対象者の初期値好感度を決めるが、ここは現実なので好感度はサイコロで決まるものではないし、人の好感度は数値に出来ない。
だからオープニングイベント後の、彼ら4人のイヴへの初期値好感度は初恋の少女に対する好意的な感情と、自分達が迷惑をかけたことに対する罪悪感の感情だけだった。……何故なら彼ら4人は、本来の僕イベのオープニングムービーと体力測定で交わすはずだった挨拶や自己紹介の会話やその後の触れあいを、片頭痛を起こしてしまったイヴに、全て回避されてしまっていたのだから。
そしてここは現実だから、イヴだって彼らに対する第一印象を持つのは当然で、イヴの彼らへの第一印象は誰かはわからないけれど、自分が頭痛を起こしたために迷惑をかけてしまった他人の人達……にすぎなかった。物語は始まってしまっていたがイヴと彼ら4人はまだ、本当の意味では出会っていなかったのだ。
なので本来のオープニングイベントである体力測定で最大値を出すと褒めてくれる攻略対象者は出会っていない者では現実的にありえなく、イヴのいつものハプニングイベント……イヴの片頭痛に対しての、イヴの頑張りや苦労を褒め、労うことが出来たのは、ずっとイヴの傍にいた5人目の攻略対象者だけだった。
最後の攻略対象者である隠しキャラのミグシリアス……ミグシスは、イヴとミグシスを守ろうとするスクイレルの大人達によって、元凶を引っ張り出すために9年近くも護衛のミーナとして隠されていたのだ。
※イヴは片頭痛に苦しめられていたので、入学式前の騒動では、4人の彼らの顔をまともに見ていません。イヴが彼らとの昔を、覚えているかはともかく、少年が大人(18才)の姿に変わっているのですから、名乗られない限りはわからないだろうと思われます。