イヴのオープニングイベント後
一月に試験を受けて合格した15名は4月の入学式を迎えるまでに、制服採寸と教科書受け取り(学院では教科書は購入するのではなく、貸し出しである)と、入学前検診が3月下旬にあったため、その時にもう一度再会した。
入学前検診のために学院に来るゴレー医師はイヴの検診前にイヴの持病の薬を見たいから、検診時に持参するようにと事前に手紙を送っていたので、イヴは大量の薬を持参して学院にやってきた。イヴの薬を見て、その薬の種類の多さに4月からイヴのクラスメイトになる14名は驚いた。
「「「こ、こんなに沢山飲むの!?一体、何の病気なの?」」」
と驚き、何の病なんだと尋ねる彼らにイヴは、自分は”片頭痛”という持病を患っていて、そのために”鎮痛剤”の治験を受けていることや、自身でも"片頭痛予防薬”となりそうなハーブを試していることを説明した(女の子の日を迎えたイヴは母親と同じ体質だったため、女の子の日の前の数日間と女の子の日の期間の前半に体調を崩すので、体調を整え血の巡りをよくする薬湯を毎晩、食後に服用しているのだとイヴは女子にだけ、後でコッソリとそれを伝えている)。自分の持病と沢山の常備薬の説明をするイヴに、これから同級生となる彼等はイヴに対し保護者意識が芽生え、学院では絶対にイヴに無理はさせまいと固く心に誓った。
男女別に分かれて、制服採寸と入学前検診が始まって、検診の順番がイヴの番になり、検診用に仕切られたカーテンの中に入るとゴレー医師が、イヴに「入学おめでとう」と声をかけてきた。イヴは礼の言葉を言った後、ゴレー医師に挨拶をした。
「セロトーニ先生のお手紙で、お名前は存じていましたが、会うのは初めてですね。初めまして、イヴ・スクイレルと言います。ゴレー先生の弟弟子であるグラン・スクイレルの娘です。私もセロトーニ先生と父から師事を受けましたので、ゴレー先生とは年の離れた妹弟子となります。それから私は、鎮痛剤の治験の二年目を受けている、片頭痛の患者でもあります。ですから、この一年、先生にも多大なご迷惑をかけてしまうかと思いますが、どうぞ、この一年、よろしくお願いいたします」
イヴはそう言って深々と頭を下げた後、ゴレー医師に薬を渡し、先ほど皆に話した説明よりも、もっと事細かに自分の病気の説明をした(ゴレー医師には女性特有の体調不良のことも包み隠さず、イヴはキチンと説明をした)。それらの薬を確認し、ゴレー医師はイヴの普段の様子を尋ね、脈を測った後、カルテに書き込みをした。
イヴは覚えてはいないが、ゴレー医師はイヴの初めての……かかりつけ医となった医師だった。イヴの”気のせい”を……片頭痛を治してあげたくて、外国まで留学した過去を持つ者だったのだがイヴは当時3才だったため、彼を覚えてはいなかったのだ。ゴレー医師は15才まで無事に成長したイヴに会えて嬉しく思ったが、検診で泣くのはおかしいとグッと涙をこらえ、イヴの問診を始めた。
「先週、誕生日を迎えられたのですよね……、ああ、君の誕生日は、学院の卒業パーティーがある日ですね。15才おめでとう、スクイレルさん。それとね、スクイレルさん。私は君のことを迷惑だなんて、少しも思っていないから安心して下さいね。体調がおかしいと思ったときは24時間、昼夜に関係なく、学院にいる医師を遠慮無く呼び出しなさい。学院には2名の医師が交代で常勤しています。彼等は私と同じくらい、”片頭痛”に詳しい医師達ですし、病気の者を助けるのは医者として当然のことなんだから、君は躊躇ったり、遠慮をしてはいけませんよ。
医者はね、”気のせい”と呼ばれる……気のせいとしかいえない、原因も治療法もわからない、世界中にある沢山の”気のせい”が大嫌いなんだ。熱の出ない”気のせい”で、多くの人間が様々な症状で苦しめられているのに、何も出来ない医者の自分達が不甲斐なく、情けなく思っているんだよ。
だからね、君や君のお父様の罹っている”気のせい”が”片頭痛”という名前のある病気だとわかったとき、私は嬉しかった。名前がある病気は、いつか絶対に治す方法を見つけられると私は信じているから……。医師は病気を治すのが仕事であり、生きがいなんだよ。そのためなら……治すためなら、いくらでも協力は惜しまないし、こちらから協力をさせてほしいと頭を下げて、お願いしたいくらいなんだからね。
……と、ごめんね、ちょっと話が横道にそれてしまったね。検診の続きをしなきゃいけないね。で、これらの薬は君に効いているかい?二年目の鎮痛剤の治験は上手くいっている?」
ゴレー医師はセロトーニの弟子でイヴの父親とは兄弟弟子となるため、セロトーニとの文通を通じて、両者は互いの存在を知っていた。彼は自身の実家の都合で、バッファーから自国に戻ったのだが、そこでも薬草研究を続けていた。新種の薬草らしきモノを見つける度に、その解析を自身の師匠に依頼していた彼は、ある日、自国の温泉のある土地で、面白い形のハーブを見つけた。そのハーブが今、治験中の鎮痛剤の大事な薬の材料の一つとなっていたため、ゴレー医師はイヴの片頭痛の治験事情をよく知っていた。
イヴも父やセロトーニから、ゴレー医師のことを聞かされていたので、イヴは初対面ながらも(イヴはそう思っている)、彼のことを知っていた。セロトーニの話ではゴレー医師には、ふくよかな体をしている息子が一人いて、彼も父親と同じ医師を目指しているが、中々試験に合格できずにいるらしい。なので12才で薬草医の資格試験に合格したイヴのことを、父親とセロトーニの文通を通じて知った彼は、イヴのことを”姉弟子”と呼び、尊敬してくれているという話だった。セロトーニ医師に、イヴは彼とは一度会ったことがあると教えられたが、イヴの記憶には彼との思い出は一切なかった。
「誕生日を祝ってくれてありがとうございます、ゴレー先生。先生が昔に送ってくれた薬草のおかげで父やライトおじ様の片頭痛は随分と回数が減って、二人の去年の治験は八割の成功を収めていました。私も痛みを減らすことが出来ています。……ですが私は女性なので、父やライトおじ様とは違い、女の子の日が、月に一度あります。それと片頭痛が重なると、もう手の付けられようがないほどに強い痛みが襲い、鎮痛剤が効かないときがあるんです」
「……そうですか。男性である二人には効くが、女性である君に対しては、まだ改良が必要なんですね。そうですね……、私の方でも再度研究し、改良を試みてみます。その女性特有の症状ですが、君のお母様も君と同じ症状がありますか?」
「私は顔つきや体つきが(身長と運動神経以外は)母によく似ていると言われています。私の重い症状も母譲りだろうと母は言っていました。母の話では結婚する前は私よりも、その症状が重かったらしいです。ですが結婚し、私や弟達を出産後は、どんどん症状が回復してきていて、寝込むことはなくなったそうです。だから母はそれをたいそう喜んで、自分の症状が良くなったのは、私達のおかげだと私達に感謝のキスを毎日……。最近では、それから逃げる弟達と母の追いかけっこが、段々、白熱化してきて……」
ゴレー医師はイヴの母親であるアンジュが、社交界で”社交界の紅薔薇”と呼ばれていたころを知っていたから、確かに母と娘は色合いは違うがよく似ているとわかっていたが、あえてイヴには、それを言わなかった。母と弟達の追いかけっこの姿を思い出したのか、クスッと笑うイヴにつられて、ゴレー医師も笑顔で頷く。
「そうですか。お母様が元気になられて、本当に良かったですね。……そうですね、そこまでお母様に似ているならスクイレルさんも成人されて、一緒に添い遂げたい方と結婚し、運良く妊娠出産できたら、お母様と同じようにスクイレルさんの症状も改善されるかも知れませんね」
ゴレー医師にそう言われて、イヴの顔はポポッと赤くなった。
「おや?誰か好いている方がいるのかな?」
イヴは真っ赤な顔で、コクンと頷いた。小さな声で「ミグシスという名前の、とても素敵な人なんです」とモジモジしながらゴレー医師にそう言った。ゴレー医師は小さかったあの子が大きくなって、恋する乙女になれたと喜び、また涙が零れそうになったが、この涙もググッとこらえた。年を取ると涙もろくなっていけないと苦笑を押し隠し、それ以上の突っ込んだ質問はせずにイヴの長い検診を終えた。
女の子達はイヴの検診が長いので、すごく心配をしていて、自分達の検診が終わっても部屋の前でイヴが出てくるのを待っていた。男の子達も女子達から事情を聞き、同じようにイヴを心配したが、女の子の検診をしている部屋には近づけないので、少し離れたところからイヴが出てくるのを女の子達と同じように待っていた。
部屋から出たイヴが真っ赤な顔をしていたので、女の子達は心配から当然、その理由を尋ね、……検診での話を知った女子達はイヴへの心配が杞憂に終わった事への安堵の気持ちと、イヴが恋する乙女であることを知ったことで、心配顔から一気に好奇心いっぱいの顔つきとなった。
「「「キャー!!イヴ可愛い!誰々?誰が好きなの?どんな人?恥ずかしがらないで、包み隠さず教えてよ!」」」
女の子達は声を弾ませ、イヴの好きな人の話を強請り、さらにその恋バナに鼻息荒く盛り上がった。可愛いイヴの恋バナで盛り上がった彼女ら女の子達の結束力は固く強いものになった。男の子達は部屋を出てきたイヴを囲んでの女の子達の様子から……イヴには心に決めた一人の人がいるとわかったため、揃って……皆の失恋確定がわかり、お互い肩を貸し合って涙を飲み込み、今日は男だけでニンニクたっぷりの豚骨背脂まみれの激辛のラーメンを食べに行こうと決めた。激辛のラーメンを食べて泣いて、次の恋に向かおうことにした、彼ら男の子達の結束力も固く強いものになった。
こうしてイヴは入学式前に、”入学試験”という人生の節目となる大きなイベントを経験し、その時に起きた小さなハプニングイベントも2つ経験し、後のクラスメイトとなる14名との”友情”という名の愛情と固い絆を手に入れていた。
だから入学式での騒動を見ていたクラスメイト達にとって、大事な友であるイヴの困っている姿を見、イヴの制止の声を無視し、イヴを”片頭痛”にさせた攻略対象者の4人(ピュアは顔バレしていない)に対する好感度は、けして良いものではなかったので、次の日から攻略対象者達と、攻略対象者達からイヴを守ることを決めたクラスメイト達の静かな攻防戦が繰り広げられることになるのだが……これ以上余計な心配をさせまいとするクラスメイト達の優しい気遣いから、そのことはイヴに知らされることはなかった。