イヴリンの初めてのお客様(後編)
今回のお話は、とても悩みましたが、この結末でお話を結ぶことにしました。
イヴリンは父様やミグシリアスや屋敷にいる皆と、母様の健康を祈りながら、神子姫の神楽舞を見ていた。そして自分より2才年上の子どもが、立派に神子姫をしているのに驚き、感動していた。
(なんて綺麗な踊りでしょう!素敵な神楽舞!感動します!こんな素敵な踊りが見られて嬉しい!ここにミグシリアスお義兄様や母様が一緒にいれば良かったのに!……それにしても、本当に神子姫はすごいなぁ。きっといっぱい練習したんだろうなぁ……。神子姫様は大司教様の子どもだって聞きましたわ。お家のお仕事をキチンとお手伝い出来ているなんて、何て立派なんでしょう!それに子どもなのに、神子姫の大事なお仕事を任されているなんて、本当にすごい!私ももっと頑張らないといけませんね……)
神楽舞が終わった後、大人達は歓談のために応接室に戻ろうとした。イヴリンは神子姫エレンは沢山謳って舞を舞っていて喉が渇いただろうから、小さなお茶会に誘っても良いかとシーノン公爵と大司教と神子姫エレンに尋ねた。
シーノン公爵は、お客様が同意すれば構わないと了承した。大司教はへディック国で神子姫エレンを労う貴族の子どもなど一人もいなかったのに、何と優しい申し出をされるのかと、シーノン公爵の神様の子どもに感心した。
神子姫エレンは無言のまま、コクンと首を縦に振り了承した。その頬は踊っているときの白さが嘘のように、うっすらと紅潮しだしてきたので、神子姫エレンはとても喜んでいるのだとわかったので、大人達は微笑ましく思って二人を見つめていた。
小さなイヴリンの手に引かれ、小さく鈴を鳴らしながら歩く神子姫エレンは通された部屋を見て驚いたようだった。それに気づかずイヴリンは、神子姫を白いソファに座るように促しながら、緊張気味に口を開いた。理由は分からないが、セデスに必ずイヴリンから先に神子姫エレンに声をかけるようにと念押しされていたからだ。
「どうぞ、楽になさってくださいませ!」
「お招きありがとうございます。……お嬢様」
神様の子どもは5才になるまでは、屋敷の外の者に名前を名乗れない。神子姫エレンは自分の目の前にいる神様の子どものことを、お嬢様と呼ぶことにした。
「いえ、こちらこそ、素敵な神楽舞をありがとうございました、神子姫エレン様!」
「様付けはいりません、お嬢様。わたしは神子姫を任されてはいますが貴族位では侯爵位の子ですから。まだ神様の子どもでいらっしゃいますが、お嬢様は公爵位におなりになるお方ですから、上位に当たる貴方様に様付けされては、父に叱られてしまいます。どうぞ呼び捨てで、お呼びくださいませ」
首をかしげるイヴリンに神子姫は貴族は必ず上位の者から下位の者に声をかける決まりがあり、もうすぐ公爵令嬢になるイヴリンに、先に声をかけられる者は王族だけだと説明をした。貴族の決まりを教えてもらったお礼の言葉を言うイヴリンに神子姫エレンは促されるままソファに座って、改めて、その部屋の全体を見た。
その部屋はウサギのぬいぐるみやレースのかかったベッド、ふかふかのクッションなど、小さな女の子が好みそうなモノが所狭しと置かれていて、ここがイヴリンの自室だということを物語っている。ある二つの理由により、益々頬が紅潮してモジモジとしだした神子姫エレンに気づかず、イヴリンは先ほどの神子姫エレンの言葉を聞いて、少し悩んでいた。
マーサやセデス達にも、自分達にさん付けはいらないと散々言われているが、自分よりも随分年上の彼ら11名は皆んな老人の姿をしていたので、彼らを呼び捨てで呼ぶことに躊躇するイヴリンが、お客様である神子姫エレンを呼び捨てることは、本人のお願いでも、やっぱり難しい事だったからだ。
普段こういうとき、イヴリンはアイやマーサに尋ねるのだが、アイは最近現れてくれないし、マーサは小さな女の子同士のお茶会をイヴリンに気兼ねなく楽しんでもらいたいと言って席を外していたので、イヴリンは一人で何とかしなくてはいけなかった。だからイヴリンは、しばらく考えた後に、こう言った。
「ありがとうございます、エレン君。今日は私たちの健康を神様に祈ってくれて嬉しかったです!それに初めて私、アイ以外の子どもに会えて、興奮しています!」
イヴリンのその言葉に、神子姫エレンをやっていた少年は驚きで目を見開いた。
「え?どうしてわかったの?僕が男だって?」
黄緑の髪は腰まで長く、細い眉も長い睫に垂れ目の大きな緑の瞳も、サクランボのような色合いの唇も、肌の白さも、その顔立ちも、どこもかしこも母親そっくりの女顔だ。おまけに神子姫エレンは男女の性別を超える存在だからと体のラインを隠すような衣装を着させられている。どう見ても、か弱い少女にしか見えない自分のどこを見て男だとわかったのかと、不思議がる少年にイヴリンは言った。
「え?鼻筋がエレン君のお父様とそっくりだし、その手……、剣を握っている者しか、そのタコは出来ないって、ミグシリアスお義兄様が教えてくださいましたわ!この国では女性が剣を振るうのは禁止されているそうですから、私は最初から男の子だと思っていたんです!もし間違いだったら、謝ろうとも思っていましたけど」
悪びれもせず、エヘヘ!とあっけらかんと話すイヴリンを目を丸くしたまま見つめていた少年は、ニッコリと笑った。その笑顔は神子姫をしていたときの無表情ではない、とても子どもらしい笑顔だった。打ち解け合った二人の小さなお茶会は和やかに始まり、終始楽しいものだった。
イヴリンはアイ以外の、自分と年の近い本物の子どもに会えて嬉しかった。イヴリンは嬉しくて嬉しくて、せいっぱいおもてなしをした。神子姫エレンは頬を赤くさせたまま、自分が受けている貴族教育や侯爵子息の勉強や、教会の勉強などの多岐に渡る勉強をしていることを教えてくれた。
二人が帰る時間となった。ニコニコ笑顔の大司教と頬を真っ赤にさせたままの神子姫エレンが別れの言葉を口にして去って行った。シーノン公爵とイヴリンと屋敷の者達は皆で彼らを見送った。彼らの馬車が見えなくなってから、ミグシリアスは姿を現し、イヴリンの傍にやってきた。
ミグシリアスの表情はイヴリンを愛しげに見つめ、喜びに溢れていた。ここ数日のイヴリンの頑張る姿を見て心配していた彼は、お客様のおもてなしを無事終えたイヴリンを沢山褒めようと声を掛けようとし、元気だったはずのイヴリンの異変に気づいた。
イヴリンはミグシリアスの顔を見た途端、気が緩み、安心し……、昨日の朝から続くイヴリンの頭を襲う激痛を隠すことを止めた。
ミグシリアスの腕に倒れ込み、深く沈んでいく意識の中で、イヴリンは自分の母親だった女性を思った。貴族の女性の仕事を毎日こなしていたシーノン公爵夫人だったアンジュリーナは、こんなことで倒れたりはしなかった。なのに、イヴリンは……。
倒れたイヴリンは、その後三日間ベッドから起き上がることが出来なかった。その間、四六時中魘され、頭を抱え込んでのたうち回り、泣き叫んだ。激痛に加え、吐き気もあり、イヴリンを心配した皆は、幾人も医師を呼んだ。
しかし風邪でもなければ熱も出ていない症状に、彼らは気のせいか、仮病、もしくは初めての屋敷以外の者に会ったことで疲れただけだろうと言って、何も処置することもなく、薬を出すこともなく、帰って行った。ずっと、ある事で思い悩んでいたイヴリンは朦朧とした意識のまま、医師の言葉を聞いていた。
やはりアイの心配した通り、ここではイヴリンの片頭痛は病気と認めてもらえない……。それに今までイヴリンの悩みを理解し、慰め、助言をしてくれていたアイは現れてくれない……。アイに相談できないまま、ずっと思い悩んでいたイヴリンは、ついに……あることを決意してしまった。
神子姫エレンがモジモジしたり頬を紅潮させていた理由は、後日に。
今回四度ほど書き直しています。イヴリンのおもてなしを成功・失敗のどちらにしようかと悩みました。イヴリンだけだったら、激痛に耐えられずに失敗していたでしょう。ですが、イヴリンの心の奥底には、前世片頭痛だったアイがいます。様々な失敗や挫折を経験し、大人となって、(どうしても自分で無ければならない、どうしてもこれだけはやり遂げなければならない)という人生での色んな局面(仕事等)で、失敗や挫折から学んだ知識や経験と、無理がきく大人の身体を手に入れたアイなら、その後どんな激痛に襲われても構わないからと、気を張り詰めさせて成功させたはずだと考えましたので、この内容に決めました。この結果に納得出来ない方もいるでしょうが、ご了承下さい。