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【五】

 チハは白いシーツに包まると、妃の方を向いて口を開いた。


「誰が起こしに来るのかな」

「さあ、誰でしょう。マルタあたりが買ってくれると思うのですけれど」


 日が昇るまでもう少し。

 フランチェスカのベッドにもぐり込んだ二人は、悪戯を仕掛けた子どものように笑い合う。


「申し訳なかったと思うのは本当だけれど、今夜内密に連れ出せたのは、私がああ言ったおかげだろうか」

「そういえば、二人きりで何かしたのは初めてですね」

「また誘ってもいい? 同じ文句で」


 少年のねだるような口ぶりだった。


 フランチェスカは枕に沈ませた頭を動かし、たおやかに頷く。

 そうして素直に受け入れると同時に、チハのこの先の成長を思い、複雑な気持ちを抱いた。

 この可愛らしい文句も、いつかは本当の殺し文句になるのかもしれない。

 けれど、そのときはきっと、嬉しさも寂しさもまとめて飲み込んでやろう。


「どうしたの」

「チハの瞳って、オリーブに似ているのよ」


 女性的な白い腕がチハの顔へと伸びた。

 フランチェスカは王の黒い前髪をよせると、親指の腹で優しく瞼を撫でる。

 触れられたジュエリーケースは、彼の意思とは無関係にぴくりと震えた。

 若草の瞳。眠気混じりのそれは、熟れたオリーブの粒を宝石にしたままの姿だった。


(わたくしを映すこのオリーブ。たべてしまいたいくらい可愛いわ)


 甘い息を繋ぐ少年に、フランチェスカは温かな視線を投げかけた。

 チハのまっさらな眼差しに向き合えなかったのは、恐ろしかったのだ。

 生まれや育ちによって培われた利己心やひねくれた心根、己の弱い部分を、彼に見透かされることが怖かった。


 チハの目は美しい。

 血統ゆえの苦労は、彼の方がよっぽど大きかったに違いないのに。


 眠りが近く、互いの体が火照っているのがわかった。

 今、少年の頬に手を添えるフランチェスカの心には様々な思いが巡れど、一つ言葉にするならそれは、いつくしみの精神に最も似ていた。


「オリーブか」


 フランチェスカの告白に、眠たいはずの少年の目に思考の光がさした。


「北翠に、フランの言うようなオリーブはないんだよ。育つかどうか、宮殿の庭で試してみようか」

「急に育てるなんて言い出したら、我儘な王妃だとみなからそしりを受けないかしら」

「いいや。育てられるとわかったら食文化が面白くなる。みんなにとって価値があるよ」


 チハの『価値がある』の一言が、フランチェスカには鈴の鳴るように響いた。

 二人一緒にはき出された吐息がシーツの波間に埋もれる。

 あくびをこらえたチハは、目鼻をきゅっと真ん中に寄せた。


「詳しい話は起きてからにしよう。おやすみ。私の穂波」


 チハはフランチェスカに体を寄せてそう囁くと、彼女の金色の髪に指を預けた。

 眠いせいか、慣れていないせいか。

 大人を負かすほどの武芸者の手だが、髪をすく手付きはたどたどしく、こそばゆい。


「……おやすみなさい。わたくしの、オリーブ」


 彼女がチハに呼びかければ、まどろみの色が深くなった。

 二対の瞳が、少年の薄い瞼にゆっくりと覆われていく。

 フランチェスカはその瑞々しい玉の仕舞われる様子をじっと見守りながら、きたるべき収穫の候を想像し、愉しく思うのだった。

お読みいただきましてありがとうございました。


年下男子企画への参加作品ということで、自分の性癖に素直に書いてみました。

チャーコ様、主催していただき本当にありがとうございました。

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