【三】
彼女は琥珀色の瓶に手を伸ばしかけ、すぐに引っ込めた。
これから十四の少年に会うというのにお酒など、口に含むだけだとしてもするべきじゃない。
彼女は反省したのち、その言葉の意味を改めて噛み締め、やるせない怒りにかられた。
夜更けに王が訪れる。
その言付けと共にフランチェスカが部屋に戻ると、マルタを含めた侍女たちの動きが慌ただしくなった。
天蓋を含めたベッドの丁寧な掃除、花瓶の中身の取り換え、王の着替えの準備。
フランチェスカ自身も浴場へと放り込まれ、入念に磨き上げられた。
今の彼女が鏡に向かって身をよじれば、長髪は背中で波打ち、黄金に輝く。
白い手をかざしてみれば、やすりを施された爪の先は美しい丸みを描いていて、表は貝殻の内側のようにつややかだ。
これだけ綺麗になったのだ。
晴れやかな気持ちであって然るべきだったが、彼女の心としては。
周囲を巻き込んだ悪い冗談だったならばどんなによいだろう。
(まだ十四歳の男の子だというのに、なぜ周囲は止めない。一体皆が皆、何を考えているのか)
蒸留酒の入った瓶と北翠産の彩色グラスを棚の奥に押しやりながら、恨み言を連ねる。
すると廊下より足音がした。
こつこつと、堅い靴の底が廊下を鳴らしている。
やがて音は止み、二度、自室の扉が叩かれた。
(ええい、ままよ!)
フランチェスカは腹を決めると、就寝着として着させられた薄い羽衣を羽織り直し、扉の前へと進み出た。
ランプの灯火が揺れている。
わざとらしく抑えられた光に、発育の済んだ女性らしい体はなまめかしい陰影を宿す。
赤い葡萄色の絨毯は目に重たく、沼底に落ちる穴にも似ている。
しかし、少年王を迎えるにはこの上ない、柔らかで心地良い感触なのも確かだった。
自嘲と悲哀の笑みをたたえて、フランチェスカは扉を開けた。
「ようこそいらっしゃいました、チハ王……様?」
部屋の境界で顔を見合わせたフランチェスカとチハ王は、しばらくの間、反応をつくろうことができなかった。
それほどまでに、二人の服装には大きな差異があった。
少年のいで立ちは宮殿衣装でも、戦闘衣でも、就寝着でもない。
かといってよそ行きのお洒落をしているわけではなく、狩りに戯れる際の衣一式を、地味に合わせたようなものだ。
木綿の衣で四肢をおおい、履き口の高い靴で足元を固めた姿は機能的ではあるが、悪く言うと野暮ったく、一国の王にはまるで見えない。
先に復調したのは、そんなチハの方だった。
「……ああ、えっと。……すまない、言い方が悪かった。外を歩きたいから、もう少し頑丈な服に着替えてくれると助かる」
少年の小さな手が扉に添えられた。
申し訳なさそうに閉まっていった開き戸が、フランチェスカの目の前でパタンと軽い音を立てる。
フランチェスカは両手で顔を覆った。
薄いおしろいで仕上げた頬を真っ赤に染め、このまま熱をあげて臥せられたらどんなに楽かと、言い尽くせない恥ずかしさに涙が出た。