25
【13日目】
ワールドクエストを終えた翌日。
俺はラビック達と共に、彼女の行きつけである先日の喫茶店へと訪れていた。
「いやー、昨日は本当にお疲れ様だよ! 今日は久しぶりにゆっくりして、疲れを癒すとしようねー」
「そうだな。私も昨日の盛り上がりには些か気力を持っていかれてしまった。偶にはこうして穏やかな時間を過ごすのも悪く無い」
ラビックの言葉に、竜人族のアスラがしみじみと答える。
昨日の【魔喰い】討伐の後、そのまま解散などになる訳もなく、街を巻き込んだお祭り騒ぎへと発展した。
冒険者ギルドのギルド長でもある領主から、感謝の言葉やギルド報酬なども頂戴出来、召喚者にとっても中々嬉しいイベントだったはずだ。
「……俺も昨日みたいな騒ぎはしばらくごめんだ」
「ふふ。でも昨日のトリーさん、カッコよかったですよ?」
「そうね。まるで英雄扱いだったわね」
昨日の騒ぎを思い出しげんなりする俺を、神官のエミリアと今日は非番らしい受付嬢のニャリスが茶化してくる。
大盛り上がりの打ち上げイベントだったが、途中領主が俺の戦いを語りだしたおかげで俺への注目が集まり、その結果、街の人たちや召喚者の皆にもみくちゃにされてしまったのだ。
「……もう、勘弁してください」
「あはは、トリーが弱ってる。まあ今回のクエストで一番実入りが良かったのはキミだからねー。有名税ってことで我慢しときなよ!」
「そうだな。使い魔4体に追加スキル枠が実質6つ、そしてスキルポイントがトータルで300、だったか? やり過ぎだ」
「改めて聞くと、凄いことですよね。レベルももうすぐ追い付かれちゃいそうですし……。うぅ、トリーさん、ズルいです」
「そうね。ずるいわね」
「おまえら……」
女性陣からの追及に、思わず唸る俺。
まあ実際、実入りがかなり良かったのは事実だ。
【魔喰い】討伐で貢献度が2倍計算されたため、俺の【召喚者】スキルによる取得経験値は30%加算されている。
11個目以上のスキルを所持する場合、1つにつき5%経験値が引かれるらしいので、俺は6つまでであれば今までと変わらない経験値を得ることが出来ると言う訳だ。
スキルポイントも馬鹿みたいに入ってきたので、しばらくスキルを取得するのに困ることも無いだろう。
【魔喰い】討伐の恩恵が他の召喚者にも分配されたおかげで事なきを得たが、あれが無ければ今頃嫉妬の嵐が吹き荒れていたに違いない。
と、俺たちが楽しく話をしていると、俺の横から呪詛の様な男の呟きが。
「ううぅ……リア充がここにいる。こんな美女たちに囲まれて、ちやほやされて……先輩、死すべし」
そう呟きながら、俺に邪念の籠った視線を送ってくるこの男。
俺の会社の後輩で、俺の勧めでSec-Dのお世話になることになった、プレイヤー名【タケシ】君だ。
剛毅な名前とは裏腹に不眠症という繊細な病を患っている彼も、今日からこの異世界空間でお世話になることになったらしい。
「タケシよ、お前も酷いな」
「だってぇ~。先輩ズルいっすよ! こんなかわいこちゃん達がいるんなら、なんでもっと早く俺に教えてくれなかったんすかぁ~。なんかもう既に良い感じの空気出来ちゃってるし、俺、完全に出遅れた感満載じゃないっすかぁ~」
「語尾を伸ばすな気持ち悪い。それに前から勧めていただろう。それを訝しんで敬遠していたお前が悪い」
「そんなぁ~」
俺の切り返しにガックリとうな垂れるタケシ。
彼には前々からSec-Dを勧めてはいたのだ。
若干食い気味に勧めたために、引かれてしまっていた訳だが。
そんな俺たちの会話を聞き、楽しそうに笑う女性陣。
「あはは、仲がいいねぇお二人さん! 嫉妬しちゃいそうだよー」
「そうだな、お似合いの組み合わせだ。見た目的にも……な」
そう言ってニヤニヤとこちらを見つめるラビックとアスラ。
彼女たちが言っているのは、会話だけではなく、俺たちの外見のことも指しているのだろう。
「全くね。よりにもよって魔素族を選ばせるだなんて……トリーも酷い人だわ。まあ一番の被害者はエミリアかもしれないけれど」
「そうですよぉ……。やっと二人目の召喚者の担当になれたと思ったのに、またまた魔素族の方だなんて……」
うな垂れるエミリアを、よしよしと撫でるニャリス。
彼女たちの言う通り、後輩タケシが選んだ種族は魔素族だ。
傍若無人な名前の割に素直な性格の彼は、俺に言われた通り魔素族を選択したようだ。
「皆さん、やめてくださいよ~。俺と先輩はそんな関係じゃないっす! それにエミリアちゃんもそんなに落ち込まなくてもいいじゃないっすか……。魔素族って、そんなに酷い種族なんすか?」
「そんなことないぞ? 無限の可能性があって、ワールドクエストのボスだって丸呑みに出来てしまう素敵種族だ」
「いや、そんなことしてるのキミだけだから……」
俺の訂正に呆れるラビック達。
そんな彼女たちに肩を竦めて返すと、俺は運ばれてきた珈琲に手を突っ込む。
「うん、美味い」
「うわぁ……先輩が色々人間辞めちゃってる……」
俺の行動にドン引きのタケシ。
そんな俺たちの掛け合いを見て、横で見ていたエミリアが思わず吹き出した。
それにつられ、他のメンバーの間にも笑いが起こる。
タケシも大分リラックス出来た様子。
「まあ冗談はこの辺にしてと。それで? タケシはなんでここに来たんだ? 今日はお前、チュートリアルクエストを受ける日だろう」
この世界に初めて降り立った召喚者は、担当の神官と共に行動してこの世界のイロハを教えてもらうはずだ。
こんな場所でのんびりしている時間は無いと思うのだが……。
「そんなの、先輩だけに良い思いをさせるのが悔しいからに決まってるじゃないっすか!」
「……マイムくん、やっておしまいなさい」
「――Pigi!」
俺の言葉に元気よく返事をしたマイムが、ゆっくりとタケシに近づいていく。
「わーっ! 嘘っす、嘘っす! 本当は先輩の話を聞いて、ステータス構成の参考にさせてもらうつもりだったんす!」
「……なるほど。マイム、もういいぞ」
「――Pigiii……」
俺の制止に、残念そうにマイムが下がっていく。
「ふ~。命拾いしたっす。先輩も大概っすけど、使い魔も中々いかつい姿してますね~。それ、なんて種族のモンスターなんすか?」
「プラズムだ。スライムが進化した姿だな」
「ほへ~。スライムがこんなことになっちゃうんすね~。この世界のスライム、ぱねぇ……」
「――Pigi!」
驚愕するタケシに、胸を張るマイム。
向いの席ではラビック達が複雑そうな顔をしている。
まあ世の中には知らない方がいい事だってあるのだ。
彼にはスライムの新たな扉を開くための礎になってもらうとしよう。
「もー、いつまで馬鹿やってるのさ! タケシ君もさっさとチュートリアルクエスト受けなきゃ時間無くなっちゃうよ? と言う訳でトリー。待ちに待ったキミのステータス公開の時間だよ!」
「……だな。まあ参考になるかどうかは分からないが……こんな感じだ」
「どれどれ~」
名前 トリー
種族 魔素族
職業 ルナフレイムスピリット
職業スキル 狂鬼灯
レベル 28》29
魔力 5720/4050》5135(1630+3505)
知力 125》140(127+13)
スキル 魔力上昇・改1 New‼ 魔力回復上昇・改1 New‼
魔力操作・改1 New‼ 魔力感知・改1 New‼
魔素制御1 New‼ 魔素成長1 New‼
暗黒魔法1 New‼ 火炎魔法2 空中遊泳3
連続詠唱16 光魔法15 知力上昇1 New‼
エクストラスキル 消化吸収 好奇心44% 蛇眼4%
粘着糸精製42% 気配探索4% New‼
聴覚強化4% New‼ 連携4% New‼
魔眼▽(第三者閲覧不可) New‼
称号スキル スライムロウブティアー298% New‼
ビーストアタッカー116%
インセクトスレイヤー142% New‼
バードキラー140% New‼
フェアリーアタッカー104%
召喚者130%
魔を喰らう者(第三者閲覧不可) New‼
使い魔 マイム スレッダー ガーディン シャドウ
STP20》25》0 SKP19》321》276
名前 マイム
種族 プラズム
個体種 プリコーシスプラズム
レベル 10》11
魔力 -
知力 227》279(214+65)
スキル プラズマ9 浮遊3 知力上昇3
アイテム効果上昇14 必要経験値減少
被ダメージ上昇
STP35》37》0
名前 スレッダー
所属 キャタピラー
個体種 プリコーシスタフキャタピラー
レベル 16》18
生命力 500》510
魔力 -
体力 58》59(45+14)
筋力 41》43
知力 89》124
技術力 31》32
俊敏力 12
スキル 糸精製10 麻痺毒精製1 噛みつき1
鳴き声4 体力上昇3 アイテム効果上昇5
必要経験値減少 被ダメージ量増加
STP30》34》0
名前 ガーディン
所属 デビル
個体種 リトルデビル
レベル 1
生命力 100
魔力 -
体力 10
筋力 10》17(15+2)
知力 10
技術力 10
俊敏力 10
スキル 飛行1 盾1 筋力上昇1
STP5》0 SKP5》0
名前 シャドウ
所属 小さな化身30%
行動 エミリアの傍で待機
追加情報のオンパレードだ。
まずスキルだが、統合スキルは取得せずに全て進化させることにした。
追加枠が6つも手に入ったのだ。
ここでスキルを統合させて、効果を落とすのは惜しい。
【魔力感知】と【魔力操作】は余り意識していなかったが、魔素を動かす際に影響しているはずだ。
それに初級魔法は最大レベルに達すると、魔法を創造する際に補助が掛かるらしい。
その魔法創造の際にこの二つのスキルは必須らしく、これらも統合せずに進化させることに決めた。
【魔素操作】も【魔素制御】に進化させ、序でに【魔素成長】という新しいスキルも手に入れた。
効果はまだ分からないが、このタイミングで出てきたのだ。きっと俺の役に立ってくれるだろう。
STPも4と中級スキルと同じだけ消費されたから、効果も期待できそうだ。
あとは【闇魔法】を【暗黒魔法】に進化させ、序でとばかりに【知力上昇】も手に入れている。
スキル枠があるっていいな。
エクストラスキルに関しては、【気配探索 (フォレストウルフ)】、【聴覚強化 (ウィスパーバード)】、【好奇心 (リトルモンキー)】、【連携 (ゴブリン)】を手に入れ、リトルデビルからは【好奇心】を選ぶことにした。
リトルデビルのエクストラスキルに関しては【糸精製】や【連携】も捨て難かったが、最初に選んだスキルで愛着があったため【好奇心】にしておいた。
何が起こるか分からないと言うのもワクワク感があるのも良い。
リトルデビルの称号スキルは、【バードアタッカー118%】を選択。
今の所俺の天敵は空飛ぶモンスターだ。
虫も飛ぶかもしれないが、きっと空高くまでは飛んでこないだろう。
……こないよな?
「うわー、こりゃまた色々と増えたねー。ちゃっかりスキル数も増やしてるし。リトルデビルはガーディン君かー。……ってこれ、SKPが付いてない?」
「あー、リトルデビルは少し特殊で、スキルはSKPを消費して選択できるみたいなんだ。選択できるスキルは多分人間族と似てると思う。ただ最初のSTPやSKPから考えて、レベルアップで貰えるSKPも1とかだろうけどな」
「なるほどー。自分の好きに育てられる使い魔なのかー。このスキル構成だと、飛行盾、かな? じゃあトリーのお家芸、ドーピングが使えないねー」
「だな」
リトルデビルのガーディンには、盾役を任せるつもりだ。
俺たちは防御方面が致命的に弱い。
そこで彼にはその弱点を補ってもらおうと考えている。
なので、プリコーシス系のデメリットである【被ダメージ上昇】などは付けられない。
と言う訳で、ガーディンには地道に強くなってもらうしかないのだ。
因みにSKPは【盾】に2、【筋力上昇】に3消費しており、【飛行】はデフォルトで付いているらしい。
最後の【小さな化身】は俺の非召喚時に活動してくれる使い魔だ。
能力は元々15%だったが、【魔喰い】討伐ボーナスの影響で30%に上昇している。
この小さな化身には細かい指示はどうやら出来ないらしく、簡単な命令しか出来なかった。
昨日エミリアの傍で待機するよう命令を出したら、四六時中彼女の傍で待機していたらしい。
トイレやお風呂の時は遠慮していたようなので、ある程度融通は利くみたいだが……。
まあ過度な期待はしないでおこう。
「どうだ? 参考になったか?」
「そうっすね……とりあえず、俺も自由にしたら良いってことは分かりました!」
「あはは。タケシ君、全くその通りだよ! 何をするのも自由なのが、この世界の良い所だからね!」
「そうだな。ただマナーだけには注意しろ? オフライン版に飛ばされる恐れがあるからな」
タケシの言葉に、それぞれアドバイスをだすラビックとアスラ。
「了解っす! 人当たりの良さと従順さだけには定評のあるタケシなんで、その辺は任せて下さい! うおぉー! なんか燃えて来たっす! そうと分かれば、早速特訓っすね! エミリアちゃん、よろしくお願いします!」
「はい! では私たちはお先に失礼しますね。トリーさんも頑張ってください!」
「おう。タケシのこと、よろしく頼むな」
「はい! 任せて下さい!」
「エミリアちゃん、早く行くっすよ! あ、先輩はしばらくゆっくりしてもらっていいすよ。その間に俺、絶対先輩に追い付いて見せるっすから!」
そう威勢のいい声を上げつつ、部屋を出ていくタケシとエミリア。
そんな彼らを見送りつつ、ニャリスが苦笑しながら口を開く。
「あの二人、何だか似てるわね」
「あはは、確かに。あっちもあっちで良いコンビになりそうだよねー。それで? アスラとトリーは今後どうする予定なのかな?」
「私はとりあえず子弟システムを利用するために、ギルドのランクをCに上げようと思う。あと少しでGPも貯まりそうだからな」
「なるほどー。確かあーちゃんは今Dランクだったもんね。後はポイントを貯めて試験をクリアするだけか」
「今のアスラさんなら試験は問題なくクリア出来ると思うわ。頑張ってね」
「あー……すまん。その子弟制度ってなんだ?」
さも当たり前の様に話しているが、俺は知らない単語だ。
だが三人にとっては常識だったらしく、ニャリスがため息をつきつつ教えてくれた。
「あのね、子弟システムって言うのはレベルの離れた召喚者が、一緒に行動することで経験値ボーナスが付くシステムなの。レベル差のせいでパーティーは組めないけれど、両者とも少しだけ効率的に経験値を積むことが出来るわ」
「……なるほど。丁度俺とタケシのような奴らの為に用意された制度か」
「だねー。正確には、同じ担当の神官と一緒に街を出るためのシステムだね。Cランクになったら神官の巡礼の旅に同行出来るようになるんだけど、今は神官より召喚者の方が多いでしょ? だからそんな人たちが街を出る為に用意されているシステムなのだよ」
なるほどな。確かに新しい召喚者が来れば、そいつらは神官と共に街を出ることは出来ない。
クリスタルによる経験値ボーナスや、非召喚時も神官が移動してくれるメリットを考えれば、子弟システムを利用する者も多いだろう。
「まあ子弟システム以外にも神官と一緒に街を出る方法はあるんだけど、そっちにはデメリットもあるからどちらを選ぶかは人それぞれだねー。トリーもこのシステムを利用するのかな?」
「うーん……いや、俺はいいかな。俺にはこいつもいるし」
そう言って俺は、【小さな化身】のシャドウを召喚する。
「シャドウ、新たな命令だ。死なないように、ひたすら西へ進め」
「――Fiii」
俺の命令に頷くと、そのまま再び姿を消すシャドウ。
「なるほどねー。自分が召喚されていない時は、そのシャドウ君に移動させるわけか。考えたねー」
「まあ、な。これで多少は距離も稼げるだろう」
小さな化身の本来の使い方は、恐らく自分がいない間にアイテムを集めさせたり、単純な生産を行わせたりするものなのだろう。
しかし俺はこいつを移動手段として使えないか試すことにしたのだ。
「経験値ボーナスは多少惜しいが……ま、やれるところまでやってみるさ。実は、あまり人に見せられないスキルを得てしまったからな……」
「……え? さっき見た時はそんな物なかったと思うけど……あーちゃんとニャリスは分かった?」
ラビックの言葉に、首を横に振り応える二人。
やはりこの二つのスキルは他人には表示されないらしい。
俺はこの情報をどうするか色々と頭を悩ませたが、結局、この3人には伝えておこうと考えた。
今後何かあった時、事情を知る味方はいた方が良いと思ったからだ。
情報屋のラビックにギルド職員ニャリス、そして日勤組召喚者代表ポジションのアスラ。
味方にする上で、彼女たち以上に信頼出来、心強い存在はいないだろう。
もちろん口止めもするつもりだが……まあこの3人ならきっと大丈夫だと思う。
ニャリスも今日は非番だと言っていたしな。
俺は三人の顔を真剣に見つめた後、意を決して口を開いた。
「実はな……」




