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『良質な眠りを貴方に』
そんなストレートなキャッチコピーと共に、今医療業界で密かに流行している医療機器。
それがこの『睡眠環境制御装置(SLEEPING ENVIRONMENT CONTROL DEVICE)』、通称Sec‐D。
今俺の目の前には、そのSec‐Dがドドんと置かれている。
一人暮らしのワンルームマンション、その殆どの空間を占拠しているこの物体。
最近不眠症が悪化して抑うつ症状も出始めた俺に、精神科の先生が勧めてくれたのだ。
初めは胡散臭い話だと感じていた俺も、保険が適応されると聞きまぁそれならと購入に踏み切った。
「デカイな……」
先程業者の人がやってきてテキパキと組み立てまで済ませてくれた、一台のカプセルベッド型の装置。
あまりの大きさに他の生活スペースが無くなってしまったが、どうせ此処には寝に帰るくらいしかしてないのだからなんの問題もない事に気づく。
そんな生活を思い出し気が重くなるが、今は頑張って忘れる事にしよう。
このSec‐Dには睡眠の速やかな導入を促し、中途覚醒を防ぐ為睡眠時に意識を仮想空間へと繋げる機能が備わっているらしい。
そんな馬鹿なと呆れてしまったが、実際保険が適応されているのだから、国もこの装置の能力を認めているということだろう。。
また仮想空間の種類も選べるらしく、クラシック音楽が堪能できるコンサートホール、様々なスポーツに挑戦できる野外ドーム、そして剣と魔法の世界で冒険を堪能できる異世界空間等々。
その人に合った空間を選べるらしいが、俺はその中でも一番のお薦めと言われたRPG型異世界空間を選択している。
二週間ほど前から解禁された空間らしく、現実と変わらない感覚で異世界旅行を堪能出来るらしい。
俺は少しワクワクしつつ、説明書の通りに着ている服を脱ぎ捨てて下着姿になり、Sec‐Dに飛び込んだ。
「うわ……」
フカフカの感触と身体に吸い付くようにのような不思議な感覚に、思わず声が漏れる。
身体を全てベッドに収めると、アナウンスの後に目の前の扉が閉まっていき、俺はカプセルの中に閉じ込められた。
閉塞感に少し恐ろしさも感じたが、すぐに入眠時特有の浮遊感を感じるようになった。
そう言えば、特殊な波動を当てることで入眠を促すって書いてあったっけ。などと考えつつ、俺はそのまま意識を手放した。
◇◇◇◇
気づけばそこは、豪奢な神殿の中だった。
真っ白な石造りの建物と色とりどりのステントグラスが、外から差し込む日の光に照らされてキラキラと煌めいている。
夢の中とは思えない現実感のある景色に見惚れていると、脳内にアナウンスが流れてくる。
『ようこそおいでくださいました。此処は【始まりの街ファイス】にある【始まりの神殿】。皆さんの最初のサポートをさせていただきます、【神の声】です。まずは種族を設定してください』
アナウンスの言葉に続き、目の前に液晶が現れた。
サポートナビのネームセンスには目を瞑りつつ、俺は種族一覧を読み流す。
人間族
この世で最も数が多く、繁殖力が高い。
どの技能にもそれなりに精通しており、欠点が少ない。
初心者向け。
ライトエルフ族
森の民と呼ばれる種族。海の民と呼ばれるダークエルフ族と祖を同じくする種族。
魔力、知力、技術力に長けており、魔法と弓を得意とする。
一方で生命力、体力、筋力の伸びは悪い。
ダークエルフ族
海の民と呼ばれる種族。森の民と呼ばれるライトエルフ族と祖を同じくする種族。
生命力、体力、技術力に長けており、水中での戦闘を得意とする。
一方で魔力、知力、筋力の伸びは悪い。
ドワーフ族
山の民と呼ばれる種族。金属と酒をこよなく愛する種族。
生命力、筋力、技術力に長けており、鍛冶や細工等を得意とする。
一方で知力、体力、俊敏力の伸びは悪い。
獣人族
草原の民と呼ばれる種族。様々な種類の種族が存在する。
種族ごとに長短は異なるが、総じて人間より各能力は高い一方で、魔力が一切存在しない。
一部例外あり。
竜人族
空の民と呼ばれる種族。排他的であり、他種族を軽んじる傾向にある。
他種族と比較し全てにおいて能力は高いが、一日の戦闘可能時間が短い。
一定時間を超過すると狂化を引き起こし、生命力と魔力が尽きるまで敵味方関係なく暴走する。
魔素族
魔の民と呼ばれる種族。魔素と呼ばれる物質で構成されており、容姿は不定。
死の民とも呼ばれている。生命力、筋力、体力、俊敏力、技術力が存在しない。
全ての行動に魔力を消費する。ゲームスタート時点ではどの種族よりも脆弱であり、ただ生きるだけでも苦労するだろう。しかし可能性は無限大。上級者向け。
色んな設定は兎も角、内容は本当にゲームみたいなんだな。
うーん、どうしようか。
おそらく〇〇力というのはステータスの事だろう。
所属によって、その長短がありますよと。
折角魔法があるんだから、それが使えないのは無いな。
後はどれでも楽しそうだが……。
「魔素族か……」
最初は最弱。でも可能性は無限大とか、ロマンがあるよな。
上級者向けって書いてあるけど、それってゲームの事だろうし。
流石にゲーム初心者には難しいと思いますよって事なんだろうな。
今でこそボロ雑巾のように毎日働きづめの俺だが、昔は普通にゲームくらいしてたし。
多分大丈夫だろう。
「魔素族で」
『種族を【魔素族】に決定いたしました。では続いて、【ステータス】と唱えてみてくださ』
「ステータス……うおっ」
指示に従い素直に唱えると、目の前に半透明のプレートが現れた。
名前 トリー
種族 魔素族
職業
レベル 1
魔力 100/100
知力 10
スキル
『チュートリアル特典として10ポイントを贈呈します。ステータスに割り振りましょう』
とは言え、俺のステータス、項目二個しか無いのだけれども。
とりあえず、魔力と知力に半分ずつ振っておこう。
名前 トリー
種族 魔素族
職業
レベル 1
魔力 150/150
知力 15
スキル
『割り振れましたね。このステータスポイント(STP)は、レベル上昇時にも取得可能です。忘れずに割り振るようにしましょう』
因みに人間の初期ステータスは、生命力と魔力が100で、それ以外は全て10なんだとか。
チュートリアルポイントも10で、レベルアップ時に貰えるSTPも魔素族と同じで5ポイントらしい。
ヤバイな魔素族。
『続いてスキルを取得します。取得可能スキルは10個まで。それ以上のスキルも取得可能ですが、その場合は既存スキルを破棄する必要があります。初期スキルポイント(SKP)は10ポイント。必要スキルポイントは、技能系が2ポイント、能力系が3ポイント、魔法系が5ポイントです』
技能系
剣、盾、槍、斧、杖、棒、etc…各種武器系
察知系、探知系、識別系、鍛冶、細工etc…各種技術系
能力系
生命力上昇、筋力上昇、etc…各種能力向上系
魔法系
火魔法、土魔法、風魔法、etc…各種魔法系
「オススメはありますか?」
『魔力上昇(3)、魔力回復上昇(3)、魔力操作(2)、魔力感知(2)、残りSKPは0です』
「えっと、魔法系は取らなくても攻撃出来ますか?」
『いいえ、出来ません』
「え?でもこの4つがオススメだって今……」
『オススメはこの4つです。しかし攻撃手段はありません』
なんだこの謎かけ。
「SKP以外でもスキルを覚えることは出来ますか?」
『いいえ、出来ません』
「えと、じゃぁどうやって魔法を覚えれば?」
『レベルを上げればSKPが2ポイント手に入ります。3レベル分の上昇で魔法系スキルは取得可能です。魔素族は身体が魔素で構成されており、身体の維持のためにこの4つのスキルは必須です。取得しておらずとも維持は可能ですが、効率は落ちるでしょう。ですのでオススメはこの4つです』
「なるほど……」
どうやら魔素族が上級者向けと言うのは本当らしい。
まさか身体の維持のためにスキルを4枠も圧迫するとは。
まぁいいか。
「じゃぁその4つで」
『わかりました。では最終確認を致します。ステータスをご覧ください』
名前 トリー
種族 魔素族
職業 エリートベビー
レベル 1
魔力 150/150》165(150+15)
知力 15
スキル 魔力上昇1 魔力回復上昇1 魔力操作1 魔力感知1
魔力が増えたのは【魔力上昇】スキルのお陰か。
スキルレベル1で1割上昇だろう。
あと、職業欄が増えている。
「この職業と言うのは?」
『通常、他種族はまず職業を選択し、その職業によってスキルやステータスの伸びが変わってきます。しかし魔素族の場合は逆に、スキル構成やそのスキルレベルによって職業が変化します。また、職業によっては能力が付加される場合もございます。魔素族最大のアドバンテージです』
「なるほど」
可能性が無限大と言うのは、この事を言っているのだろう。
「これで問題ありません」
『わかりました。では、貴方の身体を具現化致します。具現化後は、そちらの扉の向こうに待機している神官にお声かけください。では、貴方の旅が実り多きものであらん事を』
声が終わり、周囲が徐々に発光を始める。光が収まり自分の身体を確認する。
しかし、薄っすらとした靄しか見えない。これが魔素、だろうか。
「とりあえず、神官に声を掛けよう」
俺は扉に向かって歩いて――と思ったが、なんと俺、浮いていた。
そして身体を動かそうとしても、なんだか非常に動きが鈍い。
何故かと考え、ステータスを開く。
名前 トリー
種族 魔素族
職業 エリートベビー
レベル 1
魔力 130/165(150+15)
知力 15
スキル 魔力上昇1 魔力回復上昇1 魔力操作1 魔力感知1
魔力が減っていた。
そう言えば種族説明に書いてあったか。
初めは生きるだけでも大変だと。
どうやらこの種族、身体を動かすだけでも魔力を消費するらしい。